「我儘なカンパネルラ(1)」 H.23/02/15




(土←沖前提・沖総受け)現代パラレル。ドロドロの昼ドラ目指してます。高杉とか土方とか銀さんとか出てくる予定。




先月、俺の最愛の家族、ミツバ姉ちゃんが亡くなった。

もうずっと長いこと、たった二人の家族としてやってきて、俺の為に一生懸命働いてくれていたのだ。
身体が弱かった姉は、随分無理をしてきたのだろう。
俺が学校を卒業して、働いて恩返しするのを待たずに、無理が祟って命を落としてしまった。

「ミツバ姉ちゃん・・・」
今日も俺は姉ちゃんの遺影に向かって手を合わせる。
姉ちゃんは穏やかに微笑んで俺を見つめてくれていた。

俺は、姉ちゃんが死ぬ間際にくれた母親の形見のお守りをぎゅっと握りしめると、家を出た。






俺の名前は沖田総悟。
ピチピチの15歳、高校一年生。

今日のバイトは駅前のレストランでのウェイターだった。
時給850円。
学校は嫌いじゃねえけど、この時給で家賃を払って飯も食って学校に行くのは無理だ。
どれかを切り捨てなければならないならまず学校だろう。
他に身寄りもなく、義務教育が終了している俺は施設に入ることもできねえ。
学校に行かなければその間もバイトしていられるのだから、一日中働けば、家賃くらいは払える。
金は貯まらないが、その日食うものくらいは調達できた。
せっかく苦労して姉が学校に行かせてくれたんだ、本当は卒業したかった。
でも。姉との思い出がつまったこのアパート。こんなオンボロアパートでも俺の大切な場所なんだ。

それを守る為に、今日も勤労少年やりに行くつもりだ。

「ざいやーす」
前半の「おはようご」を完全に省略しながらタイムカードを押す。

「テメー遅刻だっつーの」
後ろからドスの効いた声がした。

「すぃやせーん高杉ぃ」
「呼び捨てすんな」

高杉はうちのチーフで、尋常じゃない目付きの男だ。てかなんで客商売やってんのオマエってくらい。
片目を包帯と前髪で隠しているのだが、そんだけおっそろしい眼、一個でも隠した方が確かにいい。
高杉は俺の首元の蝶ネクタイをくぃ、と直すと踵を返した。
「今から忙しくなんぞ、早く入れ」
「アイアイサ」

今日も一日が始まる。


ガヤガヤと喧騒に包まれるファミレスの店内。
「すいまっせーん」
イマドキっぽい兄ちゃんに呼ばれた。
「へーい、ご注文お決まりですかィ」
「俺、お兄ちゃん」
いきなり手を握られる。
わっけわかんねえ。
「お兄ちゃんなんてメニューありやせんので〜、こん中から選んでくだせェ」
「アハハっ冗談冗談」

春はおかしなのが増えていけねぇ。

厨房にオーダーを通しに行くと、ギロリと高杉に睨まれる。
「客に色目使ってんじゃねえよ」
使ってねーっての。

週末のファミレスの光景は嫌いじゃねえ。
俺はもう持っていないものだけど、家族の団欒ってやつが見られるから。
羨ましいとか寂しいなんて思わない。
いつか俺だってかわいい嫁さんとかもらって、子供つくって家族ってやつを持てるかもしんねえ。
ま、それまでになんとか時給850円を卒業しねーとな。

「おい、沖田」
「なんでぇ高杉」
「チッ、仮にもお前上司にその口の利き方なんとかしろよ、まあいい、後で話あるから休憩室で待ってろよ」

面倒くせぇ。
話って何だよ今ここで言えよ。時給UPの話ならここで十分だっつの。




「おつかれっした」
タイムカードをがちゃんと押す。
更衣室で着替えていると、かちゃりとドアが開く。

「あー、ちょいまってもらっていいっすかね、俺今着替えてるんで」

「ああ・・・。」
休憩室と更衣室は同じ部屋にある。
奥にロッカーがあって、ショボい衝立の手前に机と椅子がちょいっと置いてあるだけ。

てかなんで高杉のヤローこっちずっと見てんの?なんで衝立のこっちにいるの?
着替えにくいんで向こうに座っててくんねえかな。

「で、何なんすか」
「おめーいつも家帰って一人でナニしてんの」
高杉は普通の奴が見たらビビりそうな眼をしてニヤニヤしながら問う。
「何すかいきなり」
奴はフフンと鼻でわらって
「今オンナとかいんのかなって思って」
などと言いやがる。

