凋落の華(下) H.24/12/10 |
(土沖+銀)華族設定のつづき。まったくなんの盛り上がりもないまま尻つぼみにおわる。 俺は滑稽でならなかった。 金の亡者となってまで沖田のお坊ちゃまをモノにした歪んだ欲望の持ち主の土方も、最高の身分に生まれながらまるで女郎のような扱いを受ける沖田も。そうしてそんな使い古しのあばずれお坊ちゃんを押し付けられている俺までも。 執事の山崎はきっと、同じ成り上がりでも下郎の土方よりも爵位のある俺を沖田と番わせたかったのだろう。 俺だって元をたどれば大した家柄じゃない。同じ穴の貉だ。 だが土方はそうは思わなかったらしい。 俺がここにいる理由を早々に察知して、びしばしと敵意を向けてきた。 俺がいるのを知っていて、沖田を薄暗がりに連れ込んでは見せつけるように淫行に及んでいた。 沖田は部屋以外の場所で事に及ぶことを嫌がっていて、それでも土方に逆らうことはしない。 土方は、そんな沖田をあざ笑うように、屋敷中のどこででも最後まで行為を続けた。 いつ使用人に見られるかもわからない厨房で図書室で玄関ホールの階段下で、沖田の尻を剥き出しにして挿入する。 じっと耐えて抵抗しない沖田が屈辱に負けて小さな声でやめてと言うのを聞いて、初めて土方は嗤う。 使用人時代よほど沖田に虐げられたのだろう。だがそれでも沖田に憧れてやまなかった、そんな歪んだ愛憎を今爆発させていた。 「おまえはあのいけすかない銀髪野郎に助けてもらおうと思っていやがるのか。もう既に尻を差出しやがったんだろう、馬鹿が。あんなボンボンにこの経済恐慌を乗り切れるものか」 土方は大げさに腰を遣って沖田を揺さぶった。 「・・・あのっ・・・だんな、も・・・っ、んっ・・んぁ・・あはっ・・は、はあっ・・・お、まえっ・・・も・・かわり、ねえ・・・ただっ・・・の、ンッ・・・金づる・・アアッ・・・!」 「違うだろう。今やお前は俺がいねえと生きていけねえんだ。あれだけ俺を馬鹿にして足蹴にしていたくせに、今は俺の摩羅をしゃぶって飯を食っているんだろうが」 さすがの俺も気分が悪くなるような品の良い土方の言葉に、沖田は何を思うのか。 沖田は俺も土方も同じだと言ったが、同じならば俺の方が良いことは明らかだ。 家柄も、俺の嗜好も。 俺は縁組後も基本的に外に男を作ろうと思っているのだから、愛情がないのであればほとんど相手をしないでも飯の心配をしないで済む俺の方が、いくらか良いだろう。 家柄の良い女を娶ってほしいというじいさんの望みを叶えてやれなかった俺のせめてもの孝行だ。慈善事業だ。 そんなことを考えていた矢先、とうとう土方が俺に直接対決を仕掛けて来た。 「いつまでここにいるのか知らないが、お前はほんとうにあのあばずれを貰い受ける気なのか」 土方は別珍生地の軍服の上着をきっちりと着込んだまま俺を刺すように見た。 元々が田舎者の貧乏人だ。服など頓着しないだろうし流行にも鈍感だろう。払い下げの軍服は確かに土方に似合っていて男前を上げているし、選択としては悪くない。 「僕に沖田くんを取られるのが怖いんだね」 俺の分かりやすい挑発に、土方はすうと目を細めた。 ぞくぞくする。 沖田の熱狂的支持者でなければ一度お願いしても良いくらいだった。 まったく沖田と土方の関係は脆いもので、土方自身もそれは重々承知しているようだった。 金。ただの金だ。 同じ金の繋がりならばと俺と土方を比較するのは誰しも同じで、自分のほうが分が悪いと解っているのだ。 解っているからこそ沖田を必要以上に責めて俺に牙をむいた。 土方は焦っている。 俺と言う存在に焦りを感じている。 土方が驚異的な速さで成り上がったその原動力となるほど欲していた沖田をようやっと手に入れたのに、それを横から俺にかっ攫われるのをひどく恐れているのだ。 「もうわかっただろうが、あいつは清らかで貞淑な深窓の令嬢なんかじゃあない。