「梁上の君子(1)」 H.23/05/16




(銀←沖←土)土方さんと関係しながら銀さんに惹かれる沖田さんです。







*     *













*     *










あの人の心の中は、きっと誰にも本当のことがわからない。


穏やかな笑顔は、本当に心からのものなのか。


銀髪の侍が何を欲しているのか。




それが知りたくて、あの人の背中を追いかけた。







*     *










晴天の下、真選組と黒い文字で書かれたパトカーが江戸の町を走り抜ける。
運転するは栗色の頭。
隣に座るのは漆黒の髪。
いつもの風景、いつもの巡回コースだった。


「ひじかたさーん、ケツが痛くてこれ以上運転できやせんや。変わってくだせえ〜」
ドングリまなこの少年が、ハンドルを指先だけで操りながら隣の黒髪に話しかけた。

じろりと運転席を睨んで。
「うるせえ、ガタガタ言わねえで前みて運転しろ」
「あっ、ひでえ。自分が悪いくせになんですかィ、その言い方は」
「何が悪いんだ、テメエだって喜んでただろうが・・」
言い終わらないうちに乱暴に右折され、遠心力でしこたま左側頭部を窓に打ち付ける。

「喜ぶわけねーでしょーが、痛ぇの痛くねえのってあれホント拷問ですぜ。金もらったって釣り合わねえや」
「いてえわきゃねえだろ、あんだけアンアンいいやがって」
「早く終わらせようと思って演技してるんでさ。そんなこともわからねえなんて百戦錬磨の土方さんもたかが知れてやすね。大体アンタ、本来出すだけの所に入れてるんですぜ。そんなモン気持ちいいわけねーんだって」
「入れてるだけじゃねえだろうが。ちゃんと出し入れしてんだ」
「出し入れって預金通帳じゃねえんですぜ!自転車操業の店じゃねえんだから猿みてえに反復運動してんじゃねえぞアホひじかた!」

キキキイと音を立ててパトカーが急停止した。
すぐ後ろの車はなんとか停止したが、その後続車がおもしろいように玉突き事故を起こす。

「ちょ、おま!なにやってんだ!警察が事故誘発してどーするんだ!!」
「何言ってんですかィ!あんたが俺を怒らせるようなこと言うからでしょーが!」
「なんだってえ!?絡んで来たのはお前のほうだろおおおがああ!!!」


「あ・・・あの〜〜〜〜〜〜、事故なんですけど、おまわりさん降りてきてもらえませんかね・・・・・」
玉突き事故の被害者達が痴話喧嘩中のパトカーの周りに集まりだした。

掴み合う二人がピタリと止まる。トムとジェリーのように仲良く喧嘩する上司と部下であった。




土方とは、江戸に出てくる前、田舎からの付き合いだった。
毎日かわいらしく喧嘩などしているが、沖田にとって大切な存在であることに間違いはない。
10代の沖田にとって大人の土方以上の恋人など考えられもしなかったし、実際よそ見もしなかった。沖田の見た目に惹かれて声をかけてくる人間はいくらでもいたが、他には興味が無かったし、時折見せる土方の独占欲が嫌いではなかった。

ずっとこのまま、土方と共にいるのだと思っていた。


あの池田屋で、掴みどころのまったくない爆発天然パーマに会うまでは。






*     *







一度目は、ただバズーカを打ちこんだだけ。
愛しい上司への愛情表現に、彼はちょっと巻き込まれただけだと思う。多分。
その時はさほど目に入っていなかったからはっきりとは覚えていないけれど。

二度目は行きつけの団子屋。
甘い団子のタレをツユダクで注文する姿。悪趣味な男だな、と思って見たら、池田屋の銀髪だった。
土方が珍しく本気でつっかかっていたような気がする。
じいと見つめると、クラゲのように力の抜けた男が振り返って穏やかに笑った。

「あれえ?誰かと思ったらこないだの暴力集団んとこのマスコットボーイじゃないの。どうしたの?銀さんに惚れちゃった?」

ゆらゆらとこちらに近付いて来て隣に腰を降ろす。
「おにーさんはいつでもOKよ」
そう言って沖田の団子を一本勝手に取り上げた。
唇をうっすらと開けると、思いのほか赤い舌で団子を迎えに来て、ぱくりと二ついちどきに咥えこむ。



今まで三人の人間以外に興味を持ったことはなかった。
最愛の姉ミツバ、道場の師範である近藤、そうして恋人である土方。
江戸に出て来てからもその狭い世界を広げようとはしない。

「もうちょっとタレが甘いほうがいいよね?」

けれど、この銀髪の男の事だけは記憶に残った。

男と別れた後も、妙に赤い舌がちろちろと沖田の頭をかすめ続けた。










「うぉーい、ホント俺は餓鬼とか嫌いだっての!カンベンしてくれよおおおお、一体おまえのかーちゃんどこにいんのよ!」

優しい、とは聞いていた。誰に対しても分け隔てなく。
死んだ魚の様な瞳で誰にも彼にもあっさりと冷たいような態度を見せながらその実最後にはきっちりを面倒を見てくれるらしい。
今だって目の前に警察の人間がいるというのに、迷子の子供を放っておく事ができないでいる。

