「我儘なカンパネルラ(11)」 H.23/03/26 |
(土←沖)遅れてきすぎたヒーローと沖田さん。 暖かい。 ほかほかふかふかふわふわの感覚の中に俺はいた。 ここはどこだろう? 周りにはなんにもない。 ただぬくぬくとしていて安心する。 でも、俺は早く起きて仕事に行かなきゃ。 なんとか身を起こそうと身体を捩るけど、俺の身体はちっとも動かなかった。 それどころかわけわかんない力にぎゅうっと抱きしめられて。 「んん・・・・・・」 苦しいわけじゃないけど、なんだろう、この懐かしい匂いは。 姉ちゃん・・・・・・? 違う。 目を・・・・・目を開けないと・・・・・。 「総悟」 呟いたのか囁いたのか、確かに誰かが俺の名前を呼んだ。 この声、誰だったっけ。 たしか、俺の大好きな・・・大好きな・・・・・・・。 わかんねえ、思い出せねえ。 だけどその懐かしい感覚は覚醒しかけた俺の意識をまた眠りの奥底へ引きずり込んでいった。 どれくらい眠っていたのか。 ぽっかりと俺は目を覚ました。 「・・・・・」 ここは? 見た事のある天井。 もそもそとベッドの中で身じろぎして。暫くの間ここはどこだったっけと考える。 ともすればまた瞑ってしまいそうな目をこすって周りを見渡しているとだんだん意識がはっきりとしてきた。 「ひっ・・・・・・・」 土方さんの家だ!!!!!! 俺がこの家を出る前に寝起きしていた部屋。出て行く前と寸分違わぬ状態だった。 な、、な、、、な、、、なに、なに?なんで俺ここにいるの??? 軽くパニックに陥りながらも急激に尿意が襲ってくる。 どれくらいトイレに行ってねえのか。意識するともうばふばふと身体を上下させていないと耐えられない程だった。 足を擦り合わせて我慢しながら・・・・・部屋に誰もいないことを確認して、ベッドから降りる。 俺はここにいた頃使っていたパジャマを着せられていた。 ひやりとした外気に尿意が一気に加速する。 「や・・・・やぁ・・・」 我ながらなんちゅう声出すんだと思いながら二階のトイレに行く。 おー。天国。 ふう、と一息突いてトイレを出る。 生理的欲求を満たして冷静になる頭。 「俺・・・なんで・・・・・」 ここにいるんだろう。 冷たい廊下の感覚に足の指先が冷えて行く。その冷たさに俺は土砂降りの雨の中を歩いていたことを思い出した。 寒くて、冷たくて。とにかく楽になりたくて俺はガード下のコンクリート壁に倒れ込んだ。その時・・・・。 俺が見た黒豹。 あれは確かに土方さんだった。 てっきり夢だと思っていたけど、あれは・・・現実のことだったんだろうか。 まさか・・・土方さんが俺を、助けてくれたんだろうか。 自分に都合のいい想像が俺の胸を高鳴らせる。 期待しちゃ駄目だ。土方さんは俺を嫌っている。期待しちゃ、駄目だ。 急に息が荒くなってしまった俺は喉の渇きを覚えた。台所に行って水でももらおう。 そろそろと俺は階段を降りた。 かちゃりとリビングの扉を開ける。 「あ・・・・」 そこに、食卓に座って新聞を広げている土方さんがいた。 夢に見る程に焦がれている、土方さんが・・・・・・。 俺の大好きな綺麗な指先。新聞に触れる指先から肩に繋がる流れるようなラインに服の上からも美しい筋肉がついているのが分かる。 細身のグレーのリブセーターから覗く糊のきいたシャツの襟。白い首筋を上がると色っぽい喉仏と鋭角な顎。 大人の男の精悍な頬の輪郭、俺に冷たい言葉を浴びせる薄い唇、帝王にふさわしいすっと通った鼻梁、少しだけ神経質そうな眉を寄せて。 そうして、強い意志を持った吸い込まれそうな黒曜石の瞳。 その瞳が俺をじっと見ていた。 ああ、むしゃぶりつきたくなるほどの愛しい人。 だけど、俺はこんなにも汚れていて。 