「我儘なカンパネルラ(12)」 H.23/04/06 |
(土←沖)R18。蓋を開けてみたらカンパの土方さんもヘタレでした。栗子さんの性格は捏造ですのでご容赦を。 俺は、しばらくインターホンの通話口から動けないでいた。 なんだって? 土方さんの・・・婚約者???? くりこ・・・・くりこ?くり・・・・・。誰だよそれ・・・。 「総悟」 土方さんの声にハッとする。 「あ・・・はい」 「誰だ」 「あ・・・・あの・・・あの、なんか・・ひ、土方さんのこん・・・婚約者だって人が・・・」 俺の声はみっともなく震えていたと思う。 ばくばくと心臓の音が響いていて、これ、土方さんまで聞こえちゃうんじゃねえだろうかってくらいだった。 「ああ、松平の」 土方さんは、そう言って席を立った。リビングを出て玄関に向かう。 俺は、ひょっとしたら土方さんが「誰だそれ」って言ってくれるかもしれないって淡い期待を持っていたんだけど、そんなのはあっという間に打ち砕かれた。 婚約者・・・婚約者って、誰。 俺は銀時を放っておいて、廊下を走って土方さんを追いかけた。 「どうしました、栗子さん」 土方さんがいつものおもしろくもなさそうな顔で開けたドアの向こうに立つ女に話しかけていた。 満面の笑顔だったら俺ブッ倒れてたけど・・・それでも相手が婚約者だって思うと俺の心は穏やかじゃなかった。 土方さん、結婚・・・しちまうってことですかィ? 「私、十四郎様にお会いしたくてまいりましたんでございまする」 わっけのわかんねえ話し方しやがって、クソ女め。俺は土方さんの影に隠れて顔も見えない婚約者に早くも敵意バリバリだった。 まあ良く考えたら、向こうはお嬢様の婚約者で俺はと言えば不良の弟・・てゆうかまず男だし土方さんにはもう最悪なくらい嫌われてるし、同じリングにさえ立てないような人間なんだけどさ。 土方さんは 「はぁ」 みたいな間抜けな相槌を打っている。明らかに対処に困っているみたいだ。 「お家にお邪魔させてくださらないんでございまするか?」 「はあ・・・しかしまだ我々は式も済んでおらず・・・」 「あらぁ、お父様はたくさん十四郎様のお世話をさせていただいて、早く土方家に慣れるようにって申しておりまする」 「はあ、ではどうぞ。何もお構いできませんが」 「お構いなんて必要ございません事でございまする、私は土方家の嫁になるのでございますから」 なんちゅー廻りくどい話し方する女だ。 うぜえ、帰れ!! 心でそう悪態をつくけど、土方さんが押し切られる形で女はこの家に上がってきた。 土方さんに案内されてリビングに通じる廊下を歩いて行く。 その女は、いかにも世間知らずってかんじの頭の弱そうな顔をしていた。 まあかわいいっちゃかわいいんだろうけど、俺の方がかわいいってんだ。多分・・・。 髪型は短めのボブカット。サラサラの生地の花柄のワンピースを着ていて、真っ白な日傘をうちの傘立てに立てるとこっちをチラリと見て勝ち誇った様な笑みを浮かべた。ような気がする。 「ど・・・どうぞ」 カタカタと震える指先でコーヒーを出す。ちゃんと客用のカップセットで。 もう俺はこの段階ですでに惨めで惨めで仕方無かった。土方さんは困惑しながらもこの女に気を使っているのがありありとわかったし、女は女で 「あらぁ、お気づかい無く。私こちらでお手伝いしようと思って来たのでございまする」 なんて得意げに言いやがるからだ。 俺は、一生懸命自分で自分に言い聞かせていた。 俺がここにいるのは銀時の世話をする為だって。土方さんなんか関係ないんだって・・・・。 「銀時、部屋に帰ろうね」 必死にそれだけ言うと後ろ髪をめちゃくちゃ引かれながら、銀時の車椅子を押した。 リビングでは、クソ女のはしゃいだ声だけがうるさく聞こえていた。 俺が夕飯の支度をしようとリビングに戻った時は、既にクソ女は帰った後だった。 「あの・・栗子・・・さんは」 「ああ、帰ってもらった」 そっけない土方さん。あの女の存在を手放しで喜んでいるわけじゃなさそうなのに俺はホッとしながらも、聞いていいものかどうか迷った。 『あの人とは・・・どうして婚約したの?』 ひじかたさんが、好きになって申し込んだりしたのかな。 「総悟、ちょっと来い」 俺が一人で悩んでいると、土方さんの声が頭の上から聞こえた。 俺は足早に書斎に引っ込む土方さんの後を一生懸命追いかける。 土方さんはいつものムッツリとした顔で書斎の机に着くと、引き出しからなにやら封筒を取り出した。 「総悟、ひと月良く働いた、給金だ」 そう言って俺にその封筒を差し出す。 俺は、思ってもみなかったことに驚いて声が出なかった。 だって、俺は・・・ここで銀時の世話をさせてもらっているけど、実情は住む所も仕事も心配してくれた土方さんに拾ってもらっただけで・・・・。 まさかお給料なんてもらえると思ってなかったから。 「どうした、受け取れ」 そう言って封筒をもう一度俺に突き出す土方さん。 俺は、震える手でその封筒を受け取った。 「無駄に使うんじゃないぞ」 そう言ってもう用は終わったかのようにさっさと書斎を出て行く土方さん。 俺はだだだと走って自分の部屋に行き、封筒の中を調べた。 封筒の中には20万円入っていた。 20万円。簡単に稼げる額じゃない。 特に俺は年少あがりだし年齢だってまだ17歳。それに住むところも飯も果ては携帯の料金までなにもかも世話になっているんだ。 住み込みでもらえる金額じゃないことは分かりきっていた。 土方さん・・・・。 俺は胸が熱くなるのを感じた。 土方さんは、俺の事を考えてくれている。 諦めよう、諦めようとする俺の心に何度も入り込んでは何度も俺を打ちのめす土方さん。 いっそ完全に俺を切り捨ててくれた方がいい。頭ではそう考えながらも、俺は嬉しくて仕方なかった。 その封筒をぎゅっと握りしめて、俺はリビングで新聞を読んでいる土方さんの元へ降りて行った。 土方さんは、チロリと俺を見るといつもの冷たい目をして 「夕飯にしろ」 とだけ言った。 「土方さん」 俺は呼ぶだけでドキドキするような土方さんの名を口にした。 なんだ、とでも言う様に視線を寄こされて思わず頬が熱くなる。 「あの、これ」 俺はさっきもらった封筒をそのまま土方さんに返した。 土方さんはじろり、と無言で俺を見る。 「俺、俺ね、これ・・・土方さんが立て替えてくれた借金の一部にしてほしい。これからもずっと・・・」 そう言って土方さんの顔を見上げると、土方さんはなんとも言い表しようのない顔をしていた。 少しだけ眉根を寄せて、唇もほんの少し突きだして、ちろちろと瞳が揺れて・・・それでもなんでもない顔をしようと必死になっているんだろうってのが分かる。 長い沈黙。 土方さんは、何を考えているんだろう。 俺のことをバカだって思っているんだろうか。たった20万ぽっち返してもらったって仕様がないって?でも1年で240万円。9年も返し続ければ俺は土方さんに全額を返す事ができるんだ。 自分でも瞳がうるうると濡れてくるのがわかった。 このお金まで拒絶されたら、俺は・・・・・・土方さんにどうやって感謝を表していいかわからねえ。 