ただ一年の安らぎ 
  H.25/2/06


(山沖)去年のつづき。2013アンパン誕生日企画。チェリー卒業。






「ぎゃーーーーーーーーーーーーっ」

真選組屯所中に響き渡る哀れな叫び声。
それは阿鼻叫喚。それは断末魔。それは、俺の・・・・・腹の底から出た絶叫。

「ひーっ、ぎゃーっ!!やめてえええ」
「逃げんなってザキィ」
「いたいいたいいたいいたいいいたいいいいいいっ!」

どたばたと屯所を縦横無尽に駆け回り、俺は沖田さんから逃げる。
沖田さんは普段の愛らしいでっかい目を般若のように吊り上げて、嬉しそうに俺を追いかけまわす。
ほんとうに本気で逃げているのに、沖田さんの身の軽さはケタが違っていて、俺はすぐに捕まって押さえつけられた。

「まーたやってるよ、あの二人」
「仲いいよな」

そんな・・・・楽しそうな・・・もんじゃ・・・なああああいっ!

沖田さんの右手が近づいてきて・・・・俺の、左手を。
「うっぎゃあああああああああああああ!!!!!」

「いてえ?痛ェの?」
ぐいぐいぐいと沖田さんの手が俺の左手を押す。つねったり指をぎゅうと握ったりされて、小便を漏らしそうなほどの痛みを感じる。
「い、いたいに決まってるでしょうが!鬼!!」
「うひゃひゃひゃひゃ!これくらい我慢しろってんだァ」
俺に覆いかぶさって俺の左手を握りしめる沖田さん。普段なら顔が赤くなるような体勢だが、今はもう痛みで何も考えられない。けど、ちょっといい匂いがする。
「やめて!本当にやめてください!痛い!痛い!」


一年前、運命の討入りの日に俺は事故で左手首から先をすっぽり失った。
天人の技術で見た目は昔どおりそのままの状態に戻ったが、空気に触れるだけでのたうちまわるほどの痛みもついてきた。
この痛みに一年耐えれば俺の左手は本物になる。厳密に言うと本物ではないけれど、本物と同じになる。
クローン技術の最々々々々先端みたいなものだと教えられた。自分の細胞には違いないのだが、普通クローンと言うのはいくら技術が進んでも10歳の人間を作ろうと思うと細胞分裂から始めて10年かかる。それを見た目だけ無理に作っておいて、1年で急いで中身も合わせるといったイメージの天人技術なのだそうだ。

そこはやはり無理がかかっているものだからその分の痛みが生まれるわけで、俺はこれに耐えなければならない。
本当なら左手なんていらないから切り落としてくれと泣いて頼みたいほどの激痛だったが、俺はこれを乗り越えなければならない責任がある。

その責任というのは。


「痛い!痛いですって沖田さん!」
「ちえーっ、なんでえ弱虫め。そんなんで<イタイイタイ我慢選手権世界大会2013>で優勝できると思ってんのかィ」
「ないからっ、そんな大会!」

沖田さんはこの1年、ことあるごとに俺の左手を攻撃して苛め抜いて来た。
なんなのこの人。
だって沖田さんだってこの痛みを知っているはずなのだ。それどころか傷は俺よりもずっとずっと広範囲で首から下全部。
左手だけ庇っていればいい俺と違って沖田さんは全身の痛みに耐えなければいけない。

俺と沖田さんは1年間真選組としての業務を免除されている。
だからこそ時間が有り余って仕方ない沖田さんが俺を追いかけ回すわけなのだが、何故この痛みの中安静にしてくれないのか。
痛みがマシになるという事は全くなかったが、時間を経て慣れた。声を上げるほどの疼痛を、ただ空気に触れているだけならば我慢ができるようになった。
なのに何故いちいちこんなところでドSを発揮できるのか。自分の全身が痛い時に良く人にこんな嫌がらせが出来るもんだ。