『沖田さんの汚れきった身体』 そう、山崎にまで評された、俺の身体。 そういえば、この間もここを飛び出して。銀時を預かってくれている土方さんに何も言わねえで・・・。 働いて金を貯めるどころか自分の家にさえ戻ることができなくなってしまった。 こうやって土方さんの前に再び立っている資格さえ無いんだ、俺は。 「総悟」 土方さんが、俺の名を呼ぶ。俺の・・・・俺の名を・・・・・。 どうして、俺を助けてくれたんですかィ。 土方さんも・・・・ひょっとして・・・俺を・・・俺のことを・・・・・。 「何故、あんな雨の中で倒れていた」 俺の事を・・・まさか・・・・。 「言え。何故だ」 静かな口調。 「お・・・れ・・・・家・・に・・かえったら・・・ザキ・・・がいて・・それで・・・俺・・・・怖くて・・・・」 うまく言えなかった。 でも。 「そうか」 土方さんはわかってくれた。 なんだか土方さんが優しいような気がする。 やっぱり土方さん・・・・・ 俺は、うっとりとそんな自惚れに思考を奪われていた。 だけど。 「調子にのって男を手玉に取っているからそんな目に会うんだ」 脳天から冷水を浴びせられたような感覚。 ああ、俺はなんて馬鹿なんだ。 土方さんが俺の事をほんの少しでも好きでいてくれているのかもしれないなんて。 なんて自分勝手な俺。 よもや土方さんと甘い関係になれるのではないかなどと妄想して。それなのにたった一言で無残にもその夢は打ち砕かれてしまった。 恥ずかしい。 恥ずかしくて恥ずかしくて、誰もいないところへ行きたかった。 涙が俺の目からこぼれそうになって、慌てて下を向く。 土方さんの視界から消えてしまいたい!!!! 「お前を、この家に住まわせてやる」 どくん、と胸が鳴った。 俺が・・・・また・・・この家に・・・・・? 「ただし、使用人としてだ」 その冷徹な土方さんの言葉は、俺を再び凍りつかせた。 使用人として。 その、冷たい言葉に俺が返事もできないでいると、土方さんが言葉を続けた。 「どうせ、お前みたいなガキが一人でやっていこうなんて無理なんだ。お前など自分に寄ってくる男を頼って良くない関係を続けた結果、そいつを駄目にしてしまうのが落ちだ」 ひどい、ひどい言葉。 だけど、そんな言葉でも俺を見て俺に向かって話してくれているのが嬉しくて。 今、土方さん何て言った? ここに、住まわせてくれるって? また、土方さんと一緒に暮らせるかもしれねぇんだ・・・・。俺の胸はどきどきと音をたてはじめた。 まったく本当に俺って奴は自分中心で。 でも、せっかく保護司の人が仕事を紹介してくれたってのに。俺を雇ってくれた工場の社長さんにも迷惑をかけることになる。 頭の隅にそんな想いが飛来した。 土方さんはどういうつもりでこんなことを言い出したんだろう。 何故、こんなにも迷惑をかけられた不良の弟を再び同じ屋根の下に置こうと考えたんだろうか。 外でわけのわからない問題を起こされるよりは自分の監督下に置こうってことだろうか。 ふいに、俺の頭の中に、銀時の借金のことが思い出された。 そうだ。2000万円もの借金を、土方さんは肩替りしてくれていたんだ。 それを、ここで働いて返せってことなんだろうか。 工場で働いたお金、少しずつだけどちゃんと返そうとは思っていたのに・・・・・。 「総悟、返事をしろ。今のアパートにはろくな荷物などないだろう。もう戻らなくていい。退去の事務処理はうちでやっておく。今日からここで寝起きしろ、いいか、わかったな」 有無を言わせない土方さんの言葉。 俺は、お金のことで俺を信用してくれていないんだって思うとすごく悲しくなってしまっていた。 