触れもせで H.24/09/03


(土沖)浪士組設定で立派なパラレル。ひじいが覗きの人。清川は原作でチョロッと出る人とはもう別人です。






浪士組には食い詰めて入った。
豪農の末っ子に生まれたが、所詮妾腹の末弟など歓迎されるはずもなく、疎まれて育った。
木刀ひとつで夕飯代を稼げるようになった途端、家を出る。

用心棒のようなものをしながら、ふらふらとどこに居着くでもなく過ごした。
やや暴れすぎることも多く、段々に顔が知れて動きにくくなるとその村を後にするという生活を繰り返して、少しずつ江戸に近づいていた。


一方、他のどこともそう変わりない片田舎の村で、浪士組は結成された。
天人が降りてきて、従属した地球を憂い奮起して攘夷の名のもとに浪人どもが集う。
資金不足で未だ何者でもありえない彼らではあったが、数年をかけて準備して時がくれば一斉に江戸へ出て本意を全うする心づもりであった。

浪士組の資金力を肥え太らせるために、腕に覚えのある男どもはどこへでも出て働いた。
山賊を打ち倒し辻斬りを追い、用心棒として商家の離れに住み込む。
やっていることは浪士組に入る前と変わらなかったが、仕事をしないときでも安定して飯が食えた。
群れるのは好きではないが、この浪士組には興味深い人間が何人かいて、一匹狼と呼ばれた自分も今のところ身を落ちつけている。


「トシ!」
背後から陽気な声がした。
振り向くと、十四朗の興味の一つである近藤が豪快な笑顔で立っている。

近藤は、二年前の浪士組結成当時からの隊士らしく、結成の発起人で現在も局長の座にいる清川からも一目置かれているらしい。組の中でも2番目か3番目に発言権を持っているようだが、いかんせん腹芸のできない人間で、己の力だけで上に行く能力もその野望も無いようだった。
近藤の事を気に入っている十四朗は、いつかこの男を自分がトップの座につかせてやろうと腹に決めていた。
こんな浪士組などという片田舎のゴロツキの集まりなどではなく、江戸へ出てお上にも認められるようなきっちりとした組織にして、そうして近藤を局長として据えてやろうという十四朗なりの野望。
疎まれて、なんの目的もなく浮草のように過ごしてきたこれまでの人生よりもよほど目標が出来たようで、浪士組にいるのも悪くは無いかと思うようになっていた。

「ところで、最近組に入ってきた子供がいるだろう」

「ああ」

「沖田総悟といったな、確か。あの子はかわいいなあ!」
「・・・・・・」

つい先日、清川が手を引いて連れてきた子供。
餓鬼の言う事だからと話半分で聞いてはいたが、白川藩の下級武士を親に持つれきとした二本差しの身分だという。
ところが、運悪く総悟の両親が立て続けに亡くなった結果、元々たいした家禄もなかったものが藩の財政難によって途絶えてしまい途方に暮れていたところを清川に拾われたという。
総悟の食い扶持を心配した親戚筋の一人が、偶然知り合いだった清川に相談したらしい。

「ここは寺子屋じゃあねえんだ、あんな餓鬼浪士組にいること自体おかしいじゃねえか」
「まあそう言うな、トシ。十になるかならねえかの子供じゃあねえか、哀れに思って助けてやるなんて清川先生もなかなかの人物だってことだよ」
「俺はそうは思えないがな」
「?どういうことだ」
「そんなお偉い人物には見えねえんだよ俺には。それよりもあの餓鬼だ、仕事ができるわけでもなし、ただの居候じゃあねえか。清川の野郎も何考えているんだか」
「いや、少し剣術を見てやったが、あの子はたいしたもんだぞ。トシよりも筋がいいくれえだ。テメエの思うとおりに暴れまわっているだけの俺たちだ、そこいらの食客とそう変わりはねえ。そういう意味では俺たちとあの子だって同じようなもんさ」
「近藤さんの甘い考えには参るな」
ため息をついて、近藤と肩を並べて歩き出した。

一体沖田総悟という子供は、亜麻色のやわらかい髪にきらきらと輝く大きな蘇芳色の瞳、白い肌に細い首、そうしてぱたぱたと駆け回る小さいがしなやかな身体を持った愛くるしい外見ながら、局長である清川のお気に入りという立場を十分理解してそれをかさに着ているきらいがあった。
弱冠十歳でありながら権力というものをよくよく理解しており、十四朗などはその小賢しさに苛々することも度々あった。

「あんなくそ生意気な餓鬼は、寺にでも入れてしまえばいいんだよ」
そう言ったとたん、十四朗の後頭部に何か硬いものがドカンとぶつけられた。
「ぐおっ・・・・」
目の玉が飛び出るかというほどの衝撃。後頭部から煙が上がっているのではないだろうか。
足元を見ると、銅製の文鎮が落ちていた。

「馬鹿ひじかた!調子に乗ってんじゃねえぞ!」
後頭部を押さえて座り込む十四朗の頭上から子供の声がする。
「この野郎!ひとの頭にこんなモンぶつけたらあぶねえってことくれえわかんねえのか糞餓鬼が!」
「てめえの頭なんか怪我しようが割れようがどーでもいいでさ、馬鹿ひじかた!」
「いい度胸だ、テメーなんかとっつかまえて倉に閉じ込めて、土方さん許してくださいって泣いて謝るまで出してやんねえぞ!」
「へん、捕まえられるもんなら捕まえてみなせえ!」
ぺろっと赤い舌を出して脱兎のごとく逃げ出した。
十四朗が躍起になってその後を追う。