苦労を知らねえお坊ちゃんはケツを巻いてさっさとおうちにに逃げ帰るんだな」 沖田を俺に奪われる恐怖を必死に抑えてこちらを攻撃してくる姿はかわいいものではあるが、この言葉には納得できない。 確かに俺は苦労を知らない。生まれた時にはすでにじいさんの培った莫大な財産をその手に握っていたのだから。 しかし一度社交場へ出てみれば解る。由緒正しき公家・武家華族の方々と俺たち成り上がりとは深い海溝で分かたれているような差があるのだと。 お前らだとて長い歴史の中で成り上がってきただけに違いないだろうに、俺の生まれが卑しいと奴らの目が言う態度が言う。 華族社会というのはやっかいで意外と華族同士の繋がりが物を言う。その中で生き残るのは楽な事ではなく、俺もありていの苦労・・差別や屈辱というものは受けてきた。 辛酸を嘗めた量で強さが決まると言うのなら、真の成り上がりである白小路の力を見せてやると言う気にもなろうものだ。 その夜俺が煙草でも飲もうとベランダに出るとどこからかしゃくり上げる声が聞こえた。 俺の部屋の真下に勝手口があるのだが、そこを見下ろすとブラウスのボタンを軒並み飛ばされた沖田が肩を震わせながら着衣を直している。 しばらくぐずぐずと泣いていたが、沖田はきゅっと袖で涙を拭って勝手口を入っていった。 焦りにまかせて土方がまた沖田を酷く扱ったのだろう。 俺だって生まれながらの貴族の御嬢さんは好きじゃないけれど。 「これはやりすぎなんじゃないの、土方君」 ぽつんと呟いて、煙草を灰皿に擦りつけた。 数年前に市内で電話の自動交換が導入されたが、沖田家の電話は未だ交換手に頼るものだった。 俺が実家と銀行に電話をして受話器をフックにかけると「白小路様」という声が背後から聞こえた。 振り向くと山崎のしれっとした顔。 俺が何をしていたのかすべて承知している顔だった。 「結局俺は君に踊らされた形になっているんだよね」 「さて、そもそも縁組前にこの屋敷へいらっしゃったのは白小路様の独断でございますからわたくしの意思など介入する余地もありません」 「ふ、ふ、地味な顔しておもしろいね君は。ここまで落ちぶれたこの家がなんとか持っていたのは君のおかげだろうね」 「滅相もございません」 成程やっぱりここの執事は狸だなと一人で納得してその日は自室に帰って寝た。 数日間はいつもどおり過ぎた。 いつもどおりというか、沖田を挟んで土方の俺に対する敵意をぴりぴりと感じたり、沖田と俺も微妙だったし、とにかく沖田と土方の間の緊張が半端じゃなかった。 きっと沖田家が没落して土方が力を持ったあたりからずっとこうなのだろう。 俺は部下からの報告を待ちながら、花嫁のご機嫌伺いをすることにした。 「沖田くん、あの土方という男はよくこの家を留守にするけれど一体何をしているの」 俺が土方の話を出しても一切動揺した様子もなく、ことんと首を傾げる沖田。 「俺にはわかんねえですけども、奴はかねもうけに必死になっていやがるからきっとテメエの會社のやりくりに必死なんでしょうよ」 「ふーん・・・・。じゃあ、沖田くんのシトロエンを買う為に頑張っているってことだね」 俺が言うと、沖田の唇が「へえ」と動いた。 返事の「へえ」じゃない。感心したようなちょっと面白いものを見つけたような顔。 「まああれだけ我慢のきかねえ男が帰ってきたんだから、俺と奴の関係を旦那に感づかれるのなんざすぐだってわかってやしたけどねィ。なんだってんですか、お説教ですか。姉さまが針子までして守った家名でさ。俺だって何をしたってこの家を守ってみせやす」 沖田の顔はまるで誇らしげで、自分のやっていることを誰にも文句を言わせないという強い意志が見えた。 なんなら沖田家を維持するだけの金を自分の身体ひとつでかせいでいるということに誇りを持っているかのような。 だがその誇りは本物なのか。 名家の出である沖田が、俺よりもまだ生まれの卑しい土方に組み敷かれてその精を受け喘ぎ声を上げている事が、沖田の心の中でどんな意味を持っているのか知りたかった。 いや。 