「やー、女とかにかける金ねえっすから」
「そーだろーな」
「で、それが何なんすかね。何もないんだったら俺帰りやすんで」

待てよ。
そういうと高杉は俺の腕を掴み、俺の身体を壁際にどんと押しつけた。
なっ・・・んだこれ。
高杉と俺の身長は同じくらい。こいつも俺と変わらないくらい細っこいイメージだが、どこからこんな力が出てくるのか。

「オンナいねーんだったらよぉ、お前俺のオンナになれよ」
いや、意味わかんねえよその論法、俺馬鹿だからさ。
「冗談はやめてくだせェ」
「冗談じゃねぇよ、俺が金目的じゃなくてオンナ作ろうなんて思うのお前くらいだから」
「俺オンナじゃないんで、んっ・・」

いきなり高杉が俺の唇を塞いだ。
まてよなんだよこれ気持ちわりぃ、俺はそういう趣味はねぇんだ。
吐き気がする。

渾身の力を込めてどんっと高杉を突き飛ばした。つもりだった。
変わらず腕をつかんだままの高杉。

恐怖を感じた。


シャツの裾から高杉の右手が差し入れられる。
「・・・ッ」
さわさわと俺のわき腹をまさぐり上の方に移動していく。
冗談じゃねえ。

「・・・いい加減にしろよ」
「ぁあ?」
聞こえるか否かという声で言った俺のセリフを聞き返す高杉。
隙ができた瞬間に思いっきり股間を蹴り上げてやった。

「ぐ・・・・・ぁっ・・・く・・そ、この!」
高杉が崩れ落ちる。

「バッカヤロ、気持ち悪ィんだよ!二度と俺に触るんじゃねえ!」
唾でも吐きかけてやりてぇくらいだったが、一応上司だ。
悶絶する高杉を一瞥して、俺は更衣室を出た。

出たところで、固まってるバイト仲間と鉢合わせる。
フー・・・・。
聞いてたんなら入ってきてくれよ。

チロリとそいつに目をやってから、俺は帰途についた。



まったく最近の男ってのは、女よりヤローがいいのかね。
ここ数年、変な輩に絡まれたり求愛されたりすることが多くなっていた。
こないだなんて、最寄りの駅を降りたら待ち伏せしていた変な男にいきなり
「手、繋いでいい?」
なんて聞かれて。
いいわけないだろバーロィ。

高杉も、ああいう病的な野郎どもと同じ種類の変態だったとは。

これからはあのチンピラチーフにも気をつけなければ・・・。







しかし俺が職場で高杉を警戒する必要性は全く無くなった。






なぜならば、次の日出勤したら、俺は高杉の権限によって、クビになっていたからだ。










「ちっくしょお」

俺はコンビニで履歴書を買うと家路についた。


アンノヤロ、迫った相手に袖にされたからってこんな嫌がらせしてくるなんざケツの穴の小せぇ野郎だぜ。

今日び、就職難のご時世だ、まともにガッコ行った奴だって仕事にあぶれてる。
中々次のバイト探すのだって高校中退の俺には楽じゃねえんだぜィ。



とはいえ俺はそれほど危機感を持っているわけじゃなかった。
正社員で就職ってならまだしも、バイトくらいならなんとかなるだろう。
自分で言うのも何だけど、俺はけっこうカワイイ。
客商売なら外見で採用される率は高かった。