涙がこぼれてしまわないように、俺はきっと睨むように土方さんを見上げる。 土方さんは、いきなりひったくるように俺の手から封筒を奪い取った。 そうして。 中から札を2枚出して俺に突きつけた。 「髪くらい切って来い」 そう言って俺に無理矢理2万円を握らせるとバッと踵を返して書斎に戻って行った。まるで逃げるみたいに。 そういえば俺の髪は前ここにいた頃くらいに伸びていた。院の中で髪を延ばし始めてから今日まで一度も切っていないから、もう半年くらいだろうか。 前髪だけは自分で切っていたけど、襟足のところなんてもう伸びすぎって感じになっているかもしれない。 でも、髪切るのに2万円なんているはずもない。 俺は、土方さんの優しさに、堪えていた涙が溢れだすのを感じた。 翌日。 仕事に出かけた土方さんを見送った後。 リビングの俺の目の前にはニコニコとバカみたいな笑顔を振りまいて椅子に座っているアホ女がいた。 「あの〜〜〜〜〜〜〜、土方さんは今日は仕事・・・ですけど」 俺のとってつけたような敬語を気にするでもなく、アホ女は答える。 「存じ上げてございまする。わたくし、ここで十四郎様のご夕飯を作ろうと思っておりますの」 夕飯ンン!? 今何時だと思ってんだ・・・。 一体お嬢様の時間間隔ってどーなってんのかね!?まだ朝飯食ったとこですけど! でも俺は文句なんて言える立場じゃなかった。 「どうぞ・・お好きに」 じろりと睨みながら俺は自分の仕事に戻った。 てかさ。なにその服装。 人ンチ来てお手伝いしますうって服じゃねーだろ。 今日は真っ白なワンピース。すっげえ仕立てがいいってのが見てすぐわかる。今日知ったんだけど、このアホ女はここに来るのにすげえリムジンみたいなのを乗りつけた。 車から玄関までたった数歩だけの為に今日も真っ白い日傘。バッカじゃねえの。 ごっつい外套を俺に手渡して中に着ているこのワンピースが現れたわけだが、この上着を着てあんな車に乗ってくるんだからこの冬場でも問題ないかって感じの薄手の生地だった。 それ、汚れますよ多分。今から数時間かけて作るような飯に挑戦したらさ。 せめてもの情けで俺のエプロンを手渡しておいたけどどうなることやら。 俺と土方さんと銀時しか立ったことのないうちの台所。あんなバカ女に占領される日が来るなんて思いもしなかった。 考えないようにしながら俺は家中の掃除を始めた。 まずハタキでいたるところの埃を払い、掃除機をすべての部屋にかける。それからバケツに水を汲んで雑巾を固く絞った。 姉ちゃんが前に言ってた。やっぱり綺麗にしようっておもったら最近よくあるワイパーみたいなのでさっと拭くんじゃ駄目だって。こうやって四つん這いになって力を入れて水拭きしないとだめだって。 特にうちみたいに良い素材を使われているフローリングなんて磨いてやらねえと良い味が出ねえ。 生来俺はサボり体質で、こんなこと好きじゃねえ。だけど、こうやっていれば土方さんの恩に報いることができるんだろうなって想いが俺を一生懸命にさせていた。 やっとこ家中を磨き終わって、ふうと一息ついた時。 結構派手な音の大きさで、何かの金属音が聞こえた。ガッシャーン!って感じで。 ちょうど様子を見に来ていたので俺の側にいる銀時がぴくりと身体を動かす。 ちょ、、あんまデケエ音させんなよ。銀時がびっくりするだろィ。 慌てて台所に走ってみたら、案の定クソバカ女が台所の床に何やら得体の知れないどろりとした液体をぶちまけていた。 「あらあ総悟さん、私お料理を落としてしまいましたの、お掃除お願いしますでございまする」 のんびりとした口調で当然のように言ってのける。 結構良い性格してんじゃねーの?このクソアマ。 「・・・・へい」 所詮使用人の俺にはとても口答えなんてできなかった。 ざっと大まかにどろりとした物体を拭き取って・・・(ったくなんだコリャこんなわけのわかんねえモン土方さんに食わせるつもりじゃねえだろうな)それから雑巾をもう一度絞って綺麗に拭き直す。 床に這いつくばって掃除をする俺を見下ろして、クソ女が一言。 「やっぱりそうやっているのが貴方にはお似合いでございまするわね」 ・・・・・・・。 ああ? 今、なんつったこのボケ女・・・・・。 聞き間違いかと思って顔を上げるとギョッとするくらいのおっそろしい顔。 なんだこいつ・・・。普段猫かぶってやがんのか? 「貴方十四郎様に何千万も借金しているんですってね」 俺が拭いている床の汚れを足のスリッパで塗り広げるようにしながら・・・・・。 「私、貴方のこと調べさせてもらったんでございまするの」 嫌みったらしいエセお嬢様言葉で。 「少年院に入っていたような弟さんで、十四郎様もおかわいそうでございまする」 可哀そうって言ってるような表情じゃなくて、にっこりと勝ち誇ったような笑顔。 ふざけんな・・・・。 俺がそんなこと言われて黙って泣き寝入りするような奴だと思ってんのか? こっちだってお前の事は気に食わねえんだ。 いじめ抜いてやろーか?土方さんの婚約者なんて放り出して逃げ出しちまうくらいにさ。 俺はここで働いてはいるけれど、もう誰に脅されているわけでもなく、自分が土方さんに嫌われてさえいなければ俺の気持ちを派手にアピールしたってかまやしないんだ。 それができねえのは、今も言ったように俺が土方さんに嫌われてるってこと、それとやっぱり借金を肩代わりしてもらっていて遠慮があるってこと、それから俺が土方さんに嫌われる原因となった数々のひどい裏切りと仕打ち・・・それの負い目からだ。 だけどいくら土方さんの婚約者だって言ったってお金持ちのお嬢様だって、こいつに俺が遠慮しなきゃならねえ理由なんてどっこにもねえんだ! 「アンタ・・・・土方さんの事好きなんですねィ」 俺が何か言葉を発すると思っていなかったらしいアホお嬢様は少し驚いたようだけどすぐににっこりとして言った。 「わたくしお父様の会社にいらっしゃった十四郎様に一目惚れしてしまって、お父様にお願いして婚約させてもらったのでございまするわ」 うっとりとうれしそうな表情。ケッ。 「貴方・・・・言うのも憚られるよな汚らわしいところでお金を稼いでおられたんですってね」 その言葉を聞いた瞬間、俺の身体は凍りついた。 知ってる・・・・。こいつは俺が風俗で働いていたのを知っているんだ・・・。 どこまで、調べていやがるのか。 床に四つん這いになったまま雑巾を握る指先が冷えてくるのが分かる。 誰にも、誰にも知られたくない事実だった。特に、あの生活から抜け出してこうやって土方さんの家で寝起きしている今の幸せな毎日の中では、思い出したくもない記憶。 「ア・・・ンタ・・・何が言いたいんでィ」 震える声で女を見上げる。 くすり。と笑う声が聞こえた。 「よくもそんな汚らわしい身体で十四郎様の前に出られることでございまするな。私だったら他の殿方となんて手を繋ぐこともできませんわ」 ガンと頭を殴られたような気がした。 わかってる・・わかっているけど、こうやってまざまざと綺麗な身体で貞淑な態度を見せ付けられるとやっぱり俺の心臓はきりきりと悲鳴を上げた。 