知りたいというよりも、 「たすけてくだせえ、だんな」 と言わせたい。 蔑んでいた男に自由にされている現実から逃れたいために、好きでもない男に縋り付く沖田を見たいのだ。 「ふふ、勇ましいね沖田くん。でもさあ、いくら阿呆の沖田くんでも本当はもうわかっているんでしょう」 「は?」 「俺が一体誰なのか」 「旦那でしょう。坂田ってえ田舎の裏稼業モンが武器の横流しで汚く儲けて白小路なんて姓を金で買ってまでして貴族ヅラしたジジイの孫でさあ」 「ふ・・・ふふ、わかってるんじゃないの。俺が華族姓だけでなく沖田くんまでも買いに来た男だってわかってるんじゃないの」 自然に笑いが込み上げた。 こんなこと何でもない、お前などに誰が助けてもらうものかとそう言いながら、最後には結局俺を選ぶしかないのだ。 人生はままならないものだよ沖田くん。 俺だって好きにやってはいるけれど、華族の馬鹿どもと上手くやるにはそれこそ熱い鉄でさえ笑って呑まなければならない。 俺が男しか愛せないと解っているじいさんでさえ、まさか孫が女役をやっているなどとは思わないだろうし言う気もない。 俺は、生まれも日陰者ならばこれから先も死ぬまできっと日蔭者なのだ。 おんなじなんだよ。 着ているものをすべてはぎ取ってしまえば俺も君も、土方でさえなんの隔たりもなく同じ人間なのだ。 あとはその手に持っている力だけ。その差が残るだけ。 「俺はね、君よりも土方よりも力を持っているんだよ」 俺の唇が動くのを、さっきまでの勝ち気な瞳ではなく焦点の合わない霞みがかった視線で見つめている沖田。 本当に苦労を知らないお坊ちゃんというものは、怒りに対しても淡泊なのだろう。一瞬前の事も忘れてもう無感動な表情に戻っていた。 「見せてあげるよ沖田君、俺のちからを」 俺がそう言ってもまだ、沖田はなんのことだかわからないというような顔をして俺を見上げていた。 俺の一部の手持ち株を操作することによって、市場が動く。 それほど白小路家の財は莫大だ。 俺もはじめは適当にやっていたもんで、うっかり儲け最優先で、ある企業の株を売り抜けようとして暴落を起こしたことがある。 今はもちろん仕手筋にも通じているし、とにかく株の動かし方を覚えたもんだから、株式市場を操るのはそう難しいことじゃあない。 敵なしでやってきた土方は外部からの横やりに滅法弱く、新しく手を出した事業に必死だったところをポンと叩いてみたらすぐに崩れた。 土方の取引企業も道連れになってしまったがこの際仕方がない。 俺に報告が入る前に土方が感づいた。 感づいたがもう既に遅い。 土方の持っている會社の中で最大の利益を生んでいる鉄鋼事業が、致命的な大打撃を受けた。 沖田家にいる土方にどこからか電報が入ると、奴は沖田に何も言わずに屋敷を飛び出して行き、もう三日帰ってこない。 飛ぶ鳥を落とす勢いの土方。國民新聞にも都新聞にもでかでかと破産の二文字が載っていた。 阿呆の沖田は新聞など読まないかもしれないが、この事態を知っているのかいないのか。 俺は、電報を受け取った時の土方をじっと物陰から見つめた。 中をあらためる土方の顔色は紙のように真っ白になって、驚いたように眉を寄せて怒りの為か眦が般若のように切れ上がってびくびくと震えていた。 恐ろしいのだろう。 富を失うことではない。沖田を失うことをなによりも恐れているのだ。 土方にそれほど恨みは無い。 だが、じいさん孝行と言いながら、沖田家との縁組はこれからの人生を結局俺の好きにする為の免罪符のようなものだ。 それで沖田を救ってやれるのなら一石二鳥。 さてとりあえず一旦引き上げて花嫁を娶る準備でもしようと荷物をまとめていると、乱暴に俺の部屋のドアが開けられて沖田が入ってきた。 愛人としてひとつ屋根の下に暮らすのならば、躾なおさなければならないなと思っていると、前触れもなくいきなり頬を張られた。 可愛い顔をして結構な力だ。 「ツ・・・・痛いよ沖田くん、一体どうしたっていうんだい」 「バッキャーロィ!