一度くらい仕返しにどこかぎゅうっと強く握ってやりたいのだが、俺にはそれはできない。
沖田さんは素早くて俺がどうこうしようとしたってするりと逃げてしまうし、なにより沖田さんは俺の命の恩人でそして事故の原因が俺にある真実を必死に隠してくれようとしたし俺の為に愛人の土方副長と別れてまで俺と運命を共にしようとしてくれた。
だから、俺は沖田さんにひどいことなんてできないしそこまでしてくれた沖田さんの為に俺は手首を切り落としたりしないで痛みに耐えぬいて1年を過ごすことに決めたのだ。


「山崎」 
気まぐれに沖田さんが俺から離れてどこかへ行って。ほっと一息ついていたら、背後から恐ろしい声がした。
振り向かなくても解る。真選組鬼の副長土方十四朗。

副長は、細い煙草をゆるく咥えて俺を見下ろした。
艶のある黒髪、不思議に色気のある眉間の曇り。細いけれど力強い眉の下に、感情の見えない透き通った群青の瞳。若い時は荒くれ者の真似事などしていたそうだけれど今は理知的に見えるクールな外見の副長。
だけれどもこの人は簡単に感情を爆発させるのを俺は知っている。沖田さんの事に関しては。

「これ、報告書まとめとけ」
短く言葉を切って俺に書類の束を渡した。
受け取る瞬間全身に緊張を感じる。
何事も無いように振る舞ってはいるけれど、副長は俺を殺したいほどに憎んでいるはずだ。
今こうやって書類ひとつを挟んで向かい合っていると、紙の束を通じて副長の怒りが俺に流れこんでくるようだ。
ばさりと、斬り捨てたいのだろうな、俺を。などと思いながら自室に下がった。

仕事を免除されているとはいえ、俺は左手だけを負傷したわけだから他は健康そのもの。
副長はデスクワークならやれるだろうと言って時々こうやって俺に仕事を回した。
やることがなくて暇なので助かってはいるが、俺は副長の顔を見るのがいつまでたっても恐ろしかった。

副長は今でも沖田さんを愛している。
誰が見ても解る。
副長がちょくちょく沖田さんを捕まえては言い寄ったりしているのを俺は知っている。
沖田さんはすげなく副長をつっぱねたりしているけれど、一年が過ぎて副長が気兼ねなく沖田さんの身体に触れられるようになると力ずくでまた懇ろにされたりするのかもしれない。

でも、それならばまだいい。
沖田さんは俺の怪我に責任を感じて、俺への負い目と愛情がごっちゃになってしまった。
だから一年前に俺と一緒にいたいと言って副長を遠ざけたのだ。
だけれどもそれは一時の感情。だって、なんの恋愛感情も持っていない俺から見ても震えがくるほどの男前な副長。ここ数年は大人の色気が加味されて、あの声で耳元に囁かれたら沖田さんでなくたって腰砕けになるだろう。

もう今頃は副長の下へ戻りたくなっているかもしれない。
あれだけ好きでいつも一緒にいた二人なのだ。俺が中に入って間を割くのは不自然に決まっている。
俺への負い目のせいで沖田さんは気づいていないけれど、きっと心の奥底では・・・。

「ザァーキッ」
どん、と背中に衝撃を受けて、背後が暖かくなった。
沖田さんだ。
「ザキー、ザキー」
「なんですか沖田さん。気持ち悪いから甘えないでください」
「なんでえてめえ、退屈だから遊んでやろうとしてんのにえらそうだなオイ」
「遊んでほしいのは沖田さんでしょ」
「生意気決定!左手チェックじゃ」
「きゃー!やめてください!」

どたばたと沖田さんと攻防を続けて、結局俺は身体能力の優れた沖田さんにまた抑え込まれて必死に左手をかばっていた。
これは笑いじゃない。誰にもわからない何にも例えられない痛み。強いて言えば皮膚を全部剥いておろし金でざりざりと傷を擦りおろされるような感じかもしれない。

