見世物小屋 H.23/06/14


(銀+沖→?)祭りの見世物小屋に入る銀さんと沖田。気持ち悪い表現があります。要注意。要注意!!





どん。
どん。

ぴーひゃららら・・・。

どん。どどん。

太鼓の音とも花火の音ともつかぬ躁音が神社に響き渡る。

毎年夏祭りが行われるこの神社では、広い境内に所狭しと的屋が並ぶ。
駅から神社の表門に向ってずらりとならぶ夜店は、焼きそば、綿飴、飴細工にたこ焼きなどすでにきらびやかだ。
表門を入って奥に本殿、拝殿、能舞台と庭園からなるこの歴史の深い神社は、西暦720年の創建と言われている。

こんな時くらいいつもと違う浴衣姿をしてきてほしいものだ、と思いながら銀時は隣を歩く沖田を見た。
純白の着物に若草色の襠有袴をきっちりと着込み、尻の上の腰の部分が袴の下の帯の形にふっくりと盛り上がっている。
その盛り上がりを、女の尻のようだな、と考えながら、普段と違うところを探してみた。

三つ子の魂百まで、とはよく言ったもので、幼い頃に両親を亡くした沖田も、それまで叩きこまれた武士の精神を忘れず、外出には必ず袴を着用していた。

いつもと違うところなんてありゃあしない、と呆れた瞳で視線を落とし、銀時はふ、と目を細める。
沖田の腰。銀時とは反対側のきっちりと締められた袴の腰紐に、ちいさな赤い風車が差し込まれていた。
先ほど銀時が買い与えたものだった。
じっとりと汗ばむ湿気の多いこんな日でも、軽やかに歩けば風車は何かを思い出したように回った。

沖田の首筋を見やると、じんわりと汗が滲んでいる。
短い髪の襟足が首にはりついて、若木のようなしなやかな色気を感じ、つい目を逸らす。

『残念ながら、今日はデートじゃないけどね』
今日はというか、今日もだが。

「旦那ァ、この奥でさァ」
フランクフルトを咥えながら境内の最奥を指差す。
あんなの咥えちゃって、沖田くんたら卑猥だな〜、なんて考えて、沖田の目がつり上がる。あれ、今心読まれたのかな、などと。

「俺見たって仕様がねえでしょうが、ホラ、もう看板が見えてきやした」

沖田が指差す先には、人混みや露店の屋根に隠れて、派手な横長の看板が、大きな仮設小屋に掲げられていた。
看板には「見世物小屋」との文字。

小屋の前の人混みの中心で、台に乗った呼び込みが声を荒げている。

「え〜、世にも珍しい蛇女、稀代の奇術師、双頭の鹿に色とりどりのしゃべる鳥だよ〜〜、見なきゃ損だよお代はあとだ、楽しかったら払って頂戴、見なきゃ損だよ見なきゃ損だよ〜」

小屋の正面には、蛇を首にかけている女性や動物の様に髭が生えて四つん這いになっている男の気味の悪い絵が描かれている。
入口には紅白の幕が垂れさがっており、その間からは闇しか見えず、しかしちらちらと光が見えることから中にもう一枚幕があることがわかる。光が見える度に、中からは喇叭や笛や太鼓などの鳴り物の囃子が大きく聞こえて来た。

天人が飛来して以降、江戸も急速に近代化され、このような見世物小屋にも厳しい取り締まりが行われた。それまで人身売買などで舞台に従事させられていた子供などは姿を消しつつある。しかし、普段の生活からはかけ離れた禁忌を侵すような非日常の雰囲気が、視覚・聴覚の両方から誰しもを不気味な興味へと誘ってゆく。

気味の悪い人攫いを彷彿とさせる喇叭の音色に、小さな子供などは怯えて泣き出してしまうだろう。


 


沖田と銀時は、何の躊躇もなくその幕をくぐった。
お代はあと、という口上とは裏腹に、一人800円という見物料を取られる。ここは沖田が二人分を支払った。
ついついと中を進むと、左右の不気味な絵が二人を出迎えた。あきらかに被り物の獣男が柵の向こうからこちらを恨めしそうに見ている。通路のどんつきに大舞台があり、そこで蛇女のショーが行われているのだろう、なにやら歓声の様なものが聞こえる。
しかし、二人の目的は別にあった。
気味の悪い虫どもを手づかみで掴んで口に入れている男とも女ともつかぬ人間の前を通り過ぎると、目の前に大きなベニヤで囲われた部屋のようなものが現れる。
その部屋の中央あたりに小さな丸い穴が開けられていて、その穴の横に『世にも奇妙なゼリイ人間』と筆文字で書いてあった。