死んじまえてめえなんか!」 もう一度腕を振り上げたので、その右手首を掴んでおいてお返しに強く張ってやった。 思ったよりも簡単に沖田がふっとんで、俺の掴んだ右手だけ残して床に崩れ落ちた。 冷たい顔で見下ろしてやると、誰に殴られたこともなかったのか赤くなった頬と潤んだ瞳。 俺は、小さな顎を強く握って深く口付けてやった。 「んんうっ・・・ふうっ」 沖田が嫌々をするように首を振って逃れようとする。 俺はたっぷりと時間をかけて沖田の口内を犯し、唇を吸い上げてから解放した。 「我儘も大概にしろよ」 ようやっと放してやった右手首が痛むのか、床に崩れ落ちて胸の前で右手を押さえている。 静かな俺の言葉に、白いうなじを見せて俯いたまま。 「何を怒っているのか知らないけれど、選ばなきゃいけないんだよ沖田君。俺か、土方か、そのどちらかを選ぶしか君が生きていく手段は無いんだ」 胸の前の両手を再びつかんで万歳をさせるように開くと、沖田の顔が見えた。 それでも無表情を保つその白い頬はぴくりとも動かない。 「どちらかを選ばなきゃならないとしたら俺しか無いって沖田くんだってわかってるんだろう?それともそこいらの往来へ出て物乞いでもするかい?お姉さんが針子までして君を学校へやったのを無駄にするのかい?沖田君きみは・・・・ああやって、昔見下していた下男にからだを好きにさせて屈辱の中で生きていくっていうのかい」 両手を強く引いて立ち上がらせ、ベッドに乱暴に放り投げた。 仏蘭西製のばかでかいベッド。白い敷布の上に仰向けになってじっと俺を見上げる沖田。 「姉さまの話をお前なんかがするんじゃねえ」 「じゃあ俺たちの話をしよう」 俺が沖田のブラウスのボタンをひとつはずすと、なぜだか沖田は不思議そうな顔をした。 まるでこれからする行為そのものを知らないとでも言うように。 「君は今日これから俺のものになるんだ」 「ふ、ふ・・・・。できるんですかぃアンタに。アンタに男が抱けるんですかい」 「おどろいた。なんでも知ってるんだね沖田くんは」 「アンタは俺の事を阿呆だと思っているかもしれねえけれど、俺だって俺なりにアンタのこと調べたんでさぁ」 「君はまったく美しくて少年愛好者にはたまらなく魅力的なんだろうね。だけれども、確かに君の言うとおり俺にとってはそうじゃない。俺はこうやって服を脱がされる方が好みなんだ」 ひとつ、またひとつと俺がボタンを外す間、沖田は大人しくしていた。 だが、覚悟を決めたのかと思って瑞々しい鎖骨に掌を当てると一気に肌が粟立ってざらりとした感触になった。 「だけど君は。君は俺の事を好きになった方が、しあわせなんだ」 「いやっ」 俺が沖田の首筋に顔を埋めて、手探りでズボンの前を開くとはじめて沖田が抵抗した。 「人生はままならないんだ。思い通りにばかりはならない。何かを我慢しなきゃならないんだ、誰だって」 「誰がてめえなんかに!」 いきなり暴れはじめたので苦労したが、俺は沖田の手首を一つにまとめて押さえつけ、下穿きの中に手を入れた。 ひくりと震える温かいものを握り込んでゆっくりと愛撫してやると、沖田の息を飲む気配がした。 「土方はこうやって君を優しく愛してくれたことはあったの」 「んっ・・・ん、んんっ!」 声を我慢しているが、じっとしていられない両足を擦り合わせたり敷布をつま先で掻いたりして身悶えている。 やがてあっというまにぬるぬるとした感触をてのひらに感じた。質量も増して固くなった沖田自身の裏がわをこちょこちょとくすぐってやると、「ひゃああっ」と泣き声を上げて更に身を捩った。 「やっ・・・やああっ、いやっだっ・・」 沖田は戒められた両手首であたりをさぐって枕の端を握りしめている。俺は右手で沖田を慰めながら、首筋、胸元、臍へと舌を這わせるに従って沖田を押さえつけていた手を放した。 「んぁう、ううっ」 強く絞りながら握り込んだものを摩擦していると右掌の中の沖田がびくびくと生き物のように震える。 