何故か総悟は十四朗にいつもちょっかいを掛けては怒らせた。
十四朗は十四朗で、相手が子供だとわかっていてもむきになって相手をしている自分を自覚していた。
浪士組に餓鬼は必要ない、邪魔なだけだと豪語しながらも気になって仕方がない。
天涯孤独の餓鬼だから、あれだけくそ生意気でも気にかけてやっているんだと自分に言い聞かせて数か月。
だんだんに、ふとした時に総悟に違和感を見る時があった。
十四朗に対する時は、そこいらの餓鬼とまったく変わりのない総悟。
しかしながら、会話の合間や夕涼みに縁側に腰掛けて庭を見ている時などに、いきなり大人の顔をすることがあった。

烏合の衆の浪士組をまとめあげるために、清川が用意したのは清川自身のゆかりの寺。
そこに比較的中心的な人物を集めて寝起きさせていた。
清川自身も然り、近藤も、十四朗も、そして総悟も。

ひとつ屋根の下に寝起きしているわけだから、たった十歳の総悟の大人の色香部分を偶然見かけて、阿呆のようにぽっかりと口を開けて見つめてしまうことも良くあった。

餓鬼というものは果たしてこんなものだろうか、いや、自分がちびの頃はこんなではなかった。
一日中近所の悪がきを追いかけて泥だらけになっていた。
基本的にはそう変わらないのだが、湯上りの一瞬など、総悟が何気なしに下を向いた時のうなじの白さや、寺の詰所で寝起きしている隊士の一人にかわいがられて頬を撫でられている姿など、一体この歳のこどもがこんなことでいいのだろうかと思うほど艶めかしい時があった。

おかしいな、とは思っていた。
清川にしたって、身寄りのない餓鬼をわざわざ浪士組で面倒をみるような慈善事業をしている暇はないはずだった。
たとえたまに総悟が清川に対して媚びるような態度を見せることがあっても、そんなことくらいであの非情なおとこが、子供を引き取ったりするとは思えなかった。

なるほどしかし普段から引っかかっていたところが綺麗に繋がる機会はすぐに訪れた。
一人個室のある清川が、自室で酒を飲んでいるところへ、総悟が夕刻するりと入って行ったのは知っていた。
そういえば刀鍛冶の良い職人を紹介してくれると言っていたなと思って部屋の前まで行った時、中からくぐもった泣き声のようなものが聞こえた。
まさか清川が子供を虐待しているのではなかろうかと思って襖をうっすら開けて中を覗いてみると、果たして清川の膝を広げて座した上に真っ裸で跨った総悟が首を仰け反らせて声を上げていた。

総悟の全身は薄桃色に染まって、痙攣したかのように震えている。
密着した清川の手が、己の足で総悟の膝を割ったその股の間を通って後ろをいやらしく弄っていた。
総悟はといえば、大人の清川の太い腕を股に挟んで「ああ、ああ」と声を漏らし、卑猥に腰を揺らせ、歓びの表情を見せている。

馬鹿な。

何を考えるでもなく、襖を力いっぱい開けていた。

「キ、ヨカワァアアアッ!!」

だだだと畳を走って、二人を引き離し、清川の胸倉を掴む。

「あんたは・・・・あんたは一体何を考えているんだ!こいつはまだ餓鬼じゃねえか!それを・・・それを・・・」

「君には関係ない」
冷静な清川の一声。

ふと視線が落ちて清川の着物の裾を割ったところにあるものが屹立しているのを見た時、カッと頭に血が上った。
殴り倒してやろうと拳を突き上げた時、総悟の呆れたような声がする。

「邪魔しねえでくだせえ」

見ると頬を薄らと染め、軽く息を弾ませた総悟。
十やそこらの子供の表情ではなかった。

「なんだと?」
「俺ァすきでやってるんでさ、アンタは邪魔でさあ」

茫然とした。
たとえくそ生意気で手の付けられない悪戯者だとしても、十四朗の前ではちゃんとした子供だった。
そこかしこで不自然な色香を醸してはいたが、こんな汚らしい大人の欲望の餌食になっていたなど、かけらも想像しなかった。

そしてそれを、総悟が悦んでいる?

いや、嫌がっているに決まっている。それか、「嫌かどうかもわからない」か。
まだ何をどうとも知れない餓鬼だ、清川にされている行為が何かもわかっていないのかもしれない。

「総悟、お前、ほんとうは嫌なんだろう?」
「嫌じゃない、この子は悦んでいる」
「お前には聞いていない!」

「土方くん、私は武士だよ。自ら言うのも何だが、そう小さくない組を束ねる英俊豪傑だ。その私が嗜みとして稚児趣味を持っていてもおかしくないだろう」
「なんだと」

確かに天人の飛来によっていくら近代化が進んだとは言え、吉原も健在であれば稚児文化もそのまま。身寄りの無いこどもを引き取って色小姓にして誰に非難されることも無い。

「それとも君は、この子に対して何か特別な感情を持っているのかね?」

総悟の顔を、見た。
こちらをきょろりと見る大きな瞳。
その瞳がばちりと瞬きされて、そうして子供の口からもう一度言葉がぼつりと飛び出す。

「邪魔でさあ、出て行ってくだせえ」






清川の部屋を出た時のことを十四朗は覚えていない。
ただ気が付けば飲み屋の暖簾をくぐってしこたま飲んでいた。

いくら考えてもわからない。
総悟は本当に嫌がっていないのか、清川の無理強いではないのか、そして何故自分はこうまで総悟の事に、上司に楯突いてまで首を突っ込みたがるのか。
なんだ結局あんな餓鬼は親を亡くして己の食い扶持を稼ぐために身体を売る浮浪児となんら変わりがない。そんな餓鬼どもをいちいち気にして歩くのか。お前が総悟を大人になるまで育ててやるというのか。