俺が右手で左手を庇ってぎゅうと目を瞑り身体を固くしていると、やがて俺に覆いかぶさった沖田さんが動きを止めた。
どうしたんだろう。
うっすらと目を開くと、目の前に沖田さんのかわいい顔。
まったく感情の読めない表情。
さらさらの茶色い髪と、赤よりももうすこしマットな日本画の絵の具のような蘇芳色の瞳。
ぱちんと瞬きをしたのを境に、全くの無表情がなにか俺に訴えているような顔になって、俺はなんだか沖田さんの唇が欲しくてたまらなくなってしまった。

あの事故があるまでは土方副長の恋人で高嶺の花で、まあ性格が悪いからお断りなんだけどもちろん俺なんか眼中に無くて一生こんな風に触れ合うことなんて無い人だった。
その沖田さんが俺の上に乗っかって、てか俺を苛めてるだけなんだけどそれでもこうやって少し愛情のようなものを感じられる顔をされると、なんだか俺は小さな奇跡を見るような気になった。

いいだろうか。
このまま沖田さんにキスしていいのだろうか。
副長のものだった沖田さんに、キスをしていいのだろうか。

だけど。
沖田さんがゆっくり瞼を閉じた時、俺は痛くないほうの右手で沖田さんの肩をそっと押した。
沖田さんは全身が天人製。どこを触っても痛いのだけれど驚異の精神力でそれを表に出さない。
閉じた瞼を開いて、肩を押す俺の顔を哀しそうに見るのをもう少しだけ強く押して俺の上から退かせた。

「ザキ」
「・・・・」

この一年間こんな状況になることは良くあった。
じゃれあっているうちに偶然、沖田さんの故意のようなものを少しだけ感じることもあったけれど、俺は決定的な行為をするのをいつも避けてきた。

だって、沖田さんのこの気持ちは間違いなのかもしれないから。
沖田さんはなんにもひとっつも悪くないのに俺に負い目を感じて同情してそれが愛情だと思ってしまっている。馬鹿だから仕方ないのかもしれないけど、きっとほんとうの愛を思い出す時がくる。
俺が沖田さんに手をだしてしまって沖田さんに溺れたら、すぐに副長と比べられるだろう。比べてやっぱりあっちが良いとなったら、沖田さんはどうするだろう。

俺がいたたまれない気持ちでゆっくりと半身を起こすと、沖田さんはなんだか俺を冷めた目で見つめて言った。

「ザキ、手ェ色変わってきてんぞ、薬湯いこうぜィ」






屯所の風呂場が増築されて、通常の湯船の奥に薬湯風呂が作られた。
美しいエメラルド色をしているのだが臭いがいただけない。地球でいうところの薬草風呂らしいのだがとんでもなく臭い。あまりに臭いので、通常の風呂とは壁で仕切られていてサウナの扉のようなものを通って行く形になっている。

そして俺たちは、この風呂に必ず一日に一度は入らなければならない。

天人製の肉体は完全に自分のものになるまで非常にデリケートで、時間が経つと血の巡りが悪くなるのか色が変わってくる。最初うっすらと青くなってそのまま放置すると緑色になって腐ってしまうのだ。
痛みも尋常じゃなくなってショック死する者もいるらしい。
だから俺たちはいつもこの薬湯に二人で入っていた。
俺は手首を浸けるだけでいいのだけれど、小一時間は浸かっていないといけないので身体ごと入る。
沖田さんはもちろん全身なので首から下全部ちゃぽんと浸からなければならない。長時間なのでかなりぬるめの湯にしてあった。

「うー、くせえなあ」
真っ白いタオルを行儀悪く湯に浸けて丸く空気を入れて遊んでいる。
風呂に入っているときはとても大人しく良い子にしているのをいいことに俺は良く沖田さんの身体をじろじろ見た。
俺の左手首もそうなのだけれど、まったく違和感がない。首のつなぎ目もなんの痕も残っていなくてまるで普通の健康体のようだ。
やはり俺と同じように少し血色が悪くなっているが、真っ白な皮膚に湯の玉がぷりんと弾けそうに乗っている。肩が湯から出たり入ったりする間に色のついた湯がさらさらと肌を流れて綺麗な鎖骨に溜まっているのを見ると、さすがに目のやり場に困った。