若い性は貪欲に俺の手淫を求めた。 「んーっんぅう・・・ふ、ぁっ」 抵抗も我慢もきかなくなってとうとう沖田が甘い声を出し始めた時、ぶわりと周りに白い物が舞った。 沖田が快感に耐えるあまり、ぎゅうと掴んだ枕をベッドの木枠に叩きつけたのだ。 ふわふわと舞う白い羽。 異国の枕には鵞鳥の羽が使われているというが、どうやら本当らしい。 ゆっくりと落ちてくる羽毛の中で、沖田がはあ、と息を吐いた。 それに煽られて数枚の羽根がもう一度舞い上がってまた落ちて行く。 「ああ・・・はあ、はあ・・・」 焦点の合わない瞳を見開いて肩で息をする沖田を見下ろす。 目尻にはじんわりと小さな涙が浮かんでいた。 ここでさっさと既成事実を作ってしまえと思うところが俺のじいさんへの義理堅さなのだが、とにかく沖田の両足を取ってぐいと広げた。 「・・・もの・」 突然、ぽそりと沖田がつぶやいた。 「卑怯者。畜生ひきょうもの!この家に入り込みてえってんなら、テメエの身ひとつでやってみせりゃあいいじゃねえか。それを・・・それを・・・・!」 「沖田君」 「ちくしょう・・・卑怯者・・・!!」 「沖田君、力抜いてないと痛いよ」 いきなり暴れ出した足を抑えて挿入をはじめる。 俺だって今まで男のモノを何度も受け入れたからわかる。嫌がってて気持ち良い訳ない。 まあそれは沖田の勝手なのでずぶりと侵入すると、沖田の身体にぎゅっと力が入ったのがわかった。 楽になろうと必死に秘部をひくひくと収縮させているので、はからずも俺に快感を与えた。 痛そうに顔を歪めて小さく息を吐いている沖田。たまに、ううだのああだの声が漏れているから相当痛いのだろうが気にせずに動きはじめると、ぼろりと目尻から涙が零れ落ちた。 「ねえ沖田くん」 俺はゆさゆさと白い身体を揺さぶりながら、沖田がこの部屋に入ってきた時から考えていたことを、聞いた。 「沖田くんは、土方が好きなの」 ぎゅうと、尻穴が締まった。 「だから、俺に腹を立てているの」 沖田が、はあと大きく息を吸う。 ずっと声を我慢していて息を止めていたのだろう。 「だれ・・がっ・・誰が・・・あんっ・・な、下種…野郎・・・んふっ・・・」 「じゃあどうして俺の頬を打ったの、どうして怒っていたの」 「んふっ・・・ふ・・・」 「沖田君は、俺が土方を陥れたのが気に入らないんだね。君は土方に金で良い様にされていたじゃない。助けてあげたんだからありがとうと言ってほしいくらいだよ」 俺も同じことをしているのは棚に上げる。 「う、うう、ばか・・やろう・・。ちくしょう、かえ・・せっ・・・。返せよ・・・ひじ・・かたっに・・金、返せよっ・・」 「ふふ、正確にはお金を取ったわけじゃないんだけどね。奴の持っている株を只同然にしたんだよ」 「畜生、卑怯者・・・ひっ・・きょう・・も、の」 ほんの少ししか奴を見ていないが俺には解る。土方の性格上、金という取引材料が無くなって沖田の前に顔を出すわけがない。 土方にとって財力とは、貧乏人が必死に這い上って、ようやっと手に入れたたった一つの自信だったのだ。 それを沖田も十二分に承知しているのだろう。 ひいひいと泣いて俺を締め付ける沖田にもう少し相手をしてもらおうと決めて、思い切り腰を打ち進めた。 すると限界まで突き上げられて、歯を食いしばっている沖田の唇からついに悲鳴が漏れた。 「いい・・・いっ・・・いてえ!痛ェ!!ううう、うあ・・・あっ・・」 「すきなの、土方が」 「いてえ、いてえよう!!ああん、いてえよう!た、たすけ・・・」 「好きな人じゃないと感じないんだね。沖田くん、土方に抱かれている時はどんなにひどくされてもいやらしい声いっぱい出してたじゃない」 「ううっ・・・たすけて」 「もっと痛くしてやろうか」 「ううっ、やだ・・・やだ・・・」 所詮は甘やかされて育った子供。我儘放題で態度は大きいくせに、痛みと恐怖にはてんで弱い。 「助けてって。土方に助けてって言ってごらん」 「やあっ!やでぇ・・・!誰が!」 