「何勝手な事言ってんの!?さっきから頼んでるでしょお!おーきたくん!ちょっと!この餓鬼もってってよ!!」
「いや〜〜〜〜、うちはホラ、そういうのは扱ってやせんから。俺動かしたかったら、血の気の荒いやんちゃ野郎どもを連れて来てくだせえ〜」
「見ーてよこれ!!十二分に血の気の荒いやんちゃ坊主でしょうがあ!頼むから!頼むから引き取ってよおおお」

鼻水を垂らしたやんちゃ坊主。
銀時が買ったばかりの棒飴にむしゃぶりつきながら、その身体によじ登ってはケツやら背中やらに噛みついたり蹴りをいれたりしている。

「それよりも旦那ァ、今捜査中の件で困った事があったんでさあ。ちょっとウチのが事情聴取した輩がビビってその場から逃げちゃいましてね、どうもそいつは過激派の連中に命狙われちまってるみたいなんでうちで保護してえんですけど、行方がさっぱりわからなくてねえ。このままそいつが殺されちゃったりなんかしたら、奴を逃がしちゃった俺達が怒られちゃいますからね〜〜」
「長いから!今のこの状況見てよ!!いて!いてーなクソガキ!!!こいつのかーちゃんもいいかげん出て来いよ!こんだけうるさくやってんだからよおお!」
「お願いしますう、旦那ぁ。旦那ならその辺の事情ちょっと調べたらわかるでしょう?情報ほしいんでさあ」
「うるせーよ!!人にモノ頼むなら先にこっちをなんとかしろっての!うおーーーーーい!!それ、俺がなけなしの金で買った『餡泥牝堕』のロールケーキよおお!?」

どうやら銀時とクソガキの攻防戦は終結を見そうになかった。
沖田は軽く息をついて、銀時に背を向けるとスタスタと屯所に向って歩き出した。

「だーっ!開けんな!開けたら殺すぞ!!家賃も払ってねえのに買ったロールケーキなんでお前なんかにやらねえといけねえんだっての!おまっ・・・、おい・・・おい!沖田君!!」
振り向くと無残にも破り開かれたロールケーキの箱とクソガキと銀時。
「夕方までに調べてやっから!そいつの詳しい情報置いてけ!」

ホラ、優しい。

誰にでも優しくて誰にも本当の心を見せない。

銀時の左の腰には、誰の血を吸うでもないただの木刀が静かに鎮座していた。






*     *







「妖刀?」
沖田が茶色の頭をさらりと揺らせて振り返った。

真選組屯所内の食堂。
ここでは事件に関係のあることもない事も、どんなささいな噂話も飛び交っていた。

山崎は地味な艶なし黒髪を持ち上げて沖田の顔を見ながら秋刀魚の塩焼きを口に放り込んだ。
「はい、なんかですね。持ち主の意識を乗っ取って、人を殺め続けるって妖刀があるらしいです。」
「なんだソリャ、んでトッシー化するってのかィ?」
「いえ、それじゃないです、あっちょっと!!俺の大根おろし全取りすんのやめてくださいよ!おろしがあってこその秋刀魚じゃないですか!!」
「うるせえ秋刀魚ごと取るぞ。んなことよりなんだその妖刀って」
「なんでも、その妖刀を手にした瞬間から、人を殺すことに何の罪悪感も感じられなくなってしまうらしいです。ただ、その妖刀の行方はまったく分からないらしいんですけどね。テロ組織なんかに渡って利用されたりしたら危険だってんで、どうも真選組でもそいつの行方を捜す事にしたんです」

「フーン・・・・・・」

山崎のプリンを当然の様に食べ散らかしながら、食堂をゆっくりと見渡す。
その瞳に、つかつかとこちらへやってくる不機嫌な副長が映し出された。
ぐっと寄せられた眉根。この表情の副長の側にいて、いつとばっちりを喰らうか分からない。がやがやとした食堂が一気に静まり、モーゼのごとく人の波が割れて、土方がその間を通る。

