凋落の華(上) H.24/12/08UP


(土沖+銀)昭和4、5年くらい設定。うちのlinkにemanonさんという新銀サイトがあって、そこのなんかすげえいいかんじのに憧れて真似しようとしましたが、やめておけばよかったと後悔しました。白小路の白は白夜叉の白です。




世が世ならお公家様ともてはやされたであろう沖田家も、多くの公家華族のご多分に漏れず一昨年に起こった十八銀行の破たんに伴ってほとんどの財産が犠牲となり、その内情は火の車らしい。

俺のことを女が駄目だと知っていながら嫁を娶れ嫁を娶れと五月蠅く言い続けたじいさんも、とうとう折れて俺の為にパートナーを用意した。
それは、銀行の倒産前に財産を余所へ移した白小路家の財力をもって、うつくしいと評判の沖田家のご嫡男と養子縁組をしなさいというもので、あちらはうちの援助で口を糊することができるし、こちらは代々続く公家身分との関わりを持つことができる。

爵位を頂戴していはいたが、所詮は維新後の新華族、先の日清戦争朝鮮出兵の際、武器輸入で財力を得ただけの出自に劣等感を抱いていたのだろう。
じいさんは俺の好きにやらせるように見せかけていたが、その実己の虚栄心を満たす為だけの縁組を起こしたのだ。

ところがじいさんは俺の事を見ているようで全く興味がないのだろう、残念ながら俺はいくら相手が男だとしても、嫁をとる立場ではない。
夜な夜ないかがわしい倶楽部に出入りしてはいるが、俺が漁っているのは俺自身の身分を何とも思わず荒々しく嬲ってくれる男だ。
まったくじいさんは俺のことを理解していない。
だけれどもどうせこれまでだって公言してきたわけではなかったのだから、どうせ虚飾に満ち満ちた人生を送るのならば、身分制度に対する妬みをネチネチと聞かされて育った俺がお公家様に一矢報いる意味でも、評判の沖田総悟とやらを女郎のように扱ってやってその裏で金に飽かせていままで通り倶楽部に出入りして己の性癖をも満たせば良いと考えた。

そんなわけで、気位の高いお坊ちゃまでも拝見しようと縁組の前に一月だけ沖田家に滞在することにした。
沖田の親父が貴族院の議員だった頃に世話になったとでっちあげて多少の援助金を土産に話を通す。
今は影も形も無くなった幼少の頃の気管支喘息を引き合いに、自然豊かな沖田家で療養を兼ねて避暑を過ごさせてほしいと頼むと、嫁候補だなどとは奴の方は全く知らないので慎重にというお言葉と一緒に沖田家の執事から許可を知らせる使いが来た。
いまだ使用人を遣っているのかと驚いたが、執事などはきっと世話になった先代に恩返しするつもりで沈みゆく船に乗っているのだろう。
ありあまる財産を他にどうしようもないので、可愛げのある奴なら船ごと掬ってやってもいい。

そんなふうに思って、俺はその夏沖田家に向かった。





俺が執事の山崎に出迎えられて、米国人建築家によって明治期に建てられたという白い洋館の玄関ホールに荷物を置いたのは、結局9月も終わりの「避暑」と言うには無理がある季節になってからだった。
親父に手伝わされている仕事が忙しくなったのもあるが、未来の花嫁にそう大して興味が無かったという理由もある。
まあ見に行ってみようか、くらいだったので、夏を軽井沢で過ごそうと当時の恋人に言われてそちらを取ってしまったのだ。

この屋敷で唯一縁組の話を知っている山崎は、不自然な訪問時期にもおかしな顔一つ見せず俺を迎えて
「白小路銀時さまでございますね」
と確認した。

良く出来た使用人で、華族の出とは思えない俺の恰好をじろじろと見る訳でもなくただひとこと、くれぐれも縁組の話はデリケートですので総悟さまの前では控えてくださいと言う。
それからうしろを振り向いて「総悟さま、総悟さま!」と二度呼んだ。

