千里眼 H.25/1/10


(銀土沖のような)この話に出てくる銀さんは蚊の天人のときの陰陽師ルックみたいなのです。





遠い記憶の話だが、近所にヨチヨチ歩きのクソ生意気なガキがいた。

ヨチヨチといっても3歳くらいにはなっていたと思うのだが、まだ幼稚園には通っていなかったはずなのでそいつの言葉はほとんど家族の真似っこだろう。
だけれどもあの家は、おっとり系の姉をはじめ母親も父親も穏やかな人間ばかりだった。
テレビくらいは見るだろうけども、よく姉が遊んでやっているのを見かけたしそれほど影響はないはずだ。
それなのに齢3つの赤ん坊が、俺に向かってよく根拠のない悪意をぶつけてきた。
本当に一体誰の影響なんだというようななめらかな罵詈雑言に当時小学生だった俺は無視することもできねえで良くクソガキを追いかけまわしていたものだ。

けれどもある日突然ぷつんと糸が切れるようにそいつはいなくなってしまった。
誘拐されたのではと大騒ぎになったが、結局身代金要求の連絡も来ずガキも見つからず終いで、家族の嘆き様は見ていられぬほどだった。
生意気なガキだったくせに見かけは人形のように愛らしかった為、様々な憶測が飛び交い残った家族を追い詰めたのだろう。いくらも経たないうちに家族は引っ越してしまって今では行方もわからない。
俺も10かそこらのガキだったのでガキの名前も何も覚えちゃいないが、引越しの日の朝、姉がしくしくと泣きながら
「・・・ちゃんが帰ってきてもおうちに私たちがいないと会えなくなってしまう」
と言っていたのをうっすらと覚えている。

今ならなんとしても行先を聞いただろうけど、その時の俺はどうしようもなくてただ見ているだけだった。
その代わりに、警察にも誰にも探せないのならば、いつかそのガキを自分が必ず見つけだしてやろうと心に決めた。


15年後。
去年入社した会社でがむしゃらに頑張って、ようやっと余裕が出て来た頃。
自由になる金が出来たこともあり、どうにかしてあのガキの消息を探れないかと考え始めていた。
昔は俺も奴もチビッコだったので思い出の中の顔もぼんやりとしているし、成長した姿を見て解るとは思えない。
うすぼんやりと、そいつの頭がサラサラの茶髪だったことだけを覚えている。

どうしたものかとコーヒーサーバの前で紙コップホルダを持ったまま思案していると、同僚の一人がついと寄ってきて俺の名を呼んだ。
なんだと聞けば、ある場所に付き合ってくれないかと言う。
横浜に、良く当たるという噂の占い師だかまじない師だかがいるので婚約者を視てほしいらしい。
身辺調査なら探偵にでも頼めばいいと言うと、一緒に相性も知りたいなどと答えた。
行くとは言ってもそこは眉唾ものだから、外の目から見て怪しいと思ったら警告してくれと言うので、結婚となるとそれほど慎重になるものかねと同行を了承してその日のうちに連れだって出かけた。





己を預言者だ千里眼だとか公言しているその怪しい占い師は、山手などの高級住宅街ではなく小狭く住宅の立ち並ぶ街の築2,30年ほどのマンションの一室に居をかまえていた。
通されたのは小狭い玄関を上がってすぐの8畳ほどの和室。
窓は閉め切って薄暗く、なにやら香が焚かれていていかにもな雰囲気を作ってある。
家具は何もなく、一組の布団だけがぽつんと敷いてあったが、そこには誰もいなかった。

しばらくすると、俺たちを案内した眼鏡の小僧が
「白銀さまがいらっしゃいます」
と言って俺たちに手をついて頭を垂れるよう指示した。
金を払ってなんでそんなことをしなければならないのか疑問に思ったが、連れが言うとおりにしているのでそれに習った。

さわさわという衣擦れの音。
「顔をお上げください」
脳天の方からいけすかない声が聞こえて視線を上げると、部屋の奥に張ってあるものものしい幕の前に、うさんくささ爆発の銀髪が陰陽師みたいな恰好をして座っていた。

そしてその横に、だらしなく座る一人の少年。

薄暗いが、異様に整った顔をしていてさらさらの黒髪が眠たげに揺れているのが解る。
俺たちに何の興味もないようで、隣のあやしい銀髪に頭をもたれかからせるようにして座っているその少年を見て俺は。

ずくんと心臓が音を立てた。

なんだかわからないが、何かがざわめいた。正体のわからないじんわりとした波が俺の胸を浸しはじめたのだ。

「今日はどうされましたか」
銀髪の男が眠たげな少年の頭を肩に乗せたまま問う。
「あのっ!婚約者がいるんですけれど、その人のことを視ていただきたいんです」
「わかりました」
「とっ・・歳は22で、名前は・・・」
「いえ、そういった情報は必要ありません」
眼鏡の坊主が横から口を出した。
「白銀さまは名前や年齢からは何も得られないとおっしゃいます。あなた自身をじっくり視させていただくと、その周りの方々を含めて来し方行く末すべて視えてくるのです」
なにやらもっともらしいことを言って友人に銀髪の前まで進ませた。