そりゃあこんなにたくさんの借金を肩代わりさせられて信用なんてできるわけねえかもしれねえけど・・・。 俺は・・・・ちゃんと返して行こうって思っていたのに・・・・。 「ぃゃ・・・・でさ・・・・」 小さな小さな、抵抗の声が俺の口から出た。 「なんだと・・・」 土方さんの声も小さい。 だけど、怒りを含んだ、意識しないのに腹の底から勝手に出てきたような声。 「お前は銀時の世話をしたかったんじゃあねえのか?銀時があんなことになったのはお前の責任だろうが!」 びりびりと俺の身体は土方さんの怒鳴り声によって震えた。 あまりの勢いに目を瞑る。 俺の、責任。 その言葉が俺の心にぐさりときた。 土方さんは、銀時に毒を飲ませたのは俺だって、やっぱり思っているんだろうか。 あたりまえだよな。。俺はそれで少年院に入ってきているんだから。 それに、俺の責任だっていうのは間違っていない。 土方さんを裏切り、銀時を不幸にし、山崎を狂わせた。 俺は、疫病神だ。 「わかり・・やした」 複雑、という言葉ではとても言い表せない心持ちで俺は答えた。 土方さんに反抗して、ここで暮らすのは嫌だって言った俺、保護司さんややっときまった仕事先に迷惑をかけるのも嫌だって思っている。 だけど、だけど、それよりも。土方さんとまた一緒に暮らせるっていう事実に身体が震えるほどの歓びを感じている自分がいた。 それきり無言の土方さん。 俺は、動く事もできずにその場に立ち尽くしていた。 その時、遠くで何かが鳴っている音が聞こえた。二階だろうか。数秒聞いて俺の携帯の呼び出し音だと気付く。 俺はポケットに携帯を入れていた。多分パジャマに着替えさせられた時に、服と一緒に置いてあったんだろう。 すう、と土方さんの目が細められる。 何か怖い・・・・・。鳴りやんでくれ・・・・・鳴りやんでくれィ!!!! 俺の願いとは裏腹にどんだけ?って長さのコール音。留守電サービスは契約していないので延々鳴り続けている。 俺に電話を掛けてくる奴なんて知れてる。保護司さんか、高杉か、・・・・・山崎。 このコール音の長さにぞくりとする。 まさか・・・・・。 「相変わらず、信者が山の様にいるようだな、総悟」 それまで黙っていた土方さんが口を開く。 や・・・まのように・・なんて、いやせん・・・。 心で返事をして、それでも鳴り続けている携帯に、『いい加減に鳴り止みやがれィ』と悪態をつく。 土方さんの長い足がス、と動いた。 やばい、と思う間もなく土方さんがリビングを抜け、階段を上がり始めた。 「ま、待って下せぇ!」 一生懸命追いかけるが、スタートとリーチの差は大きい。 俺が階段の下まで走った頃には土方さんは部屋のドアを開けているところだった。 階段を駆けあがって部屋に入ると土方さんが俺の携帯を机の上から取り上げている。 呼び出し音はタッチの差で鳴り止んでいたが、着信表示を見た土方さんの目が大きく見開かれた。 「お前・・・・・・・」 怒りを抑えた声。 土方さんが俺の携帯の着信履歴を表示させて画面を俺に見せる。 そこには、高杉晋介の名があった。 「お前まだこいつと繋がっていやがったのか・・・・・・。どうしようもない野郎だな」 土方さんが一旦消したアドレス。土方さんは俺が高杉に襲われているところしか知らないんだから、そんな奴と連絡を取り合っている俺をそんな風に思っていたって仕様が無いことだった。 何も言わない俺に小さく舌打ちすると、土方さんは前と同じように俺の携帯を勝手に操作し始めた。 高杉のアドレスを消す気だ! そう悟った俺は土方さんの腰に飛び付いた。 「な・・・にしやがるんでィ!」 「離せ!ガキが!!」 「やめろ!やめろったら!!」 「馬鹿野郎!お前の腐りきった根性を叩き直すには男どもとの爛れた関係を払拭するしかないんだ!」 