「白小路様がいらっしゃいました、お迎えしてください」




永遠とも思えるような長い時間が過ぎる。
だが山崎はそれ以上声をかけるようなことはなく、「すぐにいらっしゃいますので」とだけ言って脇に控えた。
縁組のことはどうあれ、俺の手土産である援助金のことは伝わっているはずなのだが随分待たされた。
こんなことで立腹するわけではないが、少しくらいは苛々した顔をしてやってもいいかなと思い始めた頃、吹き抜けのロビーから延びる贅沢な幅の大階段の上からことりと音がした。

手すりにふわりと置かれた真っ白な指。
その手首を更に真っ白で薄いフリルが彩っている。
ふんわりとした絹の生地。
肩からすっと伸びるシフォンブラウスは透けるようで透けない。
細身の身体を守って、ごてごてとしないシンプルな胸元のヒダ部分にやはり細い筒状のリボンがついていて、ゆるく蝶結びにされていた。
その胸元から視線を上げると、白磁で小作りの顔がチョコナンと乗っている。
さらさらとした、異人の血でも入っているかのような亜麻色の髪、遠くからでもわかる密度の濃く長い睫毛、少しだけ悪戯そうだが行儀のよい鼻、そして赤く小さな唇。それからこれは突然変異と噂されるガラス玉のようにきらめく蘇芳色の瞳。

鹿鳴館の華と呼ばれた沖田総悟の曾祖母の肖像画を見たことはあった。
その面影と生き写しだなと思ったのは一瞬。

少年が、てすりに手を置いたまま大きく欠伸をした。

見ていると、欠伸を終えた沖田もじい、とただこちらを見下ろしている。
無意味な滞在を申し出た俺を、迷惑がるでもなく不思議がるでもなくもちろん歓迎しているでもない、つまり興味が無いような顔をしていた。

真っ赤な絨毯をゆっくりと面倒そうに降りてくる少年。
夏の終わりとはいえ、まだじっとりと暑い館内で、涼しげな顔。

よけいなことは言わないでくださいという山崎の視線を強く感じながら俺は

「はじめまして、ボクが白小路銀時です」

と、慇懃に挨拶をした。








客間に荷物を置いてゆっくりと腰を落ち着けると、改めてこの屋敷を観察するために部屋を出た。
四十年近く前の建物のわりにはしっかりしているが、それは元々の造りが立派なものだからだ。
ざっと見た限り、使用人の数はこの屋敷の規模を考えれば少ない。だけれども沖田家の経済状況を考えれば不思議に多い。
多いというか、少ないのだが事前に詳しく調べた結果によると、沖田本人が食べていくこともままならないはずだった。
大正時代後期に沖田の父親が株で失敗し、軍人のつてで入手した拳銃で自殺する。その一年後に心労から母親が身体を壊しそのまま亡くなると、残された姉弟は祖父の遺産で暮らしていたが、それも二年前の十八銀行破綻のせいですべてを失った。

隠し財産として残りの株でもあるのかと思ったが、暮らしてゆけるほどの配当があるとも思えない。
ましてや使用人をこれだけとはいえ雇い、給金を払って行けるはずがなかった。
建物も最低限の手入れがされており、洋風の裏庭も窓から見える範囲はきちんと庭師が入っているようだった。
あくまで最低限。
沖田と使用人の部屋、玄関や水回りや客間などの良く使われる箇所のみではあった。だが何かが壊れているわけでもなくきちんと人の手が入っている。

どういうことだろうかと考えながら夕食で出たアイスクリームのビスケット添えが余っていないかとキッチンに降りていくと、先客がいた。

「あんだろーが、出せよ山崎ィ」

この声は、沖田か。
初対面で無表情ながら「アンタがお客の銀時サンですかぃ」などと寝惚けた応対をしていたが、今はずいぶん元気だ。

「ちょっと、お尻蹴らないでくださいよ総悟さま!あのアイスは明日シェフが別のデセールにするって言ってたんですからね。ホントこんなとこでつまみ食いしたら怒られますよ」
「ケチケチすんじゃねえよ、あの半分寝てるみてえな旦那がたんまり金持ってきたんだろうがよ、明日資生堂パーラーででも買やいいじゃねえかアイスくれえ」