男はいきなり両手で友人の頭をがしりと掴み、額を近づけて唸り声を上げ始めた。
「のあああ〜〜〜〜、ぐうううううう、ぐあっ!!ぐうあああああ!!!」

完全にビビっている友人の頭を突き放してわざとらしく肩で息をする。
「はあ・・・・はあ・・・・はあ・・・・・み、視えました・・・・・」
「ほんとうですか!?」
「はい。それでは今から千里眼予知を行います」
「え、今見えたんじゃあ」
友人の問いに右手を上げて応えて、白銀と呼ばれた男が更に続けた。
「見えました。今からそれを具体化しましょう。・・・総悟」
今までの騒ぎの中ずっと揺れる男の肩に頭を預けていた少年がぼんやりと男の顔を見た。

「仕事だよ、総悟くん」
白銀の言葉にばちばちと二度瞬きをしてから、少年は四つん這いのまま傍に敷いてある布団に移動すると、ずるりと布団に入り込み横になった。
なんだと思っていると、いくらもしないうちにすうすうと寝息をたてはじめる。
まさかこんなに人がいるところでいきなり眠れるってどういうことだと訝しんでいると、しばらくして白銀がそわそわしはじめて、ごほんごほんと咳払いをした。

「ん・・・んんむ。ごほ、ごほん!オホッ・・そぅご・・・んごほっ!」

zzzzzz・・・・

「んんっ、んん!!ごほん!そうご!ごほん!!」

zzzzzz・・・・

「総悟、ちょっと・・・まだ?そろそろ起きて・・・」

zzzzzz・・・・

「そうごくーん!!!起きて!起きなさい!!仮寝だから!本寝しちゃだめ!!」
とうとう白銀が枕元までいざって、少年の耳元で大きな声を出した。

「ん・・・むにゃ」
本寝していた少年が目をこすってむくりと起き上がった。
「総悟、夢を視たかい?」
白銀が居住まいを正して聞く。
「みやした」
「どんな」
問われて少年がくるりと友人の方を向いて。
向いてそうしてびしりと友人を指さした。

「このひとがりっぱに浮気をしているところを!」
ぱこぉおおおおおん!

白銀が少年の頭をスリッパで叩いて、目の覚めるような音が響く。
「バッカ、違うだろう!てめえなんでこっちの夢なんかみんだ!こいつの女だ、女だっつってんだろ!」
「えー、だってみえたんですもの。アンタのミスでさあ。俺ァこっちのおにーさんが浮気して三行半をつきつけられているのを見たんですもの」
「やかまっしい!てめーこのただ飯食いがあ!」

あとはもう、すみませんお金はお返ししますという白銀側と意味がわからず婚約者の霊視はどうなったのですかと焦る友人のドタバタやり取りが行われていたが、俺はすっかり総悟と呼ばれたこの少年に意識を持って行かれていた。

くるりとした大きな瞳に真っ黒の髪。
ぼんやりとした表情で時折欠伸をしながら座っている。
整った造作以上に何かしら人を惹き付ける容姿をしていて、目がはなせなかった。

「眠い・・・・。俺ァ疲れやした」
ぼそりと呟くと、隣の白銀が舌打ちをして諦めたように言い捨てる。
「畜生、しようがねえから向こうで寝ていやがれ」
それを聞いて、ノロノロと立ちあがってドアを抜けていく少年。

その後は白銀が水晶を取り出して友人に応対していたが、もう適当なことしか言わなかった。
ある程度形を付けて、そこいらの占い程度の金を取るとそれで終わり。
俺と友人は千里眼白銀の部屋を追い出されたのだった。






なにがなんだかまったくわからなかった。
しかしどうやら能力があるのは、白銀と呼ばれたあの男ではなく少年の方のようだ。

友人はなにやら狐につままれたような顔で帰って行った。
はるばる横浜くんだりまで来て、将来自分が浮気するなどと侮辱されただけなのだが未だ状況が飲みこめていないようだ。

俺はといえばあの少年・・・総悟が気になって仕方なかった。
あのくるんと大きな蒼の瞳。
どこかで見たような気がしてならなかった。

けれども総悟と言う名に覚えもなければ面識など当然まったく無く。
白銀の横で眠そうな顔をしていた総悟が、ちらとこちらを見た時なぜかことりと首を傾げたのが印象的だった。
そのあとはじいと俺を見てなにか考えている風で、俺は何故かどきどきとしてしまっていた。



その後友人はもうあの眉唾占い師の話をすることは無かったが、逆に俺があそこへ通い詰めることになった。
相談内容はどうでも良かった。
仕事運であったり金運であったり果ては従兄弟の恋愛運やら失せ物にまで手を延ばして千里眼を希望した。
それらに全く興味はないが確かに総悟の言ったとおりになることが多く、総悟は本物だと思うのにそう時間はかからなかった。
総悟は千里眼を行った後は体力を使い果たしてしまうらしく、必ずと言っていいほど別室に引き下がった。
それからはいつも白銀が水晶を取り出して当たらずとも遠からず、何も知らなくても言えるような言葉を並べて終わった。