もっとも言葉遣いでお断りされることも多かったが。


なんでィ、どうせあんなことのあった職場、ケチがついちまって行く気にもならねえや。
さっさと次行こ、次。


とはいえ、しがない低収入バイト暮らしの俺。

本当は1日だって仕事しない日を作ってる場合じゃない。

アパートに帰りついた俺は、求人誌をめくりながら年中冷蔵庫に入っているチューパットを吸い上げた。






「じゃ、来週の水曜日から来てね」

人の良さそうなオッサンが俺に言う。面接に来たスーパーの店長で長谷川さんって名前らしい。

「沖田君には、品出しとレジ打ちやってもらうから」
「はい」

面接日くらいとまともな返事をして立ち上がる。
ふう、これで家無しっ子になるのだけは避けられた。時給は最初の1ヶ月が780円でその後から830円になるらしい。

とりあえず今日が日曜日だから2日ほど空くわけだ。
単発バイトでもすっかな。


バイトが決まった安心感で全く周りを気にしていなかった俺は、鼻歌なんか歌いながら公園に入っていった。
ここを突っ切ればアパートだ。



・・・と。



日曜の穏やかな日差しと、仲良く遊ぶ子供たち。
この風景にまったくそぐわない輩が公園に立っていた。


た、かすぎ。。


「・・・よォ」
片側の口の端のみを上げた笑みを作る高杉。

俺を職場から追い出した高杉がこんなところにいる意図がまったくわからない。

「なんでィ、こんなところで待ち伏せて」

「待ち伏せたたぁ人聞きが悪ィな」
ククク、と奴の肩が揺れる。

「俺に何も言わないで勝手に姿消すなんてよぉ、冷てぇ奴だよな、お前」

な・・にを言ってるんだこいつは。

「お前が俺のことクビにしたんだろーがぃ!いーかげんにしろよ!お前なんかと関わってる暇はねーんでぃ」

わけわかんね。
俺は高杉の横をすり抜けてアパートの方へ急いだ。
公園を抜けて。
道を渡れば俺のアパート。

ぐ。と腕を掴まれる。

ぎくりとした。
公園を出てすぐに高杉の車。

ヤベェ。
絶対この車に連れ込む気だこいつ!

「ちっくしょ、離せ!」
昨日は油断してただけだ。こいつ、背も俺と変わんないし体重だって同じくらいだろう。
力で負けるわけないんだ。

負ける・・・わけ・・・。



嘘、だろ。

抵抗むなしく助手席に乱暴に押し込まれちまった!!
そのまま高杉も乗り込んで・・・・助手席のドアを閉める。

「なっ・・せ・ま・・いだろ!どけよ、ヒッ!!」
いきなり背もたれをガクンと倒されて・・・。


ちょ。
ちょっとまて!!!まさか!!
まさかの!?

ここでヤるつもりか!?


高杉は俺の首筋に顔を埋めて荒々しく唇を寄せる。


「やめろ、やめろって!!!!」
高杉は俺のシャツをぐっと握って左右に力いっぱい引きちぎった。

ボタンが飛ぶのをスローモーションのように感じながら、俺は頭の中で警告音を聞いた。

待ってくれ、ここは昼日中の公園前だぞ!

「やめろィ!」

どん、どんと高杉の車のドアを内側から蹴る。

「おとなしくしろよ」
高杉は俺の抵抗を楽しんでいるかのような口調で諌める。

違う・・。これは違う。
ギャグみたいな展開だけど、これはマジでヤバい。

「だれか・・」
言いかけた言葉を高杉の手で塞がれて。

「や・・・だ、やめ・・・」
高杉の手を噛んでやろうとしたその時。

がちゃ。

と音がして車のドアが開いた。
間髪いれずに俺に覆いかぶさっていた高杉の襟首が掴まれ後ろに引きずり出される。
一瞬何が起こったのかわかんなかった。
高杉を車から引き下ろした人物は逆光で見えなくて、俺は眼を細める。

「真昼間の公園前の車内でなにやってんだお前ら」
物静かなバリトン。

俺はゆっくりと身体を起こした。

そこには、春の太陽の光を背に受けた、美しい黒豹のような男がいた。








「てめぇ、何しやがる」
高杉の声にはっと我に返る。
「こんな外から丸見えの車内で性器丸出しにすりゃあ公然猥褻罪で逮捕されたって文句は言えねえぜ」
「なんだと・・・」
高杉は、アスファルトを蹴って立ち上がると黒豹に向かって拳を振り上げた。

そういや誰かに聞いたことがある。こいつは学生の時結構な悪で喧嘩も相当やってたって。
俺だって全然力じゃ適わなかった。
「や、、やめろィ!」
俺は後ろから高杉に縋りついた。
高杉が後ろ手で俺を突き飛ばす。
「あっ」
みっともなくアスファルトに顔を打ち付ける俺。
「チッ」
舌打ちする音が聞こえる。
どちらのものだろうか。
「お前こんな子供に暴力振るいやがって恥ずかしいと思わないのか」
そう言って。