くっく、と笑いが漏れた。
沖田と執事の山崎が同時にこちらを向き、山崎はわかりやすく「あわわ」と言う。

「ホント華族のおひいさまとは思えないやんちゃな言葉づかいだね、沖田くん」
「これァがきの頃ジィさんとこに預けられてた時によく遊んだ使用人のガキの言葉がうつったんでぃ、馬鹿にすんじゃねえや」
沖田はどかりと山崎の尻を蹴り倒して氷冷蔵庫のハンドルをぐるんと回し、最後のアイスクリームを取り出すと俺に見せつけるように匙を入れて食べ始めた。






そんな風にして俺と沖田の初顔合わせの一日は過ぎたわけだが、それからの数日間の間に沖田はもったいぶらずにいくつかの表情を見せてくれた。

まず午前中は何に対しても無関心なことが多い。伴って表情も無いわけなのだが、日が経つにつれてこれはただ朝が弱いだけなのだとわかった。
昼を過ぎれば執事の山崎の尻を蹴り倒して我儘放題。沖田の育ちを考えると、別人とすり替わっているんじゃないだろうかと思えるほどの品の悪さだった。まあ悪いのは品だけじゃなくて性格もだが。
しかしそうかと思うとふいに姿が見えなくなって、つまらないので庭を散歩していると、二階の端っこの部屋の窓からぼうっとした顔で外を眺めている沖田を見つけたりした。
あすこはこの春に亡くなった沖田の姉の部屋らしく、日に一度はそこで思い出に浸っているのかと思うとなかなか可愛らしいところもあるように見える。

だけれども俺は見た。
それぞれの沖田の顔とはとんでもなくかけ離れたすさまじい情と欲を、俺は見たのだ。









滞在して一週間ほど経った頃、俺は沖田とそれなりに仲良くなっていた。
元々の人格である加虐的性質が似通っていることもあって、良く気が合って沖田にもある程度慕われている感覚はあった。

そしてお互い軽口など叩くようになった頃、沖田が思いのほか浪費家だということに気づく。
沖田は頻繁に高価な洋服を仕立てたり、バカ高い洋犬を購入したり、果ては花火師を呼んで夏の最後の楽しみだとばかりに打ち上げ花火をぽんぽんと豪勢に上げさせたりしていた。
かといって沖田がなにか実業を行っているようにも見えない。一日中遊びほうけてはただ金を使っている。
この屋敷の経済状態をなんとか支えて回しているのは主に執事の山崎だった。
やはりいくばくかの財産は残っているようだが、この執事が地味なようで案外口が固い。
内情を知られるような会話は俺の前では絶対にしない。無駄遣いを諌める様子も公然とは行わず、代わりに俺のいないところでは口うるさくやっているようだった。
山崎自身も、俺が沖田家の内情を知っていると解っていながらそれでもなあなあにしない所がなかなか優秀だった。

一度山崎に、「お給金もらってんの?」と何気なく聞いてみたら、
「あたりまえです。無給で総悟さまのお世話なんてとてもできません」
と答えた。
あのアンポンタンには過ぎた執事だ。

沖田が何も生み出さずに食いつぶしだけしているのは誰の目にも明らかだった。
俺は、沖田総悟という人間に興味を持ち始めた。

そんな矢先、沖田がとんでもなくデカいお買い物をして俺を軽く驚かせたわけなのだが、それがなんと昭和4年式の仏蘭西製ガソリン車、シトロエン。びっかびかの真っ黒な新車だった。
銀行員の初任給が70円。自転車でさえその数倍する。
一体いくらしたのと聞くと、しれっと答えた金額が3400円。
ガソリン車なんてどるどるがりがりとうるさいばかりなのだが、輸入業者である日沸自動車にまるまる乗せられたらしい。

「お金持ちなんだねえ、沖田くんは」
「しとろえんなんて、ふらんすでは大衆車なんですぜ」
「まった販売業者の言葉そのまんま言っちゃって。3400円が大衆車だなんていやさすがだよ沖田家は。で、誰が運転するの」
「運転手なんていやせん」
「なに」
「こうやって置いておいたら見栄えがして良いでしょう」
「なんだと?」
「だって業者がそう言ったんですもの。運転手がいなけりぁこうやって飾っておけばいいって」
「この・・・・」