俺の手は、薬湯に浸かっている間はまったく痛みが無い。
湯から手を上げるとやはり痛いのだが、だからといって浸かりっぱなしというわけにはいかない。
空気に触れさせないと治癒しないのだそうで、こればかりは仕方ない。

風呂の中でなら、強く抱きしめても痛くないだろうな。

そんな考えが浮かんで、この一年が終わるまではただ一人一緒に薬湯に入っている俺だけが沖田さんを抱きしめられるんだなと思った。
思いながらぼーっと見ていると、沖田さんがすいすいと寄ってきて両手の中に湯を挟み、ちーーと飛ばしてきた。
「やめてくださいよ、くっさいんだから!」
右手で顔にかかった薬湯を必死に拭っていると、湯の中の左手が沖田さんにぎゅうっと握られた。
あ。と思って目の前の沖田さんを見ると、にやああと底意地の悪い顔になってそのまま俺の左手を湯からゆっくり引き上げた。

「いってー!いってーーーー!!!いいいいいってえええええ!!!!!」

風呂場に哀しく響き渡る俺の声。
この一年間はこんな毎日で、沖田さんと一緒にいられるのは悪くなかったんだけど本当に毎日左手を苛められて尋常じゃなく痛かったし、完治した時の沖田さんの心変わりが怖くてでもそれがあたりまえだって解ってるから、俺はずっと地に足のつかないフワフワとした気持ちでいた。


その毎日が終わりを告げたのはずいぶんいきなりで、今年に入って数日たったある日。
つまり、あとひと月であの事故から一年が経つという寒い朝だった。

俺が布団で目を覚ますと、顎の下に薄茶色のさらさらを感じた。
寝起きで寝惚けていたので「ああ、沖田さんだな」と思って、まったく子供みたいに人の布団にもぐりこんで・・・・などと考えながら数秒経った。
いや、違うだろ。

「ちょっ・・・・!!ちょっと沖田さん!!どうしたんですかマジ困るんで出てってください!」
こんなとこ副長に見られたら殺されるよホント!
焦りながらなんとか沖田さんを蹴り出そうとしてはたと気が付いた。
左手・・・・握られてる!!!!

「っわーーーーーーーーーーー!!!!!」
ほんとうに布団から沖田さんを突き飛ばして左手を振りほどこうとした。
「んん・・んぅ・・・」
ねぼすけの沖田さんもどうやら起きたようだ。でも俺の左手はぎゅうと握ったまま。
「ちょ・・・ちょっ・・・離して!手、手ェ離してください!痛い痛い・・・・いた・・・・」

あれ?

ぜんぜん、痛くなかった。

昨日まであんなに痛かった左手が、沖田さんに手を握られてもピリともしない。
俺は、沖田さんの手付きの左手を顔の前までもってきてまじまじと見つめた。

「おきたさん・・・」
「んにゃー」
「沖田さん!!」
「・・・んん・・・」
「沖田さん起きてください!俺、俺・・・手、痛くないんです!」

がば!と寝起きの悪い沖田さんが腹筋で起き上がった。

「沖田、さん?」
「いたく、ねえ?」
「え」
俺の目の前にかわいらしい顔を近づけて二人の手を顔の前に持ってきて、更に更にぎゅううっと握った。

「ほんとに。ほんとに痛くねえの」
「え、はい、なんか、痛くないです」
「ほんとに?これも?これも?」

沖田さんはなんかよくわからない表情で俺の左手を握り込みつねったりひっかいたり指を後ろに倒したりした。
「いって」
「いてえの?」
「いや今のは普通の手でも痛いでしょ」
「いたく、ねえ・・・・の」
「はい、たぶん」

ぽろりと沖田さんの目から涙がこぼれた。
そんなにも俺が治って意地悪できなくなるのが哀しいのだろうか。

そんなわけない。

「沖田さん」
「・・・ほん、とうだな。お前ほんとうに、いたく、ねえんだな?」
「本当です。本当に痛くないんです。治りました沖田さん。沖田さんは?」
「ぐす・・・俺は・・・まだ、いてえ」
「そうですか、俺の方が範囲が狭いからですかね。早くよくなった」
「ううう、う」

