「我儘なカンパネルラ(9)」 H.23/03/17 |
(土←沖総受)昼ドラ展開最高潮。エロは薄いけど内容的にR18で。 「テメェいい加減にしろよ」 残暑厳しかった今年の夏も、10月半ばを過ぎていきなり秋を通り越して冬がやってきた。 11月に入ってぐっと寒くなり、セーターに安物の上着を重ね着していても、身体に感じる風の冷たさに身震いするほどだ。 俺が外からバイト先の更衣室に入って手に息を吹きかけていると、背後から高杉の声が聞こえた。 「いきなりなんですかィ、サボってもいねえし遅刻もしてやせんぜ」 高杉の方を見ないで答える。 「テンメェ・・・顔真っ青じゃねえか、そんな顔でまともに仕事できるってぇのか」 「外・・・歩いてきやしたから」 「そんな言い訳通用するか!客商売だっつってんだろうが!そんな景気の悪ィツラでフロアに立つんじゃねえよ!」 「チッ・・ヤクザみてぇな顔してやがる奴がえらそーに」 「あんだとぉ?」 つかつかと歩み寄って来た高杉に胸倉を掴まれる。 「テメェ心配してやってんだろーが!今日は仕事はいいから帰って寝ろ!」 んなわけにはいかねえんでィ。 今日働かなかった分はダイレクトに給料に響いてくる。 俺のソープでの身入りはすべて借金返済(金利だけだけど)に回される。 ファミレスのバイトは9時半から16時まで。途中1時間の休憩があるから、実働は5時間半。 たったそれだけの給料で家賃と光熱費を払って銀時と俺の生活費にしないといけねえんだ。 しかも銀時は今酒を手放せねえから、とにかく酒代がすげえ。 一日だって休みなんてとってる暇、ねえんだ。 だけど、高杉の目が厳しいんで、週に一日は休んでる。その休みの日だけでも他でバイトしねえともうやっていけそうになかった。 「すいやせん・・・体調には気をつけるんで。今日は働かせてくだせえ」 抑揚のない声で高杉に言う。 「・・・・なんでそんなに滅茶苦茶に働きづめなきゃあならねえんだよ・・・それ言えたら今日働かせてやらぁ」 今日こそは俺を解放する気は無いようだった。高杉の真剣な目。 俺を、心配してくれている。 だけど、本当の事を言ったら高杉は銀時に何をするかわからない。 今俺には銀時しかいねえ。たとえそれが間違った愛だとしても。 「俺・・・・・・俺、今金がいるんでさ・・・」 でも、今日はどうにもごまかしきれなかった。 「お前・・・・なんだよソリャ・・・」 借金の事を打ち明けて。でも銀時のことは伏せて。 結構俺は高杉に秘密にしていた事があった。土方さんがすごくお金持ちだったってこと、悶着があって家を出たこと。 追い出されたなんて言ってない。銀時と恋仲になって家を出たって感じで高杉に言ってある。 さすがに俺に借金があるってのは無理があるから、銀時が事業に失敗して借金ができちまったってことに、した。それでも2千万なんてとても言えねえ。5分の1の400万ってことにする。 俺、高杉になんにもホントのこと言ってねぇや・・・ごめんな、高杉。 「なんでテメェが男の借金返さねえといけねえんだよ!そいつぁ何してやがんだ!!」 ホラそうやってすぐ怒る。だから面倒で言えなかったんじゃねえかィ。 「銀時は・・・今ちょっと身体が悪くて・・働けねえんだ・・・」 「ふっざけんな!!!お前そんなこと口から出まかせだってことくれえわかんだよ!舐めんな俺を!!」 はあ・・・と肩を落としてしばし俺の腕をつかんだまま無言になる。 やがてゆっくりと顔を上げると俺に言った。 「俺・・多少は貯金あっからよ・・・それで借金返す足しにしろや」 俺が新生活を始めた時にアパートに無理矢理来た高杉は、そのあまりのボロさに絶句して20万をカンパしてくれた。 もちろん断ったけど以前俺から8万を巻き上げたのを気にしていた高杉は頑として譲らなかった。 