チ○ポの旦那 



どんくさくも近藤さんが幕府にとっつかまって真選組が解体になってからもう随分時間が経った。
俺と土方さんも袂を分かったように見えてその実なんだかんだでそうでもない。
土方さんは何かにつけて俺のねぐらをさぐりあてては様子を見に来たりして正直軽くウザかった。

解体から少しして俺の髪が肩までのびた頃、はじめて旦那と懇ろになった。
俺が近藤さんのことばかりに躍起になっていたので、そのうち救出の依頼に来るだろうと思っていたらしいのだがいくら待っても来ないので、珍しく向こうから近寄って来た。

「沖田くんはアレだね。仕様も無いネタは押し付けに来る癖に肝心のことになると一人でやっちゃおうとするんだよね」

最初なにが言いたいのかわからなかったけれど、まあ一人で無理するなってことだろう。
旦那はなるべく俺達真選組とは関わりたがらなかったのでどうしてわざわざ面倒事に首を突っ込みに来るんだろうとは思っていた。

「たった一人で。見ていられない」

ほんとうはアプローチは違えど結局は「近藤さん救出」という同じ目的を持つ土方さん達から情報を得ていたりしていたのでまったくの一人というわけではなかったのだが、旦那はなんだか俺の事が心配なのかしらというような態度でだんだん俺に近づいてきた。

俺がひとつところに落ち着かないでその日暮らしの宿生活をしているのを口うるさく言ったり、悪いことをしてお金を稼いでいるんじゃないのだなんて母親みてえな態度を見せたり、終いには風呂に入っているのかだとか下帯は洗っているのかだなんて土方さんと同じような事まで言い出す始末だった。
なんのつもりだろうと思っていたら、なんのことはない俺の事を食いたかっただけで、それからすぐに俺は根城にしていた安宿で旦那に抱かれた。

それからいくらもしないうちに旦那は俺の前から消えて、俺だけじゃなくて万事屋の眼鏡やチャイナ、他の皆の前からも平等にいなくなった。

誰もが悲しんで旦那が死んでしまったことを信じようとしなかったけれど、スナックのババアが『坂田銀時』と彫られた墓石を立ててしまったのでみんな認めざるを得なくなって、旦那の話をするのも避けるようになってしまった。

「沖田くんは髪が短いほうが似合うのだから切りなさい」なんて言っていたのに、いなくなっちまうもんだから勝手にどんどん伸びてしまった。

はやいとこ戻ってきて諌めてくれねえと俺ァどんどん悪い事ばかりしますぜ。

そんな俺を今度は土方さんが「見ちゃいられねえ」と言ってより一層ちょっかいをかけてくるようになった。

「アンタは過激攘夷党で忙しいでしょう、過保護もいいとこですぜ。俺は俺で勝手にやりまさあ」
追い帰しても嫌がれば嫌がるほど俺を追い掛けるようになって、そんなつもりはなかったのだけれど土方さんに熱く押されてそういう関係になってしまったのはやはり寂しかったのだと思う。

「真選組にいたときはなんとも思っていなかったけれど、中途半端に離れてみるとお前が急に近所のハナタレ小僧じゃなくなって」・・・というのは半分嘘で「未だハナタレ小僧にしか見えない部分と始めて会った美しい青年みたいに錯覚する部分とが混ざりあっている」というのが土方さんの言葉。

俺はといえば、それまでは一人で立っていたのにあのだらしない白髪男にめっきり食われてしまって急にいなくなられたもんだから、常に足場がぐずぐずになってしまったような気味の悪い感覚に悩まされるようになってしまった。

なんでだか、旦那は俺の前から消えるなんてことは無いと思っていた。
姉上も近藤さんもいなくなって、それでも旦那だけはいなくなったりしねえでずっと俺の事を叱りながらも俺の悪戯にハマりまくってくれると思っていた。

煙のように消えてしまうなら、なんで俺を抱いたんですかい。

今は俺を抱く熱い体温の土方さん。その胸に縋りながら俺は旦那のことを考えた。

首に縄なんてつけねえのが旦那には似合っていた。だから誰も旦那を縛ったりしなくて。
でもこんなことになるなら旦那の首に首輪をつけて縄なんてもんじゃなくてガッチリとした鎖で身体中がんじがらめにして、この安宿に閉じ込めておけば良かった。

あの人だけは俺を、俺たちを捨てないなんてなんで信じていたんだろう。こんな世の中になってしまったのに。




そいつを最初に見た時、旦那と同じ着物を着ているのに旦那とは似ても似つかなくてその似てなさすぎに驚いた。
なんだかしらねえけどでけえチ○ポみてえなものに旦那の着物を着せただけの物体にしか見えなかった。

チ○ポの先にちまちまちまっと気持ち悪いハノ字眉毛とか品の無い三白眼とか穴が空いているだけの鼻、一昔前の中国人みてえなヒゲの間にこれは何の変哲もないタラコ唇、それらがまるっとしたマッシュルームカットの下、顔のド真ん中に集中している。
旦那どころか人間であるかどうかさえ怪しいその物体が、不自然な自然さで万事屋のガキどもと一緒にいた。
奴ら、あまりの寂しさにもう旦那の着物さえ着ていればあとはなんでも良くなっちまったのかと哀れに思ったものだが、一暴れした後に宴会があって、酒に飲まれてだんだん酔いもまわってくると、あの巨大チ○ポがなんだか旦那に似ているような気がして仕方なくなった。

なんだあんなチ○ポ、旦那の知り合いだったとは思えねえ。良く見たら額にハナクソついてんじゃねえのかと厠に立ったところを追いかけた。

珍さんと呼んでくれと言うそのチ○ポ男の背中はほろ酔いみてえで、でも俺はどうしてもその背中が旦那みてえに見えてしかたなかった。
五年も姿を消していきなりこんな恰好で帰って来るわけがねえってわかってはいるんだけれども、俺はひょっとしてという思いを捨てきれなかった。
だからそのチ○ポのなんというか裏スジのあたりにチャックがないかしらと一生懸命まさぐったがなにも無い。

「ちょっと何してんの、俺背中弱いんだからやめて」
チ○ポが振り向きもせずにボソリと呟いた。

「中の人なんかいないよー」
小用を終えて俺を見下ろすように振り向いたチ○ポ。「チ○ポじゃないよ珍さんだよ」と俺の心を読むように言いながら、がっしと肩でも組むように脇に抱えられた。
「手ェ洗ってくだせえ」
「珍さんのチ○ポは綺麗だもーん」
「チ○ポはどうか知らねえですけど見た目はもうグロですよね」
「なめてんじゃねーよお前こそこんなだらしなく髪のばしやがって珍さんは嫌いだよそんなの」

やはり話し方が似ているなと思う。

「アンタ、俺のこと知ってるんですかい」
「は?シラネーよお前なんか」
「髪のばしたって・・・」
さらん、と俺の尻尾をチ○・・・珍ポが掬い上げた。
手、マジで洗ってほしいんですけど。

「ああ、わかるよ。似合ってねえもん。お前なんか知らないけど、マネキンに被せてるヅラみてえに不自然なんだもん、その頭」
「ンなことねえと思いやすけど」
「何?」
見上げると、ぶっさいくな珍ポが、勝ち誇ったかのようなムカつくニヤけ顔で俺を見ている。

「それで、何の用なの?」

「何のって・・・・」
特に用も無かったもんだから、というか中に旦那が入っているかと思っただけなのだ。

「アンタ・・・誰かに似てるって、言われやせんか?」
「ああ、向井理とかよく言われるね」
「チ○コって言いました?」
「言わねえよ」

「だんな」
「旦那って俺の事?」
「今、万事屋なんですよね?」
「ああ」
「万事屋の、旦那」
「ハイ」
「旦那」

知らず、俺の顔が珍ポの旦那のそれに近づく。
なんだかほんとうに旦那みてえな甘い匂いがして、厠なのにふわふわとした変なものに包まれたような感覚だった。

間近に珍ポの旦那・・・・旦那の顔があって、それでもこの顔とは接吻なんてとてもできねえなあと思っていたら、ちゅ。と音がして俺の唇が塞がれた。
とても顔を直視していられないので目を瞑ったら、そのまんまほんものの旦那に口付けされているような錯覚を起こした。

口付けが、似ていた。
旦那はヤる時は大抵口付けなんかしてくれねえんだけど、機嫌の良い時はやってくれて、もっと機嫌の良い時は女にするみてえにやさしくちゅっちゅってついばんでから深く唇を合わせてくる。他は土方さんしか知らねえけれど、旦那はあの熱くて性急な貪りとは違ったのを覚えてる。

旦那は。
旦那はこんな風にした。
こんな風に俺の唇を吸った。
アンタ本当は、本当に旦那なんじゃねえんですかい。

「ぷは」
唇が離れて吐息が混ざり合う。
目を開いたら、顔から首にかけてずどんと一本調子の肉棒がニヤニヤと俺を見下ろしている。

手洗い横の薄汚れた壁。そこに押し付けられた格好でこれ以上なく密着する。
「よいしょ」
旦那が俺の足を片方持ち上げて、壁に膝をついた旦那の腿にひっかけた。
旦那の声と旦那の匂い。
袴の腰紐を前から後ろに辿って、そのまま窮屈な紐と袴の間に手を入れてきた。

「なに、すんですかい」

「あれ、ヤりたいんじゃないの?」

「違います、どいてくだせえ」

「あソ」

ぱっと温もりが離れた。
旦那は・・・・およそそんな気障な顔がとても似合わない不細工さで目を細めると、おそろしく淡泊に俺を切り捨てて厠のドアから出て行った。



それで結果から言うと、俺は珍の旦那とやっぱり懇ろになった。
どうしたって旦那はもとの旦那みてえで、「俺は坂田銀時だよ」って言わせたくて仕方なかった。
でも旦那は百詛だとか魘魅だかの調査に必死になって俺とはあまり遊んでくれない。
そうなると追いかけてこっちを向かせたくなるのは人情で、俺はいいかげんな情報で旦那を呼び出した。
あの頃とは違う別の安宿で旦那が俺の情報に「ほんとうだな」と念を押すのを「ウソでさあ」と受け流すと、ものすごい力で胸倉を掴まれた。
「てめえ、ふざけんなよ」
って。

これがいつもの旦那なら問題ねえんだけど、相手はチ○ポの珍さんなのでいまいち迫力に欠ける。だけれどもほんとうの本気で怒っているのはわかった。

たまらなくなって俺が、
「アンタは俺に手を出しておいて、俺の所へは帰ってこねえであの二人のところへは帰ってきたんだ」
と言うと旦那のヒゲがぴくりと動いた。
驚いたのは俺も同じで、こんな感情が俺の中にあったのかと思っていると旦那がぽつりと呟いた。

「俺は、きみの好きな旦那じゃないけれど」

薄く息を吸って。

「欲しいのか、俺が」

まだ怒っているのかしらと思うような、感情を抑えた声。

「ほしい」

小さく応えた途端、荒々しく唇を奪われた。

ああ何年も触れられなかった身体だ。
ずっと忘れているしかなかった温もりだ。

アンタは、誰の事も愛していて、誰にも不幸になってほしくない。
だからそういう平等な情の為に俺の事も抱いてくれるのかもしれないなんて思いながら、熱い手に足を開かれて貫かれた。


「君たちのことは銀さんから良く聞いているよ。お前みたいなのが一人でやれるわけないんだから、土方の元へ戻りなさい」
終わったあとで静かに旦那がそう言った。

言葉の中身はどうあれ、穏やかな命令口調が髪を切りなさいと言ったあの人のようで嬉しかった。

「俺は・・・ほんとうはこっちのほうが生きやすいんです。誰かと足並みそろえてやっていくなんてのは性に合っていねえ」
「それでもだ」
「やでさあ」
「俺が帰ってくるまでな」

やっぱりアンタ、旦那なんじゃあねえですか、とは言わなかった。
なんでだか、言ったらこっちのチ○ポの方までどこかへ行ってしまうような気がした。


それからほんとうに短い間だけだったけれど、俺は珍の旦那と逢引きを重ねた。
土方さんなどは、
「お前は同じ服着てりゃいいのか」
なんて、俺が万事屋のガキどもに言おうとしていたのと同じことを言った。
だけどまあ基本的にあの人は俺に好きな事をやらせてくれるので、しばらく俺の宿に来なくなった。

旦那はものすごく忙しく姉御の病院に行ったり天人の居所を探したりしていたけれど、時間を見つけては俺の所に来てくれた。
あまりにも見てくれが化け物みてえなので「アンタとヤっているとなんだかならず者に犯されているような気になるんです」と言うと怒られた。

抱かれ続けているうちに、「旦那」と呼ぶと、
「そんな風に簡単に「旦那」なんて言葉を誰にでも安売りするんじゃあないよ」
と言われた。

こっちの旦那の持つ雰囲気は限りなく前の旦那に近いけれど、こうまで外見が違うと同一人物だとはとても考えきれなくて、もうほんとうのほんものの旦那は帰ってこないんじゃないかと思ってしまう。
だとしたら旦那はほんとうに死んでしまったのかもしれない。

あっちは帰って来ないけれど、この熱い身体は俺をずっと大事にしてくれるんじゃないかしら。そう思ったらたまらなくなった。

「俺ァ、アンタのことが・・・・だ、旦那よりも・・・」

すきになってしまったかもしれない。

そう言いかけたら、唇を強く吸って遮られた。

「それ以上言っちゃいけない。言ってしまうと本当に沖田くんの旦那が帰って来た時に困るだろう」
ゆさゆさと、ゆっくり俺を揺さぶりながら諭す。
俺は尻に出入りする固い熱に朦朧としながら、ぼんやりとした輪郭のチ○ポを見上げて果てた。




それから旦那はやっぱりほんとうの旦那だと言うことが分かって、これは本意じゃないんだけれど皆で連れだって過去へ旦那を追いかけて行くことになった。
いくら単独行動をしたくても結局集団行動になるしかねえんだ、このメンツだと。

ごうごうと風の音がする薄暗い戦場で、ハナクソの取れたマジもんの旦那が
「やっぱりそっちの頭の方がいいねえ」
と言った。


元チ○コの旦那に随分愛着が湧いていた頃だったので俺は哀しかった。
みてくれなんてどうでもいいけれど、この滅茶苦茶な時代をほんの少しだけ珍の旦那と過ごしたのは事実で、その珍の旦那は俺達と同じ未来には帰らないんだろう。
ひとりだけ五年前に戻るんだ。

五年前のチャイナや眼鏡が待っているからといってきっと五年前に戻る。
その足でむかしの俺のところへ寄ってくれるかしら。

俺が帰った未来で旦那と俺はどうなっているかと心配しながら戻ると、目の前に旦那がいた。
屯所の俺の部屋。
どうやら真選組はそのままらしい。

「・・・アンタは、誰ですかぃ」

「旦那だよ、沖田くんの」
うつくしい銀髪にアルビノのような臙脂の瞳。だらしない視線に色気のある頬のライン。
間違いなく旦那だった。
だけれども、俺の巨大チ○ポは消えてしまった。

ほんとうにアッチのことも好きになっていたのだ。
ぷくりと俺の下まぶたに涙が溢れて気が付いた。

「久しぶりだねえ、沖田くん」
滅多に見られない優しい旦那の笑顔を見て、ようやっと解った。
目の前の旦那は前の旦那であって、チ○ポの旦那でもあった。
俺との記憶を持ったまま五年前に戻って、むかしの俺とちゃんと関係を続けてこの日までやってきてくれたのだ。

俺は、旦那の首を持って、左右に拡げようとした。
「ぐえ。なにすんの沖田くん」
だってつい昨日までの旦那はおよそ首というものがなかったんだもの。

一番寂しい時にいてくれた旦那にもう一度会いたかった。

「旦那」
「なあに」
「もう一回だけ、アッチの旦那になってくだせえ」

言うと、旦那はびっくりしたように俺を見て、それから呆れた顔になってフッと笑った。

それから俺の頭をわしわしと撫でて、
「無茶言うなよ、沖田くん」
と言った。




(了)


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