かちん、ときた。 そう思われても仕方ない俺だけど、俺は土方さんに親の敵かなんかのように憎まれていて。 俺には頼る人間なんていねえ。高杉とだって爛れた関係なんかじゃねえんだ。 「か・・・関係ねぇだろィ!土方さんには!!お・・俺は使用人になるとは言ったけど、もう兄弟じゃあねえんだ!土方さんにそんなことされる筋合いはありやせんぜ!」 「なんだと?」 土方さんの瞳が怒りに震えるのが分かった。 縋りつく俺をものともせず、土方さんの綺麗な指先が俺の携帯の上を滑るように動いた。 「や・・・やめてくだせぇ!・・・か・・・・・・金!!金を借りているんでさ!!高杉に!!」 言うしかなかった。 ぴくりと土方さんの手が止まる。 口を真一文字に結んで鼻ですうと息を吸って吐いて。怒りを、押さえているのが良く分かる。 「・・・・・いくらだ・・・・・一体いくら金を出させているんだ」 「それが・・・・。わ・・・わからねえんでさ」 俺の声は震えていた。 実際分からないんだから仕方ない、が。 「お・・・・前と言う奴は」 必死に怒りを抑えていたであろう土方さんが爆発してしまった。 「男に金を出させてそれがいくらかもわかんねえのか!どれだけ腐った人間なんだ」 鼻の奥がツンとした。 今更だ。今更だけど、俺って土方さんに本当に軽蔑されているんだ。 男に金を出させて・・・・か。 そんな、つもりなかった。 なかったけど、結局はそうなっている。 男に金を出させて、別の男を廃人にして、そしてまた別の男に殺人未遂を起こさせた。 土方さんの目がそう言っているような気がした。 ピッと音がする。 ハッとして見上げると土方さんが携帯を耳にあてていた。 「な・・・何を・・・・」 「総悟か!?テメェなんで電話出ねェんだよ」 高杉のでかい声が俺にもうっすら聞こえてくる。 眉を寄せて耳から携帯を離した土方さん。 「高杉か」 「・・・・テメェ誰だよ、なんで総悟の携帯持ってやがんだ」 「今から言う場所にすぐ来い。話はそれからだ」 土方さんは自分の名前も言わずにうちの住所だけを告げて電話を切った。 「高杉呼び出して・・・・どうしようって言うんですかぃ」 「うるさい。黙れ」 携帯を俺のベッドに放り投げると土方さんは俺をもう一瞥もしないで部屋を出て行った。 力の抜けた俺の身体。 だけどボーッとしてる場合じゃない! 慌てて俺は土方さんの後を追う。 土方さんは、書斎にいた。 どんどんと部屋を叩いてから返事も聞かずにドアを開ける。 「ひ・・・土方さん!」 「お前に用はない、部屋に戻れ」 「も・・どってられやせん!高杉に何言うつもりなんですかィ」 「お前は何も口を出すな」 「く・・口出してんのは土方さんでしょうが!これは俺と高杉の問題でさ」 「そんな生意気な口は誰にも面倒をかけないようになってからきくんだな」 ぐっ・・・・と言葉に詰まる。 高杉だけじゃない、土方さんにも2000万円もの借金を肩代わりさせているんだ。 「・・・・・・高杉は、金は借りてるけど大事な友達なんでさ・・・・」 フンと鼻を鳴らす音。 「かわいそうな奴だな、金だけ絞りとられてご褒美なしのオトモダチ、か」 頬がぴりりと引き攣るのが分かった。 土方さん・・・俺の事本当にそんな奴だと思っているんですかィ? なんで、俺って奴はこうまで嫌われてもまだ土方さんのことが好きなんだろう。 そのまましばらく立ちすくんで、俺は書斎をのろのろと後にした。 土方さんが高杉に何を言うつもりかわかんねえけど、家の前で待ち構えて高杉を追い返すしかなかった。 そろそろと底冷えする廊下を歩く。 そして俺は未だパジャマのままだったってことに気付いた。 あわてて二階に駆け上がって俺は服を着替えた。 