あの時は敷金も礼金もなかったもんでありがたく頂いたけど・・・。 「それだけは・・・絶対に駄目でさ」 多少高杉が援助してくれたって本当は借金は2000万あるんだ、ソープをやめるわけにはいかない。身体を心配してくれている高杉に金を用立てさせておいて、嘘ついてソープを続けるなんて絶対にしていいわけがない。 それに・・・高杉は俺にとって歳は違えど大事な友人だ。 友人に・・・そんな甘え方どうしたってしたくない。 「なんだよ・・・俺がやりてえんだよ。お前の為になんかしてえんだよ!わかんねえのか!」 必死な目をして俺を揺さぶる高杉。 俺、お前に惚れてりゃよかったよ。 その言葉をぐっと飲み込んでそっと高杉の肩を押すと、俺はタイムカードをがちゃんと押した。 家に帰ったら銀時がいなかった。 多分酒を飲みに行っているんだろう。 時計を見たら16時半。小一時間もしたらソープに出ないといけねえ。 俺は銀時の身体が心配だった。もう寒くなってきてる。それにへべれけで帰って来て、もし帰り途で眠ってしまったり、倒れたりなんかしたら・・・。 俺は銀時の行きつけの屋台に向かった。 肉体労働者が集まる下町のガード下。そこに早い時間から店を開けている屋台があった。 そこでいつも銀時は飲んでいる。 「おー、そーごちゃん、ツケ払いに来てくれたの?」 屋台の親父が俺をみて目を輝かせる。 「あ・・あの・・ごめんなさい、給料日まだだから」 あからさまにがっかりする親父。背中を丸めた銀髪がのろりと振り返った。 「何だお前こんなとこまで来やがって俺に恥かかせる気かよ。こんな酒代すぐにでもパーっと払ってやれよぉ。おーい皆聞けよ!俺のかわいい恋人はよぉ、ソープで稼ぎまくってんだ!一番の売れっ子なんだぜ!いっくらでも金なんかあるんだ。俺のおごりだ!飲めよ!!」 銀時!こんな・・こんなところでおっきな声でソープなんて・・・言わねえで。 周りの人間も事情を知っているもんだから、気まずそうに俺の方を見ねえでまた屋台の方に向き直る。 「銀時・・ね・・かえろ?寒くなってきたよ、帰ろう?」 無理に笑顔を作って銀時の腕を揺する。 もう半分寝てるような表情で、銀時はこっちをじろりと見る。すっごく酒臭い。一体どれくらい飲んだんだろう。 「俺に・・・指図すんなって言ってんだろ。帰ったら酒あんのかよ。ええ?酒の1つも置いてんのかよ!」 「銀時!もう飲むのやめてくだせぇよ。本当に身体壊しちゃうよ!」 「うるせえ!テメーは早く稼ぎに行ってくりゃいいんだよ!」 強い力で俺の腕を振りほどく。俺はよろよろと数歩後ずさった。 「総悟ちゃん、俺ら、送って行くから、銀さん」 隣で飲んでいた人のいいオッサンが俺に言ってくれた。 「すぃやせん・・お願いしやす」 頭を下げて。涙が出そうになったけどぐっと堪えて俺は家に帰った。 ぴしっとスーツを着て颯爽としていた銀時。頭がよくて何でも知ってて何でも出来て。 仕事だってすげえバリバリやっててリゾート会社のトップとして采配を振るわんとしていた銀時。 どうしてこんなことになってしまったんだろう。 ぐすっと鼻をすすって前を向くと、そこには山崎がいた。 「ザキぃ・・・」 全部見られてたのかな。 「大丈夫ですか、沖田さん」 出かけた涙を無理矢理引っ込めておれは笑顔を作った。 「大丈夫でぃ」 しばらく山崎と一緒に歩いた。二人とも無言。すぐに俺のアパートの前に来た。 「俺・・これから仕事だから」 そう言うと山崎は悲しそうな顔でゆっくり頷いた。 そしてたたっと駆けて行って自販機で何やら買って戻ってきた。俺の手にあったかいコーヒーを握らせて。 「じゃあ俺帰ります」 下手くそな笑顔を作って山崎は俺に背を向けた。 夜の仕事に行って、疲れて帰ってきた。 あれから、自宅のドアを開けるのも緊張する。