後から考えたら別に俺はこのクソ女と立場的には張り合ってるわけじゃねえしいくらでも言い返す言葉だってあったんだろうけど、この時は急に言葉が出てこなかった。 ぐいぐいと雑巾で残りの床を拭いて立ち上がる。 「俺、仕事戻りやすんで」 それだけ言うのが精いっぱいで、俺は雑巾とバケツを持って風呂場に向かった。 クソ女クソ女クソ女クソ女!!!!!! 俺はじゃぶじゃぶと雑巾を洗いながら心の中で悪態をつきまくっていた。 なーにが「わたくしだったらほかのとのがたとなんて手もつなげませんわあ」だ。バーカバーカ。 一生処女でいろってんだ。 お前土方さんとベッドインして相手を喜ばせる自信あんのかよ! ケッ、俺なんかなあ、すげーテクニック磨いてんだぞ!土方さんの咥えて昇天させてやらあ! 目の前の蛇口からずっと水が流れ続けているのに気付いて慌ててキュ、と締める。 そうしてから、俺がこんな敵対心をあのクソ女に持っていたってなんの意味もないことを思い出した。 ふう、とため息をついて。俺は銀時の身体を拭く為に新しく洗面器にお湯を張り始めた。 それから、あのクソ女が帰る夕方までに都合3度、床に這いつくばって掃除をさせられた。 「・・・・なんだこれは」 土方さんが眉を寄せて本日の夕飯を見下ろす。 どろどろとしたわけのわからないシチューのような汚物の様な物を一口食べたその後だ。 「知りやせん。本日クリコおじょーさまが土方さんの為にお作りになられた愛情料理でございます。どうぞお召し上がり下さいませ」 心なしか刺々しい俺の言葉に更に眉を寄せると、土方さんはハァと右手で額から目のあたりを隠すようにした。 俺は一緒に飯を食うことはねえけど、土方さんが部屋に下がってから自分の作った飯を食う。 土方さんはチロリと銀時の皿を見る。 食べやすいように、流動食とまではいかねえけど今日は土方さんと同じようなシチューだ。こっちは俺が作ったやつだけどね。 俺の料理を男らしくておいしいと言ってくれた銀時。銀時にはうまいもんを食べさせてやりたかった。 「はい、アーン」 にこにこして俺は銀時にシチューを食べさせた。 銀時は食欲は結構ある。毎日たいして動いてないことを考えれば十分な量。 こうやって自分で食べ物を嚥下してくれることはまだまだ希望が持てるんじゃないかって思えて嬉しい。 もぐもぐと口を動かす銀時。かわいくて俺は銀時の前かけで口をぬぐってから次の一口を差し出した。 フンだ、婚約者なんかにデレデレしてる(かどうかは知んねーけど)土方さんには絶対やらねーよ。 土方さんはもう一度でっかくため息を吐くとがががっと無理矢理その恐ろしい物体を胃に流し込んで席を立った。 ザマーミロィ、女たらし。 土方さんが去って行った書斎の方を睨んでると、銀時が俺を呼んだ。呼んだってか、声出しただけなんだけど。 「うう・・・あああう」 「あ、ごめんね銀時。ハイこれでおしまい。アーン」 銀時の口にスプーンで最後のシチューを押しこんでから俺も食器を片づける為に席を立った。 あのクソ女は3日に一度はうちにやって来て料理だか破壊兵器だかわかんねえモンを作って行くようになった。 ご丁寧に毎日いろんな嫌がらせを俺に施しながら。 俺だってこんなクソ女に黙ってやられてるタマじゃねえんだけど、いかんせん俺は使用人の立場で。 土方さんさえ絡んでなけりゃあたとえ使用人だからって黙ってねえけどな。 俺は姉ちゃんと住んでたアパートがまだあったら、「実家に帰らせていただきます」って言ってここを出てっちゃおうかなってくらいイライラしていた。 んでもって週末。 今日も一日土方さんが家にいる貴重な週末。 ずっと顔合わせられるわけじゃねえけど同じ屋根の下にいるんだって思えて幸せになれる週末。 その大事な週末にあのクソ女が我が家にあがりこんでいた。 俺は銀時のリハビリをやっていた。医者の先生に教わった通りベッドで足を動かしたりする。 銀時は素直に身体を弛緩させて俺に身を任せていた。 最近はあの恐ろしい発作も回数が少なくなってきていた。銀時が穏やかに毎日を過ごせているならそれが一番いい。 「今日はこれくらいにしよっか」 そう言って銀時の身体を車椅子に移動させようとしたその時。 俺の手首をぐっと誰かの手が掴んだ。 誰か。 誰かって言ってもこの部屋には俺ともう一人、銀時しかいねえ。 ふと見下ろすと銀時が俺の手首をその大きな手で掴んでいた。 「ぎ・・・・銀時」 「うう・・・あ・・・・・・・・・・・・・ご・・・」 「銀時!!銀時!!!!!」 俺は心臓が口から飛び出るかと思った。 銀時が!自らの意思では何もしなかった銀時が、俺の手を掴んだ!! 次の瞬間には手の力はすっと抜けて、またベッドの上にぱたりと落ちてしまったけど。 今、確実に銀時は何か言おうとしていた!! 「銀時!!銀時!何か言って!もう一回言って!!」 必死に声をかけるけどもういつもの無反応に戻っている。 俺はバッと立ち上がってリビングに急いだ。 土方さん!銀時が俺の手を・・・!! でかい音を立てて走っていたけど、途中で一応お客さんが来てるってことを思い出した俺は、リビングまで音を立てないで行儀よく歩いた。 ふと、リビングの扉の向こうからアホ女の声が聞こえる。 「あの・・・十四郎様」 「なんですか」 「あの・・・あの・・・私、こんなことを申し上げて良いものか迷ったんでございまするが・・・」 「はあ」 「あの、お手伝いさんの総悟様のことなんですけれど」 はあ?俺?てかなんで様づけなのオマエ。どんだけ猫かぶってんの? 「総悟がどうかしましたか」 こっちも見た事ねえような気を使った態度。そんなクソ女に優しくするなんて、土方さんも結構見る目ねえですよねィ。 「あの、、私総悟様にお願い事をされてしまって・・・。内容が内容だけにお聞き届けしてよろしいものかどうか困ってしまっているのでございまする」 あーん??俺が願い事??何言い出すつもりだあのクソ女。 「総悟様、私にこっそりと<お金持ちの殿方を紹介してくれ>なんておっしゃって・・・」 んなっ・・・!!!! なんだとおおお!!!???? 俺は怒りのあまり目の前が真っ赤になった。 このクソボケ女が!! 土方さんはなあ!土方さんはなあ!!!!!俺に関するその系統の話はなあ!!誰発だろうとすぐ鵜呑みにしちまうんだぞ!! バン!と俺はリビングの扉を音をたてて開けた。 びっくりしたようにこっちを見る二人。 「てんめー・・・いい加減にしろよ・・・」 俺はそう言ってクソ女を睨み上げる。 「総悟」 土方さんが俺の怒りを察して諌める声が聞こえる。だけど、だけど俺はもう止まらなかった。 「テメー、そこ動くなあっ!」 俺は女だろうがガキだろうが叩きのめす時は容赦しねえ。クソ女の顔の1つもひっぱたいてやろうと思って腐れ女に向って飛びあがった。 だけど。 あと一歩でたまった怒りをぶつけられるという瞬間。 俺の腕をはし、と掴む奴がいた。 もちろんそれは土方さんだ。 「離してくだせぇ土方さん!俺はこのアマを一発殴ってやらねえと気がすまねえ!」 「やめろ総悟」 「きゃあ、怖いでございまする!十四郎様!