飲んで飲んで、身体が粕漬けのようになった頃店を出た。
帰って雑魚寝部屋の布団に突っ伏して、寝た。

そうして眠りに落ちる直前、近藤はこのことを知っているのだろうかと、そう思った。




 



翌日酒が抜けてみると、総悟と清川の件は、自分には何の関係もないように思えた。
なんだあんな生意気な餓鬼。生きる為に好きでやっていることなら放っておけばいい。
清川がいなければのたれ死ぬしかないのだ、案外総悟もほんとうに慕っているのかもしれない。

だが半刻もすると今宵もあの二人は同衾するのかと考え始め、一糸纏わぬ総悟が清川の閨に入り込み清川の節くれだった手が総悟の身体中を撫でまわすのかと考えると、頭の中が沸騰しそうなほどの怒りが湧いてきた。

悶々と一日を過ごし、夕刻とうとう近藤に相談しようと姿を探していると、中庭からなにやら楽しそうな声が聞こえてきた。
見ると近藤が総悟と遊んでやっているようで、総悟の表情は驚くことに十四朗が見たことのないものだった。
十四朗に見せる生意気な顔でもなく、清川の部屋で見た不自然な色香も持っておらず、ほんとうに純粋な子供の顔。
にこにこと全く邪気の無い花のような笑顔で近藤にじゃれついていた。
複雑といえばこれ以上ないくらいの心境で二人を見つめる。十四朗は総悟があんな風に誰かに懐いているのを他に知らなかった。

総悟が清川に身体を与えていることを近藤が知っているとはとても思えなかった。
きゃあきゃあとはしゃぐ二人を見ていると、「近藤さん、そいつは子供好きのアンタがそうやってかわいがってやるようなタマじゃあねえんだぜ」と言ってやりたくて堪らなくなった。
言ったところで馬鹿が付くほどお人よしの近藤のことだ、総悟を哀れと思いこそすれ嫌うことは無いだろうが、睦まじい二人を見ているとほんとうの総悟の姿を大きな声で暴露したくなってしまったのだ。

だが結果、近藤に総悟のことは相談すらできなかった。
総悟のあまりに純粋な表情を見て、近藤にだけほんとうに心を許しているのかと思うと、どうしても暴露しきれない。
自分と近藤、そして清川に見せる顔。どれがほんとうの総悟なのかわからなかった。

ぐるぐると考えて、やさぐれながらも元々気性のまっすぐな十四朗の出した結論は、やはり総悟が嫌々清川に抱かれているというものだった。
それしか生きる道がないと思っているのであれば哀れだった。
なんとかまともな道に戻してやろうと、ことあるごとに総悟につきまとった。

「もう清川の部屋へ行くのはやめろ」
「アンタに関係ねえ」
「飯を食っていく方法ならほかにいくらでもある、どこかへ奉公に出てもいいしお前の出自ならよそに養子に行くという手もある」
「冗談じゃあねえ」
「なんでだ、今の生活よりずっといいだろう」

総悟は、初めて見た者は必ず振り返るうつくしい蘇芳色の瞳で十四朗を見上げた。

「なんでもなにも、俺ァすきでここにいるんだっていいやせんでしたか?」
「なん・・・・」
ここにいる、というのは清川の元にいるということだ。総悟がそれを良しとしているのを、十四朗には理解できなかった。

「清川さんは遠い親戚筋の誰もが見捨てた俺を拾ってここへ連れてきてくれた。そして寝床とあったかい飯をくれて着物も着せてくれるんですぜ、俺があのひとをすきになったとして何がおかしいって言うんですかィ」
「・・・・おまえは、飯をくれるから惚れるのか」
「俺ァまだ餓鬼でさ、アンタら大人のことは知らねえですけど俺ァ単純にできてます。なにも飯をくれるからってだけじゃあありやせん。何の関係もねえ俺にそうやって優しくしてくれる人間だってところに惚れたんです」

「・・・違う」
「何が違うってんですか」

「あいつはそんな野郎じゃあねえ。何の見返りも無くお前を引き取ったってんなら俺だって野暮な口出しなんぞしねえ。だがそうじゃねえ、あいつはお前を色小姓として連れてきただけなんだぞ」
「だから、それは俺も望んでいることだから、それだからいいんです。もうこれ以上俺の事にうるさく言わねえでくだせえ」

ぷいと小さな身体が向こうへ行ってしまった。

子供に言い負かされてしまった十四朗は、しかしそんなことはどうでもよかった。
ただ、清川の好きに扱われている総悟に我慢がならない。
総悟、お前は間違っている。昔はどうだか知らねえが、今頃では餓鬼が色を売るなんてのはいけねえってことになってきているんだ。開国してあっというまに新しい文化が入ってきて、もう江戸では取り締まりも始まっていると聞いた。だけれども何よりも、お前が清川に惚れているなんてえのはそれはお前の勘違いなんだ。何かしてもらったから惚れるんじゃねえ、人間ってのはそんな簡単なもんじゃなくて逆なんだ。こいつの為ならなんでもしてやりてえって、そう思える相手に出会ってはじめて惚れた腫れたって心持ちになることがあるんだ。

お節介だと承知していながらぐだぐだとそんなことを考えてしまう。
考えてそして実際口にも出した。


それから数年のあいだ、そうやって総悟を諭すことに己の時間のほとんどを費やした。
いくら邪険に扱われても、総悟はまだ餓鬼で、自分の哀れさをわかっていないのだと決めつけて必死になって諌めた。
しかしまったく聞く耳を持たれないまま時だけが過ぎる。