もしもこの間の親父たちがいたら、と思うとノブを回す手もぶるぶると震えた。 ドアを開けると、中は真っ暗だった。 まだ、帰っていないんだろうか。 暗闇に目をこらすと、いつもの場所に銀時の姿。少しほっとして側に歩み寄る。 「銀時、帰ってたの」 項垂れて、眠っているのかと思ったが、俺が側にしゃがみ込むとゆっくり顔を上げた。 その顔は、ここに来てほとんど見せなかったまともな目をしていた。 「総悟」 俺を真っ直ぐ見て、俺の名を呼ぶ銀時。薄いえんじ色のその瞳。酒を飲んでいない時の銀時は魅力的だった。 銀時は、俺の肩を抱き寄せてそこに顔を埋める。ぐっ。と身体ごと銀時の胸に抱きこまれた。 「あ・・の、銀時?」 俺が仕事に行く前まで飲んでいたのだから当たり前なのだが、銀時からは酒の匂いがする。もうすっかり慣れた銀時の匂い。 俺は目を閉じた。今は、この匂いが俺の生活のすべて、俺の愛だった。 「総悟、俺の側にいてくれ」 俺を抱きしめる腕の力が強くなる。 「銀時・・・・・・俺ァどこにも行きやせんぜ」 呟いて俺も銀時の背中に腕を廻す。銀時の身体は薄く震えていて、俺は銀時の心が深く傷ついていることを知った。 しばしの無言の後。 銀時の唇が薄く開く。 「総悟・・・・・・・俺と、別れるか」 心臓がどきんと音をたてた。 「銀時?」 俺の目はみっともなく泳いでいたと思う。 今の銀時には俺が必要で、俺がいないとどうにもならなくて。 銀時から別れを告げられるなんてことは全く考えてえいなかったから。 俺はもう一人で生きて行くなんてことはできなかった。 小さく震え始めた俺に銀時は苦しそうに目を細めた。 「なに・・・何を言ってるんでさ・・・なんで・・・なんで別れるなんて言うんですかィ」 予告もなくふっと視界が反転する。 気がつくと銀時が俺を優しく押し倒していた。 「総悟・・・・・・俺は、お前を手放すなんてこと、絶対にできない。許して・・・くれ」 銀時!! 俺は銀時の唇にキスをした。何度も何度も。 銀時が俺を必要としてくれる限り、俺は一人にはならない! 甘い、銀時の口付け。 優しい時の銀時は、大人で俺をすっぽりと包み込むでっかい身体で、眠そうな瞳だけど俺を精いっぱい慈しんでくれているのがわかる。 俺はまるで子供に帰ったみたいに、銀時に甘えて抱きついた。 愛で無く。兄や父親に甘えるのとよく似ていたけれど。 銀時は俺の足の間に下半身を割り込ませ、己の欲望を俺の腿に擦りつけた。 慣れ親しんだ熱さに身体中がきゅうと期待を強くする。 「銀時・・・・」 「総悟」 俺たちは穏やかに名前を呼び合い、お互いを強く抱きしめた。 次の日、俺はファミレスの仕事が休みで、どこか単発バイトでも行こうかと思っていたが、銀時がいきなり動物園に行こうって言いだした。 そんなガキじゃねえんだからって言ったら、「ガキだろ?」って笑われて。 俺は銀時のこの顔をくしゃりと崩して笑う笑顔に弱い。 俺の、優しいお兄ちゃんって感じがする。 ここに来て初めて銀時が台所に立っているのを見た。ろくな食べモンなんて無かったけど、銀時が塩むすびを握ってソーセージと卵焼きだけの弁当を作って。 それから二人で出掛けた。 「てゆーかめちゃくちゃ寒いよきっと!」 「いーじゃない、くっついてれば暖かいよ」 心配することはなかった。今日は小春日和ってやつで、春みたいな陽気だった。 考えてみればここへ来てからだけでなく、土方さんの家にいた時から、銀時と二人で出掛けたことなんてなくって。 「初デートだね」 なんて言う銀時。 ありえないくらい優しくって俺はどんな顔をしていいかわからなかった。 「うん」 とだけ言うのが精いっぱいで。いつもと違う銀時が嬉しいのか、照れくさいのか、悲しいのかわからなかった。 