栗子は本当の事を申し上げただけでございまするのに」 「まだ言うかこの・・・」 「いい加減にしろ!総悟!お前は一体自分の立場をどう思っているんだ!!」 土方さんのその大一喝に俺はビクリと身体を硬直させる。 ・・・そうだ・・・。俺はこの家ではただの使用人で、こいつは土方さんの大切な婚約者様・・・。 力が抜けた俺の身体から手を離してふうと一息つくと、土方さんは俺の背中をトンと押した。 「もういい、部屋に戻っていろ」 「だけど土方さん・・」 「戻っていろと言っているんだ!」 「・・・・・」 俺がもう何も言えないのを見て、くるりとクソ女の方に向き直る土方さん。 「貴女も。総悟には男を紹介する必要はありません。この話はこれで終わりです」 クールにそう言うと、か弱いフリして椅子にしなだれかかっているクソ女の肩をぐっと握って立たせ、 「今日はもうお帰り下さい。総悟も興奮していますので」 そう、言った。 クソ女は一瞬寂しそうな顔をして、それからコクリと頷いた。 そして、リビングから立ち去り際、ボソリと言う。 「十四郎様は、総悟様のことばかりお気になさるんでございまするのね」 俺は、このクソ女の寂しい一面を見てしまった気がして、銀時のことも忘れて、戦意が削がれて行くのを感じていた。 それからもクソ女はちょいちょいうちに現れては俺に嫌がらせを続けやがった。 この間ちょっと同情しかけた自分が馬鹿らしい。 ヘルパーさんが来ない日を狙っていやがらせに来るあたりいい性格していやがるぜィ。 そんなこんなであれからひと月が経ち、俺の生活のリズムもこのクソ女に乱されまくってヘトヘトになっていた。 今日も土方さんが出かけてから、クソ女がやって来て俺の邪魔をしまくっている。 できるだけ無視しようとは思っているけれどそうはいかない。 今だってリビングで銀時にお昼を食べさせていたら、いつもどおりあいつががっしゃんと宇宙生物の入ったボールを床にぶちまける音がした。 ビクリと銀時が身体を震わせる。 「ううう・・・うあああああ・・・あう」 ヤバい。 大きな音を出さないでくれっていつも頼んでるのに! 今日みたいにリビングに銀時がいる時に派手に物を落とされたのは初めてで。 銀時の発作のスイッチが入ってしまったみたいだった。 がくがくと身体を震わせて涎を垂れ流しながら焦点の定まらない瞳が瞳孔を開いて行く。軽いアンモニア臭。どうやら失禁もしているようだった。 「うあ・・・うあう・・・」 「銀時!大丈夫?銀時!」 「うああああああああ!!!」 銀時が車椅子から転げ落ちた。 「銀時!銀時!」 今日の銀時は久しぶりの大きな発作ですごく怖かった。ごろごろとリビングの床を転げ回ってがしゃがしゃとテーブルを椅子を鳴らした。 「一体どうしたんでございまするか?」 クソ女が隣の台所からリビングに入ってくる。 「ちょ、アンタ・・アンタも銀・・・押さえて・・・」 「嫌でございまするわ恐ろしい。それよりもあっち、台所にお料理をこぼしてしまったのでございまする。お片づけしてくださいまし」 カッと頭に血が上った。 「何考えてんだアンタ!この状況見てわかんねえのかそれどころじゃねえって!床くらいテメエで拭きやがれィ!」 「ぐあああ、うあう・・ああああ」 銀時! 俺は必死になって銀時の胸にしがみついた。 帰って・・・帰って来て、銀時!!銀時!お願い!! こうやって銀時が発作に苦しんでいる時は、きっとあの時の記憶が蘇っているんだと思う。 一体何をしたら、こんなにも・・・こんなにも銀時が苦しみ続けなければいけないんだってんだ! 流れ落ちる涙を気にもせず必死になって自分よりも身体の大きな銀時を押さえる俺。 そんな俺と銀時を、クソ女は呆然とした瞳で見つめていた。 地獄だとも思える時間が過ぎて。 ようやっと銀時の様子が落ち着いた。 俺は銀時にしがみついたまま、はあはあと肩で息をしながら心臓が鳴りやむのを待っていた。 「ぎ・・・銀時・・・・大丈夫?銀時。お、、おふろ・・いこ。ね?下着、履き替えなきゃ」 身体の大きな銀時を完全に抑え込むのは俺には無理だ。さっきの発作で俺の身体もあちこち擦り傷や打ち身だらけになっていた。 泣きたい気持ちをぐっと堪えて、一生懸命銀時を車椅子に座らせる。 全身が弛緩した銀時を車椅子に乗せるのに、ゆうに5分はかかった。 身体中がだるかった。だけど銀時の下半身を拭いて着替えをさせなければならない。 車椅子を脱衣所の方に向けて歩き出そうとした時、背後から女の声が聞こえた。 「あの・・・床を・・・」 まだ、そんな事を言っているのか。 テメエで汚した床でさえ掃除できねえのに人ンチで飯なんか作るんじゃねえよ。 そう思いながらも俺はもう返事をする気力もなくて。 風呂場で銀時の処理をして、下着を履かせ、パジャマを変えた。 のろのろと書斎の奥にある銀時の部屋まで車椅子を押して行く。 ふと気になって台所へ行くと、あのクソ女の姿はもう無く、奴がぶちまけた料理の後がそのまま残されていた。 俺は黙ってその床を掃除して、それから部屋に戻ってベッドに突っ伏した。 もう、身体中が重たくて、つらくて。 ここんところのあのクソ女のネチネチ攻撃で溜まっていたところに、あの銀時の発作。 本当に疲れてしまった俺は、そのまま眠りの世界に引きずりこまれて行った。 「総悟」 誰かが呼んでる。 この声は・・・・。 「総悟、起きろ」 ちょっと待って・・・俺、すごく・・疲れてるんだ・・・・・。 「総悟」 はっと覚醒した。俺はベッドにうつ伏せになって倒れ込むように眠っていたらしい。 「あ・・・俺・・・」 きょろきょろと周りを見ると、土方さんが複雑な表情で俺を見下ろしていた。 「お前・・・どうしたんだ、その傷」 静かに、土方さんが聞く。 「あ・・・これは、銀時が、また・・・」 「そうか」 俺はあわてて飛び起きてベッドに座りなおした。 使用人が真昼間からベッドで眠りこけてるなんて、土方さんどう思ったろう。 「総悟」 「あ、はい」 「今日、松平の会長に呼ばれた」 松平の会長ってのは、あのクソ女の父親で松平グループのトップである松平片栗虎のことだ。 なんだろう・・なんでそんな事俺に言うんだ。 俺は、嫌な予感で背筋に汗が流れ落ちるのを感じた。 「お前、栗子さんに何かしたのか」 な・・・にか・・・・っ・・・て・・・・何? 何もした覚えはありやせんが。なんだかあのクソ女が絡むと何を言われるか身構えてしまう俺。 「松平の会長がお前を差し出せと言ってきた」 差し・・・出せ???? 「な・・・んすか、それ」 「いや、差し出せと言っても、直に栗子さんに謝らせろ、ということだ」 あやまる???? 「あ・・・謝るってどういう事ですかィ?俺ァあの女に謝ってもらいこそすれ、こっちが頭下げなけりゃいけねえような事、何にもしてやせんぜ・・・・」 土方さんは、いつもみたいに頭ごなしに怒るわけじゃなかったけど、言いにくそうに言葉を発した。 「栗子さんはお前に傷つけられた、と言っている」 傷・・・つけられた? 「お前は、栗子さんに床に這いつくばって掃除をしろ、と強要したそうだな」 「な・・・・・・俺はテメエが汚した床をテメエで片づけろって言っただけですぜィ。