黒豹は高杉の頬をものすごい速さで殴り飛ばした。


呆気にとられる俺。
ぽかんと二人をみてると、高杉が立ちあがろうとするより早く黒豹がヤツの胸倉を掴んで無理やり立たせ、もう一発。
そして腹にも。

「ぐ、ごほ」
高杉のあんな余裕のない顔始めてみた。

「テメ・・・」
悪態をつこうとしながらも声が出ねえみたいだ。
ちょっとかわいそうかも。
奴の唇が切れて、赤い血が顎に向かって垂れていた。

「来い」
俺は、腕を引かれて立ち上がらされる。
「え、ちょっと!」

ちょっとまてよ、俺んちもうこの前なんですけど!

でも言葉に出ない。
なんか、俺の腕を引っ張ってずんずん歩くこいつの背中が声をかけにくい雰囲気で・・・。
・・・こいつ・・俺を助けてくれたんだ、、よな。

っていやいやいや!
「ちょ、おい、どこまで行くんだよ!」
どういう風に声をかけていいかわかんなくて、態度が悪くなっちまったかもしんねえ。
男はぴたりと足を止めてこっちを振り向いた。
わあー、すっげ男前・・・。
「どこだ」

「え?」
「お前の家、どこだ」

あのねー!!!!!

俺は大げさにため息をつく。
「なんだよ、あれ俺ンチの前だったの!送ってくれるつもりなんだったらちゃんと俺の家聞いてから歩きだせよ!」

ぽかんとする目の前のいい男。
おっと。
そりゃそうだよな。
助けてやった子供にいきなり噛みつかれりゃ誰だって驚くわな。
でも俺だって「ああ、先に礼言うべきだったんだよな」って頭ン中で反省してるわけだし。そこは流してくれよ。

男が何にも言わないから、俺は間がもたなくて横を向いた。
『せっかく助けてやったのに』って思ってんのかよ。
ああ、間がもたない。
「だっ大体送ってくれなんて言ってねーし、そもそも誰も助けてくれとも思ってねーし!」

男は、俺が照れてるのを感じ取ったのか、にやりと笑うと
「なんだ、お楽しみ中だったのか?それは邪魔したな」
そう言って俺の肩にかろうじて乗っているシャツをはらりと落とした。

「っ・・・・」
ビリビリのシャツであられもない恰好をしていたことを、今思い出した。

「ば、ば、ば、バッキャーロィ!!!」
どんっと男を突き飛ばすと俺はくるりと踵を返して家まで猛ダッシュした。

男は俺を追ってくることはなかった。






無い!

無い!!

無ぇよっ!!!


俺は真っ青になって部屋中を探した。
探して、探して・・・呆然と座り込んでしまった。


ねえちゃんにもらった形見のお守り・・・・・。







「沖田くーん、そっちおわったら、キャベツの品出ししてねー。古いのは上に乗せてね」
そう言って店長は台車に乗ったキャベツの段ボールを指差す。
「ぁ・・・へぃ・・」

ぼっとしてる場合じゃない。
始めたばかりのバイトでこんな態度だと使えねえ奴だと思われる。
でも・・。

「総ちゃん、これはとっても大事なものなの。絶対に無くさないようにいつも肌身離さず付けているのよ」
そう言って優しく俺の手にお守りを握らせてくれた姉ちゃん。

い、1ヶ月で無くしちまったよ。

あの日は持ってたんだ。
持って出たんだもの。
ここのバイトの面接の日。
シャツの胸ポケットに入れてさ・・。
ただし、帰ったらもうなかった。

考えたくない、考えたくないけど・・・・。
ひょっとして、高杉の車ン中とか?

うわあああああああ!
無理!もう取り返すの絶対無理!!!!