俺はいつのまにか、総悟のことを随分昔から知っているような気になっていた。
もちろん記憶の中のチビは色の薄い髪をしていたのだが、この艶のある黒髪の総悟がなんとなく昔別れたあいつのような気がしてならないのだ。



「今日のご相談はなんでしょうか」
俺のことをすっかり小銭稼ぎのカモだと思っている銀髪が、嬉しさを押し隠したような表情で言った。
俺は息を大きくすうと、決めてきた言葉を吐いた。

「人を探しているんです」

ぴくりと白銀の眉が上がった。

「人とは」
「昔近所に住んでいたガキで現在行方不明なんです。そいつを探していただきたい」
半ば睨み上げるようにして言うと、横から眼鏡が口を出した。
「行方不明っていうのは、今現在連絡がつかないということですか?」
「・・・・というか、そいつがまだガキの頃にいなくなっちまって」

「それは、警察の範疇では」
白銀が会話のあとを継いだ。

「当時警察にはずいぶん探してもらったけれども、どうしても見つからなかった。だから頼む」
真剣な目を向けると、常から気に障っていた白銀の半眼がピクリと動いた。
「わかりました、お名前は結構ですので、その方を強く念じてください」

俺が目を瞑るといきなり両側から頭を掴まれて乱暴に揺さぶられた。
「きえーっ!はーっ!たーっ!コノヤロー!!!ボケー!!!!」

何やら俺に対する個人的な感情のようなものが混ざっているような気もするが、白銀の雄叫びが聞こえていつもよりよけいに揺さぶられ解放された。

「総悟くん、仕事だよ」
例によって白銀の隣でうつらうつらしている総悟。
俺はなんだかこの頃には、総悟が大人しくこの白髪に懐いて隣で気を許して寝ているのが悔しくて仕方なくなっていた。

「ンー・・・ァア・・・」
でかい口で欠伸をして、待ってましたとばかりにもぞもぞと布団にもぐりこむ。
あっという間に天使の寝顔になってはや数分。
ただただ会話のない俺と白銀が向かい合って座っているのが苦しくなって来た。
視線のやり場もないので自然総悟の顔を見てしまう。
それにしてもかわいい。ほんとうにこいつが俺の幼馴染なのではないだろうか。果たしてほんとうに奴の髪は茶色だったか?こんな黒髪だったんじゃないか?あいつの姉は・・・・たしか薄い髪の色だったが・・・・。
などと考えながらふと白銀を見ると、奴の方もやに下がったような表情で総悟を見ていた。
なんだこいついやらしいなと思っていると俺の視線に気づいてあわてて難しい顔を作ってウホンと咳払いをした。

「そーごくーん、ちょっとほんとそろそろ起きて、ね」
白銀に揺さぶられて総悟が布団にもぞもぞと潜った。
「んーん・・・あと5時間」
「長い長い!ちょっと!仕事でしょ!夢、みた?」
「んー・・・・や、見やせんでした」
「ほんとに?」
「へい」

白銀が俺に向き直ってもっともらしい顔を作った。
「どうやらこの件は私では無理なようです、申し訳ありません」
しれっと言う顔がむかつく。
おかしい。俺の今までの相談で総悟が夢を見なかったことなどなかった。
今回に限って見ないなどということがあるだろうか。ひょっとして自分の事は見えないのかもしれない。
そうするとやはり総悟は・・・・。

「そうちゃんが帰ってきてもおうちに私たちがいないと会えなくなってしまう」
いきなりあの薄茶色の髪の少女が泣いていた時の言葉がはっきりと蘇った。
「そうちゃん」
彼女は絶対にそう言った。
そうちゃんとは、総悟のことに違いない。


「えーと、何考えフケっちゃってんの?見えなかったんで、この件についてはこれでおしまいですからお引き取りねがえますう?」
気が付けばムカつく白銀が俺を追い帰そうとしている。

俺は心を決めて目の前の男をきっと睨んだ。
「前々から思っていたんだが、そこの子供は従業員なのか?」
「え、なに、タメ口?」
「いいから答えろ」
「いや・・・まあ何それ答えないといけないの?」
「答えろ」
「いやそんな義務ないから」
「・・・俺の探している子供が総悟かもしれねえ。正直面影はおぼえていねえが、俺の勘が言ってるんだ。総悟はなんだ、家族なのか?バイトかなんかか?」
「いや・・・・まあ・・・これはうちの子だけど」
「どういうことだ、弟か?親戚か?いつからここにいるんだ!」
「うるさいなあもう!いーでしょーがいつからいようと!とにかく総悟くんはうちの子なの!それより土方くん、ひょっとしてこの子に惚れちゃったんじゃないのお?」

底意地の悪い物言いに、無意識に頬が熱くなった。
「そ、そんなことはない・・・。俺はただ、行方不明になったあいつを探したいだけだ」
「とにかく、うちでは分かりませんから。よそへ行ってくださいな!」

ほとんど蹴り出すようにマンションを追い出された。
しかしあのマヌケ銀髪の焦りようはかなり怪しい。

俺はそのまま帰る気にもならず、マンションの周りをうろうろしていた。
もしも総悟が本当に俺の探しているガキなら、どういうことになるのか。
やはりあの男が誘拐したのか。何故今まで警察にも見つけられなかったのか。