ふと思いついて携帯の日付を見ると、俺が雨の中街を彷徨った日から2日が過ぎていた。 まる1日半眠っていたことになる。 じぃ、と液晶を見ていると玄関のチャイムが鳴った。 高杉だ!早ぇ! だだだだだっと階段を駆け下りて玄関に走る。 ああでも遅かった! そこには、もうとっくにバチバチと睨みあいをしている土方さんと高杉がいた。 「テメェ、今更総悟に何の用だ。総悟をこの家から追い出しやがったんじゃねえのかよ」 やめてくれ高杉!そのケンカ腰!! 「鼻息の荒い野郎だな、話は書斎で聞こうじゃないか」 あくまで冷静な土方さん。 冷や汗が止まらない。 俺は睨みあいながら書斎に向かう二人の後を慌てて追いかけた。 土方さんは高杉を書斎に入れると、俺の目の前でドアをバタンと閉めた。 ちょっと!!!俺無視するつもりかよ! へこたれずに書斎のドアを開けて中に滑り込む。 デスクに座った土方さんは俺をじろりと見たけど文句は言わなかった。 「どういうことだ?説明してもらおうじゃねえか」 高杉の噛みつくような問いかけに答えず、土方さんは引き出しから何か細長い冊子を取り出すとサラサラと万年筆を滑らせた。 鍵の掛かっている引き出しからでかいハンコみたいなのを取り出してその上にボン、と押す。 ビッと音がして一枚の紙切れが切り取られ、それをを土方さんがデスクの端に投げてよこす。 「なんだコリャ」 高杉の片方しか見えない眉が上がる。 「いくらか知らんが総悟に貢いだらしいな。それで足りなければ言え。いいだけ払ってやる」 ひ・・・土方さん!!!! どうやらあれは小切手ってやつらしい。 ふか、と書斎の絨毯を一歩前に進んでその小切手を手に取る高杉。 「五百万・・・・?テメエ・・・・人馬鹿にすんのもいいかげんにしろよ」 高杉は手に取った小切手をびりびりと破り捨てた。 ワーオ!こいつ500万破りやがった!! 「足りないのか?ならばいくらだ」 馬鹿にしたような土方さんの笑み。高杉が怒るの分かっててやってるんだ!絶対!! 「貢いだってなんだよテメエ!俺は総悟にくれてやったんだ。貸したんじゃあねえ!あの金は総悟にやって、それで終わりだ!」 「フン、下心が全くなかったと言い切れるのか?この通り総悟はクソがつく程の阿呆だ。その阿呆につけこんで金くれてやって、真実清らかな友情でしたって言いきれるのか?総悟を金で縛ってモノにするつもりだったんだろうが!」 めら。と高杉の身体から火が出るかと思った。 「・・・金で縛りつけてンのは貴様だろうが!!貴様だってあのクソ野郎の借金全部肩代わりしたそうじゃねえか!」 「や、やめて下せェ二人とも!俺が・・・」 「「てめーはだーってろ!!!!」」 二人同時に怒鳴られる。 なんだよ俺だけ蚊帳の外かよ! 「テメエ・・・なんのつもりか知らねえがよォ、貴様のせいで総悟がどれだけ苦しんだか分かってんのかよ。今更総悟に何の用があってこの家に連れ込みやがったんだ」 「総悟はうちの使用人になった」 「な・・・・んだとおお?」 高杉が目を見開いて俺を振り返った。 俺はもうコクコクと首を縦に振るしかできない。 「雇い入れるにあたって、後々面倒な事にならないよう、事前に使用人の身辺整理をしているだけだ。金はいいだけ返すからこれ以降総悟の周りをウロつくんじゃねえ、強姦未遂犯くん」 あ・・・・・・鮮やか。土方さんかっこいい・・・・・。 とかゆってる場合じゃねえ! 返す言葉も無く、今にも暴れ出しそうな高杉を押さえようと俺は一歩踏み出した。 「て・・・・てめえ!!!」 「わーっ!たかすぎ!抑えて!抑えて高杉!!」 「お前なんでこんな奴んとこで働くんだ!!働くところがねえなら俺んとこで雇ってやるっつっただろーが!!」 