「沖田さん、俺のことずっとずっと心配してくれていたんですね。毎日毎日俺の怪我の様子を確かめてたんですね」
早く治れ早く治れって、思ってくれていたんですね。

やり方ちょっとSだったけど。

「ザキィ・・・・」
「沖田さん」
「ぐす」
「俺ね、もう本当に大丈夫です。だからもう心配しないでください。俺なんかの傍にいる必要はもうないんです」
「え?」
「本当は俺が全部悪いのに、沖田さんは俺に責任を感じて副長と別れて俺のところに来てくれたでしょう」

「ハァ、何言ってんのお前」
俺が急に何を言い出したのかわからないのだろう。沖田さんは驚いているような怒っているような表情になった。
俺はつい俯いてしまう。

「俺はね、沖田さん。い、一年でも沖田さんに優しくしてもらえて満足です。もうずっと怪我のせいで触れることもできなかったけれど、それでも一緒にいられるのはなんか特別ボーナスみたいに・・・俺にとって幸運でした」

だから、もう・・・副長の元へ戻ってください。

こう言うのが自然なんだと思ってきたのだけど、なんだか続きを言うのが嫌になって顔を上げると沖田さんがいつもの無表情になって俺を見ていた。
それからぼたぼたぼたと信じられないくらい大粒の涙を大量に流してそのままじっと動かなかった。
「沖田さん・・・」
たまらなくなって俺が声をかけると、やっとぴくりと動いた。
けれどなんだかその顔は俺が見たことの無い沖田さんで、まるで怪談話を聞いたあと実は恐ろしいけれどそれを押し隠しているような仮面を見ているようだった。

のろりと沖田さんが立ち上がって。
何にも言わないで部屋を出てそのまま立ち去ってしまうまで俺は何も言えなかった。

「おきたさん」

俺は、今更なにかを悟ったような気がして、それから取り返しのつかない間違いを犯してしまったことを知って後悔した。





それからひと月間、沖田さんはもう俺にチョッカイをかけてくることは無かった。
あれだけ暇を持て余していた悪戯者が、どこで何をしているのか屯所の中にいるには違いないがドタバタとうるさいはずの足音が聞こえない。
それでも昼飯どきには食堂に顔を見せたり俺を誘いには来ないけれど薬湯にはきちんと入っているようだった。
ただ俺には話しかけないしこの左手を嬉しそうに虐めることをしなくなっただけ。

「総悟はお前の左手を心配していたからな。それが治ってもう安心したんだろうよ。所詮おまえは総悟にとってそれだけの相手ってことだ」
俺の部屋に資料を持ってきて指示を出しながら副長が傲然に俺を見下ろした。
副長の煙草の煙が今日はやけに邪魔だなと思いながら、俺が何も言っていないのにいらないことを言いやがってと心の中で毒づいておいた。

そうしてなんだかんだで今日は2月6日、つまり俺の誕生日。あの忌まわしい事故から目覚めてきっちり一年がたったわけだ。
俺が痛みから解放されると約束された一年。沖田さんが俺という縛りから逃れられる一年目。
実際俺はもう少し早く一抜けしたわけなんだけど、そんなことは関係ない。「感慨深い」などという薄っぺらい言葉ではとても言い表せない想いでこの日を迎えた。
天人の医者に俺と沖田さんが並んで診てもらう。俺はもうあと数か月薬を飲めばいいだけになっていた。
沖田さんは、医者の定期検診の時いつも俺が部屋を出てから服をすべて脱いで診察を受けていてもちろん今日も先に俺が追い出される。
ぼそぼそとした医者の声が聞こえて、そのあと沖田さんのやっぱりぼそっとした「いたくねえです」という声が聞こえた。
それからも同じ受け答えが続いていたようだが、俺はすぐにその場を離れた。
局副長に仕事復帰の許可が出たことを伝えて自室に戻る。局長の話では、来週から半日ずつ徐々に隊務に戻ることになっているらしい。
もう何もどこも痛くないのだからそこまで配慮してもらう必要もないのだが、まあいいじゃないかという局長に押される形で了解した。