「オニィさん」
思いを巡らせていると、ふいに背後から声が聞こえた。
間延びしたような、けれど澄んだ声。

振り向くと総悟がいた。







「そっ・・・・・そそそそそ、総…悟・・・」

閑静な住宅街にぽつんと佇む総悟。屋外でその姿を見たことが無かったのでなにやら緊張してしまっていきなり呼び捨ててしまった。

総悟はごく普通の「S」と大きく書かれた白いパーカーを着て、裾のダブついた黒ベースに白のワンポイント入りスウェットパンツ、オークルカラーのスエード素材ワークブーツを履いて深々とニットキャップをかぶり両手をスウェットパンツの中に突っ込んでいる。

あの胡散臭い薄暗がりの部屋は宗教的というか非日常的な雰囲気で、総悟も不思議な能力を持っていることも手伝ってか普通に外を歩いているイメージが無かった。
だけれども今俺の目の前にいるのは、本当に普通で今風の恰好をしている一人の少年だった。

「お前・・・外に、出してもらえるのか」
あのマンションでの総悟の待遇をなんだと思っているのか、自分でもおかしいとは思う。

「俺ァなんだって自由にできやすぜ。ここは寒ィんで、どっか入りやしょうよ」
ぷうと風船ガムを膨らませて先に歩き出した総悟の後ろ姿をドキドキしながら追う。
総悟は自由だと言った割にはあまり外に慣れていないようで、駅の方まで出るだけでもあっちをうろちょろこっちをキョロキョロしているので、終いに俺が先に立って歩いた。

小さな街の小さな駅。近くには古びた喫茶店しか無く、俺たちはそこに入って向かい合って座った。

常連ばかりがやってくる店なのだろう、俺たちが入るとにこやかに話しながらグラスを拭いていたマスターとカウンターに座る新聞を大きく広げたたった一人の客が同時に訝しむようにこちらを見た。

狭い店内の壁際、ソファーに総悟を座らせてから上着を脱ぐ。
コーヒーと、総悟が腹減ったというのでホットケーキにオレンジジュースを頼む。
目の前の総悟は本当に愛らしく、愈々昔別れたガキのような気がしてきた。

「なんで・・俺に声かけたんだ」
何から聞けば良いのかわからず、この際どうでも良いようなことを聞いてしまった。
「ん、おニィさんが俺のことを知ってるみてえなこと言うもんですから」
「俺の名は土方十四朗だ」
「ひじかた、サン」
総悟のかわいらしい唇が俺の名を形取ったそれだけで、俺の心臓がどくどくと音をたてる。

「・・お前、自分の事わからねえのか?」
きょろん、と大きな目が動いた。
「知ってやす、銀時の弟で坂田総悟。十八歳でさ」
「銀時?」
「白銀さまの本名でさ」
「ほ、ほんとうにお前あいつの弟なのか?父親は、母親は?」
俺が焦って身を乗り出した時、コーヒーとオレンジジュースがマスターの手によって運ばれる。

「両親は俺が生まれたばっかの頃に死んじまったそうです。そいで銀時が俺の事を育ててくれたんでさ。ほんとうに弟かなんて聞かれたらそりゃあわかんねえですけど、おニィさんは今の家族がほんものかどうかなんて考えたことありやすかィ?俺ァものごころついた頃からずっと銀時の弟なんですから」
「あの・・・お前。そ、総悟は今18なんだろう?学校とかはどうしてんだ」
「学校は行ってやせん。銀時の話では、法律で勉強しねえといけねえのは16までなんですって。俺には勉強の才能がねえらしんで、そこまででじゅうぶんだって」
「中学までは行かせてもらえたのか?」
「いえ、勉強は銀時がみてくれやした」
「ハァ!?義務教育だぞ!どうなってんだおまえんちは!おかしい、完全におかしいぞ!そういやさっき自由だとか言っていたが、家の近所でさえなんか迷ってたじゃねえか、ありゃどういうことだ」
「ハア、まあ出入りは問題ねえんですけど、銀時が外になんか出る必要がねえって言って・・・」
「閉じ込められているのか!?」
「いえだからこうやって出てこれはするんですけどねィ、たまに出張で遠視に行ったりするんで電車に乗せてもらったりもしたことあるし、この服も外に出る時用のですし・・・」
少し言いよどんだ総悟が手持無沙汰になったのか、かぶっていたニット帽を右手で取って揉みしだきはじめた。
ふとニット帽のせいでぺったりとした髪を見ると、脳天のあたりがきれいな薄茶色になっていていわゆる逆プリン状態になっている。
「お、まえっ!!!髪、髪染めてんのか!?」
「これですかぃ?銀時が千里眼やるにはおちついた髪の色のほうがそれらしく見えるっていうんでいつも染めてくれるんでさ」
「なんだと」
俺には総悟の身元が割れないように偽装工作しているようにしか思えなかった。
「お前ほんとうに奴の弟なのか?ほんとうに何も覚えていねえのか?今日はどうやって出て来たんだ」
「俺ァしごとの後はいつも異常につかれて眠くなっちまうもんで別室で寝かせてもらうんでさ。そっからは何時間も回復しねえのを銀時は知ってるから絶対に起こしにきたりしやせん。ですからその間にコッソリ出かけて遊びに行ったりするんでさあ」
「こっそり?やっぱりこっそりでないと外出られないんだな?金は?」
「銀時の財布からチョロまかしまさぁ、でもほんのちょびっとですぜ。それに外はそんなにおもしろいもんでもねえんで、言うほど出たりしやせん」
「今日は体調は大丈夫なのか?」
「眠いのはほんとうですけど体調は別になんでもありやせん。そう言っとけばしごとがサボれるんで」