家に帰ってからもまた死ぬほど探した。
こんなクソ狭い部屋でこれだけ探してないってことは・・・もう完全だ・・。

どうしよう、お姉ちゃんごめんなさい。
がっくりと肩を落とし、姉ちゃんの遺影に手をあわせる。

おもむろに、ぷるりん、とインターホンの音。

新聞とかとらねえぞ、活字ほとんど読まねえもん。
軽く無視。

ぷるりん、ぷるるりん・・・。
テレビねえぞ、NHKとかも払わねえぞ。

ぷるるるりん、ぷるるるりん・・・。
・・・・自治会費とかも・・・・払わねえで済ませたいんだけど・・・。

ぷ・・・
「だーっうるせえな!ハイハイハイっと、なんですかィ?」
ドアを開けると、そこには顔を大きく腫らせた高杉が立っていた。
「くっ」
思わずドアを閉めようとする。


あたりまえだ、高杉は俺の元上司。俺の家を知らないわけはない。
確かめもせずドアを開けるなんて、俺はなんて馬鹿だ。
ドアに素早く足を挟んで、高杉はニヤリと笑う。

「なんだよ、今日はなンもしねーよ。そんな冷たくすることねーだろう?」
・・なんもしねえって・・じゃあ何のために来たんだよ・・。

返事をしないでじろりと睨みつけた俺に、鼻で笑うとぐい、とドアを大きく開ける高杉。
「ま、ここでいーから話きけや。」
よく見たら、肩から包帯で左手をつっていて、その左手は包帯でぐるぐる巻き。
こいつ、左手どうしたんだ?
顔はあの黒い男に殴られた為か腫れあがり、痛々しく治療の後。

嫌な予感がする。


「おめえも知っての通りよぉ、昨日俺暴力事件の被害者になっちまってな」

一端言葉を切った高杉はじっくりと俺の反応を伺う。

「痛くて痛くてしゃあねえのよ、解る?ソーゴちゃん。まあ、痛ぇのは我慢してやるよ、だけどな?しばらく仕事にゃあ出られねえわけよ」

「・・っ、なんだよ、顔はそうかもしんねえけどなんだよその手、左手は知らねえよ、しかもお前普通に歩いてんじゃんよ。仕事くらいできんだろ!」
大体高杉の言わんとしていることを理解した俺。
強気に出てみる。

「殴り飛ばされた時に腕もやっちゃったんだよ、それにホラ、見てみろよ、腹も殴られてさあ、内臓もキてんだよね」

服をめくって包帯でぐるぐる巻きの腹を見せる。

「あ、あれはテメェが俺にへ、変なことしようとしたからだろィ!」

「変なことってなんだよ、俺とお前が車で愛し合ってる時にいきなりあの野郎が乱暴してきたんだろーがよ」

「あ、あいっ・・」



「出せよあいつ、いんだろ?」

「い、いねえよ!しらねえ奴だって!連絡先も聞いてねえよ!」

高杉は一瞬驚いたような顔になって、しかしすぐに冷たい笑みを浮かべた。

「ふーん、知らない奴、、、ねえ。ま、俺は誰が払ってくれてもいいんだけどよ、あいつがいねえならお前しかねえな」

「は、払うって、何を。」
何となく解るが掠れた声で聞き返してみる。

「フン、俺はしばらく働けねえからな、治療費と慰謝料でしめて250万」

かあっと頭が熱くなった。
「ふ、ざけんなよ!あれはお前が悪ぃんじゃねえか!何が愛し合ってただ!お前が俺のこと無理矢理ヤろうとしたんだろうが!」

「ばあか、俺とお前は愛し合ってたの。仕事先の休憩室でアンアン乳繰りあってましたなんて証言してくれる奴だっているしな」

「なっ、、、。」

あの日休憩室の前で事を聞かれた同僚の顔が浮かぶ。
確かにこいつに脅されりゃ、事実とは違う証言だってされるかもしれねえ。

「俺があいつにボコられてたのなんか探さなくったって目撃者はワンサカいるぜ?」


「・・・。」

俺は、憎々しげに高杉を睨み付けた。

「恥ずかしくねぇのかよ。男に手ェ出して拒否された挙げ句にボコボコにされて逆切れで脅迫だなんて、クズだな」


「クククッ、何とでも言えよ。とにかく今週中に払ってくれりゃ俺は文句ねえんだからよ、耳をそろえてきっちり250万」

動けない俺に、ぐっと押し付けるようなキスをすると、奴はバタンと扉を閉めて去って行った。


俺はしばらく戸口に呆然と立ったまま動けなかった。

250万。



そんな金あるわけがなかった。






姉ちゃん・・・・。


どうしたらいいかわからなかった。

姉ちゃんは、俺が高校よりも上の学校へ行きたいと言った時の為に、(そんなことあるわけねーけど)学資ローンを利用していなかった。
高校で借りてしまったら、次上乗せで借りるのはすごく難しいらしいからだ。