部屋に戻るとこんどは沖田さんが呼ばれたようで、まあ多分俺と同じような会話が成されたのだと思う。
沖田さんが出てくるのを待っていたけれど、部屋には戻ってこなくて俺は一日中沖田さんを探した。
談話室で見たという話を聞いてそちらに行ってみれば中庭で楽しそうに暴れていたと言われ、追いかけると厠だの食堂だのもう一歩のところで敵を逃がした。しまいには風呂場に行ったと聞かされて行ってみれば、奥の薬湯風呂が無残に壊されてびゅうと湯が噴き出ていた。
そこまでこの臭い風呂が嫌だったのかと思いながら日中追いかけるのはやめて、沖田さんの部屋で待ち伏せすることにした。

夜になって俺が天井裏から覗いていると、沖田さんが襖を開けて入ってきた。
きょろきょろと俺がいないかどうか見渡して用心深く万年床にすべりこむ。薬はどうしたんだ、この様子じゃあこれまでも結構飲むのサボっていたんだろうなと視線を上にやって考えていると、「とうっ」という声と共に、俺の喉首すれすれに天井板から刀が突き出て来た。
「うわっ」
焦って下を覗くと、沖田さんが部屋から出て行こうとするところで、俺は慌てて飛び降りて廊下に一歩出た沖田さんの右手首を掴んだ。
「アッ」
ぐいと引いてその身体を部屋の中に引き入れて部屋の戸襖を閉める。
「沖田さん・・・・右手、痛くないですか」
「な・・・・なに・・・」

俺は、右手を放して驚いている身体をうしろからぎゅう、と抱きしめた。
ビクリと震えるあつい沖田さんの身体。緊張しているのは明らかだった。
「ひ・・・な・・・お前っ・・・」
「抱きしめても痛くないですか?」
「なに・・・・なに・・・」
今度は俺が聞く番だ。
「俺、知りたいんです。沖田さんの身体がもうどこも痛くないのかどうか」
「う、うるせえ!お前・・・なんか・・・」
前に回した両手で沖田さんの夜着をはだけさせ、直になめらかな肌に触れた。
「やっ!」
ああ、幸せだ。

「痛くないですか?」
「い、痛くない・・・痛く、ねえっ!」
「ここは?ここは?」
俺は沖田さんの胸をあちこちまさぐってその感触を楽しんだ。
外気は冷たいけれど沖田さんの身体は少し汗ばんできて、俺の手が離れるのを止めるようにしっとりと吸い付いた。
「ここは?」
俺が両方の胸の突起をきゅうと摘むと、大きく身体が震えた。
「んっ・・・・・・や・・・痛ェ・・・」
「痛いですか?おかしいなあ。これはもう少しあの風呂に入らないと駄目でしょうかね」
「んんっ・・・やめ・・バッ・・・カ、アッ!」
くにくにと優しく揉んでやるが沖田さんは逃れようとして肩を大きく捩じって暴れる。
「本当に痛いんですか?ねえ沖田さん」
「ンッ・・・んふっ、い、いて・・・」
中指で押し込んで上下にすばやく動かす。沖田さんの口から咄嗟に抑えられなかった嬌声が漏れた。
「ひゃああ」
「痛い?痛いですか?心配ですね」
「やっ、やあ・・・いた・・いたく、ねえ」
「痛くないんですか。じゃあ・・・気持ちいいですか」
「やだ・・・や・・・い、今更・・・今更・・・やめ・・」

ごめんなさい沖田さん。

俺はすさまじい色香が立ち上る目の前の首筋に顔を埋めた。
「ヒ」
「俺が臆病で不甲斐ないせいで、沖田さんに寂しい想いをさせてすみませんでした」
「ばか、お前なんか!誰が!」
ぶるぶると震えているけれど、抱きしめる俺の腕を無理にほどこうとする動きは無い。沖田さんはなんだかんだで俺よりも強いから、ほんとうに嫌なら俺を殴ってでも逃げるはずだ。