「ち・・ちがう!違うんだ!銀時!銀時の世話、してぇんでさ、俺」 ふと高杉の力が抜ける。 「ご、、ごめん。ごめんな、高杉。俺、ここに住ませてもらって銀時の世話してえんだ」 高杉を見上げると、目のふちがほんのり赤くなっている。唇を無理に歪ませて泣くのを我慢してるガキみてえに。 「お前の・・・・バカさ加減には呆れらあ」 がっくりと肩を落として書斎を出ようとする。 「金を受け取らないのは勝手だが、もう総悟の半径1km以内に近寄るんじゃねえぞ」 あーもう土方さんのいらんこと言い!! ぎり。と土方さんをひと睨みして。 「また連絡する」 って小声で高杉が言った。今日のところは引き下がってくれるみたいだ。 ホント、高杉って俺には甘いんだよな。 廊下を玄関の方に歩いていく高杉の後をついて行こうとすると 「追うな!」 って土方さんの怒った声。 そんなの聞いてられっかよ。 「高杉!」 玄関でヨレヨレの靴を履く高杉に声を掛ける。 「あんだよ」 「あの、ごめんね、高杉。あれ・・・あのお金、本当にいくらだったの?俺・・・ごめんね、俺・・・そんなのもわかんなくて・・・でもあの・・絶対返すから」 そう言うと、高杉にしては珍しい無表情で靴を履く為に屈んだ動きを止めて、しどろもどろの俺を見上げる。 「お前・・・今度金の話しやがったらブッ殺すぞ」 ぎらりと狂気の目を向けられて思わず身体がすくむ。 なんで俺の周りにはこう迫力のあるヤツばっかなんだよ! 高杉はもう俺の返事なんて聞かねえでバタンと玄関を閉めた。 つ・・・・疲れた!!!! 俺は、ヘタリと玄関に座り込んでしまった。 次の日から、俺はこの家で働き始めた。 朝日が昇る頃に起きだして家中の掃除をして、洗濯。俺と土方さんの朝食を作って土方さんが起きてくるのを待つ。 土方さんは1階の一室で寝起きしていた。書斎の前を通りすぎてもうひとつ奥の小さな客間だ。 土方さんが起きてきて朝食を食べる。俺は使用人だから土方さんとは一緒に食べない。土方さんが仕事に出かけてからひとりでモソモソ食べる毎日。 俺は掃除や洗濯の合間に銀時の世話をする。 土方さんは、銀時の世話の為にヘルパーの人を雇っていた。 俺よりずっと身体の大きな銀時の世話をするのは、俺だけでは無理だ。 俺がいるんだから、ヘルパーさんを雇うのをもうやめてくだせえって言ったけど、「お前だけで満足な世話ができるわけがない」と一笑に付された。 それは理解できるけど、それじゃあ俺が来た意味って何なんだろう。 銀時の世話をする人を減らすわけでもなく。家の事は今までだって通いのお手伝いさんと土方さん自身で賄っていけるんだ。 俺を雇うっていったって、俺にかかる費用だけが増えたことになる。 俺は、どこに行ったってお荷物なだけの役立たずなんだ。 考えないでおこうって思ってもふつふつと湧いてくるそんな卑屈な思い。 それを打ち消したくってがむしゃらに働いた。 土方さんに頼んでヘルパーさんを二日に一度にしてもらった。 入浴は二日に一度にしてもらって風呂に入れない日は俺が身体中を丁寧に拭いた。 銀時はおおむね大人しくしていたけれど、時に何かに怯えたように急に大きな声を出して暴れる事があった。 ヘルパーさんが来ていない日、土方さんが昼間仕事に行っている間は俺と銀時の二人っきりになることが多い。そんな時銀時の発作が起こると最悪だった。 何が最悪って銀時がすごく怖かった。 俺に暴力をふるうとかじゃなくて、銀時が何かの悪夢にうなされているように、ベッドや車椅子から落ちて転げ回る。 銀時が未だに恐ろしい恐怖に苛まれているのかと思うと胸が締め付けられるほどに苦しかった。 何も出来ない俺はめちゃくちゃに泣きながら銀時にしがみついて発作が治まるのを待った。 