「言ったら来てくれるかもしれないよ」 「んあっ・・・あっ!!あんな・・・やつっ・・・が、くるわけっ・・・ねっ」 来るよ。 「ふっ・・・ふ、あい・・つは・・俺っ・・を・・・」 恨んでいる。 突き上げる度に言葉が途切れて最後は聞き取れない程の声になったけれど、確かに沖田はそう言った。 馬鹿だ馬鹿だとは知っていたがここまでとは思わなかった。 土方が君に一体いくらつぎ込んだと思っているんだ。 馬鹿すぎて萎えかけたがえいやと自分を奮い立たせる。間抜けた立ち回りをさせられたお礼だけはきっちりしておこう。 いてえいてえと泣き叫ぶ沖田を押さえつけて最後までやった。 なんだかひとつ仕事をやり遂げたような感覚で部屋を出て、そのまま家に帰る。 もちろん放心したような沖田の身体を拭ってきちんと服を着せてやってから。 どうしたんだと驚くじいさんを横目に、部下を呼んでいくつか指示を出してその日は布団に入った。 俺は鬼畜じゃあない。 沖田家が難儀していると聞いたので助けてやろうと思っただけで、間に合っているならそれでいいのだ。 土方が手を引く必要などない。慕い合っているのならばこのまま仲良くやれば良い。 明日には土方の會社は持ち直しているだろう。 それほど簡単に俺は経済を動かせる。動かせる力をじいさんにもらったのに、俺は何も返してやれない。 沖田の家から俺が引き上げてしばらくした時、じいさんが「お前の右腕にしろ」と言って一人の男を連れてきた。 屈強な身体に知性も兼ね備えた家筋の良い男で、それは俺がまだ餓鬼のころ蓼科の別荘に行った時、三つ先の別荘に訪れていたそいつに連れ込まれて悪戯された記憶が蘇った。 悪戯といえば聞こえは悪いが、思えばあれが俺の初恋だったのだろう。 それをじいさんが知っているとは思えないが、とにかくじいさんは何の期待にも応えなかった俺のことをわかっていて許してくれたのだ。 許して、そして俺に幸福をあてがってくれようとした。 それに気づいた時俺は泣いた。 何の孝行もできなくてすみませんと言って泣いた。 じいさんは俺に「すべてをお前にやったのだから、好きにしろ」と言った。 俺は死んでもじいさんの財閥を潰すものかと誓った。 あれから土方には一度だけ会った。 突然に俺の屋敷にあの男が現れて、仏頂面のまま「この借りはかならず返す」とだけ言った。 借りも何も、土方の會社の株が大暴落した大元は俺の操作によるものなのでまったく礼を言われる筋合いはないのだが、ここが結局馬鹿正直な貧乏人あがりと俺の違いで、そのことは黙っておいた。 アンポンタンの沖田でさえ感づいたのに、やはりこの男は情熱だけで成り上がった本来まっすぐな奴なのだ。 二人とも素直じゃないものだから、土方と沖田が甘い間柄になったとは断言できない。 だが風のうわさでまた土方が沖田家に頻繁に出入りするようになったとは聞いた。 奴らはまた二人の世界で好きにするようになったのだ。 この年から十年後、独逸軍が波蘭へ侵略し、これが第二次世界大戦のきっかけとなる。 俺はじいさんの遺産を守り軍需工場を拡大して利益を得た。 沖田は華族出身者なので徴兵はされただろうが戦地へ赴くことはなかったはずだ。 だが土方は成り上がっただけの生まれ卑しき男だ。ラバウルだかどこだかの戦地へ行ったと聞いたような気がするがこれも真偽のほどはわからない。 とにかくあの男は沖田を手に入れるだけの為に、金もうけに対して尋常じゃない執着を見せた。だからこそ成功したのだ。 戦争に突入してうまく立ち回れなかったのか、奴の持っている生糸と製鉄工場が私有財産没収の憂き目に合ったそうで、ふと気が向いて沖田家に寄ってみるとすっかり錆びれてしまって誰も人が住んでいないようだった。 だから、あれから二人がどうなったかは知らない。 けれどもあの二人のことだから、地獄にいようとどうしようと、きっとお互いを罵りながら固く抱き合っているのだろう。 もう誰にも邪魔されないような、秘密の場所で。 (了) |