「ほんとうにすみません。今から言っていいですか?」
「ばか!遅い!遅い!」
「好きです沖田さん」
息を飲むように固まる沖田さんの袴の腰紐をほどいて脱がせる。袴が床にばさりと落ちてはじめてそれに気づいたように沖田さんが身じろいだ。
柱に身体を押し付けて首筋を強く吸い上げる。まだ少しおこがましいような気もするがここでひるんではいけないとえいやで下着をずらせ、沖田さん自身を優しく握った。
「うう、うっ」
「ここ、痛くないですか?」
「うううっ」
ぬるぬると扱きながら羞恥を煽るように囁く。もう全身どこも痛くないと解っていながらそれでもやはり聞いてしまうのは、俺だって沖田さんの事をずっと心配していたから。
「ちゃんと勃起するかどうか、沖田さん心配でした?」
「なにっ・・それ、キモい・・」
「今まで全身痛かったからオナニーなんてできなかったでしょう?ね、一緒に、確かめましょうね」
「ひ、お前・・・誰っ、ア!」
ものすごく熱い沖田さんが俺の手の中であっという間に芯を持ち始めて思わず口の端が上がるのをぐっとこらえてこらえきれず。
「ホラ、もう固くなってきましたよ」
「んっ、んっ、ああ・・・」
「大丈夫、ちゃんと機能しますね。ぜんぶ元通りだ」
包皮ごとごしごしと強く擦って亀頭をくすぐるように刺激する。びくびくと震えながらだんだん質量を増すそれをリズミカルに小刻みにせめながら、左手で沖田さんの顎を後ろから強く掴んだ。
顎を上向かせて人差し指と中指を口の中にぐいと突っ込むと、我慢しきれない声が淫らに漏れ始めた。
「あ、ああっ、ん、ぁあっ」
「どうですか?いいですか」
「やっ・・や、やあっ」
「勃起したって気持ちよくなけりゃあ意味がない。良いなら良いって、・・・言ってください沖田さん」
「ん、はあっ、やあ!」
ぐじゅぐじゅと擦るとどんどん濡れるペニス。沖田さんは、一生懸命我慢してイかないように俺の指を噛みしめた。
「いいんですよ、気持ち良ければイってください」
次第に早める俺の手の動きに沖田さんは確実に翻弄されている。次第に絶頂へと向かっているのだけれどそれに負けまい負けまいとして、更に強く俺の左手の指に歯を立てた。
「アッ・・・沖田さん、俺の左手がまだ、痛い!」
その声を聞いてうっかり沖田さんは歯を食いしばる力を一瞬抜いた。本当に俺を心配してくれているんですね。ごめんなさい、嘘です。
瞬間俺は力の抜けた沖田さんの隙を突いて、鈴口の部分を強く擦った。かり、と音がするくらいに。

「ヒッ、あぁあああああっ!」

びゅくびゅくと勢いよく精を吐き出して達する沖田さん。自慰もできなかったからやはり溜まっていたのだろう。ずいぶん長い事白濁を放出し続けてようやく果てた。


 




「はあ、はあ・・・ン・・やま、ざっ・・・き」
沖田さんはこちらをむこうとしたけれどそれを許さず、べとべとになった右手で沖田さんの尻を割り、菊口をあやすようにほぐしてやる。
「まさか・・・お前」
「沖田さん」
ゆるゆると円を描いてつぷりと中指の先を入れた。精液で濡れた指はいとも簡単にずぶずぶと中へと進んで行く。
「や、やめ・・・」
「沖田さん、ごめんなさい。俺ね、沖田さんが俺の傍にずっといてくれたのに俺は素直じゃありませんでした」
「ん、な、なに」
指をゆっくりと抜き差ししながら話しかけるのを、沖田さんはいきなりすぎて追いつけない。
「元は副長の良い人だからあっちに戻るべきだなんて思ってもいないことを言ったりして、ほんとうにすみません。俺の怪我に責任を感じたから隣にいてくれるだけだなんて卑屈な考えでした。きっかけなんてなんでもいい」
沖田さんは今俺に夢中だ。夢中なんだ。