そうして、総悟が十四の歳になった時、十四朗の意識が大きく変わる出来事が起こった。



その日は朝から総悟の姿が見えなかった。
この頃は清川と総悟の関係を知っている者は少なくなかった。公言されてはいないが、よほどの無関心か鈍感でなければ気づかないはずはなく、総悟のことをいやらしい目で見ている男もいるようで十四朗は気が気ではなかった。

常に視界に入るところに総悟がいないと落ち着かなかった。
せわしなく総悟を探して、ふと寺の北西に位置する物置部屋から音が聞こえるのに気が付いた。

予感がして物置の木戸に耳をあててみると、中からごそごそという音と、鼻から洩れるような悲鳴が聞こえる。
はっきり、喘ぎと解る声。
ずきりと十四朗の頭が痛んだ。
怒りの為に血が上ったのだとわかっている。
中を見なくても解る。誰がいるのか。
誰と、誰がいるのか。

ここで飛び込んで行っても前と結果は同じだろう。だがこの場を去って我関せずというわけにはいかなかった。
そろりと板戸をほんの少しだけ開けてみると中はむっとした暑気と汗の臭いがした。
いやらしく睦み合う影がゆさゆさと上下している。
だが、長持ちやら冬場の火鉢の影に隠れて上手く見えない。
見えないが、何かが変だった。
その違和感に、吐き気を催すほどの不安を感じながら、十四朗は裏庭へ回って物置部屋の格子小窓から中を覗いた。

十四朗のいる格子窓から差す光が薄暗い物置を照らし、そのまっすぐの光の中で細かく白い埃がゆっくりと舞っているのがくっきりと浮き出されている。
ごちゃごちゃと物が乱雑に置いてある、そのほんの少しの狭い隙間で、大の男が少年の足を抱え上げていた。

古ぼけた畳に天井を向いて仰向けにころがっている総悟の顔が見える。
目は潤み、頬は朱に染まり、苦しそうに眉を寄せながらも、その顔は悦びに溢れている。
鼻から抜ける泣き声でさえ、快感のあまり抑えられない喘ぎだった。
畳に流れる亜麻色の髪が、総悟の喘ぎに合わせてさらさらと波打って、男を誘っているように見える。
そして男は、総悟の白い腿をいっぱいに開いて己の肩に担ぎ上げ、ぐっぽりと巨大な男根を白い尻に飲み込ませていた。
天井を向いた総悟の尻から、ゆっくりと赤黒い凶器が抜き出される。
「ああ・・・は、あ・・・」
恍惚とした表情でその感触を味わう総悟。もう少しだけ首を仰け反らせて窓を見上げれば十四朗と目が合うのだがそれにも気づかない。

そして。

その、総悟を犯している人物が、清川ではなかった。

寺の中、物置の木戸側から覗いた時に感じた違和感は間違いではなかった。
相手は、清川ではない。
むしろ浪士組の中で、実力はありながらも組の動向について清川と意見を対立させる人物だった。
なにごとにも知性で熟考を重ね決断する清川に対し、すべてを力で捻じ伏せる荒々しさを持つ男。それが根岸。
その根岸が、大きな体躯を華奢な少年の身体に被せて獣の様に腰を打ち付けている。
総悟は袴を抜き去られ、白い着物の胸をはだけさせて身体中に散った鬱血の痕を根岸の律動にひきずられるように揺らせている。腿までたくし上げられた裾には、総悟自身の尻を伝い落ちてきた男の精液でぐしょぐしょに濡れていた。
快感で意識が飛んでいるのか、既に目の焦点が合っていない。

瞬間、十四朗は強烈な吐き気を催して、その場を離れた。



何故だ。
お前は清川に養ってもらっているから身体を与えているのではないのか。
ほんとうは、心の奥底では嫌がっていたはずではなかったのか。

何故あんな粗野な男に身を任せてうれしそうに声を上げているのか。

まさか、他にも、他の男ともあんなふうに繋がっているのか。

まさか、まさか・・・・・近藤さんとも。


やみくもに走って村はずれの花街で馴染みの店に飛び込み、誰でもいいからと安い女を買ってめちゃくちゃに抱いた。
総悟の濡れ場を見て、隠しようも無く勃起していた。
身体中が熱くなって、総悟の上に覆いかぶさる男が自分であることを夢想する。
歯を食いしばって女に腰を打ち付けながら、十四朗は考えた。

あいつは屑だ。
清川がどうのではない。誰彼なしに見境なくケツを振って股を濡らす救いようのない淫乱症なのだ。
こちらがいくら心配してやっても無駄。
あいつは俺の知らない間にきっと男を取り替えてはお楽しみを繰り返していたのだろう。

あいつは屑だ。
生まれながらのどうしようもない屑なのだ。

欲をすべて吐き出してしまっても怒りは収まらなかった。
寺へ帰る道すがら河原ぞいを一人歩きながら、茶屋でしこたま飲んだ酒に操られて制御できない思考の中へと引きずり込まれて行く。

あいつが、生まれながらの淫売だということはわかった。
けれども、それなら何故俺には粉をかけないのか。
十四朗は自他ともに認める色男で女を袖にしたことも数知れない。素人女は面倒だからこそ玄人ばかりを相手にしているほどだった。
それなのに、何故。
お前が俺に腰を擦り付けでもしてきたら、いくらだって相手をしてやろう。あんな野蛮な男に身を任せるくらいなら俺の方がずっといいだろうに。
それでも俺を無視しやがるのなら、それならばいっそあの賤業婦をひっ攫ってどこかに閉じ込めて目に物を見せてやろう。
真っ暗でじとじととしたごみ溜めのような地下土蔵にでも放り込んで、白い身体を強く縛りつけて強力な淫剤を仕込み、自分ではどうにもできない状態にして放置する。
涙と涎を流しながら俺に挿れてほしいと懇願するまでにしておいて、だが俺は決して挿入などしてやらない。