「こいつでさぁ、覗いてみてくだせぇ、旦那」
なんでもないように沖田が親指でベニヤに開けられた穴を指す。ついでに顎もしゃくって銀時を促した。

ちろりと沖田を見て、銀時が覗き穴に近寄った。
いざ、右目を穴にあてようとあと数センチまで近づいた時不意に耳のそばで沖田の声。
「気をつけた方がいいですぜぇ、旦那の蚤の心臓じゃあ驚いて止まっちまうかもしれやせん」
見ると悪戯っ子のつり上がったアーモンド型の瞳。

「脅かさないでよ、旦那こういうのいちばん怖いんだから」
そう言って真横にくっつくように立つ袴姿の子供をついと向こうへ押しやって、いよいよ穴に右目を近付けた。

視線の先、まずはベニヤの壁に見世物小屋のむき出しの土の床が目に入る。薄暗い視界に慣れて来るとその中央に鼠色の格子・・どうやら檻がぽつんと置いてあるのが分かった。
そこに、ぐったりと横たわっているのは、全身半透明の緑色をした、吐き気がするような人型の生き物だった。

身体はどろり、ねちゃりとねばついていてところどころ黒い斑点があり、目や耳や口はあるのかないのかよくわからない。

ただ、その生き物が心地良い状態ではないという証拠に、床に横たわりながらも時々苦しそうに呻いてはごろごろと寝がえりを繰り返していた。

ぶよぶよとした身体はゲル状で、くらげをもう少し固くした感じだった。

服は身に着けておらず、出血しているのか、どす黒い血液のようなものが床に擦れたように残っている。

銀時は嫌な物を見た、とでもいうように穴から目を離すと、沖田をギロリと睨む。
「なーによこれ、俺はこんなもの見に来たんじゃないよ〜」
「何言ってんですかィ、これこそが旦那が調べてた一件じゃあねえですか」
くい、と沖田が銀時の袖を引く。
後ろを見ると、浴衣のカップルが銀時を睨みつけていたので、穴の前を陣取っていたのを一歩避ける。
男が先に穴を覗き、女の背を押す。
女は、おそるおそる穴をのぞきこんで「きゃあ」と声を上げると、すぐに顔を逸らした。

「出やしょうか」
沖田がぽつりと言い、銀時も異論はなかった。
蛇女のステージを素通りして出口の幕を通った。

神社の敷地を出るまでどちらも一言も言葉を発さない。
表門を出て、夜店が並ぶ道を向いに渡ると、ぐっと人通りは減った。
一本道路を渡ると明るく綺麗な夜店の明かりがゆらめいて、二人の頬をオレンジに染めている。

「旦那が言ったんですぜえ、あの粉の出所と正体を教えてくれって」
「言ったよぉ、だってこの間のお返しだもんね。沖田くん借りを作りっぱなしはいやだって言ったでしょう?」
「言いやした、だからあの粉の正体を旦那に見せてやったんでさぁ」
ざり、と道路を銀時のブーツが摩擦する。

「どういうことよ・・・・」
「あの粉はね、ジャングル星の化けモンみてえな大蛇のエキスを濃縮したモンでさぁ、天人にはそれでも精力剤になるらしいんですがね」
祭りの明かりを受けて、顔の半分だけ薄明るい沖田の赤目部分が、下から目頭を通ってくるんと半周すると最後に上目遣いに銀時を見上げる。

「おー・・・いいねそれ。試したいねぇ・・・・。いやいや銀さんはそんなもんなくても全然発射OKなんですけどね。いやこう天人の精力剤っつったらなんだろうひょっとしたらいつもの倍くらいのデカさになんじゃないかななんて・・・・・どう?試してみない?俺と」
「馬鹿いってんじゃありやせんぜ旦那、旦那もああなりたいんですかィ?」
呆れたような沖田の声。

「なに・・・・なんだそれ・・・まさか」
「何らかの方法であの粉を体内に取り込むと、地球人には劇薬となって三日三晩のたうち回った末にあんな姿になっちまうんでさぁ」

ごくりと、銀時は唾を飲んだ。
「なんだよそれ、悪い冗談・・・・」
「冗談なんかじゃあありやせんぜ。じゃあ一体あの生き物をどう説明するってんですか」
「どうって・・・そりゃ何かのトリックだろ?なんかあんな感じの着ぐるみとかじゃねえの?」
いつになく真剣な沖田の瞳に少したじろいで銀時が答える。
「ありやせんぜ、あんな質感の着ぐるみなんか。そもそもそんな仕様もない嘘つく為にこんな所まで一緒に来やしませんぜ」