「鬱陶しいのが来た」
沖田は小さくつぶやくと、くるりと最後のプリンを掬い取った。

土方が沖田の食器トレーの横を指でトントンと叩く。
「ちょっと話がある」

その表情から、楽しい話ではなさそうだなと沖田は溜息をついた。




*    *





「なんですかぃ、土方さん。俺ァ明日が仕事の日は本番は嫌ですぜえ」
副長室のヤニ臭さに大げさに顔をしかめながら沖田が口を開く。

「そこ座れ」
沖田の発言には答えずに、土方が部屋の中央を指差した。
思いのほか真面目な顔に、茶化すのも得策ではないと判断して素直に腰を降ろす。

「総悟、昨日巡回中にどこ行ってやがったんだ」
厳しく詰問するような表情。いつもどおりサボっていただけなのだが、この顔は何なのか。

理不尽な思いに支配されて、ついいやらしい言い方をしてしまう。
「ヘェ・・・・俺がいないことに気付いたんですかィ?こいつは驚いた」

チッ、という舌打ち。
「厭味ったらしい、女のやきもち見てえな事を言うな。俺はいつだってお前を見てんだよ」
「俺がサボってた昨日だって仕事が引けたら花街に行っていたんでしょう?俺なんかいてもいなくても一緒なんじゃあねえんですか」
「俺の事はいいんだ、今問題にしてンのはお前だ。お前は仕事中だろうが」
「俺がサボるのなんかいつものことじゃねえですか」
土方の態度にいらついて、顔を背けた。

「お前・・・最近あの万事屋とかいう碌でもねえ浮浪者みてえな詐欺野郎に近付いていやがるらしいな」
その土方の声が、まるで犯罪者を取り調べてでもいるような低音で、更に沖田の神経をちくちくとつつく。

「・・・・テメェが花街に行ったことは棚に上げて、俺は他の男としゃべるのも禁止ですかい?これは心の広い管理職もいたもんだ」
「あいつは正体が知れねえから駄目だって言ってんだ!テメエみてえな餓鬼があんな胡散くせえ野郎に近付いて見ろ、だまくらかされて真選組の情報もなにも持ってかれて終ェだ」

素直に「俺以外の男に近付くな」と言えばいいのにこの虚勢。

「旦那はそんな心配ありやせんぜ」
「・・・・なんだと?」

「俺にはわかりやす。興味があるのは俺だけで、旦那の方は薄っぺらい付き合いしかしてくれやせんぜ。ぺらぺらのティッシュを更に一枚に分けたみてえな、ね」

本当の事だった。

優しくはしてくれる。話しかけたらノッてくるし、軽いモーションはかけてくる。キスしてくれといえばするだろうし、団子を一緒に食べて、沖田が危険な目に合えば助けてくれるかもしれない。
だが、それは銀時の周りにいる他のどんな人間とも違いは無かった。
街で会うのは、たいてい沖田が銀時を探したか団子屋で待ち伏せた時だった。

ふわふわと漂って誰にも近付かない、誰にも心を見せない。
そんな印象の男だった。

そういう意味で沖田にとって、銀時はなんの危険もない人物だったがしかし。
「興味がある」
その言葉に土方の眉がピクリと動いた。

「テメェ・・・・まさかあのゴロツキに惚れたってんじゃあねえだろうな」

「馬鹿言わねえでくだせえ。ただちょっと面白い人だなあって思ってるだけですぜ。それよりも、今日も行くんでしょう?花街。早く行ったらどうですかィ」
「今日は行かねえ」
「行きやすよ。俺は絶対アンタの相手なんかしやせんからね。その腐れチ○コを花街で宥めてくりゃあいいじゃねえですか」

色んな怒りを最後の科白に練り込んで、沖田は座を立って土方の部屋を後にした。




*    *





翌週、攘夷浪士が潜伏しているという情報を得て、比較的大きな捕り物が行われた。
局・副長を始め、一番隊、三番隊、十番隊が出動し、敵味方入り混じり数十人の死者を出す結果となった。

中でも斬り込み隊の一番隊及び司令塔ながら最前線で刀を振るう副長土方が手に掛けた浪士は数知れず。
土方は刀に流れる誰とも知れぬ者の血をびゅんと振り落とし、懐紙で拭う事もせずに鞘に収めた。
無言で戦場を後にすると、後始末を任された監察と十番隊の責任者と何かしら話しはじめた。


「鉄の仮面」だな・・・・・。

チラリとその横顔を見つめて己も刀を鞘に戻す。

沖田はいつも、討ち入りの後は心地良い高揚感に包まれる。

土方はどうなのだろうか。

いや、答えは分かっている。

あの鉄の仮面は人を殺めた興奮を隠す為のものではない。
今夜は土方は一人になりたがるだろう。
その感情を誰にも知られたくないが為に。

沖田が憧れてやまない、手に入れたいと切望する、その感情を隠す為に。

「総悟」
静かな声で沖田を呼ぶ。

沖田が振り向くと、土方が血を拭った手で沖田の頬をスッと撫でた。
「怪我はないか」
見上げると、慈しむような表情。

この男を、一生愛して一生寄り添って行くと思っていた。
憧れと愛を同一の物だと思っていた。

沖田が持っていない物を、土方が持っている。
一緒にいれば、それが手に入ると無意識に、そう考えていたのかもしれない。


沖田は、おびただしい血の赤を見渡しながら、銀髪の侍が血の色の舌をしていたことを思い出していた。


「梁上の君子(1)」

(了)


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