結局動物園は休みで、俺たちは金のかからない近所の公園に行って弁当を食べた。 めちゃくちゃうまかった。こんなにおいしい弁当は、姉ちゃんに昔海に連れて行ってもらった時に食べた弁当以来だった。 夕方、二人で肩を並べて家に帰る。俺はすごく幸せだった。 「なんもしてねーのに疲れたなあ。総悟も今日は仕事休みなよ」 日に焼けた畳に腰を降ろして銀時が俺を背中から抱きしめる。 でも、今日はファミレスのバイトもオフだったし、ソープまで休むわけにはいかなかった。 「ごめんね、銀時。俺仕事行かなきゃ」 そう言って銀時の腕から擦りぬける。銀時は、一瞬眉を寄せて悲しそうな顔をした。 それを見なかった振りをして俺は手早く用意をすると靴を履き、かちゃりとドアを開ける。 「総悟」 一歩外へ出た時、背後から銀時の声。 振り向くといつもの場所でいつもの姿勢。 「俺な、俺・・・・働くから」 涙が溢れそうになって、ただ俯くように頷いてドアを閉めた。 昼間あんなに暖かかった外の空気は、もう身を切るように冷たくなっていた。 裏口から店を出た俺は、寒さのあまりぶるりと震えた。 もう日付が変わっている。送迎はあるけどまだ最終までには間があるので、俺は電車で帰ることにしている。なるべく、外の世界の空気を吸ってから家に戻りたいからだ。 早く帰ろう、きっと銀時が待っている。 「おい」 駅に向かって数歩歩いたところで俺は誰かに声を掛けられた。 こんなところで・・・。はっとして顔を上げると、数メートル先の電柱にもたれかかるようにして、高杉が立っていた。 やばい。俺は今店から出てきた所だ。これは、見られていたはずだ。 「えらく遅いお帰りじゃねえか」 めらめらと燃える炎が見えるかのような瞳でおれを睨みつける高杉。その細い身体は怒りで震えていた。 「高杉・・・」 「景気のいい商売してやがんな、お前」 狂気の煌めきとも見える眼をつり上げて俺の腕を乱暴に掴むと真上に捻りあげた。 「いっ・・・いてえ・・・・」 捩じり上げられた右手が悲鳴を上げる。 「どういうことかきっちり説明してもらおうじゃねえか」 今にも怒声を上げんとしている自分を無理に押さえている表情だった。 額から脂汗が流れ落ちてきて、俺は観念するしかないとぎゅっと目を閉じた。 すべてを、話した。 今まで何も本当の事を言えなかった高杉に。 借金のこと、仕事のこと、銀時のこと、土方さんのこと。家を出た理由。 駅までの道すがらぽつぽつと話す俺に、高杉は時折舌打ちしながらも大人しく耳を傾けていた。 話の途中で駅に着く。 終電前のホームで、俺たちは無言だった。 やがて電車が駅に着き、ぎくしゃくと乗りこむ。 ドア付近に陣取って窓の外を眺めた。 しばらく同じ揺れに身体を預けていた高杉がボソリと言った。 「俺は絶対にお前の兄貴を許さねえ」 俺は、銀時に対する憎しみを顕にした高杉に、どうしようもない不安を感じた。 電車を降りて改札を出る。 高杉の家はここからはまだ遠い。最終は行ってしまったが、どうするつもりなのだろうか。 俺はゆっくりと息を吸った。 「高杉」 ある決意を持って高杉の名を呼ぶ。 俺の声は震えていねぇだろうな。 「・・・なんだ」 じろりと、俺を見返す隻眼。 「俺は、銀時と暮らすって決めたんだ。だから、俺たちのことは放って置いてほしい」 その途端、高杉の身体の周りに怒りのオーラが見えた気がした。 「テメェ・・・そりゃどういうことだよ」 「銀時は、俺にすごく優しくしてくれる時だってあるんだ、それに・・・それに俺の兄貴だ」 「馬鹿野郎!!!」 ついに高杉の怒りの導線に火がついた。肩を上下させて興奮を抑えようとしている。 「テメエ優しい兄貴がよお!力づくでテメェをモノにして、借金作ってお前に泥水かぶせやがるのかよ!!暴力振るって言う事聞かせんのかよ!!」 