「う・・・・・じゃ、じゃあ、あれがうちの依頼人が持ってきた例の粉を取り込んだ人間のなれの果てだってのか?」
「そうです」
顔色も変えずに返事をする少年。

「なにそれ・・・・なんで沖田くんがそんな事知ってんのよ。真選組の管轄なの?」
「管轄もなにも、俺ァ見ましたからね、あの粉を飲みこんであの化けモンみてえな姿になる奴を」

ぴたりと銀時が立ち止まる。
少年が一体何を言っているのかわからないという顔。

「あの見世物小屋のゼリイ人間はね・・・・・・元、真選組の山崎退なんでさぁ」



 




どん。

と太鼓の音がする。


「なにを・・・・・・・」
背中を流れる冷たい汗。沖田の言葉が銀時の頭をぐるぐると回った。

「ひでえ悪戯だな」
「悪戯なんかじゃあありやせんぜ、ある組織から押収したあの粉を化学分析した結果、地球の技術ではただのビタミンなんかの栄養成分しか検出されなかった。まあ緑茶や青汁みたいなモンですね。だから、俺たちはつい・・・馬鹿な勝負なんぞの罰ゲームでそいつを山崎に飲ませちまったんでさ」

「・・・・・・」
用心深く沖田の瞳を探る銀時。その言葉に、嘘が、あるのか、無いのか。

「文字通り奴ぁのたうちまわりましたよ。最初は言葉も話せてねえ、すぐさまおっそろしい緑色の化けモンに変わっちまって沖田さん沖田さんって血を吐きながら涙を流して俺の足にすがりつくんでさぁ・・・・・。あの姿に変態する間に身体中からも血が噴き出してねえ、そりゃあ見ていられねえ地獄絵図でしたぜ、痛い、苦しいって、あの・・・・あの姿で・・・・・」
「やめろ!」
銀時の顔は苦々しげに歪んでいた。
「趣味が悪いよ沖田くん、ジミーかわいそうでしょうがそんな話したら」

形容しがたいどこか眠たげな表情の沖田の唇がゆっくりと開く。
「旦那はぁ、ドSなわりには、案外常識人なんですねィ。でも残念ながらこれは本当のことでさ。あの化けモンになった山崎を俺たちは地下牢でしばらく飼ってやした。あんなモン世間様に見せられるわけがねえ。そうしておいて必死になってアレが地球に入ってくるルートをつぶして回った。その甲斐あってようやく天人と幕府の条約にあの粉の取引禁止項目を追加することができやしてね・・・・」

銀時は、その現実味のない話を聞きながら、頭は別のことを考えていた。
いったい沖田と言う男はなぜこうも魅力的なのだろう、と。
奇をてらった服装や髪形をしない。シンプルな無地の着物と袴、ただおろしただけの前髪と髪型も特に変わったものではない。
ただ、その存在が特異なのだった。身なりや髪形や化粧で己を特別に見せようとしなくても、ただその存在だけで沖田は突出していた。
可愛らしさも、その個性的な性格も。

あまりに信じがたい話のせいで、つい思考が寄り道をしていたところを沖田の次の言葉が銀時を現実に引き戻す。

「そんな頃、見世物興業界を取り仕切る親方の男が真選組を訪ねてきやしてね。どこから聞いたか、いや山崎があの粉を飲んだ時は周りに何人も隊士がいやした、どうしたって隠しきれるもんじゃあねえですが、山崎を引き取りてえって言い出したんでさ。もちろん近藤さんも土方さんも断りやしたよ。だけどね、天人の薬を隊士に飲ませて人体実験したなんて聞こえが悪いだろう?って言いやがる。なに、そんな男真選組にかかっちゃあ黙らせるのはわけがねえんですが、面倒臭ぇことにその胴元が幕府のお偉いさんと繋がっていやしてね、なにしろ全国を興業して回っていやがるんだ、どこの情報にも通じていて重宝するってんです。どうにもこうにも公僕ってのは上からの圧力ってやつにめっぽう弱い。あっという間に山崎を連れて行かれちまったってぇ次第でさ」