・・それも銀時が大変な時にそんなことかまってられねえから」 黙っていられなかった。他の誰になんと思われようといいけれど、土方さんにだけは俺のことをこれ以上変に誤解されたくなかった。もうこれ以上ひどい印象なんてないだろうけどさ。 それにその床だって結局俺が自分で掃除したんでィ。 「そうか、だが、松平の会長にはそんなこと通用しない。松平のお姫様が、たかだか使用人ごときに下働きの様な真似をさせられたと大変ご立腹だ」 さ、させられてねえよ!結局あいつは何にもしねえで帰っちまったんだから! 俺は、土方さんの表情から一生懸命何かを感じ取ろうとした。 だけど。 「どうしろって言うんですかィ、アンタ、俺にあのクソ女のところへ行って、それこそ這いつくばって謝れってんですかィ?」 ぶるぶると、怒りで身体が震える。 アンタ・・・アンタはどうして婚約なんて承知したんですか?いくら相手から申し込まれたからってちょっとはあの女を気に入っていねえとそんな話受けたりしやせんよね。それとも、世に名高い松平グループとの結束が欲しくてグループと結婚でもなさるおつもりなんですかい? だから・・・・俺が起こした問題でお義父様の覚えが悪くならねえように、俺に頭を下げに行けって言いてえんですかぃ? 俺に、こんなことを言う権利なんて無い事は分かっていた。 今までのことを考えたら、土方さんが俺に、俺の為に何かしてくれたり俺を気遣ってくれたりするわけないのは当然だ。 あんな・・・あんなにひどいことばっかりしてきたんだから・・・・。 だけど、、、だけど・・・・。 ひっ・・・・・・・と俺の喉が音を立てた。 「な・・・・・んでィ・・・・・・。・・・・じかた・・・さん・・・のばか・・・」 なんだか、なんでだかわかんないけど、俺の頭ン中はもうぐちゃぐちゃだった。 押さえのきかない感情がいつのまにか俺の脳と身体を支配してしまったみたいで、勝手に言葉が口を突いて出た。 「なんで・・・なんで俺があやまんなきゃなんねえんですかィ・・・・。ひじかた・・・さん・・・なんて・・・勝手に婚約者なんて作って・・・結婚しちまうくせに・・・・!なんで・・・・」 「総悟」 見た事無いくらい困惑した顔の土方さん。また、俺は土方さんを困らせている。 「きらいだ・・・土方さんなんて・・・大嫌いだ・・・・。婚約者なんかがいるのに、、なんで俺・・・俺のこと・・・ここに住まわせてくれたりするんだ・・・。や・・やさしくしたり・・冷たくしたり・・・なんで・・・なんでそんなことするんだ!!」 俺を見下ろす土方さんの顔はなんだか真っ青になっているみたいに見える。 もう、何にも考えられない。 「おれ・・・おれ・・・は・・・ぎ、ぎんとき・・が、発作起こして・・とても・・とても怖かったんだ。なのに・・なのにアンタは!あのクソ女の心配しかしてねえんだ!俺のことなんてどうでもいいんだ!」 ボロボロと涙がこぼれ落ちる。 今までずっと土方さんに言えなかった何もかもの感情と愛が、歪んだ形で俺の中で爆発してしまった。 「なんで・・・なんで俺の事また拾い上げたりしたんだ!そ・・・そんなことされたら・・・俺は・・俺は・・・」 あんたのこと、諦められなくなっちまう!! 「だいっきらいだ・・・大っ嫌いだ土方さんなんて!!」 そう言ってその辺にある物を手当たり次第、片端から土方さんに投げつけた。 ケータイから枕から本から、果てはティッシュの箱や電気スタンドまで。 俺はめちゃくちゃに物を投げつけておいて、土方さんの方を見ずにベッドに突っ伏して泣いた。 もう、こらえ切れなかった。 一年前、この家にいた頃絶対に隠し通そうと思っていた自分の心。 俺が、俺が犠牲になってそれでこの家がうまく回って行くならそれでいいって思っていた。 だけど・・・・だけど俺は自分が思っているよりずっとずっと我儘で、自己中心的だったんだ。 ひく・・・ひく。としゃくりあげる俺。 すべてが、すべてが壊れてしまった。 土方さんは俺の事を心配してこんな不良の弟を家に迎え入れてくれて。それなのに俺は土方さんを逆恨みして暴言を吐きまくってしまった。 今までの事・・・この家に来てすぐ土方さんに恥をかかせたことや大切な思い出を破り捨ててしまったこと、更に土方さんを裏切って銀時と姦通していたこと。何にもごめんなさいって言えなかった癖に。 土方さんの優しさに甘えて、あまつさえ彼を責め立てた。 俺は、今度こそ、土方さんに滅茶苦茶に嫌われてしまっただろう。 ベッドにうつ伏せになったまま、涙が止まるのを待った。 待ちながら、俺は、銀時を連れて、この家を出る事を決意していた。 このまま、土方さんが結婚して、あの女がこの家に上がり込んで。そうして仲睦まじい二人を見ながら暮らすなんて耐えられなかった。 銀時には今よりずっと不便を強いてしまうけれど、ごめんね銀時、俺、もう耐えられそうにねえんだ。 ぎゅ、と手を握って。 俺は決意を持って顔を上げた。 涙に濡れた瞳もそのままに、土方さんの顔を、見る。 土方さんの唇は、わなわなと震えていた。 「そ・・・・う・・ご」 掠れた、その声。 男らしくて、誠実で。俺が何度裏切っても何度も何度も差しのべてくれたその腕を、今、俺の両肩に乗せた。 「お・・・まえ・・は・・・なに・・・何を・・・・・言って、いるんだ。お前・・・お前、は・・・銀・・・銀時のことを・・・愛して、いる、はず・・・だ」 いつも。 いつも何でもはっきりと物を言う土方さんが、とつとつと言葉に詰まりながら俺に向かって想いを吐きだし始めた。 「何故・・・何故お前は俺にだけ本当の姿を見せない。他の男には頼るくせに、何故俺の手を取ろうとしない」 「ひじかた・・・さん」 「教えてくれ・・・お前の本当の心は、どこにあるんだ。俺を振り回して、楽しんでいるのか?・・・俺の心を、ズタズタに切り裂いておいて、何故そんな涙を流すんだ。それも演技なのか?俺を騙す為の、演技なのか?」 ぶるぶると震える土方さんの腕。 熱い熱いなにかの固まりが、俺の喉をぐいと通り過ぎた。 ずっと言えなかった俺の心。 今、俺を捉え、縛るものは何もなかった。 土方さん!俺はひどく打ち捨てられたっていいんだ。今、今この瞬間、アンタに、アンタに俺の心を力いっぱい伝えたいんだ! 「すき」 ぽろりと、俺の口からこぼれおちた。 今まで強固な鍵でがっちりと固められて、がんじがらめにされていた俺の秘密の心が。 「好き・・・誰よりも、土方さんが、好き」 俺の両肩にかかる土方さんの腕。左肩に乗った土方さんの右手の甲の上に、俺の右手をそっと重ねて。 「土方さん・・・・だけが・・・・好き」 やっと言えた。 一年と半年前に。この家で同じセリフを言った。そうして、そうしてすぐに図らずも土方さんを裏切る結果になってしまった。 俺は、あれからずっと、もう二度と自分の想いを口にすることは無いと、その資格が無いと自分に言い聞かせてきた。 一生心に秘めるしかないと諦めていた想い。 アンタが・・・アンタが悪ィんだ。俺に優しくなんてするから。俺をこの家にまた拾い上げたりするから。 