「深夜の住宅街ですぜ。こんなところででけぇ声出さねえでくだせィ」 ぐっと言葉に詰まった俺は、それしか言う事が出来なかった。 「テメェいい加減にしろよ・・・あんまり俺怒らせんな」 高杉の熱い感情。怒りを含んだ声は俺をびりびりと震えさせた。 「心配してくれんのはありがてぇけど、俺は俺の好きなようにやりたいんでさ」 そう言った途端、俺は高杉にがばりと抱きしめられた。 「た、高杉」 「畜生、馬鹿野郎!そんなこと言われて放っておけるわけねえだろうが!俺ァお前に惚れてんだぞ!好きでもねえ野郎に捕まってるお前を放っておけるわけがねえんだよ!!」 ぎゅって、ぎゅううって俺を強く抱きしめて。 うん。ごめん。ごめんな。 目を閉じて、泣くもんかって思ってるのにボロボロ涙がこぼれた。 しばらくそのままの体勢でいた俺達。高杉がようやっと小さな声を出した。 「俺のところへ来い」 びくりと身体が揺れた。 「俺ならお前をそんな風に働かせたりしねえ、大事にしてやる。大事に大事にして、お前を泣かせたりなんかしねえ」 この、傷つきやすい野生の動物みてえな高杉の、一大告白。・・・二回目だけどね。 「なあ・・・来いよ!俺の所に。なんだったらお前の兄貴の借金、俺も一緒に返したっていいんだ。俺はお前にあんな仕事させたくねえんだよ!!」 そいで・・・銀時を一人にするってのかィ? もう一度、最後にぎゅっと目を瞑ってから揺れた心を振り払うように瞳を開いた。 そっと高杉の身体を押し返す。 「俺は、高杉の所には行きやせん」 はっきりと、高杉の目を見て言った。 「銀時は今俺のすべてなんでさ。高杉が何て言ってくれたって、俺には銀時しか、いねえんでさ」 高杉がくれた激しい優しさと愛。何度も何度も倒れそうになった俺を、山崎が、高杉が支えてくれた。俺はそれを当然だと思ってたのかもしれねえ。 高杉は、その震える手を、俺の肩から離した。 「お前ホント人の言う事聞かねえからよ、俺だってお前の言う事聞いてやらねえよ。お前は勝手にあのクズと仲良くやってりゃいい」 そう言って、ポケットから結構な厚みの封筒を出して、俺の上着のポケットに捻じ込んだ。 「?なにこれ」 「これ、渡そうと思って今日お前んちに行こうとしたんだよ。そしたらお前が出かける所でよ」 それで後つけやがったのか。 封筒を取り出して中を見る。予想通り札束だった。厚さにして2cm弱くらいか。 「なんですかィこれ」 「別にお前に施してやろうってんじゃねえよ。俺が好きでやってんだ」 さっきやっと止まった涙がまた流れねぇようにぐっと我慢したら、ものすげえ不機嫌そうな顔になったらしい。 フッと高杉が笑って。 「何にも俺に本当の事言わねえでよ、俺の言う事も何一つ聞きやがらねえんだからよ。これっくらいやらせろ」 我慢しきれなかった。 俺の頬を流れ落ちた涙が、顎を伝ってアスファルトに落ちて行った。 アパートの手前の角を曲がる。 少し遅くなっちまった、銀時待ってるだろうな。 そう思って顔を上げる。と、アパートの前に佇む一人の男。 「銀時」 最終が行ってしまうと明かりもほとんどなく、薄暗いこの近辺。アパートの小さな灯りだけが銀時を照らしている為、ここからは表情は見えない。 俺はたたたと銀時に走り寄って顔を見上げた。 「待っててくれたんですかィ」 その、銀時の瞳を見て、びくりとする。 暗い。 昨日のおだやかな銀時の優しい瞳とは全然違う。 何が原因か分からない、大きな闇が銀時を支配していた。 「来い」 銀時は俺の腕を乱暴に掴むと、アパートの階段をカンカンと上がった。 「ちょ・・・まっ・・何、銀時」 無言で部屋のドアを開けて乱暴に畳に投げ出される。 ささくれだった畳に頬を打ち付け、抗議の声を上げようと顔を起こすと、ドアの閉まる音。 