静かにあいつに近づいて、そうしてひくひくと震える総悟にただ一言、こう冷たく言い放ってやるのだ。


「おまんこ禁止だ沖田総悟」




悦に入ってそこまで考えて、はっと正気付いて俺は一体なにを考えているのだと自責の念にかられた。
なんだ俺はどうしたんだ。
あんな餓鬼のことを考えるからこんなことになるのだ。
総悟のことはもう忘れてしまえ。好きにやればいいのだ。哀れと思いこそすれ気にかけていたが、それほど交尾が好きならあいつの生活はあれで幸せなんだから、放っておいてやればいいのだ。

歯を食いしばって迷考を締めくくるも足取りは重かった。総悟のいる詰所に戻りたくなかった。
ぐるぐるとそこいらを歩き回って、深夜になってようやっと寺に戻る。

草木も眠る丑三つ時だった。
物音ひとつしない。

ふと、足を止めた。
隊士どもが寝起きしている寺の敷地内、その一角に小さな庵があって、清川はここのところ隊士達と一線を画す為に、その庵で生活していた。
そこで思う存分総悟を引きずり込んでいたのだが、今日総悟はいないはずだった。
十四の総悟を清川が子供扱いして未だ浪士組としての仕事をさせたことはなかったが、さすがに体面が悪いのか最近は使い走りの真似事をさせることがよくあって、今日は5里ばかり離れた懇意の道場に何かしら届け物をさせていた。
いつも泊りになるので帰りは明日になるはずだ。

だが、虫の羽ばたきさえ聞こえそうな静寂の中、庵の方からごとりと物音がした。
十四朗の胸がざわりと音を立てる。

なにか、予感がした。

ごくりと喉を鳴らして、足音をさせないように庵に近づく。
残暑の湿気と気温が十四朗の頬や背中にじっとりと汗を浮き上がらせた。
ざわざわと肌が泡立つのは、何故なのだろうか。

庵の縁側に辿り着いた時、真っ暗な障子の向こうから、やはり小さな物音が聞こえた。
この時間だ。清川は当然眠っているだろう。

では、何が。

震える指で、障子を一寸ほど開ける。
そこから中を覗くと・・・・。


暗闇の中、布団の上に倒れこんだ人影と、何者かの返り血を白い顔に浴びて傍に蹲る総悟がぼんやりと見えた。





 




翌日、浪士組が詰所としてその一角を借り上げている寺の庵から、清川の死体が発見された。
腹部に柄部分が焼き潰された匕首が深々と刺さっていて、ご丁寧にそのまま一度ぐるりと回転させてあり、出血多量が直接の死因と判断された。

政治的観点から金子が必要な局面も多く、清川の個人財産の一部が庵にしこたま隠してあり、そのほとんどが盗み出されていたため金目的かとも思われたが、用心棒から仇討の助太刀までを請け負っている浪士組の局長である清川が、誰の恨みを買っていてもおかしくない。
そんなわけではじめ下手人は外部にいるかと思われたが、警備の厳しい詰所内で起こった事件であるということと、清川が庵に寝泊まりしていることを知っている人物の犯行であることから焦点は浪士組内部の人間に移った。
更に凶器の匕首を調べた結果、焼き潰された柄部分が特殊な作りになっていたことが分かり、それが浪士組隊士である根岸の持ち物であることが割り出される。

腹に刺さった匕首を一回転させた時多量に出血するも、清川の身体が反射的に筋肉を収縮させて匕首の刃を噛んだ。絶命寸前の清川の意思ではなかったが、結果凶器が抜けなくなり、証拠を残すまいとする根岸が柄部分を焼き潰して逃走したと思われた。

折しも清川と根岸が普段から浪士組の動向において意見を対立させていたことから、根岸が取り調べの為に連行されて詰所内は俄然騒がしくなったが、十四朗の胸中は更に穏やかでない。

あの夜、暗闇の庵の中でいるはずのない総悟が返り血を頬に浴びて死体の横に座っていた。
これ以上何の証拠があろうか。あの庵に、あの日だけはいるはずのなかった総悟。下手人は総悟に違いなかった。


「なぜだ」

気が付けば声に出していた。

なぜ、清川を殺害したのか。

おまえにとって清川は唯一絶大なる後ろ盾ではなかったのか。
清川がいるからこそ、おまえは浪士組にいられるのではないのか。
それとも、いくらでも男がいるから清川は無用になったとでもいうのか。

十四朗には総悟が何ひとつわからなかった。
いくら節操のひとつも持っていない少年であっても、まさか人の命を殺めるほどだったとは思えない。

金がほしかったのだろうか。

しかし総悟は仕立ての良い着物を着せてもらって、なんでも好きなものを与えらえていた。
これ以上何を望むというのか。
なんでも買い与えられるだけでは気が済まなかったのかもしれない。
あいつの欲はとどまるところを知らない、俺の理解の息を越えた魔性だったのかもしれない。

総悟にどんなに袖にされても、どんな場面に遭遇しても未だあの子供を信じている自分がいた。
それなのに、ただ己の欲望の為だけに恩人を手に掛ける総悟。それも、罪を他人に擦り付けるような真似までして。