「嘘だ」 ぽつりと、土方さんの声が聞こえた。 「嘘だ・・・・。お前は裏切る。俺は信じない。お・・・お前が・・・俺の、ことを好きだ、などと・・・俺は・・・俺は・・・・」 土方さんは全身を大きく震わせていた。 そうして、漆黒の両の目から、大粒の涙がぼたりぼたりとこぼれ落ち始めた。 ああ!土方さん!! アンタは・・・アンタって人は!! ただ、強がってるだけの寂しがり屋の臆病者だったんだ。 ずっとずっと色んな人に裏切られて、たった1つ信じていた家族にさえ立て続けに恩を仇で返すような真似をされて。 「ひ・・・・ひじかた・・・さん」 せっかく止まった俺の涙は、また蛇口を全開にしたみたいになってしまった。 「ひじかた、、さんは、俺の、事、嫌いですかい?」 分かった。ようやっとアンタのことが分かった。 アンタは、何の見返りもナシにそうやって自分の愛を他人に分け与えるくせに、そういう優しさを持っているってことを、他人を愛したいって思っていることを、言葉にするのがものすごく怖いんだ。 かわいい・・・・。 俺は、土方さんがどうしようもなくかわいくて仕方なかった。 この、小さな子供みたいな土方さんを抱きしめて安心させてあげたかった。 「き・・・・きら・・・嫌いな・・わけが、ない・・・嫌いな、わけが、ないんだ」 「じゃあ、教えてくだせえ。俺の事、どう思っているか、土方さんの口から聞かせてくだせえ」 「お・・・前は・・・銀時の事が、好きなんだ」 往生際悪く、まだ認めようとしねえんだろうか。俺はなんだか可笑しくなってしまった。 「いくら、手元に閉じ込めようとしても、お前は他の男の所ばかり行って、俺を無下にするんだ・・・・。そんな、そんな風に俺は、お前に馬鹿にされながらも、駄々っ子の様にお前を・・・・求めてしまう」 心臓がぎゅうと音を立てた。 焦がれて、焦がれ続けたこの人の口から、よもや、こんな言葉が聞けるなんて、思ってもいなかった。 「愛・・・・愛して、いるんだ。総悟、お前を」 ひじかたさん! 俺はがばりと土方さんにしがみついた。 土方さん土方さん土方さん土方さん!!! 「お・・・俺も・・・・俺も、土方さんを・・愛してる」 お互い涙でぐちゃぐちゃだった。 思いもよらない展開に、俺の心臓はどくどくと音を立てていた。密着している土方さんの心臓も。 土方さんは、俺をぐっと抱きしめたままどさりと俺をベッドに押し倒した。 そうして、少しだけ顔を離して俺に問いかけた。 「本当か・・総悟。本当に、俺を、愛してくれるのか」 俺はもう、唇をぎゅっと噛みしめていないと大声で泣き出してしまいそうだった。 「大好き・・・でさ・・・・土方さんが、いれば・・他の、誰も・・いらな・・・」 ううう、と唸って俺の大好きな黒豹がまた俺の首筋に顔を埋めた。 俺のシーツに傷だらけの肉食獣の涙が吸い込まれて行く。 しばらくそのままの体勢で俺は土方さんの髪をゆっくりと撫で続けた。 土方さんは暫くの間小さく震えたまま俺を抱きしめていたけれど、今は同じ体勢のまま微動だにしない。 俺は、赤ちゃんみたいな土方さんの髪を、そして心を、優しく優しく労り続けた。 ふいに。俺は横腹の辺りにスースーするような寒気を感じた。 するすると土方さんの腕が俺のシャツを捲りあげているのが分かった。 土方さんの繊細な指が俺の脇腹を撫で上げながら俺のシャツを脇の下あたりまでずり上げる。 「ちょ・・・・!ちょっと!ちょっと待って下せえ!」 いきなりの土方さんの行動に俺の精神は限界まで沸騰してしまった。 かあと頬が熱くなる。 一生懸命両手で土方さんの腕を押さえようとするけど、歴然とした力の差。土方さんは俺の制止なんてものともせず、俺の服を捲り上げ、俺の身体をまさぐり始めた。 「ひ、ひじかたさん!待って、くだせえ!」 「待てるか馬鹿野郎」 ぴしゃりと俺にそう言うと、土方さんはさっさと自分もシャツを脱いだ。 ちょ!ちょっと!マジで待ってくれィ! 俺は今、急に土方さんと両想いになって・・・・俺の頭ン中はいろんなことでぐちゃぐちゃで、飽和状態なんだ! それに・・・それに・・・。 「だーめだって!土方さん!!」 俺は、土方さんの腹を思いっきり蹴り上げていた。 「ぐ・・・・」 腹を押さえて身体を丸める土方さん。 「き・・・さま・・・何をしやがる」 完璧に油断していたらしく、まともにくらってしまったみたい。 「土方さん・・・・アンタね。好きだ好きだって俺に言いやすけどね。肝心な話全然俺ァ聞いてやせんぜ・・・・。アンタ、婚約者がいるでしょーが。アレどうすんですかィ」 今の今まで俺だって忘れてたけど、アンタだってあの女のこと少しでも気に入ったから嫁にしようと思ったんじゃねえんですか? 「な・・・なにを・・・お、お前なんかものすげえ数の男がいるだろうが!」 いねーよ!! 明らかに焦りまくる土方さん。俺はあの事をうやむやにする気は一切なかった。 「俺に男がいるから自分も女を作ったってぇんですかい?」 「ち・・違う!!馬鹿野郎!俺は・・俺は・・お前でなかったら誰だって同じだと思ったから・・・向こうから話が来て・・お前のことを諦める為にもと思って・・・・」 そこまで聞いて俺はむくりとベッドから起き上がった。 「じゃあ仕方ありやせんね。あの人とお幸せに」 冷たく言ってやった。 「まっ・・・松平の所とは縁を切る!縁談も断る!お前を抱くからにはそんな覚悟くらいあるのは当たり前だ!!」 だっ、抱くってアンタ!どんだけ直接的なんですかィ! 「ほんとに?ホントですかィ?土方さん」 こくこくと素直に土方さんが首を縦に振る。 「それで・・アンタの立場が悪くなったりしやせんか?」 「そんなモン、お前と天秤に掛けられるようなもんじゃねえ、黙ってろ」 そう言ってまた俺に覆い被さる土方さん。 かっこいいんだかかっこ悪いんだかもう何がなんだか分からなくなってきた。 「ヤ!だ!ちょっと!待ってってば!」 俺が恥ずかしさに身を捩ると、ぴた、と動きを止める。 「・・・・そうか」 急にむっくりと起き上がったのは今度は土方さんの方だった。 てゆーか。何故か俺の身体もふわっと一緒に宙に浮いてるじゃねえか。 なんでだ。と思った瞬間、俺は顔じゅう真っ赤になった! こ、こ、こ、こ、これ!!俗に言うお姫様抱っこって奴じゃねえですかィ!? 「ひ・・ひじかたさん・・」 降ろしてくれってじたばたするけどまったく意に介さない暴君。 半裸の俺と同じように上半身裸の土方さん。 なにこの絵ヅラ!!我ながら恥ずかし気持ち悪いんですけど!! ありえねーありえねーありえねーありえねー!!助けてくれ!! 俺がめちゃくちゃ抵抗してるのも我関せずで土方さんは部屋を出ると階段をとんとんと降り出した。 さすがに暴れると落っこちそうで怖いので大人しくなる俺。 土方さんは書斎を通り過ぎてその向こうのドアを足で蹴って開けると、少し手狭な部屋のベッドに俺をドサリと降ろした。 ここは・・・この家の客間、今は土方さんが寝室として使っているはずの部屋だった。 不安気に土方さんを見上げると、奴はなんだか知らねえけど薄暗い部屋のデスクから何かを持ってきた。 