俺としたことが思わず手が出そうになった。

「沖田くんさあ。運転手もいないのに自動車を買うだなんて羨ましい限りの贅沢三昧だけれども」
「なんですかぃ、文句でもあるってんなら運転手雇えばいいんでしょう」
「うんまあ関係無いって言われてもおもしろいから聞いちゃうんだけどさ。あの地味な執事くんが一生懸命金策しているの知ってるんでしょう」
「さてね」

「どこにお金があるのかしらないけれど、無駄に使える状態じゃないんじゃないの」
「口出しですかい。旦那とは初対面でしたけど、俺はけっこううまくやれると思っていたんですがね」
「居候だけどホテル代は払っているからね。面白いことがあったら首突っ込ませてもらいたいな」
「お断りでさあ、お説教なら勘弁してくだせえ」

ぷうと頬をふくらませたその顔を見て、この大きな洋館の中でまるで王子様のようにふるまっている沖田を跪かせてやりたいという心持ちも無いでもなかった。
諭してやりたい半分、苛めてやりたい半分。

「お金は湯水のように使ったっていいと思っているんだね。だけどね、沖田君。君のお姉さんが生前、針子をやっていたことを知っているの」

沖田の瞳が一瞬揺らいで俺を見た。

その、柔らかそうな唇が「は り こ」という形を作った。


「なにをわけのわからねえことを」
「ふ、ふ。お姉さんは君と違って御嬢さんなのに経済観念があったみたいだね。俺が調べた限りでは、君に高等教育を受けさせる為に残りの株を売ってそれでも足りずに朝に晩に針子の仕事を受けていたそうだよ」

「そんな・・・こと、あるわけねえ」
「君の大好きなあの部屋でね。いつも沖田くんが知らない間にせっせとね。お姉さんが身体を悪くしたのは働きすぎだったからじゃあないのかなあ」

「嘘でえ。姉さまが針子なんてやるわけねえ」
口ではそう言いながらも沖田はまっすぐ俺を見ないでぶるぶる震えながらそっぽを向いている。
沖田の姉の話はここの使用人からちょくちょく聞けた。山崎に固く口止めされていたようだが、やはりこの家の未来に不安を感じているのか少し金子を積むと滑らかに話してくれる。
姉が慣れない縫い子の仕事をしていたことをこの屋敷で沖田だけが知らなかった。

「君が今どうやってそんなにお金を使っているのかしらないけれど、どうせ俺と同じで君のお父上に昔世話になった輩に借金でもしているんじゃないの。比べてお姉さまはどうしたってビタ一文人からお金を借りたりしなかったらしいね」
「うるせえ!嘘ばっかつきやがって!アンタなんかに言われなくたって俺ァ俺のやり方で金を稼ぎまさ!」

とうとう沖田が声を荒げたところで、コンコンとノックの音がした。
同時に山崎の声がする。

「総悟さま、土方が戻りました」

ぴくりと沖田の身体が揺れて、それからこっちを見た。

その瞳は単純な脳みそに似合わない複雑な色をしている。
俺は、山崎の一言が、俺が与えた以上に沖田を動揺させたのを感じて、興味を持った。

「ひじかたって・・誰?」

山崎が姿を消したドアをじっと見ていた沖田がこちらを向いてフンと笑う。

「糞みてえな使用人でさ」

沖田は一言吐き捨てるように言うと、俺の時はあんなに待たせたにもかかわらず、すぐに身を翻して部屋を出て行った。








俺がゆっくりと沖田の後を追って緋色の絨毯がきらびやかな大階段の上までやってくると、既に沖田は玄関ホールに控えている山崎の前にいた。

その沖田の視線の先を見ると、玄関の大扉の前に、黒ずくめの男が立っている。
男は沖田より背が高く、まあ俺くらいだろうか。上半身に立派な筋肉がついているのが服の上からでもわかった。
陸軍からの払い下げのような軍服を着ているがその禁欲的な服装が憎いほど似合っている色男。
その色男が威圧的に沖田を見下ろしていた。

俺は、己のからだがぞくぞくするのを感じた。

この男は誰だ。
無表情ながらなにか神経の張りつめた様子の沖田と、その沖田を射殺してしまいそうな瞳の謎の男。
先程沖田が使用人だと言い、山崎が「土方」と呼び捨てたということは・・・。