銀時・・・銀時は一体何に苦しんでいるんですかィ?あの日の苦しみを何度も何度も味わっているの? ようやっと静かになった身体を必死に引きずりあげてベッドに戻す。 「うう・・・うあう・・・」 銀時が呻きながらも眠りに落ちて、俺はやっと安心した。 土方さんは銀時の発作は俺が来るまでほとんどなかったと言っていた。 そういえばいきなり声を上げたり暴れたりするのは俺と二人きりの時が多かった。 「お前がいることが銀時にとって刺激になっているのかもしれない」 土方さんは複雑な表情でそう言った。 それが良い事なのか悪い事なのか・・・・・。俺にも土方さんにも分からなかったけれど。 ある日、ヘルパーさんのこない日だけど俺はなんとなく銀時を風呂に入れてやりたくなった。 毎日思っていたことだけど、銀時の入浴が一番体力的にキツい仕事で。 俺はトイレにだって行かせられるし、これができればヘルパーさんを完全に断ったってやっていけるんじゃないだろうか、って思ったんだ。 家はバリアフリーぎみに改装してあったので、風呂場まで車椅子を押して行くのは簡単だった。 問題はここからだ。 銀時の服を脱がせる。上も下も簡単に脱がせられる介護用のパジャマだった。チャックが全身に張り巡らされていて、それを全部はずすとパーツごとにバラバラになって尻を上げさせなくてもズボンを脱がせられる設計になっていた。 「銀時、お風呂入ろうね」 車椅子の前に立って銀時の腰に手を回す。銀時の腕を俺の首から背中に回させて、せえので腰に力を入れて銀時の身体を持ち上げた。 ヘルパーさんがいつもやっているやり方を俺はいつも見ていた。 思ったより簡単に銀時の身体は持ち上がった。 銀時は足が萎えてしまったわけじゃないから、立とうと思えば立てるんだろう。俺に体重を預けながらも少しは足に自分の体重がかかっているみたいだ。 だけど立ちあがってからが大変だった。 いくらなんでも体格差がすごくて。 よろよろと後ろによろけて転びそうになる。 「ぎ・・・ぎんとき!!がんばって・・・おふろ・・・おふろ、はいろ・・・」 脱衣所まで車椅子を持って行っていたので浴室までは2歩くらいだった。 頑張って、って俺は自分に言い聞かせながら身体を反転して、なんとか銀時の風呂用の椅子に座らせた。 「ふうう〜〜〜〜〜〜」 これだけでもうめちゃくちゃ疲れた。だけど休憩している場合じゃない。 早い段階で俺は銀時を風呂に入れるのを諦めていた。 椅子に座らせてシャワーを浴びさせることしか俺には無理だった。 ゆっくりと暖かい温度のお湯を銀時にかけた。 「頭から洗いやしょうね〜〜」 俺はわざと明るく銀時に話しかける。 かくんと銀時の頭を後ろにたおしてふわふわの銀髪にもお湯をかける。 大人しくされるがままになっている銀時。かわいい。 シャンプーを銀時の柔らかい髪に絡ませて指の腹で地肌をマッサージした。 「気持ちいい?銀時」 頭を洗い終えたら次は身体だ。 ボディソープをたっぷりタオルにかけて丁寧に首から洗い始める。 まだまだ美しい筋肉を纏った銀時の身体。首筋、肩、腕、胸板、腹、背中。 俺より身体の大きな銀時を泡だらけにするには俺自身が銀時に密着しないと不可能だった。 「うう・・・・う・・あ・・・」 銀時が俺を見ていた。 俺は銀時の足を洗おうと視線を下に降ろして・・・ビクリとした。 銀時が勃起していたのだ。 「あ・・・・・」 冬場とは言え、銀時を風呂に入れる為に俺は白いTシャツと短パンのみの姿だった。 銀時の身体を一生懸命洗っているうちにTシャツにはお湯や泡がついてびしょびしょになっていた。当然身体の線がくっきり出て、あちこち透けていた。 銀時・・・俺に欲情してるの? 