そしてその小さなパッケージを歯でピリ、と破る。 そ、、、それは・・・・。 コ、コ、コ、コ、コンドーム!!! や・めてくれ!!!!恥ずかしい!死ぬから!!!!何なのこの人!! 「これ、つけるのは礼儀だろ。お前置いといたらどっか逃げちまいそうだしな」 ああ・・・・・。 俺は、なんだかとんでもない人を好きになってしまったみたいだった。 ぐ、と色っぽい表情で土方さんの顔が俺の目の前に寄せられる。 唇が、触れた。 土方さん。 何度も、色んな男と重ねたこの唇。 今、誰よりも愛している土方さんと、俺はキスしている。 土方さんのキスは、真っ直ぐな彼そのまんまだった。想いの強さがガンガン伝わってくるような暖かい口づけ。 舌がそっと差し入れられて、俺はビクリと身体を震わせた。 駄目だ、恥ずかしい。 何が、土方さんのを咥えて昇天させてやる!だ。 恥ずかしくて恥ずかしくて、俺はもうここから逃げ出したくてたまらなかった。 土方さんの性急な手が、俺のボトムを脱がせようとしていた。家事や介護で動きやすいようにスウェットを着ている俺の服は、いとも簡単に下着ごとするすると足から抜き去られて。 俺は、一糸纏わぬ姿で土方さんと対峙していた。 「ま・・・待って・・・ぎ、銀時が・・・この部屋だと銀時に聞こえるかもしれない」 土方さんの瞳が揺らぐ。 「気になるか。銀時が」 俺の頬を白い指先がつ、となぞる。それだけで俺はゾクゾクと背中が粟立ってしまう。 「俺は、見せつけてやりたい。銀時に。もう今は総悟が俺のものだってことを・・・見せつけてやりたいくらいだ」 「土方さん」 もう一度深く、口づけられる。 ああ、この瞬間をどれだけ望んだことか! どれだけ夢見て何度諦めてそれでも何度未練がましく縋りついただろうか! 俺たちは唇の端から唾液が流れ落ちるのも気にせずに、お互いを貪りあった。 土方さんも、同じ気持ちでいてくれたんですかィ? ゆっくりと、土方さんがベッドに俺を押し倒す。 そして、男の目をして言った。 「総悟・・・俺は浮気は絶対に許さねえ。お前が他の男と寝たら、俺はお前を殺すかも知れねえ」 「うん・・・土方さん、俺が浮気したら俺を殺していいですぜ」 「簡単に言いやがって・・・お前に守れンのか?」 そう言いながら、俺に口付ける。 俺の下唇を咥えてそのまま顎を吸い上げ、仰け反った俺の首筋を唇がつたい降りた。 「ひじか・・・たさ・・・」 鎖骨のラインを土方さんの指がなぞる。そのあまりにも優しい感触が俺の身体の芯からぞわぞわと快感を引き出していた。 「総悟」 ゆっくりと何度も鎖骨を往復する指。 「う・・・・・・・うう・・・」 土方さんが俺の胸に到達する頃には、もう既に俺の乳首は土方さんの唇を心待ちにしているかのように、ビリビリと張りつめて痛くて痛くてたまらなかった。 痛い・・・痛いよ、土方さん。 その、俺の胸の飾りを土方さんは愛おしそうに眺めて。 「や・・・土方、さん」 俺は期待に身体を捩って土方さんの愛撫を強請った。 俺はもうずっとこうなることを願っていたんだ。もうこれ以上焦らさねえでくだせえ! ふいに土方さんの唇が俺の右の乳首に、触れた。 軽く、風が撫でるように触れるだけ。 「ひ・・・イヤアアアアっ!!」 ビク、ビクンと俺は身体を痙攣させた。 「総悟、感じやすいんだな」 何もされていないのに既に硬く立ち上がった俺の胸の前で土方さんが呟く。 その吐息だけで俺の身体はもう限界に近付いていた。 「ヤッ・・ヤ・・・ヤ・・ひ・・・ひじかた・・さ・・だから・・・で・・さ、アッアン!」 土方さんに説明しようとした途端、待ち焦がれていた土方さんの舌が、俺を包み込んだ。 「ん、ふううっ・・ん!」 舌で舐めて転がされ押し込められて。もう片方は土方さんの指に強弱をつけて捏ねられて。 もう、狂ってしまいそうだった。 「ん・・は・・やめ・・やめて・・やあ・・だ」 はあはあと息が荒くなる。いつの間にか、俺自身は誰にも触れられていないのにゆるゆると立ち上がり始めていた。 土方さんは、俺の身体を丁寧に全身愛撫した。 独特の意思を持って身体中を滑る男らしい繊細さを持った指。 その指が通った所はすべて火がついたように燃え上がった。 そっと、俺の両足を広げる。 どれだけの男の目に晒されたかわからないその場所を、土方さんが目を細めて眺めていた。 「や・・・見・・見ねえで、くだ、せっ」 息が上がった俺はもうそう言うのが精いっぱいで。 土方さんは、不意にその綺麗な手で俺自身をやんわりと握り込んだ。 「ひんっ・・・ふぁああああ!」 緩やかなスピードで、右手を上下させる。 ぴくぴくと快感を主張し始めた俺自身を愛しそうに見つめて、土方さんが先端をいきなりきつく吸い上げた。 「イアッ!」 まさかいきなりそんな事をされると思っていなかったので、急な刺激に俺の性器はぴんと反り返った。 ぐっ、ぐっと親指に力を入れて俺自身を扱きあげる。 土方さんの指が・・・俺に触れている。そう考えるだけで、俺の中心はどんどん張りつめてしまう。 ぎゅ、ぎゅ、と強く、柔らかく握りこまれて小刻みに擦られて。 「ん・・・ああ・・・・あっ・・はっ」 自然と腰が揺れた。 「や・・やだ・・ひじか・・」 こんな俺を見られるのが嫌だった。淫乱だって思われていないだろうか。 「総悟、お前は可愛いな」 そう、低い声が聞こえた。 途端、俺の中心には電撃が走った、ような気がした。 レロレロと先端を嘗めつくされ、先走りの透明な液体をも土方さんに吸い尽くされる。 「やっ・・やっ・・・や・・やあっ・・ん!あっ」 土方さんの手の動きが速くなる。俺は・・俺の頭の中は真っ白な光と真っ赤な光がぐちゃぐちゃと混じり合って、ぱちぱちと音を立てていた。 「ヤッ・・出る・・・出る・・・で・・るう!」 「イケよ」 「み・・ひっ・・・みな・・・で」 がくがくと土方さんの動きに合わせて腰を振りながら・・・俺は達してしまった。 「総悟」 「んんっ・・・・ふ・・・ふ・・・う・・」 はあはあと俺が息を整えている間、じっと俺を見降ろしている土方さん。 俺は、その時になってようやっと気がついた。土方さん自身も、怖いくらいに張りつめていた。 「総悟、触ってみろ」 そう言って俺の手をとって自らの象徴に導く。 「あ・・・」 土方さんは、どくどくと脈打つようにパンパンに張りつめ、天を向くように自己主張していた。 熱くて、とても硬くて・・・ビクビクと血管が忙しく先端に向って行くみたいで・・・。 これが・・・これが俺の中に入るんだ。 そう思うともう俺は全身が燃えるようだった。 「や・・だ・・・怖い」 もう、そう考えただけで、どうしていいか分からなくて。俺は初めてみたいにぶるぶると震えた。 「怖くねえ、総悟、大丈夫だ」 土方さんは俺の手の上から自分の手を添えて、数度自身を扱かせた。 急激に質量を増す土方さん。 土方さんは自身の先走りを俺の秘部に塗りこめる。 ぬるぬると俺の入り口の周りを、指で何度も円を描く。くすぐったさに俺は身を捩ろうとするけれど、俺の下半身はぐっと土方さんの左手で押さえられて。 だんだん、土方さんの指がつぷりと俺の中に入ってきた。 