驚いた。
未成年に仕事をさせて学校も行かせず外にも出さない。これに誘拐が加われば立派過ぎるほどの犯罪だ。
ひょっとしたらそれどころではないかもしれない。俺はどうしても聞きたくてしかたなかった下世話な心配事を、つい口にしてしまった。

「総悟・・・・あの、これは・・・これは・・・いやらしい気持ちで聞いているんじゃあないが、お前あのインチキ野郎に何かへんなことを、されていねえか?」
運ばれてきたホットケーキをキョトンとした顔で口に入れた総悟はもぐもぐと口をゆっくりと動かしてから答えた。
「へんなこと?」
「いやその・・・・あの・・・えーと・・・お前に・・・てっ・・・手を・・・出したりとか・・・・」
「わかんねえです、言ってる意味が」
「いやだから・・・こう、お前に触ったり・・・こう服を・・・ぬ‥脱がせたり」

がっちゃん。

音がしたのでそちらを見ると、皿を落として「すみません」と感情のない声で言いながらマスターがカウンター内の床にしゃがんで掃除をするところだった。
客は新聞に顔を隠すようにしている。

「銀時が」
総悟の声に俺は視線を戻した。
見るとずここ、と行儀悪くジュースの底をストローで吸っている。

「銀時が、遠視力を高める為に必要だって言って、俺の布団に入ってきまさあ。服を脱がせるって言ったらそんときくれえですかね」
「なっ・・・・なっ、なっ・・・・なんだと!!!!???虐待じゃねえか!それは虐待だぞ総悟!もう一秒たりともそんなところへ置いておけるもんか!来い!俺と来い!あんなとこ出るんだ!」
「エッ」
「お前には家族がいる!今はどこにいるか知らねえがきっと俺が探し出してやる。あんな嘘つき野郎にいいようにされているなんて許せねえ」
「俺に・・・かぞく。・・・家族は・・・」
「あいつらじゃねえ!お前はきっと誘拐されたんだ!間違いねえ、何の証拠もねえけど間違いねえんだ!あのインチキ野郎歳はいくつだ」
「えと・・・去年30になったって」
計算すると、総悟がいなくなった頃15,6か。
誘拐には無理があるかもしれないが、変な性癖のある野郎ってのは若いころからだって言うし絶対違うとも言い切れねえ。

「なあ・・・お前が住むところくらい俺がなんとかしてやる。別に部屋を借りたっていいし、なっ・・・なんなら・・・・俺が、や、養ってやってもいい・・」

げほっ!

俺と総悟が振り向くと、新聞に更に顔を埋めて、オッサンが肩を震わせてむせていた。


「おれ・・・・よくわかんねえです」
かたりと総悟が席を立った。
「おい、総悟!」
「わかんねえ・・・・俺、かえりやす」
「総悟!わかんねえじゃねえんだ!俺の話が信用できねえってんならDNA検査とかなんだってできる!」
「さようなら」
「ちょ、おいっ!総悟!お前はどうして俺に声なんかかけたんだ!なんだって嘘ついてまで外に出て俺を追って来たんだ!」
カフェのドアのところでぴたりと総悟が止まった。

俺に背中を向けたまま、少しだけピンク色に染まった耳を見せてぽつりと言う。
「ごめんなさい、わかんねえです」

カランコロンと古風な音を立てて扉が閉まった。
俺はがっくりとテーブルにつっぷして頭を掻きむしった。



「・・・・・はええよ、兄チャン・・・・」

さっきから一ページも読み進んでいない新聞に肩まで顔をつっこんで、オッサンがぼそりと呟いた。


 




あれから何度白銀を訪ねても総悟には会えなかった。
今日はすでに遠見をして疲れていますばかり言われて、このマンションの一室に絶対総悟がいるとわかっているのに肝心の総悟自身から色よい返事を聞いていないばかりに強引に立ち入ることもできないでいた。

「あのねー、アンタがうちの総悟めあてに来てるのはもうわかっちゃってるんですからね!うちは困っている人のためにあるんですから、ひやかしなら二度とこないでください!」
最初から威厳の無かった白銀先生ではあるが、最近はもう完全に厳かな雰囲気づくりを忘れてしまっている大マヌケ野郎だった。
こんな野郎に総悟が変態行為を受けているのかと思うと頭が燃え上がるようだ。
失踪からもう15年経っていると警察はなかなか動いてくれない。
なにか、なにか証拠が欲しかった。