『俺はだまされていた』

十四朗の頭の中に、総悟への恨みが勝手に生まれた。

『いくら奴に馬鹿にされても、最後の最後にはあいつを信じていたのに、ほんとうの芯のところで、あいつは屑だった』

陽射しが容赦なく照りつける詰所の大部屋。
皆いくらか涼しい北の一角に避難している、蒸し風呂のごときこの広い一室で、十四朗はぐしゃぐしゃと頭を掻きむしり、畳に突っ伏して大きく呻いた。





総悟が、十四朗を件の庵に呼び出したのは、事件からちょうど一週間後。
それは、清川が亡くなり、根岸さえも下手人として連行された今、誰の異論もなく近藤が浪士組の局長となったその夜だった。

総悟から小さな紙切れを渡されて中を見た時、十四朗は正直寒気がした。
今更自分を呼び出して何になるのか。
まさか、自分が殺害現場を目撃したことを総悟が知っているのか。

よもや、自分をも殺そうとしているのでは、ないか。

だが、そんなことどうでも良かった。
もう総悟のことで何も頭を悩ませたくなかった。
ただ、総悟が何を考えてこの詰所で生活していたのかそれだけを聞きたかった。
だから、数刻前に渡された紙をぎゅうと握って、ふらふらと庵に足を向ける。

りいりいと虫の声がする。
暑さはまったくそのままだが、たった一週間でもう秋の気配がしていた。

時が過ぎるのは早い。

浪士組に総悟がやってきたのは十になったかならぬかの歳だったはずなのに、今はもう匂い立つような色香を惜しげもなく振り撒く美しい籠の鳥に育った。

総悟の周りの男たちと自分は同じだ。
ただあいつを清川から、他の男から守ってやって、己の腕の中にかき抱きたかっただけだ。
だが、叶わなかった。

以前は清川の部屋であった庵の十畳に胡坐で腰を下ろす。
茶事にも使えるように、床の間の反対側に炉が切ってあるが、夏の今はきっちりと蓋がされていた。
その蓋にも美しくい草の張られているのをじっと見ながら総悟のことを考え続ける。

たった一人の少年を守ってやって、慕われて。
ただそれだけの願いが叶わなかった。

叶わないのならば、いっそ。

「ひじかたさん」
薄暗闇の中、総悟の小さな声が響いた。

思考から意識を現実に戻して声のした方を見ると、この間覗き見をした縁側の方からことりと障子を開けて総悟が入ってくる。

十四朗が立ち上がって、総悟が行燈に灯を入れると、白い頬がぽうと暗闇に浮かび上がった。

「総悟」

なにか、いつもの総悟と違った。

これまでの総悟はうるさい十四朗に一本線を引いて接していた。線と言うよりも分厚い壁をどんと間に建てられて、まるで敵でも見るような瞳で見上げられていた。
だが今日は、今まであたりまえのようにそびえていた透明の壁がすっかり取り払われたような総悟の表情。どうかすればほんのりと甘えを含んだ顔をしている。

「土方さん・・・・俺、俺ァ・・・・」
「総悟」

「俺ァ、清川を殺っちまいました」

突然総悟の瞳の力が強くなった。告白の決心からかもしれない。

「総悟・・・・・お前・・・何故、なんでだ・・・」

「俺ァ・・・俺ァね、土方さん、あいつと寝るのが嫌だったんです」

「なんだと」

「俺ァあいつが死ぬほど嫌いだった。それァもう、始めて会った日からずっと死ねばいいと思っていやした」

「なぜ・・・・俺が・・・俺が、言ったじゃあねえか、お前が嫌なら助けてやると・・・」

「清川の、俺に対する執着は尋常じゃなかった。冷静な風に見えてもあいつはすげえ悋気持ちで、土方さんが俺を狙っていると言っては俺の事も疑っていやした。アンタが俺たちの事にあれ以上首を突っ込んでくるなんてことになったら、それこそ血を見る勢いでさ。俺ァアンタを巻き込みたくなかった。なんでかっていうと・・・」
一歩総悟が十四朗に近づいた。
なにかおそろしいものでも傍に来たように、ごくりと喉を鳴らして十四朗が後ずさる。

「俺が、アンタのことを・・・愛して、いたから」
「嘘だ!」
「・・・・」
「お前はおれのことを屑のように扱っていたじゃあねえか、それなのに何故そんなことを・・・・」
「今言ったでしょう、俺ァあんたを巻き込みたくなかった。なにしろ俺ァもうさいしょに清川に会ったときからこいつの息の根を止めてやるって誓っていたんですから」
「なぜ・・・なぜだ・・・」
「わかんねえんですかい?アンタもいつも言っていたでしょうが。あいつと寝るのが嫌だからでさ。あいつに奉仕するのも身体中舐めまわされるのも何もかもが嫌で仕方がないからです」

もう一歩、下がろうとしたがかなわなかった。下を見ると、総悟が胸の合わせをぎゅうと掴んでいる。

「俺の両親はね、俺がまだ十にもならねえ頃に突然に亡くなっちまいやした。元々藩の財政がよろしくなかった上に下級武士の家系だったもんで清貧には違いなかったけれど、吹けば飛ぶような家禄でさえ命綱でした。だけどその家禄も俺みてえな餓鬼が家督を継いだって藩のごくつぶしにしかならねえってんで召上げになっちまって、そいで、うちで働いていたモン全員に暇出したんだけども、中間の馬鹿な奴がいてそいつがこつこつ貯めた金で俺を養っていたんです。だけどいつまでもそんなことしていられねえ。無いに等しい給金を身を削る思いで貯めていやがった金です。その中間にだって女房子供があらあね、ですから俺ァ親戚筋の養子になるって嘘をついて、無理やりそいつを追い出しやした。そこからはもうお決まりで、家中の食いモンを食い尽くしちまって、そのうちなーんにも食うモンがなくなってしまった。だけども腹は減るし冬はやってくる。腹が減って寒くてしかたねえ。そのうちゴロンと横になって動くのも億劫になってそれから一日のうちのほとんど眠っているみてえに意識がねえ状態になってきやした。そうして、ああ俺ァ死ぬんだなって思った時、清川の野郎がやってきたんです」