小さく指をグラインドさせながら俺の入り口付近を抜き差しする。 「うう・・・・・や・・・・・や・・・・」 じれったいその動きに、俺の方から腰を押しつけそうになる。 突然。 「ここに・・・・何人の男を受け入れたんだ」 一気に身体の熱が冷める様な土方さんの科白。 「あ・・・・あ・・・・」 俺は、土方さんがきっと俺の事を汚らしいと思っているんだって・・・・そう、思って。 「どうした、総悟」 勝手に涙が流れ落ちてしまった。 「だ・・・だって・・おれ・・俺、汚いから」 はっとする土方さん。 「違う、すまない。俺は、俺は悔しいんだ。お前に突っ込みやがった男達全員を殺してやりてえくらいに」 「土方さん」 「何度お前が他の男に触られていようと、俺が全部消してやる」 「う・・・ひっ・・・・ひじか・・・さ・・・」 こんな、俺を嫌わねえでいてくれた。俺は感激で胸がいっぱいになった。 カサ、と音がして土方さんがさっきのコンドームを取りだした。 「ひ・・土方さん!俺、俺・・・・そのままで、してほしい」 「え?」 「そんなのつけないで・・・俺、ナマの土方さんが、欲しい!」 後から考えると赤面ものの科白なんだけど、その時はもう薄さコンマゼロ数ミリの壁でさえ俺達を隔ててほしくなくて。 必死になって土方さんにすがりついた。 「お・・・おまっ・・・おま・・・なん・・・」 でも実際は真っ赤になったのは土方さんで。 「な・・・なん・・・なん・・・なんて・・・おま・・お前」 ごくりと喉を鳴らして。 「本当にいいのか?」 なんて真面目な顔で聞いてきた。 バッキャロィ、こっちまで照れちまわァ! 「お願い、土方さん」 かわいくおねだりしてやる。 「そ、総悟!」 土方さんが、俺の足をぐいと広げて、さっき慣らした穴に、自身をあてがった。 膝の裏を土方さんの両手に押されて尻が上がる。ぐ、と独特の圧迫感が俺の下半身を覆った。 俺の入り口が無理に広げられる感覚に自然と眉が寄る。 何度も経験した感覚。 だけど、初めての。 燃えるように熱くて硬い土方さんが俺の中に入ってきた。 「う・・・ふうううううん」 意識しない鼻から抜ける声が出てしまう。 「あ、ああああ、あっ」 信じられないような質量で俺の中いっぱいにすっぽりと入り込んだ土方さんは、どくどくと脈打っていた。喉からせり上がってくるような下腹部の圧迫感。 苦しそうな顔をしていたんだろう。土方さんが心配そうな顔をする。 「大丈夫か、総悟」 「ひ・・・じかた・・さ」 腹ン中がどれだけ苦しくっても、そんなことはどうでもよかった。 土方さんと、今、土方さんと繋がっている。今生でこんな事がありえるなんて思ってもみなかった。 心の底ではずっと願っていたけれど、でも。 「どうして、泣く。キツいのか?」 いつのまにか、目尻に涙が溢れていたらしい。土方さんの、労る様な瞳。ああ、土方さんが俺にこんな顔をしてくれるなんて!! 「う・・・うれし・・でさ・・・お願い、土方さん、う、動い・・・て」 俺は、全身が火傷しそうなくらいの熱をそこに感じながらも、まだ浅ましく土方さんを求めた。 「う・・」 土方さんが、短く呻いてゆっくりと俺から硬いものを引き抜いた。そして、完全に出て行く前にまた俺の中に戻ってくる。 「ん・・ん・・・ア」 ゆる、ゆると土方さんが腰を前後させると、もう俺はそれだけで頭の芯がぼうっとしてしまった。 土方さんは俺の内壁をひっかくようにする。段々と速度を速められて自然に声が漏れ始めた。 「はっ・・はっ・・・・あ・・は・・・」 その熱い塊が俺の奥の弱い所を掠めた時、俺はぎゅっと土方さんを締め付けて高い声を出してしまった。 「ヤッ・・・ああ!」 ぴた、と土方さんの動きが止まる。 「ここか?」 涙で滲む瞳で土方さんを見上げると、静かに燃える熱い黒曜石が、壮絶な色気を伴って俺を見降ろしていた。 急に、土方さんの腰がそこを目掛けて執拗にアタックを繰り返し始めた。 俺は、頭に靄が掛かったみたいにわけがわかんなくなって。 「い・・・いぁっ・・・あは、はああ・・んはっうぁ・・・あはあああぁん・あぁっ」 気がつけば啜り泣きの様な嬌声を途切れなくあげ続けていた。 あまりの快感に、口を閉じることができなくて、唾液がとめどなく口の端から流れ落ちる。 ただ、揺さぶられながら喘ぎ声を発し続ける俺が、無意識にぎゅうぎゅうと土方さんを締め付ける。 「クソッ・・・駄目だ・・・そ・・ご・・イク・・ぞ」 「あっ・・・あは・・ん・・は、ひじか・・・さ・・・」 土方さんが俺のモノを性急に扱きあげる。 二人とも動物の様に絡み合う。土方さんが歯を食いしばって俺の最奥を穿った時、俺の頭は真っ白にスパークした。 俺は。 ビュクビュクと二度目の絶頂を感じながら、俺の中いっぱいに吐き出される熱い土方さんの精を、この上も無い幸福感で迎えていた。 あの後、俺は気絶するみたいに眠ってしまった。 生まれてこの方こんなにも幸せだって思った事があっただろうか。 夢かもしれない。 夢・・・だったら、どうしよう。 俺はふわふわとした感覚の中、急に悲しみが襲ってきて、どうしていいかわからなくなった。 「総悟」 暖かい声が聞こえる。 俺は、うっすらと瞳を開いた。 目の前に、男らしくて恰好いい土方さんの顔があった。 「どうして泣いている」 一見感情の無い様な表情。だけどわかる。俺のことをとても心配してくれている顔なんだ。 「なんでもない・・・なんでもないんでさ」 ぎゅう、と土方さんの胸に抱きつく。今までこんなこと絶対にできなかった。やっちゃいけなかった。 土方さんは、俺の頭をわしわしと撫でて、脳天に唇を押しつけてくれた。 土方さんが、枕元の時計を手に取る。 つ、と視線を時計に落としてむくりと起き上がった。 どこかへ行ってしまうんですかィ!? あんまり俺が不安そうにしているもんで、土方さんはフッと笑った。 「お前は寝てろ」 「ど、、どこへ・・・・」 「松平の会長のところだ」 どきん、とした。 栗子のあの悲しそうな顔が俺の頭をよぎる。 それに・・・それに・・・・。 松平は大きなグループ会社の会長だ。縁談を断って土方さんは無事にすむんだろうか。 よくわかんねえけど、自社でもすごく微妙な立場だって前に秘書の坂井さんが言っていた。 俺にはなんにもわかんねえだけに、正体のわからねえ不安が俺を襲う。 「お前は何も心配するな、寝てろ」 そう言って俺の身体を布団に潜り込ませて。 土方さんはベッドを出た。 逞しい土方さんの身体を、気だるい感覚の中見上げる。 ああ、この人にすべて任せていれば、俺は大丈夫なのかもしれない。 ふと、そんな風に思った。 シャワーを浴びて出かけるつもりなんだろう、チェストからタオルを取りだす土方さん。 こっちを見て、 「大人しく寝てろよ」 そう言うと部屋を出て行った。 薄暗い部屋の中で俺は今世紀最大の幸福を反芻しながら、すぐにどっと疲れが襲ってきて、夢も見ずに眠ってしまった。 だいじょうぶ、なわけなんてなかった。 俺と土方さんの目の前には、まだ険しい道のりが大きな口を開けて待ち構えていたんだ。 「我儘なカンパネルラ(12)」 (了) |