サンダルを乱雑に脱ぎ部屋に上がって来た銀時は、俺が何か声を発する前に有無を言わせず平手で俺の頬を張った。 目の前に火花が散る。 今起き上がったばかりの畳に頭から倒れ込む。 「な・・なに・・」 必死で声を上げようとするが、続けざまに銀時の平手が俺を襲った。 「や・・いや・・・なん・・・」 嵐の様な暴行の合間に見える銀時の顔は、俺を殴りながらも今にも泣きそうな表情だった。 俺に馬乗りになって頬を張り続ける銀時。何故・・・なんでそんな顔してるんでィ。 仰向けに寝ているにもかかわらず頭の芯がぐらぐらとしてきて、視界もぼやけてきた。頬はとっくに感覚が無い。 このままだと死ぬんじゃないだろうか、という考えが頭の隅に浮かんだ頃、ふいに銀時の暴力が止んだ。 しばらくして火を噴いた様な感覚になる両頬。わんわんと耳の奥がこだまの様な音を立てている。 しばらくして視界が戻ってくるが、口の中が切れて血の味がしているのが分かる。 痛い。 「畜生・・・・この淫乱が・・・・・」 ボソリと銀時の声。 「すげえよな、誰にでも腰すりつけやがって。寝ないでも男から金絞りとれんのかよ」 高杉といるところを見られていた!! はっとする俺に、薄く笑うと俺のジーンズを乱暴に脱がし始める。 「や・・・やだ・・・銀時」 その瞬間頬にまた衝撃が走る。 「なにが嫌だ!お前は俺のモンだろうが!!俺にも同じ様に腰振って見せろよ!」 「い・・・イヤっ!!」 暴力を受けて腫れあがった頬、衣服の下だけを脱がされて無理矢理広げられる足。 俺は自分の惨めな姿に涙をこらえきれなかった。 「フン、準備万端じゃねえか」 俺の尻に指を這わせていた銀時が馬鹿にしたように鼻で笑う。ついさっきまで店で別の男を咥えこんでいたそこは、しっとりと銀時の指を誘う様に包み込んでいた。 銀時が前を寛げ、いきなりそこに凶器を突きたてる。 「イっ・・・あうっ!!!」 今日も何度も男を受け入れて限界だった。乱暴にされるとヒリヒリとした疼痛が下半身を支配する。 「やめて・・・嫌だ」 「他の男のは悦んで咥えるくせに、俺のは嫌だってのかよ。売女のくせに泥くせえプライド持ってんじゃねえ」 「うっ・・・うっ・・・ううう・・・・」 乱暴に腰を振り始められ、俺はもう悲鳴をなんとか押さえようとすることしかできなかった。 昨日はあんなにも優しかった銀時。 押しては返す荒波のような銀時の感情に、俺はただ翻弄されるだけだった。 「クソ野郎・・・クソ野郎・・・・男好きの売女め・・・」 俺を突きあげながら憑かれたように呟いて。 俺の涙は目尻から耳の方へと溢れて行った。 そして。 真っ赤に腫れあがっているであろう俺の頬に、ぽたりと冷たいものが落ちてきた。 銀時の涙だった。 挿入時の痛みは既に無くなっていた。俺の下半身はもう麻痺して、ただ銀時に揺さぶられるままになっている。 俺は、銀時の顔を見上げた。 銀時は、俺を見下ろしながら歯を食いしばって腰を動かしていた。 その、美しい瞳からは、固い布から絞り出されたような、悲しい涙が溢れていた。 尻を天井にむけるように足を大きく広げられて。腰から下は畳についておらず苦しい体勢。 働くって言ってくれた銀時、美味い弁当を作ってくれた銀時、優しくそして悲しい瞳で俺を抱いてくれた銀時・・・・・。 俺は自分の涙の理由が何なのか、もうわからなくなっていた。 あの後、銀時は俺のポケットにあった封筒を手にすると外に出て行った。 「やめてくだせえ!それは・・それだけは・・・。それは俺の金じゃねえんでさ!」 ボロボロの身体で必死に縋りついたが、銀時に乱暴に突き倒されて。 「うるせえよ・・・・・どうせお前の身体で稼いだ金だろうが!!ソープだろうがなんだろうが同じじゃねえか!」 ビリビリと打たれた頬が痺れる程の怒声。 俺は銀時がドアを出て行くのをただ呆然と眺めていた。 