「ただ今戻りました、総悟様」

男がゆっくりと口を開いた。

様、ということはやはりこいつは使用人の一人らしいが、使用人が堂々と正面玄関から入って主人がお出迎えだと?
弱冠の不自然を感じながら俺が階段を降りて行くと、土方と言うその黒い男が俺をぎろりと睨み上げた。

「誰だお前は」

「ハジメマシテ、シラコウジギントキデース」
なんだかムカつく野郎なので、感情の無い返事をしておいたわけなのだが、この男の匂いが微妙だった。
威圧的に沖田を見下ろすくすんだ藍色の冷たい瞳と白磁のなめらかな鼻梁に、何故かしら俺と近いものを感じた・・・のだが、よくわからない。
そのわからなさに多少苛立っていると、土方は挑戦的な目を俺に向けてフンと鼻を鳴らした。

「俺の部屋は」

山崎に向かって言ったのだろう、執事が頷いて答える。
「貴方の言ったとおりそのままにしてあります」

いよいよ微妙な雰囲気だった。
この屋敷の使用人頭である山崎が下手に出ている。
先程この男のいない所で名を呼び捨てていたのにこの慇懃な態度。とはいえ言葉遣いがどうもすっきりしない。

俺がはてなと首を傾げていると、土方はつまらなそうな顔をしている沖田を一瞥しさっと身を翻して大股で屋敷の奥に姿を消した。






翌日。
俺は一目に付かないところで山崎を捕まえて追加の心付けを握らせた。

「・・・ありがとうございます」

ここの経済状況を誰よりも知っている山崎はこういう時遠慮をしないのでやりやすい。


「思ったより長くお世話になりそうだから、滞在費だよ」
そう言うと、沖田家の若い執事はすこし考えるそぶりをみせてから息を吐いた。

「銀時さまはこの縁組がどういう意味を持っているのかご存じだと思いますから言いますが、沖田家にはもう財産と呼べるものはかけらも残っていません」

「・・・うん」
「経済的支援が条件の縁組ですからもとより白小路さまはご存じでしょうけれど、お恥ずかしい話総悟さまの浪費癖の支払いに追われる日々で、この屋敷の維持どころか借金の返済もままなりません」

俺は山崎の顔をじっくりと見た。
やや地味な顔であまり印象というものがないが、何時も落ち着いていて取り乱したところを見たことがない。
しかし縁組がはっきりと決まるまでは俺に対してもどこか一線を引いているようなところがあったはずなのに、ちょっと金を渡しただけで急にどうしたのか。

「私のお見受けしたところ、白小路様は分別のある立派なお方だと思います。それを見込んで是非にお願いがあるんです」
「お ねがい」
「はい。今夜。今夜総悟さまの部屋の隣にお部屋を用意します」

なんだ?
俺に沖田の部屋に忍んで行けとでも言うのだろうか。

「その部屋で過ごしていただければすべてわかります。私は・・・・・、私は総悟さまを助けていただきたいのです」





執事の意味深な言葉を聞いて俺は素直に言われた部屋に移動した。
ここのところ使っていなかった部屋なので少し埃っぽいが、山崎が命じて小奇麗に掃除されている。

俺は年代物だが高級な作りである別珍張りの洋椅子に身体を預けて山崎の話を思い出していた。
あの土方という男は、沖田家の使用人の中でも最も格下の下働きだったらしい。
煙突に入って煤を取り、馬の世話をし、庭師に命じられて大八車に何回も土を運んで果ては洋館といえど便所は汲み取りなので近所の農家が回収に来ない時はその処理までやっていたという。

