俺の大好きな先生!





<2021年>沖田と高杉



保育士になって11年が過ぎた。

最初の頃は色々と七転八倒したが、ようやっと板についてきたと思う。

最初の頃に面倒を見たガキどもはもう高校生になった奴もいる。

一体どんなになっているのか。



俺は姉ちゃんの作ったこの保育所を、なんとか細々と守り続けてきた。

市や、周りの人たちに助けられて。



ガキどもはかわいい。

かわいいけれど、小・中・高なんかの義務教育と比べて、俺達「せんせい」のことなんて、記憶から抜け落ちる確率がとても高い。

「恩師です」なんつって言われることもねえし、消息を知らせてくる奴もいねえ。

つまんねえと思う事もあるけど、まあ一番かわいらしい時期のガキどもをコロコロ転がして遊べるんだから、まあいい仕事だろう。

責任も重いけどな。





「沖田さん、鍵、閉めますよ」

「ああ・・・・・」



午後10時。

延長保育のガキどもも帰って、残務処理をして、残った職員は俺と山崎だけ。

俺たちはあちこちの施錠をして、保育園の門まで来た。



「今日、うち寄って行きますか?」

「・・・・・いや、やめとく」

「・・・・そうですか」



あれから俺はすぐに伊東と別れた。

俺のどうしようもねえ性癖は、独り寝に耐えることができなくて。

いろんな男と、寝た。



山崎もその一人だった。



恋人じゃあない。

それは山崎も承知している。



「送っていきますよ」

「いや、ちょっと保育園の庭を流して帰らぁ」



危険なものが落ちていないか確認したり、ガキどもが開けた穴なんかがあったらあぶねえから埋めておいたりしないといけねえ。

なにもこんな時間にやる必要はねえんだけど、考え事をしたい時なんかはよくこうやってパトロールしてから帰った。

山崎もそれを知っていて、それ以上はなにも言わなかった。



「わかりました、それじゃあお疲れ様です、沖田さん」

「ああ、お疲れ」



真っ暗になった保育園の庭だが、園前の道路の街灯と、園舎の防犯よけの明かりで、まあある程度の視界は利く。



俺は、ゆっくりと、砂場からブランコ、トーテムポールの前を通って、庭の隅の大木の前に来た。



最近、つい昔の教え子達を思い出すことが多くなってきている。

歳、とったのかね。



いや・・・・・・・。



春先に、昔の教え子だった土方十四郎が、いきなりここを訪ねてきた。

正直ビビった。

とっくに俺の背丈なんて超えてて、想像した通りめちゃくちゃ男前に成長してた。

ガキのくせにな。

すげえ進学校に受かったっつって。

そう言って、「俺とつきあってくれ」と続けた。



素直にうれしかった。



だけど。





ことんと大木に背を預けて上を見上げる。

春の新芽をめいっぱい伸ばして、命のきらめきを見せるこの木。

10年も前に、ある園児の左目を傷つけやがった憎き大木。



「あーあ。あいつは忘れちまっていやがるのかね」

あの仏頂面のクソガキの顔を思い出そうと目を瞑った。



その時。



「ククク・・・・忘れるわけねえだろうが」



ハッとして顔を上げる。

今、何か、声が聞こえた。



きょろきょろと辺りを見渡すが誰もいない。



俺は、じゃり、と音をさせて、もたれていた大木の裏側に回った。







いた。





そこに。







俺と、まったく同じ背丈になって、左目を眼帯で覆った、藍色の髪の少年が。



ニヤニヤと口の端を上げて生意気そうで。



あんなに可愛らしかったのに。一体、一体いつどこでひねくれ曲がりやがったんだってくらい、鋭い目付き。

ちんちくりんでころころとそこいらを駆け回っていたのに、すらりとした身体つきになりやがって・・・。



この庭で、この大木の上で、俺の10年の保育士史上、後にも先にも例を見ない大事件を起こしやがった張本人。



「た・・・・・・かす・・・・・・ぎ」



俺が名前を覚えていたことに気を良くしたのか、よけいにニヤニヤと笑って。

「ぃよう・・・・・・・・迎えにきたぜ」

なんて、言いやがった。



「・・・・・・」

情けねえことに、俺は。



なんにも、なんにも言えなかった。





「約束、しただろ?」

高杉の手が、俺の両肩に触れる。



「な・・・・・んでィ・・・約束って・・・・・・」



「クク・・・・忘れたフリしてんじゃねえよ、先生」



どきんと心臓が跳ねる。



せんせい。



今まで担当したガキどもから何回も何十回も何百回も何千回も聞いてきた言葉。



「今、男いんのかよ」

「・・・・・」

「いねえわきゃねえよなぁ、今考えりゃ先生あんとき園長室で男とイイコトしてやがったんだろ?」

「・・・・・っ」

「約束、果たしにきたんだから、男とは別れな」

えらそうな命令口調で言い放つと、俺の肩をぐいと抱き寄せて、目の前五センチに顔を近づける。



「俺、今年高校入ったから。馬鹿だけど、なんとか工業高校に入って手に職つけっから」

「・・・・・・バーロィ・・・・・。土方なんかなあ・・・・二か月も前に来て、すっげえ進学校に受かったから付きあえっつって来たんだ・・・ぞ」



「なんだぁそりゃあ、畜生あの野郎抜け駆けしやがって」

「お前のは何なんでィ」

「俺のはあれだろーが!約束!」

「・・・・仕様もねえこと覚えていやがって・・・・」

「それよりも土方の野郎になんて言ったんだよ、返答いかんによっちゃあ先生でも許さねえぞ」

「・・・・・・・」

「言え」

相変わらずの命令口調にむかつく。



「・・・・俺、ガキには興味ねえから」

「ハン、俺はよう、ガキの頃にゃあ先生のことすっげえ大人だって思ってたけどよぉ、こうやって同じ背丈になってみりゃあ、アンタそれこそガキみてえなツラしていやがったんだなあ、ククク」



「・・・・チッ」

肩を押されて、とんと木の幹に身体を押しつけられる。

高杉の、ニヤけた薄い唇が近づいてきて、俺の息を塞いだ。



抵抗・・・できるわけなかった。



「んん・・・・・」



高杉の舌が貪欲に俺の口内を貪って離れる。



「なあ、今男いんだろ?別れろよ」

「お・・・お前はどうなんだよ」

「俺?俺はドーテーよ、クク。先生で筆おろししようと思ってとってあんだからよォ」

「・・・・馬鹿野郎・・・・」

「待ってたんだろ?俺を」

「待ってねえ」

「言えよ、待ってたって」

「・・・・・・・」

もう一度、高杉の唇が、俺のそれを塞ぐ。



俺達は、この、思い出の木の下で、しっかりと抱きしめ合った。



「待ってたんだろう?」

「・・・・・・・・・・遅ェよ・・・・・バッキャロィ」



そう言うと、生意気そうなクソガキは、ククッと笑って、もう一度俺をぎゅっと抱きしめた。







俺の・・・・・・大好きな。










→続く







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