ピリピリと携帯が鳴っている。 目をやるとディスプレイに山崎の表示。 「ザキ・・・・・・」 俺は、再び溢れてくる涙に、唇を噛みしめた。 「沖田さん!!!沖田さん!!」 山崎は部屋に入ってくるなり俺を躊躇せず抱きしめた。 普段の山崎の遠慮がちな態度を知っているだけに俺は少しだけ驚いた。 「ザキ?」 なんとか山崎が来るまでに身体を拭いて服を着た。 電話を取った時、山崎はすぐに俺の様子がおかしいのを悟った。すぐ行きますって言って俺の返事も聞かずに電話を切って。 大丈夫だってメールしたけど。 正直こんな姿を何度も見られるのは嫌だった。 だから急いで服を着た。でも・・・・山崎には悪いけど一人でゆっくり眠りたかった。 「沖田さん、銀時さんにやられたんですね」 山崎は真剣な目をして俺に問いかける。さっき鏡を見たらごまかしようも無い程頬が腫れていた。 どう、答えたものかな。 「俺・・が悪かったんだ」 「悪かった?なに・・・一体何をしたらここまでひどく殴られるっていうんですか!!俺は銀時さんを許せません!!」 「ザキ!!いいんでェ!」 怒らないで・・・銀時を怒らないで・・・・。山崎は銀時のあの悲しそうな目を見てねェからそんなこと言えんだ。 そう、喉まで出かかったが、俺を心配してここまで来てくれた山崎にそんなことは言えなかった。 「ごめん・・・ごめんな、ザキ。でも俺・・・俺このままでいいんだ。俺幸せなんだ」 半分は嘘。でも、もう半分は・・・・・。こんなにもひどい扱いを受けながら、俺は銀時に必要とされている事実を、幸せに感じていた。 それは歓びにも似た感情。俺の事を打って、そうして俺に固執する銀時を、この上も無く愛しく思った。俺は、今、銀時にとってただ一人の、頼るべき人間だ。 俺が、銀時のすべてなんだって、そう思えた。 土方さんに、最低の人間だって思われている俺の、それが、心の支えだった。 「怖いんですか、銀時さんが」 突然、虚ろな目で俺の肩を強く掴む山崎。 いつもの山崎じゃないってことは分かった。 「なに・・・急に」 急激に湧きだす違和感。白目がちの山崎の目は、果たして俺を見ているのかどうか。 「銀時さんが、怖いんですね。だから何も言えないんだ」 「な・・に・・・なんだよ。怖いってなんだよ。」 「大丈夫、大丈夫です。何もかも俺に任せてください。」 ぐっと肩を抱き寄せられる。 「や・・」 山崎を押し返そうとするが、意外に強い力に抱きしめられて俺の身体は動かなかった。 俺の額の髪を掻きわけ、唇を押しつけようとして・・・・・・山崎は身体を離した。 少しホッとして山崎の顔を見る。 もう、いつもの山崎だった。 「すみません、つい興奮してしまって・・・・・俺、今日は帰ります」 俺はとにかく山崎が激情を収めてくれたことに安心して、何も考えずに山崎を送り出した。 俺は・・・・・・本当に馬鹿だ。 普段と同じだって思ってたけど、静かな、真っ暗な瞳で俺を見ていた山崎。 俺は、テメェのことしか考えてなくって、テメェの好きなように行動して周りを振り回して。 いくら後悔したって、足りないほどに・・・・最低の人間なんだ。 その日、俺は一日中高杉に何て言おうか考えていた。 せっかく高杉が用立ててくれた金。 あいつがそうそう貯金なんてするタイプじゃないってことは分かってる。 多分、ほとんど全財産を俺にくれたんだと思う。俺はもちろんいつか返すつもりだけど、高杉はそんなこと期待しちゃいねえだろう。 それを・・・・高杉が嫌っている銀時の酒代にしてしまう。あれだけはなんとしても銀時に持っていかれてはいけなかったんだ。 はあ、とため息をついて。 フロアにも厨房にも高杉の姿は無い。今日は高杉がオフの日だった。 明日・・・明日素直に謝ろう。