長い身の上話をする総悟を、十四朗は信じられない物を見るような目で見下ろしていた。
実は総悟の話を、七割ほどしか聞いていなかった。
何故ならば、ある思いが十四朗の頭を途中からじわじわと侵略し始めていたから。

これ以上聞きたくなかった。

ほんとうは十四朗に愛情を抱いていたと言う総悟。
これ以上聞けば、己の消すことのできない総悟に対する悪行のせいで、十四朗自身の精神が崩壊してしまいそうだった。

 




「あの清川の糞野郎がやってくるまで俺のことを助けてくれる輩は誰もいなかった。遠いとはいえいくらかはいたはずの親戚筋でさえ俺のことは見向きもしてくれなかった。俺の事を完全に厄介者扱いして清川を沖田家に送り込んできやがったあいつらも、俺は一生許すことはねえでしょう。だけども、そんなもんはあの糞野郎に比べたら大したことはねえ。あいつはね土方さん、飯も食えねえでほとんど動くこともできなかった俺をはだかに剥いて、そうして俺に不埒なまねをしやがった。抵抗なんてできるわけねえ。体力も落ちて死にそうだってえのに何度も何度もやられて俺ァほんとうに死ぬんだなって思った時ようやっと暴行が終わって、それから気を失って次に目が覚めた時は知らねえ宿だった。そこで初めて清川は俺に粥を食べさせて、お前が気に入ったから連れて行ってやるって言ったんです」

「総悟・・・やめてくれ・・・・」

「やめねえです。土方さんにはほんとうの俺を知ってもらいてえ。もう死んじまってなにも言えねえ清川の事をこんな風に言うのはいけねえことかもしれねえ。だけどあいつだって俺にとんでもねえことをしやがった。命の恩人には違いねえ、だけど俺はあんなことをされるのなら、あのとき餓死しちまったほうがいくらよかったか知れねえ。あの日俺は心に誓ったんです。いつか俺自身が強くなって、こいつの息の根を止めてやるって」
「やめてくれ、総悟」

十四朗にとって、今まで誤解していた悪魔のような総悟の方がずっと良かった。自分の罪を浮き彫りにされるくらいなら、総悟に悪者の役を押し付けていた方がいくらも楽だった。

「浪士組に世話になるようになって、アンタに会って・・・・俺ァ死ななくて良かったと思えるようになりやした。アンタはいきがっているけれど、結局のところとんでもねえおひとよしで、だから俺のことも当然のように助けてくれようとして、俺にとってはまるで南町の遠山の景元みてえに正義の使者に見えやした。俺にとってアンタはとってもきれいなモンで、いつか土方さんと抱き合えるようになるんだって、そう思ってずっと過ごしてきたんです。
俺ァね、土方さん。ここへ来てもう一人、今までに会ったことのねえ底なしのお人よしに会いました。それが近藤さんです。近藤さんはほんとうになんの見返りもなく俺に優しくしてくれた。それに剣術も。もうずっと俺ァあの人に指導してもらいやした。もちろん鈍感で俺の境遇についてはなんにも疑ってなんてなくて、幸せなひとだなあって思ったりもしやしたけど、俺ァここへ来てひとつの夢ができた。あんな糞野郎じゃなくて、この浪士組の局長に近藤さんを据えようって。まっすぐで裏表のねえ近藤さんは局長にふさわしいって、そう思います。でもばか正直なだけじゃいけねえ。土方さんみてえな意地っ張りなのだとか俺みてえに根性のひねくれ曲がったのが脇にいねえといけねえ。近藤さんと、アンタと、俺。この三人で浪士組をやるんだって、それだけを思ってここまできたんでさ」

「だから、俺が・・・言ったろう・・・・、たすけてやるって・・・。斬った張ったの世界でやってきたんだ。今更清川と一戦交えることくれえなんだっていうんだ。何故俺に助けを求めなかった。なぜ、あんなやつと何年も・・・・」
「だから・・・言ったでしょう、が・・・・。浪士組は金のためだって言ったって正義にもとる仕事なんて引き受けたりしねえ。アンタはきたねえ仕事に慣れていないんだから、私欲の為に清川を手に掛けるなんてことできねえでしょう」
「できる!俺は、お前の為なら・・・」
「俺が、やらせたくねえんでさ。浪士組が晴れて俺たちのモンになって、それからその浪士組を守るためだってんなら汚ねえ仕事だっていいでしょうよ。だけど、アンタは一生後悔する。いくら俺を助けるためだって言ったって、結果はテメエがのし上がる為に殺したことになる。そんなこと俺がさせたくねえ。それに・・・それに、俺ァ・・・さっきも言ったように、あいつだけは自分のこの手で殺りたかった」