そのためものすごく切り詰めてものすごく無理してギリギリの生活をしていた。
あたりまえだ。
若い娘の給料なんてたかが知れてる。

だから、貯金なんてほとんどない。

ほんの少しあった通帳の残高だってもうゼロだ。
姉ちゃんの為に、せめて葬式くらいは出したかったから。



お金なんてねェんだ・・・・。




でも。


俺が金が無いって高杉に言ったらどうなるんだろう。
嫌だ。高杉の言いなりになるのだけは絶対に嫌だ。


高校中退のフリーターの俺にまともなところが金を貸してくれるわけがねえ。

俺の頭に、サラ金とかそういうチラシが浮かんで消えた。
ダメだ、駄目!
そんなのもっと状況が悪くなる。

それにああ、絶対に俺は悪くない。
もちろん俺を助けてくれたあの人だって悪くない。
悪いのは・・・。
悪いのは絶対高杉だ!

だけど、もしも裁判なんてことになったら。
不利なのはきっとこっちだ。
それくらい馬鹿な俺でも解る。


どうしたら・・いいのか・・・・。

俺は布団を被ってぎゅっと目を瞑った。




次の日、どうやって調べたのか俺のバイト先のスーパーに高杉が現れた。
でかい声で仕事中に金払えって叫びやがって・・・。
店長はいいから休憩行っておいでって言ってくれたけど、顔には汗が浮かんでた。
昨日今日入ったばっかの俺。
店長はどう思っただろう。


金払わねえなら考えがあるなんて言われて。
俺はなけなしの8万円を支払ってしまった。

裁判だけは・・・・避けたかった。
そうなったら、あの黒豹にも迷惑がかかるかもしれない。
どこのだれだかわかんないけど。
高杉んとこの弁護士やらなんかが探し出すかもしれないし。

それに、こっちが負けるなら裁判費用とかどうなるんだ?
更に上乗せになんのか?
それを考えるととても逆らう気になんてならなくて。。。

今月のバイト代だったから、俺は一文無しになってしまい。

しかも、明日は家賃の支払い日。

そんなもんあるわけなかった。


真っ暗な部屋で壁際に座り込んで呆然としていた。
どうしたらいいか、全然わからない。
すっげぇ腹も減ってたけど、金ないし食う気もしない。

高杉に屈服するしかないのか。



家賃は今まで滞納したことなかったから、急に追い出されるってことはないだろう。
でも姉ちゃんが死んだ時、お悔やみを言いにくるふりをして、大家はすっごい疑わしげにこれからの生活を尋ねてきた。
大丈夫なのか、家賃は払えるのか。

大丈夫です!って強く言った俺。
まだあれから1月しかたっていないのに、もう滞らせてしまうなんてできるわけない・・・できるわけないんだ・・・。

「うっ・・・」

しっかりしろ!
もう姉ちゃんはいねえんだ!
こんなことで泣いてどうする!

道路工事のバイトでもしようか。
いや、即日金になる仕事・・・なんかないか。
家賃は5万4千円。1日で稼げる金額じゃない。
いや、大丈夫、数日だけ待ってもらって。
単発バイトを寝ないでやればきっとなんとか・・・・・。



無理だ。



今回だけなんとかしたって、無理だ。



だって、250万円もどうしようもないじゃねえか!