めずらしく次の客が来て入れ替わりに俺が廊下に出された。
出てすぐに玄関の上がり框。
このまま強引に奥の部屋につっこんでやろうかと思っていると、横にあるトイレからなんと総悟が出て来た。
今日は黒いシャツにグレーのヘンリーネックシャツ、その上に渋いパープルのニットパーカを着てジーンズを履いている。

「あ。ひじかたサン」
総悟のどんぐりまなこを見て俺の名を呼ぶ声を聞いて、俺の血は急に沸騰した。

白銀は応対中。
気が付けば俺は総悟の手首を掴んで玄関を飛び出していた。
「ちょ、ひじかたサン、俺靴はいてねえんですけど」
「総悟、このまま俺のところへ来い」
俺は総悟の顔を見ないで言った。少しでもここから遠くへ離れたくて足はエレベータホールに向かっている。

「ちょっと、マジで靴履きにかえりてえんですけど」
「靴なんざ俺が買ってやる。靴履いたら俺のところへ来るのか?だったら俺がいくらでも買ってやるしここから抱えて行ってやるから!あんなマヌケ野郎を出し抜くなんざなんてことねえ」

我ながら暴走気味の俺のセリフになにも反応がなかったので、足を止めて振り返った。
するとほんのり頬を染めた総悟がそれでも無表情で立っている。
これは、ひょっとして脈ありなのではないだろうか。
「総悟、あれから考えたか」
「なにを」
「白銀はお前にとって家族かもしれねえ。だけどお前はひょっとしたら攫われてきたかもしれねえんだ。お前を取り戻したいと思っている人間がいるんだ。それでもお前はやっぱりずっと一緒にいた白銀がいいのか」
「・・・ひじかたサンは、俺がその攫われっ子かもしれねえから連れ出すんですかぃ」
「そうだ、お前には姉がいる。優しくて綺麗な女性になっているだろう。お前は会いたくねえか?父親や母親だっているんだ、きっと誰よりもお前を愛しているだろう」
「・・・」
「・・・・・・いや、違う・・・。俺がお前を連れて帰りてえんだ。思い出のガキだなんだってのは関係ねえ、お前をひと目見た時からあんなところからかっ攫って、そしてお前をあんな薄暗い部屋なんかじゃなくて健全であたりまえの世界に連れて行ってやりてえんだ」

「おれが・・・」
びっくりしたみたいなどんぐり眼はそのままに、総悟が掠れた声で話し始めた。

「俺、ひじかたサンが最初にうちに来たとき・・・・どうしてだかしんねえけどどこかで会ったことがあるような気がして・・・。そいでずっと見てたんでさ。そしたらアンタが俺の事知ってるみてえな話するから・・・だからやっぱり気になって、アンタと話をしたくて」
「だから俺に声かけたのか」
「へい」
「お前はやっぱり・・・・俺の記憶の中にいるあいつだと思う。でも証拠はお前の記憶しかねえんだ。ほんとうになにも覚えていねえのか?」
「なんにも・・・」
「お前は能力者なんだろう?」
「違いやす」
「そうだろうが!お前が見た夢をあのいかさま野郎が得意げに語って金を稼いでるんだろう!」
「俺ァなんの能力もありやせん。強いていえば鏡とか水晶みてえなもんなんです」
「なんだと?」
総悟は靴下の汚れが相当気になるのか、向かい合った俺の腕をとって俺の靴をぎゅうと踏んで乗り上がってきた。
顔と身体が近づいて、俺の心臓がどきどきと高鳴る。

「ほんとうに能力があるのは銀時でさ。銀時が能力を使って予知や千里眼をするんです。だけれども銀時自身にはそれは見えない。なんだか黒いかたまりのようなものが頭に浮かぶんですって。それを、俺が寝たら俺のあたまにえいやって送るらしいんです。俺は、それを形にして夢にみるんです。だから銀時から何か送られてこねえとなんにもできねえ。ただのプリンタみてえな道具なんです」
「それじゃあ・・・・あいつが持ってる水晶でいいじゃねえか、なんだってお前を囲っていやがるんだ」
「それは、水晶よりも俺の方がよく真実が映しだされるんですって。水晶じゃあもやもやしてなんだかよく見えねえみてえです」
俺は、白銀の仕事ぶりが総悟のいなくなったあと急に適当になってしまうのを思い出した。
「それで・・・それであいつは・・・お前を攫ったのか」
「そんなことは知らねえですけど、だけどこの間ひじかたサンが昔なじみの子供を占ってくれって言ったとき、俺が夢見なかったのは銀時がわざと俺になんにも送らなかったからでさ」
「畜生あの野郎!汚え真似しやがって」
「俺ァ・・・・・わかんねえですけど、俺が元いたところってやつを見てみてえ。今の世界がほんとうじゃねえってんなら・・・そりゃ銀時のことも嫌いじゃねえですけど、ほんとうの家族にも会ってみてえ。それから・・・・」
「それから」
「アンタのこと・・・アンタの顔見ると、俺、・・・・いてえです」
「エッ」
「肩・・・」
いつの間にか俺は腕を掴まれたまま、総悟の肩をぎゅうと掴んでいた。