そんな男が何故あんな風に不遜な態度を取るようになったのか。
・・・それは。




ことり。

薄闇の中、隣室から物音がした。


来たか。

俺は思わず壁に張り付いた。

決して壁は薄くない。
だが考えごとをしている間に草木も眠る丑三ツ時になっていて、窓の外のりいりいという虫の声しか聞こえない中では思いの外音と言うものは良く響く。

つまり、隣の物音は存外はっきりと俺の耳に届いた。
これを知っていて、山崎は俺をここへ寄越したのだろう。




「総悟様」
低い、土方の声が聞こえた。

沖田の返事は、無い。


一度名を呼んで、しばらくは無言。
たっぷりと圧力をかけてから、もう二回同じように呼んだ。

それでも沖田が応えないと、今度は呼び捨てて「総悟返事をしろ!」と厳しい声。

沖田がようやっと
「・・・・なんでぃ」
と応えたとたん、ばしんと音がして床にでも転がったようだった。

「そうじゃないだろう」

怒りを含んだ声で土方に言われて、驚くほど素直に沖田は言葉を改めた。
「なんで・・すかぃ」

およそここへ来てから沖田が誰かのいう事を聞いたことなど俺が知る限りなかったので、軽く驚いた。

その後も、土方の言葉通り身体中を按摩したりひざまずいて足の甲に接吻したり逸物に奉仕させられたりしていたが、そのどれにも沖田は逆らわなかった。

あれやこれやと、土方こそが主人であるかのように沖田を奉仕させたあと、予想通りの展開になった。
土方は沖田に服を脱ぐように言いつけて、それから自分の脱衣も沖田に任せる。

「総悟様、失礼致します」
などと、わざとらしく丁寧な言葉を掛けて寝台のスプリングを大きく軋ませた。

土方は長時間激しく沖田を責めているようで、我慢しきれない沖田の声が静かなこの部屋にもよく響いた。


滑稽だった。
沖田はとんでもないあばずれだったのだ。
代々続くお公家様だって俺となんら変わりの無いことをやっている。
俺が男に身体を自由にさせて快楽を得ているのと同じに、沖田も土方の前で足を開いていた。
生まれも育ちも高貴な王子様であれ、一皮剥けば俺とおんなじ。

俺よりもまだもう一つ下種なことに、沖田は。




山崎の話によると、土方は使用人というよりも毎日ここへやって来ては最低の賃金で御用聞きをしていたらしい。
夜食会の椅子が足りないとなれば晩餐用の椅子を二十脚もどこからか調達し、魚屋が来ないと言われれば極寒の川の深みに股引一枚で腰まで入って寒鮒を釣り、地下のかまどを煤だらけになって掃除して便所が詰まれば糞尿にまみれて処理をした。
それでもその日暮らしで仕事をもらえない日は食うものも食えず、真冬でも薄い藍染の着物ひとつで這いずりまわっていたという。

その土方が、明日食べるものもない生活で、何も食わず何も着ずに書物を買い集め、尋常小学校さえ一日も通わず識字を得た。
爪に火を灯して僅かばかりの小銭を貯め、何年も夜中じゅう歩き回って集めた鉄屑を金に換え、まず折からの不況に震災の打撃で相場が大暴落した為に借金まみれになった生糸工場をただ同然で買い取り、なにをどう弄ったのか昭和元年には事業を肥えさせるまでになっていた。
なんでも魔法のような手口で皇室ゆかりの織物会社と契約し、利潤を得たらしいが、それをまた木材の加工会社と鉄鋼事業に投資して金融恐慌などものともせずあっというまになり上がったそうだ。

そしてこれはあくまで噂らしいのだが、多くの華族どもが一身に信頼をよせていた十八銀行破たんの発端となった、最大取引會社倒産の際の闇会合に土方がいたという話まである。
そこまでは眉唾ものではあるが、万一それが本当だとすれば、土方は沖田を手に入れる為に、数多くの公家華族まで道連れにしたのだ。

そう。
沖田が言っていた「俺のやり方で金を稼ぐ」というのはこういう事だった。
この屋敷で最も低い身分であった土方が今や己の部屋を持ち我が物顔で歩き回り使用人長の山崎までもが腹とは別ながら頭を下げ、そうしてここの宝である沖田を自由にしているのだ。
そして沖田もそれに甘んじて己の生活を守っている。

沖田は、数々の男と浮名を流し獣のように性を貪っている俺よりももっと下種だった。
金の為に己が足蹴にしてきた男に身体を自由にさせているのだ。



そこまで考えて、ふと意識を現実に戻すと、隣の部屋で土方が
「お前が蔑んで道端の草のように踏み潰していた男に突っ込まれている気分はどうだ」
と尊大に言い放っていた。





沖田は。



沖田はただ一言、

「死んじまえ糞野郎」

とだけ、応えた。







「凋落の華(下)に続く」






















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