自我も残っていないように見える銀時が、それでも男としての機能を失っていなかった。 俺は、それを希望だと捉える心と、身体の機能に反して意識もはっきりとしない銀時への憐れみでいっぱいになって、しばらくその場を動けなかった。 「うう・・・あう・・・」 「銀時・・・苦しいの?」 俺は、銀時の足の間にしゃがみこんだ。 そうして、泡だらけの両手を銀時の中心にそっと添えた。 「俺が・・・してあげる。銀時」 ゆっくりと手を上下させる。 銀時の雄は前と変わらず立派に自己主張してぴくぴくと反りかえっていた。 「あう・・・・ああ・・う・・・」 「銀時・・・・ごめんね・・・ごめんね・・・」 何が悲しいのか、どうして謝るのか。 丁寧に、銀時の欲望を高めて行く。 「銀時・・・・・」 俺の手の動きが速くなる。気持ちいい?銀時。 びくびくと震える銀時自身の亀頭の部分をくるりと撫で、銀時をこすってそして握って。 その動きを繰り返していると銀時が身体全体を揺らせ始めた。 俺は亀頭の部分だけを右手の指で輪を作って小刻みに刺激を与え、左手で本体を擦り続けた。 「うう・・・ううううううううううううっあうっ!」 銀時は大きく震えて俺の手の中に精を吐きだした。 暫く処理していなかったのがわかる白濁の量だった。 俺は銀時をじっと眺めて。銀時がイった後の表情を見つめていた。 銀時は、いつもどおり、どこを見ているのかわからない虚ろな目で、唇から涎を垂らしていた。 「気持ちよかった?銀時」 ねえ・・・返事を、して・・・・・。 「返事、してくだせぇ・・・銀時」 俺はとうとう風呂場でこらえきれずに涙を流した。 俺がこの家にきて一カ月が経った。 生活サイクルにも慣れてきた頃、今日は土方さんのいる週末で。 相変わらず俺に冷たい土方さんだけど、俺はとても幸せだった。 銀時の車椅子をリビングに運んで。 土方さんに昼食を出して俺は銀時に食事をさせていた。 「わーい、今日も元気に全量摂取!すごいね、銀時!」 土方さんはそんな俺と銀時を、感情の読めない瞳で見つめていた。 形は違うけれど、土方さんと銀時と俺。また三人でこの食卓に集う日が来るなんて。 悲しい悲しい図式ではあったけれど、俺はそれが嬉しかった。 いっそこんな毎日が永遠に続けばいいと思っていた。 だけど。 いきなりその幸せは休日の訪問者によって打ち破られてしまった。 リビングに響くインターホンの音。 俺は銀時の口を拭う手を止めてインターホンの通話ボタンを押す。 「はい」 「ごきげんよろしゅうございます、栗子でございます」 「は?」 くりこ?誰だソレ。 「松平の栗子でございまする。十四郎様はおいででいらっしゃいますか?」 なんだ? 土方さんを名前で呼びやがって。 いきなり芽生える敵対心。 俺はチラリとリビングの土方さんを見る。 「あの・・・すいやせん、えーと、土方さんとはどういった・・・・」 「十四郎様はいらっしゃいますの?貴方こちらのお手伝いさんでいらっしゃいますのでしょう?早く御取次ぎ下されませ」 なんだこいつ。 ノロノロしゃべりやがって人の質問に答えろっつーの! 「あの、クリ子だかなんだか知んねーけど、あやしい人間は御取次ぎできやせんので、どういった方でどういったご用件かおっしゃってくださいやせんかね」 ちょっと冷たく言ってやった。 くすりと。インターホンから笑みが聞こえる。 「それは失礼を致しました。私、十四郎様の婚約者の松平栗子と申します」 俺は、インターホンの受話器を取り落としそうになった。 土方さんの、婚約者??? 俺の耳がおかしくなっちまったんだろうか。 だけど、だけど確かに受話器の向こうでこのアホ女はそう言ったんだ。 「我儘なカンパネルラ(11)」 (了) |