「うぇっ・・・・」


我慢しようとしていた涙が、つ・・とこぼれ落ちた。
ものすごく惨めで情けなかった。


俺は、こんなにも、無力なのだ。


肩を震わせて涙を流す俺の耳に、その時インターホンの音が聞こえた。

びくり、と身体が揺れる。

高杉だろうか。。。

でも、高杉はどうせ俺が居留守使うって解ってるだろうし、外で待ち伏せとかするはずだ。

俺はゆっくりと身体を起こし、手で涙を拭くと、ドアのレンズからこっそり外を覗いてみた。



そこには、小さな初老のおじさんがひっそりと立っていた。







そのおじさんは坂井さんといって、土方財閥グループ総帥の第一秘書だと言った。

ちょっと意味わかんねえんだけど確かにそう言った。

大切なお話だってんで、クソ狭くてめちゃくちゃ散らかってるアパートに上がってもらった。

なんか見るからによさげなスーツ着ていらっしゃるんですけども。
こんな座布団でいいですかねィ。

思わず心が卑屈になってしまう。
友達からはドSだなんて言われる俺だけど、ハイソな生活なんて生まれてこの方したことねえんだから仕方ない。

ヤッベぇ、茶菓子とかねえよ。

とりあえずヤカンで湯をわかす。
インスタントコーヒーしかねえんだけど・・・。

「お構いなく」
穏やかにそう言った第一秘書さんはにっこりと笑った。

「はぁ・・・あの・・・」
なんとなくどもってしまう。

「あのー・・・それで・・・なんとかグループの秘書さんが・・・俺にどういった御用でしょうか」


生まれて初めて人にもらった名刺を手の中でくにくにさせながら問う。

坂井さんは、穏やかな表情を崩さないまま、ゆっくりと口を開いた。

「あなたのお名前は、沖田総悟さんで間違いございませんね」

はぁ・・・まちがいございませんが・・・・。

同姓同名の人違いでなければ・・・・。

「まずは、これを」

そう言って差し出されたもの、それは、俺の命の次に大切な、姉ちゃんがくれたお守りだった!

「な、、なんでこれを!」

俺の問いにはすぐに答えず、坂井さんは
「これは、貴方のものなんですね、良くみてください、大切な事です」
と少し強い口調で言った。

良く見るもなにも・・・・。
間違うはずがない。
ペットボトルのジュースのおまけかなんかについていた細かいタオル地の布。
それで姉ちゃんが作ってくれたお守り袋。
しかもそれには「そうご」って縫いとりまでしてくれてたんだ。

ああ!神様!!!

「あ、ありがとうごぜえやす!拾ってくれたんですね!」
あやうく涙があふれそうになる。

「あの、どこにあったんですか、俺、これすごく大事なもので・・ありがとうごぜえやす!!」

俺の興奮に相好を崩し、坂井さんは次の言葉を繋いだ。
「いえ、お話というのはこれではないんです、この後が大事なんです」

この後・・・?

「総悟さん、とお呼びしてよろしいでしょうか。」

「は、はあ・・」


「総悟さんはこのお守りの中身をご覧になったことはありますか」

「え、いや、、ありやせんけど」

だって姉ちゃんが、お守りは中をみたら御利益がなくなってしまうって言ってたもん。
天変地異かなんかで総ちゃんが死にそうになって虫の息になってしまって誰も助けてくれなくてどうしようもなくなってから開けなさい、ウフフって・・・。
そう言ってたもんだから・・・。

「失礼ですが、私どもの方でこちらの中身を拝見させていただきました」

あ、そうなの?

ピーと音がして、ヤカンの湯が沸いたことを知らせた。
カチリとガスを止めて少し考える。

まあでもしゃーないか。そのおかげでこうしてここに戻ってきたのかもしれない。
だとしたら住所と名前とか書いてあったのかな。
姉ちゃん俺のことなんだと思ってたんだろ、迷子とかになると思ってたのかな・・・。


「とても、大切な事実がこのお守りの中に入っています」

一言一言ゆっくりと。

「そのお守りを、今ここで開けてください」


「え」

姉ちゃん・・・・。
どうしよ。

開けていい?

わざわざ拾って届けてくれた人がそう言ってんだ・・・。
なんか断りにくいし。

「じゃ・・・まあ・・」
固く結ばれた紐を解く。

その中には・・・。

小さく折りたたまれた1万円札と、知らない男の人に抱かれている小さい頃の俺の写真、それと、よくわかんねえマークの入ったカフスボタンが一つ入っていた。

この、、写真の男の人、だれだろう。
なんだかどこかで見たことがあるような・・・・。

「その方を・・・」
坂井さんの声にはっと顔をあげる。

「その写真の男性を、総悟さんは御存じでいらっしゃいますか」

「ゃ・・・知りません・・」

なんだろう、ちょっと混乱してきた・・・・。



「その方は、土方財閥の先代の総帥でいらっしゃいます。そうして、貴方のお父上でもいらっしゃるのです」



ぽかん、と俺は坂井さんの顔を見た。


なに?誰?だれが?
だれがおちちうえ?


まさに、この瞬間から、俺の運命の歯車は、ハンパなくぐるぐると猛烈な勢いで回り始めたのだった。




我儘なカンパネルラ(1)
(了)


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