「す、すまん。それで、俺の顔を・・・ごくり・・・みると・・・なんだって?」
「ねむい」
「なに?」
「眠いでさ。今日はいつもより寝てねえんで。俺・・・ァ・・・どこでも…いつ、でも‥寝られる、のが・・・じま、ん」
「なに、なんだその自慢・・・おい・・おいっ総悟!」
半分閉じた総悟の目がとろんと全部蓋される。ぴくりと瞼が動いて、もう一度半分開いた。
「俺の夢・・・いっしょに、みて、くだせ・・」
総悟が、最後のちからを振り絞るように俺をぎゅっと抱きしめた。
総悟の髪の匂いにくらくらと頭が揺れて、それから急激に眠気が襲ってきた。
まるで、総悟の眠りが俺に感染ったかのように、俺はそのままゆっくりと意識を手放した。







見慣れた景色。
俺の家の近くの空き地。住宅地開発中の土地が更地になっていくつも並んでいるうちのひとつ。
裏手はまだ山で、人気はほとんどない。
今はもうすべての土地に家が建って何年も経つが、まだここには一軒も家が建っていない。

空き地の真ん中で小石を弄って遊ぶ子供が一人。
まだ親と一緒に公園に行くような年頃だが勝手に家を抜け出してきたのか。

薄茶色の髪。透明感のある蒼い瞳。なにやらぶつぶつと独り言を言っていた。
「こぇがー、おれで、こえがおねえちゃんで、こいが、ぃじかたのくそやろう」
どうやら子供は石くれでままごとをしているようだった。
顔を見ると、まさに総悟。俺の記憶にははっきりと残っていなかったが、成長すれば今の総悟のようになるだろう。
確かにこんな顔だった。どこのガキよりも愛らしい顔でどいつよりも憎たらしい奴だったのだ。

陽光降りそそぐ春の日。
石くれ遊びに飽きたのか、子供が大きく欠伸をした。
庭の子供用ブランコで眠ってしまったことがあるとは姉から聞いていた。そうちゃんはどこでもすぐに寝てしまうのよ、と。
その言葉通り、欠伸をしていくらも経たないうちに、子供はがくんがくんと腰かけていたブロックの上で船を漕ぎ始め、コテンと寝てしまう。
あのバカはなんて無防備なと思っていると、しばらくそよそよと風が子供の前髪を揺らせていた。

そのうちじゃり、と音がして視界の中に一人の少年が現れた。
歳は、15、6か。薄いカーキのミリタリーコートで全身を包んでいる。
あちこち跳ねた銀色の髪と紙のような白い肌に眠たげな瞳。瞼に半分隠れたその臙脂色がじっと子供を見つめていた。

時間が止まったかのように長い事、数メートルの距離から子供を眺めている少年。
ただ風が少年と子供の髪を揺らして、時が流れていることを示している。

やがて少年が流れるような足運びで子供に近づくと、膝を折って白い頬に顔を近づけた。
「起きな」
小さな声で呼んでゆさゆさと揺さぶった。
子供はそれでも起きなかったが少年は動じず、その場にゆっくりと座った。
時に子どもの髪を撫でながら、計算高そうな色を含んだ瞳で見下ろしている。
そのうちに春風が強くなりはじめ、眠っている子供がぶるりと震えて小さなくしゃみをひとつした。

ぷしゅん。

「ボク、起きないと風邪ひくよ」
ころんと寝ころんだ身体をゆっくりおこしてやると、むにゃむにゃと目をしばたたかせながら覚醒する。
目が覚めて母親がいなかったからかぐずりかけた子供を抱き上げて、少年が蒼い瞳を覗きこんだ。

「ママー」
「うんうん、ママのとこ行こうね。お兄ちゃんが連れて行ってあげる」
「ママー」
「ねえボク、今おネンネしてた時、何か夢をみた?」
「ぐす」
「教えてくれたら一緒にママのところへ行こうね」
「ああん、ママ・・・」
「ねえ、何か、みた?」
「ぐす・・・・・・し、しらねえおいちゃんが、おっきなおいけに、くるまでおちちゃった」
「え」
「ママ・・・ママー」
「もう一回言って、ねえどんなお池だった?それは海じゃなかった?」
「ママー」

子供はもう何を言っても親を求めて泣くだけだったが、少年にとってはもう十分らしかった。
冷めたような瞳は大きく見開かれ爛々と輝き、肌の色に近い唇がくっきりと弧を描く。

「見つけた」
にっこりと笑った顔のまま少年がぽつりと呟いていまだぐずっている子供をぎゅっと抱きしめると、空き地の脇に黒塗りの高級車が止まった。
ワクンと開いたその車に乗り込む少年。

「総悟、総悟ォッ!」
いつの間にか俺は大声で叫んでいた。

ドアが閉まる瞬間に、陽の光を受けた少年の髪がきらりと輝く。
その下の臙脂色と一瞬目が合ったような気がしたが、その目はいつものマヌケな占い師白銀のそれではなかった。