「総悟・・・」

「なにより俺ァ、あいつから逃げたかったんだってんなら、それこそよそへ奉公でも養子でもなんだって行けばよかった。それをしなかったのは俺の勝手なんです。でも俺ァ、土方さんにとんでもねえ淫乱だって思われても良いから、それでもアンタと一緒にいたかった。毎日アンタに諭されて怒られて、アンタに心配してもらっていたかったんでさ。
・・・・あの根岸の野郎は清川よりも更に嫌な野郎でね。俺が清川の稚児だってことを知っていながら俺を力づくでモノにしようとしやがった。俺ァね、ずっと近藤さんに剣術を教えてもらっていて、とうとう去年近藤さんから一本取れるようになったんです。胎さえ決めりゃあいつだって清川の首を取る準備はできたって思いやした。だからゆっくりと計画を立てたんです。あの粗野な男に身を任せて油断させて、あいつの匕首を盗んだ。あの匕首は、大楠公の時代に根岸家のご先祖が大将から賜ったってえ御大層なモンで瑠璃と翡翠が埋め込んでありやした。あれはあいつにとってそれこそ命よりも魂よりも大事なモンです。それほどの物を簡単に俺に盗まれるなんて、あいつは偉そうにしているけれども大したことはねえ。あんな男、俺に罪を着せられたって文句は言えねえ。そう思いやせんか?
それから俺ァ・・・・アンタにもう嘘は残しておきたくねえんで全部言いやすけど、実は遣い先の道場の師範代とも懇ろになっていやした。アンタには軽蔑されるかもしれねえけれども、もしも俺が疑われた時に、俺があの道場にいたって証言してくれる人間を作っておきたかったんです。だから、あそこの師範代を・・・これは手前から誘惑して懐柔しやした」

ひくりと、喉が震えた。
嗚咽が腹の奥から湧き上がってくるようだった。

「総悟・・・・ばか・・・お前はどうしようもない馬鹿だ。お、俺だって、俺だって考えていたんだ。お前と同じ夢を、俺だって考えていたんだ」
「ねえ土方さん、俺のことを軽蔑しやすか?結局はあいつを殺して自分が浪士組を乗っ取って、これからの浪士組の活動資金の足しにって思ったからあいつの金も奪いやした。だけどこれは、俺の・・・餓鬼の頃からの夢だったんです。あ、あいつから・・自由になって、そいで、そいで俺たちだけの立派な・・・家族みてえな組を作るんだって・・・」
「うう、う」
「ねえ、お願いですから、俺をぎゅうと抱きしめてくだせえ。いつも清川に抱かれていたこの部屋で、俺ァアンタと一つになりてえんです。もうあんな奴と寝なくていいんだって、これからはアンタと思う存分愛を語れるんだって、そう確信してえんです。ねえ、土方さん!俺に・・・口付けして・・くだ、せえ」

「うう、総悟・・・総悟・・・すまない・・・俺は・・・俺は駄目だ」
十四朗は総悟に抱きつかれたまま獣のように呻いた。
顔を両手で覆ったが、涙は出ない。
そんな感情でさえ、十四朗の絶望の心には生まれなかった。

「なぜ・・・なんでですかぃ。やっぱり土方さんは、俺のことを軽蔑しているんですか?だから、だから・・・」
「違う、俺は。俺は駄目だ」
「何が!・・・いってえ何が駄目だってんですかい。俺とアンタを遮るものはもう何もねえんです。俺がてめえの為にひとを殺してその罪をほかに擦り付けたってのが・・・そんなにいけねえことなんですかぃ?そうするしかなかった。アンタと・・・近藤さんと一緒に・・・俺があいつから自由になって夢を叶えるには、それしかなかった・・・・」

「違う・・・違う・・・俺は・・・・。俺はお前が、どうしようもないあばずれだと・・・思っていた」
「それァ・・・俺がそんな風にふるまったから」
「そうじゃねえ、そういう話じゃねえんだ。俺はだから・・・お前の事をそう思っていたから・・・。俺はでもお前のことを清川とおんなじように閨に連れ込んで不埒なことをしたかった。それなのに・・・お前が・・・糞みてえな淫売のくせに俺にはハナもひっかけねえって・・・そう思って・・・それなら・・・・それならいっそ・・・・・・」
「?ひじかた・・・さん?」

総悟が、なにか生まれて初めて言葉というものを聞いたような顔をして首を傾げた。
十四朗の不自然な様子に、なにかしらの不安を感じたのだ。


「俺は・・・すまない。すまない、総悟・・・」
「ひじ・・・」


その時、二人が身を寄せ合う庵の周囲に、人の気配がした。
はっと顔を上げる総悟と十四朗。
人数は、十数人ほどか。

「御免!」
野太い声が聞こえて、縁側の障子が乱暴に開けられる。
外にはかがり火を持った奉行所の御用聞きやら同心、袴を着込んだ役人らが小さな庵を取り囲んでいた。

総悟が、ゆっくりと十四朗の顔を見上げると、焦がれ続けたその男は、ただ茫然とした表情でこちらを見下ろしていた。

「浪士組隊士、沖田総悟だな」
同心の一人が総悟に向かって静かに問う。

「清川八郎殺害の咎で捕縛する。神妙にお縄を頂戴しろ。申し開きはお上の前でするが良い」

着物の裾を絡げて笠を目深に被った同心が懐から毛羽立った荒い目の縄を取り出した時、総悟は未だ信じられないような目で、十四朗を、見た。

「すまない・・・すまない、総悟」

十四朗は、深い後悔の中で、総悟の顔を見ることもできないでただ謝り続けていた。

総悟の唇が、薄く笑う。
だが、目だけが笑っていなかった。

ゆさ、ゆさ、と緩く十四朗の胸の合わせを揺さぶる。

そして最後に一言、小さな声で言った。





「ねえ・・・・ひじかた、さん・・・・。ぎゅうと・・・俺を・・・抱きしめて、くだ、せえ」






(了)




















×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -