季節はずれの H.24/10/08


(銀沖)2012銀誕。今回は銀さん何にも変身しません。




もう教師と生徒じゃあないんだから、先生と呼ぶのはやめなさいということなので「ぎんぱち」と呼ぶと、呼び捨てかよと文句を言われた。

お前のせいで俺は学校をやめることになったんだから、夜の仕事でもなんでもして俺を養えと言って毎日ゴロゴロしているもんで、俺がそういう仕事を見つけてきていざ初出勤してみると「保護者から断りの連絡が入った」との事で働く前からクビになっていた。
帰ったら銀八がぶつぶつ文句を言った挙句に「あんな仕事おまえに勤まるわけないから断ったが、マジでてめえの食い扶持くらいかせいで来いよ」と言い捨ててどこかへ出て行ってしまった。
どこへ行ったのかと思っていたら、銀八自身のビル清掃の仕事を見つけてきたらしく、学校を懲戒免職となってからこっち「沖田くんのせいでクビになった」が口癖になって、「俺はもう沖田くんのヒモとして生きることにする」などと言っていたのにどうしたんですかいと聞くと「沖田くんがかせいでこないから仕方ない」とものすごくそっけなく答えた。
だからお酒を注ぐお仕事するってばと言ったら、その日はなんにも口を利かなくなってしまって困った。

俺ァ銀八との関係がバレて学校も退学したし家からも勘当されたもんだから、どうしたって銀八と一緒になりたいんですと甘えると、ようやっとこっちを向いて「だったらマジで食い扶持くらいはかせいでこい馬鹿」と言う。
働いてほしいのかそうじゃないのかよくわからねえんだけども、次の日銀八はなんだか知らない工場の、ライン上に流れてきたうどんのアルミ皿にえびとかまぼこを延々入れ続けるだけの仕事を探してきて俺に行けと言った。
それからお前なんて一日中よくよく働いたっていくらにもならねえんだから、人より余計に働いて金を入れろなどと言って、自分は清掃の仕事に出た。
それじゃあと俺が残業を引き受けて帰ったら、工場のバイトくらいで俺の教師時代の給金にかなうわけがないと俺を叱って残業を禁止するもんだから全く意味が解らない。

とにかく一日8時間うどんにえびとかまぼこを放り込んでいるのが一番いいらしく、それでもなんだかぶつぶつ俺に文句を言っている銀八を我慢するしかないのだ。

なんといったって、俺は銀八の首の皮一枚で繋がっていた職を奪ってしまったんだから。

学校でやるのは絶対ヤバいから嫌だと言っていたのに、職員会議をサボらせて銀八の根城である国語準備室でイチャイチャしていた時にうっかり教頭に見つかってしまった。
そしたらあっという間に銀八はクビになって、俺も停学処分を受けたのだけど、俺はもう勉強なんてこりごりだったのでそのまま退学届を書いて銀八のアパートに転がり込んだ。

甘い生活を夢見ていたわけじゃないけれど、銀八は教職を失ったことに思ったよりもショックを受けていたようで、沖田くんのせいだ沖田くんのせいだっていつも俺を責めた。
俺一人じゃなくて、お前が押し掛け女房してきたせいで責任があるから怒っているんだというけれど、ここまでしつこく言われると、俺よりも教職のほうがずっと惜しかったんだなと思わずにはいられない。

まあだからといって身を引いたりするつもりは全然ねえんだけど、銀八がものすごく困った顔をしてあわてまくるのを見るのが好きだったので、最近の不機嫌はいただけない。

前だったら冷蔵庫の銀八秘蔵の高級プリンなどを食べてやったら「ちょっとやめてよ沖田くん!」なんつって半泣きになっていたのに、ここんところは「稼ぎもないくせに」ってぼそっと言うだけ。
マジだ、マジ。
プリン一個でマジ顔だ。
こんなおもしろくねえ銀八なんて大っ嫌いだ。などとは言わない。言わないがしかし、夜の営みが全く無くなったのには参った。
銀八のアパートに押し掛けたのは、なんなら人目を気にせずエッチできると思ったからで本当のところは大して本気で家を追い出されたりなどしていない。
つまり、イチャイチャが無いのであればわざわざこんな、連日ご機嫌斜めの銀八に文句を言われながら過ごす必要なんかないのだ。

真面目に働くのが嫌いな俺なのにこうやって毎日うどんにえびとかまぼこを放り込んでいるのが馬鹿らしくなってきた頃、休日に俺が退屈して押入れを漁っているとなんだか不審な段ボール箱が出てきた。
中身はなんと俺の教科書で、もちろん在学中もちっともページを開いたことなんてなかったからほぼ新品ばかりなのだが、これ一体どうしたんですかいと帰って来た銀八に尋ねると、学校を退職した日に俺の机から引きあげてきたと答えた。

まさかこれでお勉強などさせられるのではないかと焦ったがそうではなく。
「馬鹿、こういうのは5、60年経ったら価値が出るかもしんねえだろ。お前考えても見ろよ戦前の教科書なんて今きっと結構な値が付くぞ」なんて気の長いことを言ってネットで調べ出した。
たとえ教科書にプレミアが付くとしても、少なくとも銀八が死の間際になった頃だと思うのだけど、それはいいとしてそこまで金が欲しいのかと呆れてしまう。
確かに教師を全うしていれば老後は安泰だったかもしれねえけど、俺たちにはアイがあるんですぜとかわいく言ってみたのに、フンと鼻で笑っただけだった。

勉強もしたくない銀八もかまってくれない仕事も飽きてきたと三拍子そろった俺。
だらだらとナメクジのような生活を送っていたわけなんだけど、そういう時ってどうやらなんか退屈オーラが出ているのかもしれない。

仕事を終えてロッカーで着替えていると、ライン班長の高杉がニヤニヤしながら寄ってきてこのあと遊びに行かねえかって誘ってきた。

学校の連れとも疎遠になっていたし、帰っても銀八の仏頂面が待ってるだけかと思うとちょっとくらい遊びに行ってもいいような気がした。

「高杉のおごりなら行く」
そう言うと高杉は「あたりまえだ」というような顔をして、先に更衣室を出た。






「倦怠期でさぁ」

「何を言っている」

前を歩く高杉の背中につぶやくと、興味無さそうな答えが返って来た。

「ちょっと倦怠期って言葉を使ってみたかっただけでぃ」

夜の街を二人で流していると、ぴゅうと冷たい風が吹く。
もう10月に入ったからあたりまえかもしれないけれど、去年は同じ時期でもそんなに寒くなかったのを思い出す。
銀八の誕生日になんかうまいメシでも食いにいきましょうよと俺が言って、結局金払うの俺だろーがだとかなんとか文句言いながらもおごってくれたっけ。

今年はどうだろう。
俺の誕生日はちょうど事件があった前後でそれどころじゃなくて、それから三か月ずーっと銀八の機嫌は悪いまんま。
誕生日のイベントなんてやろうって気もおきねえけど、誘ってみようか。

対戦相手の高杉をフルボッコにしてWINの文字を見ながらそんなことを考えていると、向かいの台から高杉が顔を出して、「テメエ何ボサッとしてやがるんだ、もう一戦だっつってんだろうが!」と本気の顔で催促した。


6時間くらいタップリ遊んで最終直前の電車で帰った。
恋人でもなんでもねーんだから送らねえぞという高杉の言葉に、いやそんな送られても気持ちワリぃんで、と答えながら顔を上げるとフッと高杉の顔が降りてきて正直ビビった。
秋の冷たい空気の中で唇だけがむにっと暖かくなって、
「初デートで食っちまうってのはナシなんだろう?」
って。

俺はゴシゴシと袖で口を拭ってから
「まじ気持ち悪ぃでさあ」
と平然とした顔で言って、もう振り向かないで改札を通った。

通りながら、高杉のことは嫌いじゃねえけれど、それでもやっぱり好きな人は銀八だけだなと思った。




がちゃがちゃとデカい音をたててドアを開けて部屋に入ると、銀八は畳の上に俺の教科書の段ボールを出して、それに突っ伏して寝ていた。
ぎんぱちぎんぱちと呼ぶけれど反応無し。
ふわふわの銀髪を見下ろしていると、これはこれ以上クセがひどくなったらどうなるんだろうという疑問が湧きあがってきた。
目を覚まさない銀八の横にぽつんと腰を下ろしてギッチギチに固い三つ編みを8本ほど編んだところで銀八がうう、と唸る。

「ン・・・沖田君・・・遅かったじゃないの、まさか残業とか厭味ったらしいことしてきたんじゃないよね」
「いえ、男と遊んできやした」
妬きもちのひとつもやいてくれなきゃ俺たちはもう終わりだなと思うほど冷えはじめているのは自覚していたけれど、そう言った俺に何を言うでもなくはあとため息を吐いてまた段ボールに突っ伏してしまった。

「いくらなんでもこんなに早く値上がりしねえと思いますぜ」
「んなこたわかってんだよ。もうプレミアあきらめてこのまま売ろうかと思ったんだよ。あーなんでお前やめるなら4月にやめなかったの。もうこんな季節になって売れる訳ねえんだよホントマジむかつく」

「銀八」
「・・・・」
「ねえ銀八」
「なんだよ」
「誕生日・・・・。十日、銀八誕生日でしょう?どっかめし食いにいきやしょうよ」
「・・・金ねえよ」
「そうですかぃ・・・じゃあ」
俺はすうと息を吸って、銀八の頭をふわふわと撫でた。

「じゃあ代わりになんかうまいもん作ってくだせえ」
「お前それ俺の誕生日じゃねえよな」
のそりと立ち上がって、風呂入るわと小さく呟くと銀八は脱衣所の方へ行ってしまった。

一人になった俺は、段ボールの中身をなんとはなしに覗きこんで、時間をつぶしていた。




次の日の昼休み、俺がコンビニ弁当をもぐもぐと食べていると、頭にぱふんと何か乗せられた。
見上げると、高杉の顔。
「これ、昨日電話で言ってたやつ」
意味もなくニヤつきながら、高杉が俺の目の前に数冊のパンフレットを置いた。
「へえ、ありがとうごぜえやす」
班長だけどめったに使わない敬語を使っておいて、俺はパンフレットをよいしょと横へ除けてまた弁当に手を延ばした。
「おい、見ねえのかよ」
「いや興味ねえんで」
「んだそりゃ」
「これァ俺の為じゃねえから」

大して腹を立てていないような顔の高杉をじっと見つめて首をことりと傾げてやると、高杉はフッと笑った。

「まあ好きにしな」

肉食系のくせに食べ物の好みは草食系の高杉は、俺の弁当から添え物のブロッコリを一つ摘み上げて口に入れると、「今日は55分開始だからな」と言いながら喫煙室の方へすたすたと歩いて行った。






数日後、俺が仕事から帰ると、早番で先に帰っていた銀八が、ちゃぶ台に飯を並べて待っていた。
見ると、白いごはんにグラタン、クリームコロッケとエビフライにサラダと鶏肉の肉じゃが、味噌汁とほうれん草ベーコンのバターソテーという和洋折衷のラインナップ。

「なんすかこれ」
「飯だろうが」
「貧乏くせえメニューばっかですね」
「なにをてめえの好物ばかり作ってやったんだ」
「まさかこんな大量に」
「沖田くんが今日はうまいもん作れって言ったんでしょうが!」
ぷいと横を向いてこぽこぽとポットからお茶を入れ始める銀八。
俺はトコトコと銀八の傍まで歩いて行って腰を降ろした。

「そうでした、銀八誕生日おめでとうごぜえやす」
ほかほかのグラタン皿を取ってかわいらしく小首を傾げてやる。
これは俺の武器で、たいていこれをやると誰でも俺に絆される。

「ケッ、だからそれは俺が作ったんでしょうが。誰の誕生日かわかんねえ」
「今日は俺をプレゼントにしやすから。夜はたっぷりサービスしやすぜ」
「サービスもいつも俺ばっかしてるから!それにしばらく沖田くんとはしないもん!」

うふ。

「しやすよ、今日は」
「しない!」
「だって俺、銀八に誕生日プレゼントありますもん。感激して絶対しやすって」
「しない!・・・・プレゼント?」
銀八が、目を眇めて俺を見た。

「沖田くんまさか家に入れるはずの金無駄遣いしたの」
「俺のショボいバイト代で追いつくもんじゃねえんでそんなことしません」
「なんだと」
「ハイこれ」

俺はこの間高杉に用意してもらったパンフレットを銀八の目の前に差し出した。

「・・・・なにこれ」
「銀八の喜ぶモンでさ」
銀八の綺麗な指が、俺の掲げたパンフレットをゆっくりと受け取る。

「都立・・・・高校の、編入案内?」
「俺、来年もう一回高校生やりまさ」
「なに、なんだ、こんなモン、お前」
「本当は三学期から編入して誕生日プレゼントにしたかったんですけど、学年途中からってのは転学しかできねえんですって。俺ァ二学期まるまる行ってやせんから無理だし、そいで来年春編入試験受けて三年生もう一回やることにしたんでさ」
「もう一回って・・・・授業料どうすんだ。働きながら定時制行くのか?」
「わけねえでしょうが、俺が仕事も勉強もできると思いやすかぃ?全日制に決まってやす。銀八が俺を学校に行かせてくれるんです」
「なっ・・にを!食い扶持もお前ろくに稼いでこねえくせに何言ってやがる!」

「銀八、ほんとうは俺に学校に行ってほしいんでしょ?」
俺は銀八の一生懸命不機嫌に見せようとしている震えた頬を両手で包んだ。

銀八の綺麗な、それでも半眼の瞳は所在無げに左右に揺れながら俺を見ている。

「だから俺の教科書も取っておいたし、それから一生懸命お金を貯めていた」

あの日俺は、銀八が風呂に入っている間、段ボールの中身をなんとはなしに見ていた。
そうしたら、ちょうど俺が学校をやめた頃の範囲あたりに、のきなみ付箋が貼られているのを見つけた。教科書なんて開いたことなかったもんだから、そんな付箋まったく意味ねえんだけど、銀八はここから先をなんとしても俺に学ばせたいんだなと、その時理解した。

「高杉のおやっさんがね、息子は出来悪ィんですけどてめえは教育委員会かなんかにいるってことで、そいでこのパンフレット用意してくれたんです。ねえ、行っていいでしょう?来年、俺学校行っていいでしょう?」
ほんとうは学校なんてちっとも行きたくねえんだけど、これは銀八への俺の誕生日プレゼントなのだ。

俺が甘えて銀八の首に手を回すと、銀八の顔はぐしゃりと歪んだ。

「・・・・俺が」
小さな、銀八の声。
銀八が、久しぶりに俺の腰をぐいと抱いた。

「俺が、沖田くんの人生を奪った・・・・」
ぐす、と鼻を啜るなさけねえ音が聞こえる。

「俺が沖田君の人生を駄目にしたんだ、俺が・・・・」
銀八の身体は、とても熱くてそしてぶるぶると震えていた。

「俺ァ別に退学になんてなってなかったんですぜ。俺が勝手に銀八について来たくてやめたんです。だから銀八がそんなに気にする必要なんてどっこにもないのに」

銀八はダルダルの人で、なんにも考えてない駄目教師みてえだった。
だけど、誰よりも清廉な教師で、誰よりも暑苦しい人間だったのだ。

優しい優しい銀八。
その優しさを自分では素直に認めたくないんだけど、そんな銀八だからこそ、俺の学校のことに責任を感じていた。
俺のことを、ただ朝から晩までゴロゴロしてるような人間にしたくなくて、でも馬車馬のように働かせるなんてそんなこととんでもなくて、まともな仕事をさせてそうしていつか学校へやろうと思っていたんだろう。
まさか俺が学校を卒業するまで禁欲するつもりじゃないだろうけど、復学するくらいまでとは考えていたかもしれない。

「あー、俺お腹すきやした。ねえ銀八。先に食べちゃいましょうよ。冷めちまいやすぜ」
俺はぴょんと銀八の膝から退いて、席に着いた。
ほかほかの白ごはんを前に箸をとると「いただきます」と言ってもぐもぐと飯を食い始めた。
ああ、銀八の飯は美味ェ。特にこのほうれん草のソテーが素晴らしい。

ほふほふと俺が温飯を頬張っている間、ずっと銀八は下を向いて泣いていた。
「食わねえんすか?」
そう聞いてもぐずぐず言うばっかり。

「食わねえんならもらいやすぜー」
エビフライを盗んでも何の反応もなし。

「・・・なにを・・・・お前そんな簡単に・・・・。い、一体いくらかかると思ってるんだ。その間、ひとっつも働かねえだと?馬鹿な・・・・。馬鹿な。お前俺を・・殺す気か」

ぐずぐずと泣きながら銀八はずっとずっと文句を言っていた。
飯がすっかり冷めきって、俺がめずらしく片付け物をして戻ってきてもまだ同じ形でぐずっている。

「ねえ銀八、なんでそんな泣くんですかぃ?うれしいでしょう?ねえ」
そう言って俺が下から覗きこむと、いきなりくわっと目が光って、俺は床に押し倒されてしまった。

そのまま激しく口付けられて、ああやっぱり銀八のキスがいいなあなんて思っていると、顔を上げた銀八が、
「考えてみりゃ勿体ない。俺はお前のせいで学校をやめたんだ。やってやってやりまくらねえと元がとれねえもんな」
なんて言った。

そんなわけで、俺たちは言葉通りやってやってやりまくった。
疲れて精も根も尽き果ててどっろどろのぐちゃぐちゃになってそれでも布団の中で抱き合って。
「すきだ、沖田くんすきだ」
って、行為の間中ずっと銀八が言っていたのを思い出して俺はもう嬉しくて仕方なかった。

ようやっと俺の夢見た新婚生活がやってくる。
秋だけど俺たちのところだけ春が来た。これから毎日こうやって甘い営みが繰り返されるのだ!

本当に面倒くさい性格の銀八。
だけどこんな面倒な銀八が好きで好きでたまらないのだから仕方がない。
銀八といるだけで俺はこんなにも幸せなのだ。

だけど、ふわふわとした歓びの中俺が眠りにつこうとすると、急に銀八が真面目な顔になって
「で、沖田くん。編入試験の方は大丈夫なの」
なんて言いやがった。

これさえなければ、本当に本当に最高だったんだけど。


(おしまい。ハッピーバースデー銀さん)






















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