「おはよう、土方君」

頭ががんがんする。
目の奥もずきずきと痛んで耳鳴りもひどい。
それでも必死に目を開けると見慣れない天井がぐるぐると回っている。
どんよりと頭に霧がかかったようで、目を閉じてしまうともう開けられない。
それでも今聞こえた声が小さな総悟を攫ったあの男のものだときっちりと覚醒した脳が俺に教えていた。
起きなければいけない。

「ふっ・・・・う・・・・」
まるで息を止めていたかのように苦しい。長く息を吐いてもう一度えいやで目を開いて首を横に向けると、目の前に総悟の健やかな寝顔があった。

「こっちだよ土方君」
馬鹿にしたような笑いを含んだ白銀の声。
異常に重い身体で首を反対に向けると、いつもの部屋のいつもの場所にいつもより鋭い目をした白銀が座っていた。

「総悟と一緒に眠らせてあげたから、過去の夢を見ただろう?」
「・・・・おまえか?」
「サービスだよ」
「・・・畜生、この変態野郎・・・。総悟の・・・総悟の人生を・・・・」
皆まで言えなかった。口も回らない。なにかおかしい。
己に鞭打って半身を起こし、ゆっくりと部屋を見渡した。出入り口には眼鏡。総悟よりどうかしたら年下に見える。こいつも攫われてきたのかは知らないが、毒のない顔をしながらも俺たちをここから出さないという意思が滲み出た表情をしていた。

それから俺は視線を白銀の方に戻して少し驚いた。
見たことも無い少女が白銀の隣にちょこんとすわっていたからだ。
色白で小作りの顔に総悟と似た蒼の瞳、赤味がかった茶髪を左右の丸い髪飾りで留めている。
赤いチャイナ服姿で銀時に寄り添うようにしているが、キョトンとしているようなところが総悟に似ているかもしれなかった。

「神楽だよ、スーパールーキーだ」
「なんだと」
「土方くんが総悟を連れ出そうとするのはもちろん予想していたけれど、はっきりと教えてくれたのはこの子だよ。総悟くんの力はすばらしいけどね、いかんせんムラがありすぎる。ムラというより一日一回しか働いてくれないんだもん。これじゃあボク親父のように高名な占者にはなれないよね」
「その子もお前がさらってきたのか」
「人聞きの悪い事言わないでよ。神楽は行くあてがないってんで引き取ってあげることにしたんだよ。受け皿としての能力も総悟にはかなわないけど立派なもんだから、商売繁盛まちがいなしだよ」
「てめえは・・・・金儲けの為に、そんなことの為に総悟を・・・・・。てめえひとりでできねえからって15年もこんなところに閉じ込めて!しかも・・・・せ、性的虐待してやがったんだろうが!」
「まったく口が悪いね土方くんは。当時俺は親父の調子が悪くなったもんで跡をつがないといけなかった。ひとつの街を支配するほどの能力をもっていた親父の跡をね。俺だって能力は負けないけれどいかんせん一人じゃ発揮できないもんでね、苦労したよ総悟くんを探すの。なのに本当に働きが悪いんだもの、こんなサボりっ子育ててあげたんだから感謝してほしいくらいだ」
「てめえ!」
俺は身体中に力を入れて白銀につかみかかろうとした。けれど起き上がっただけですべての体力を使い果たしてしまったかのようにもうどこも動かせない。反対にばったりと仰向けで床に倒れてしまった。
「うう・・・・畜生・・畜生!俺の身体に何しやがった」

ふ・・・うふふ・・・・。
白銀が我慢できないように笑う。

「これだけ色々教えてあげたんだ。もう二度と青空が拝めると思わないでね」

ぞくりとするほど美しい男だということに今気が付いた。

柔らかい銀の髪と肉食動物のような美しく光る赤い瞳、蝋のようなしっとりとした肌に薄く濡れた唇。俺が油断したいつもの退屈な顔じゃない。底なしにうれしそうな表情をするとこの男はほんものになるのだ。

全身にびっしょりと冷たい汗を感じながら俺が目だけで後ろを振り向くと、いつのまにか総悟が起きて目を擦っていた。
白銀の部屋に戻っていることに気づいて、「あーあ」というような顔をする。
もう一度白銀の方に視線を戻すと、驚くほど目の前にうつくしい顔があった。

「ねえ土方くん、いくら総悟くんと一緒に夢を見せてあげたといってもあんなにうまくいくなんてことは滅多にありえないんだよね。ボク実は土方くんにも力があるように思えてならないんだ。だけど土方君が素直に俺のいう事を聞いてくれるとは思えないからねえ・・・・。ナニ、仕事をするのは俺の念を受け取るだけなんだから、手も足もいらないよ。自分でなんにもできなくなったら、いう事聞いてくれるかなあ」
白銀は慇懃に俺の腕をとって目の前に掲げた。

混乱と恐怖で目の前がぐらぐらとする俺の鼻先まで顔を近づけて白銀は。

「ねえ、うちで住み込みバイトしない?ひじかたくん」

と、声を震わせて言った。
それは、まるで良いことを思いついた悪戯の子供のような顔で、革命前夜の己を純粋と信じる若者のようでもあった。





(了)





















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