長い言葉を吐き出しおわって沖田が一息つく。
その顔は悔しいとも思っていないようななんの起伏も感じられない表情だったが果たして・・・・。

「まったく情けねえや、天下の真選組があんなヤクザ者に脅されていいようにされるなんてね。何、あんなのが一匹増えたくらいでそれほど儲けになるとも考えられねえ、奴ァ監察で潜入捜査なんかもやってきた。あちこちに個人的な恨みを持っている奴がいねえとも言い切れねえんでさ。あんな姿になった山崎を、これ幸いと更なる地獄に突き落とそうとする輩がいたっておかしくねえんだ」

ざりざりざり。
二人の足音が、だんだん小さくなって行く祭り囃子とは反対にやけに静かな路地に響く。

「沖田くんはぁ、なんのためにその話を俺にしたの?」

「別に。あの粉の正体を知りてえって旦那が言ったからですぜ、今は真選組が目を光らせているんで地球に輸入されたとしたらそれは条約以前の代物でさあ」

「真選組が手を出せないから、俺に山崎を救い出して欲しいって話か?」

隣を見ると、沖田は伏し目がちに左右交互に前に出される自らのつま先を見つめている。

「どうしたってもう元には戻れねえんでさ、あの見世物小屋にいるのも屯所の地下牢に押し込められているのも山崎にとっちゃあどっちも同じようなモンなんです」

そう言った沖田の顔は、何の後悔も葛藤もないように見えた。


「ところでさ、沖田くん」

「何ですかい?」



「お前んとこの、あの煩いマヨラーだけど。ニコマヨ副長くんはどうしたの、ここんとこ見ないよね。マヨネーズ王国に長期出張にでも行ってんの?」

そう問うた銀髪の侍は、目の前の子供よりもずっと狡猾で、すべてを見通す静かな目をしていた。


 





深夜。
祭り囃子もすっかりナリを潜め、あれだけ派手に灯りをともしていた的屋の数々も今は店を畳み、闇の中。明日の祭り最終日までシートをかぶって眠りにつく露店屋台達。
最奥にある見世物小屋も例に漏れず、ひっそりと静まり返り昼間とはまた違う不気味さを醸し出していた。

「ザキ・・・・ザキ・・・・」
見世物小屋の裏手、関係者の出入りする木戸の辺りで声を潜める袴姿。

「沖田さん」
闇から滲み出るように現れたのは見世物小屋の下働きに身をやつした山崎退の姿。

二人はお互いに引っ張られるように近寄って抱きしめ合った。
深く深く口づけする。
長い時間唇を合わせてそっと離れ、沖田が山崎の肩口に頭を預けて凭れかかった。

そのままの姿勢で長い事黙っている二人。


「・・・・万事屋の旦那はどうでしたか」



「あの人ァ全部知っているね」
ぽつりと、沖田が言う。

「全部知ってて分かってて俺にあの粉のことを聞いてきたんだ・・・・俺達のやったこと全部・・・・・・全部知ってて・・・・・」
がくがくと沖田の身体が揺れる。


「どうしよう・・・どうしようザキ・・・・・・おれ・・・俺達・・・どうなるんでィ・・・・」

ぎゅ、と見世物小屋の古い木材の匂いがしみついた男が沖田を抱きしめる手に力を込める。
「大丈夫、大丈夫ですよ、沖田さん。逃げましょう、二人で逃げるんです」

「ザキぃ・・・・旦那は・・・旦那は全部・・・全部知ってんだ」
「大丈夫です、泣かないで、沖田さん。どうしても、どうしても逃げられない時は・・・・・・・あの粉を旦那に飲ませたっていいんです」


「無理だ・・・・あの人ァ俺達の手に負えるお人じゃあねえんだ。無理だ・・・・無理なんだ・・・・」

沖田のハニーブラウンの頭にそっと唇を落とす。

「大丈夫です、フフ・・・沖田さんてば普段はとっても意地悪で破天荒なのに、ピンチには弱いんですね。大丈夫です、何があっても俺が沖田さんを守りますから」

あやすように沖田の背中を撫でて。


「大丈夫です、もしも、もしもどうしたって逃げられない状況になったら・・・・・。言いだしっぺは俺です。俺だけが打ち首になればいいんだ。沖田さんは何も知らなかったことにすればいいんです」

ひぐ・・と震えていた沖田の肩が止まる。
潤んだ瞳で山崎を見上げるその表情が、置いて行かれた子供のように歪む。


そんな、おっかねえこと、いわねえで

闇夜の為に薄い肌色に見えるその唇が、音もなく震えながらそう言った。







(了)





















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