これ以上高杉に嘘をつくのはもうやめるんだ。 そう結論付けてバイト先を出る。 一旦帰って銀時の様子を見て。それからまた仕事だ。 寒さが厳しくなってきた為少しスピードを上げて歩く。ポケットに手を入れて、鼻の頭を赤くして。 カンカンとアパートの階段を上がる。 俺たちの部屋の、ドアの前。 何か、違和感を感じた。 なんでもない、いつもの赤茶けたドアの色。 途端に俺は、以前見知らぬ親父どもに嬲られた事を思い出した。 まさか、またあの親父達が部屋に来ているんだろうか。 びくびくとしながらノブを回す。 「ぎ・・・んとき・・・?」 ゆっくりと探るようにドアを開ける。 俺の目に飛び込んできたのは・・・・・・。 激しい血と嘔吐物を畳にまき散らして狭い俺達の部屋をのたうちまわる銀時の姿だった。 「ぎ・・・銀時!!!!」 靴を脱ぐのももどかしく、銀時に走り寄る俺。 「いや・・・なに・・・なに・・・銀時!!!銀時しっかりしてくだせぇ!!」 銀時の目は血走って、鼻血が口の中に垂れこみ、嘔吐し続けている。もう出すものは何も無く、口の端からは泡の様なものが延々と流れだしていた。 「うう・・・ごほ・・・ごぼっ・・・・」 両手と両足を畳の上でじたばたと動かし、全身を痙攣させながら地獄の苦しみの中もがき続けていた。 俺は、身体中が急激に冷え、がくがくと震えた。 銀時が・・・・死ぬ・・・・? いきなり俺の脳裏に降りてきたその考えが、俺から冷静さを奪った。 「いやああああっ、、、やだ・・・・銀時!!!銀時!!!!」 嫌だ。死なないで。銀時!!! 「ふ・・・ふふ・・・・・どうですか沖田さん。これでもう銀時さんは、沖田さんにひどいことなんてできませんよ、良かったですね」 ふいに、背後から声が聞こえる。 誰もいないと思っていた俺達の部屋に、山崎が、いた。 部屋の隅で、鬱蒼と立って俺達を見下ろしている。 あまりの衝撃に銀時しか目に入っていなかった。 俺は苦しみにのたうちまわる銀時の肩を抱きあげ、ぎゅっと抱きしめた状態で、山崎を見上げる。 「ザキっ!!!ザキ・・・銀時が・・・・・」 錯乱した俺は山崎に助けを求めた。 山崎は、冷たい目で、銀時の胸を蹴り上げた。 ぐおおおおっ・・・・! 声を上げて銀時が俺の膝から転がり落ちる。 「やああああっ・・・やめて・・やめてザキ!!!!!」 「大丈夫・・・大丈夫ですよ、沖田さん。俺、今ちゃんと通報しましたから。」 つうほう・・・・? わからない・・・通報ってなんだ?通報・・・・110番のことか?それって救急車も、来るんだっけ?きゅうきゅうしゃ・・・・そうだ!救急車だ! 「ザキ・・・ザキ・・・救急車!!救急車呼ばないと・・・・」 くる・・・・と俺の頭を撫でて山崎がにっこりと笑う。 「大丈夫ですよ、救急車も一緒に呼びましたから」 ぐお・・・う・・・ぐう・・・・ ぴくぴくと銀時が痙攣して断末魔の呻きを発していた。 「沖田さん、俺ね、沖田さんを守ってあげることにしたんです。俺はこれから一生懸命勉強していい大学に入って良い企業に入って経済力をつけて、沖田さんがお金の心配なんてしなくてもいいように・・・・俺がずっと一生守ってあげます。だから、その為にも俺は警察なんかに行くことはできません。」 けい・・・さつ・・・・? 俺は、その時初めて山崎の顔をゆっくりと見た。 山崎は、俺が見たことないくらい、幸せそうに笑っている。 「大丈夫です、沖田さん。俺、沖田さんが出てきたら真っ先に迎えに行きます。そしてそれからずっと一緒に暮らしましょうね」 俺は。 山崎の言っていることの半分も理解できなかった。 ただ、近づいてくる救急車のサイレンを聞きながら、小さく痙攣している銀時と、畳にまき散らされた吐瀉物の中の倒れた一升瓶を呆然と見ていた。 我儘なカンパネルラ(9) (了) |