どれくらい弄ったら解れるのかなんて俺にはわからない。男どころか俺はセックスも初めてなんだ。
でもとにかく我慢ができないものだから、急いで前を開けて臨戦態勢の己を掴みだす。
沖田さんの下着はもうとっくに床に落ちていて下半身素っ裸なのを右太腿をつかんでM字に持ち上げた。
「沖田さん、俺はじめてなんで、へたくそだったらごめんなさい」
「おまっ、なん・・・んっく、くあっ」
こんなところに入るのだろうかとおもったけれど、案外すんなりと先が入った。処女じゃないからかななどと思うのは俺が下世話なのだろうか。
片足だけで踏ん張って、伸び上がりながら逃げようとする腰をつかまえてぐんと進んだ。途端に俺の気持ち良い部分がぬっくりとした弾力にきつく包まれる。
「んっ、う・・・・あ、沖田さんっ・・・中、すごいです」
「んはあっ・・・やっ・・・ざ、き・・いや・・・おおき、い」

あまりの気持ち良さに無理に全部自分を押し込んでしまった。沖田さんは小さく息を吸って震えている。
「入った・・。い、いたくないですか?沖田さん」
「ば、ばかっ」
「あ、すみません。これはその怪我の話じゃなくて、中・・、大丈夫ですか?」
「バーロィ・・・き、くなって・・・んだ」
相当恥ずかしいのかとうとう目尻に涙が浮かんでいる。ああ、正面からこの顔を見たい。
沖田さんも何か思ったのか、きゅ、と俺を抱きしめる内壁が狭くなった。
「ウッ」
まさか達してしまうわけにはいかないので俺は半分ほど己を抜いて一息ついた。

「すみません沖田さん、いきますね」
再びずぶりと突き入れる。自然に腰が動いてゆっくりと抜き差しを始めた。
抜いて入れる度に沖田さんが大きく広がってその度に具合良く吸い付いてくる熱い壁。
感じているのかどうかなんてわからないけれど、沖田さんの荒い息と抜こうとするときに惜しむようにからみついてくるこの感触が、俺の興奮を否応なしに燃え上がらせた。
「はっ、はっ・・・沖田さん・・!」
「ンッ、ンッ、アハッ・・」
「はあっ、はあっ」
「ア、ア、アハ・・ン・・はぁっ・・・」
すぐに俺の先走りでぐしゅぐしゅになってとにかく今以上の速度でコスりつけたくて、動物的に腰の動きを速める俺。

「ヒ、ひいっ・・・いやあっ」

沖田さんは柱に顔を押し付けて左手を腰に置いた俺の左手に添えている。右手は土壁に万歳をするようにぺったりつけて右足を抱え上げられた状態なのでまるで壁にはりついているようだ。
とにかく気持ち良くてたまらない。
締め付けの強さに気が遠くなりながら、ただ快感を追って腰を打ち付けていたけれど、またイきそうになってぐっと堪えた。そうしてはじめて沖田さんの良いところはどこだろうと思ってやみくもに色んなところをめがけて突き上げをはじめた。
「あっ、いたっ・・・やあっ!いや!いたい!」
すみません沖田さん!俺わかんないから・・・。
「やっ・・・ザキ・・・それ、それ嫌!もういいから・・・っ」
痛みの為かぼろぼろと涙をこぼす沖田さん。ああ、こんな表情も色っぽい。

しばらくいろんな角度で責めてみたけれど、色のある声を聞けなくて仕方ないからもう自分だけが気持ち良いやり方に戻ろうかと思った時、沖田さんが壁にぴったりつけていた腰を俺に応えるように少し突きだした。
途端沖田さんは「アアっ!」と呻いて唇を噛む。

ここか。この、角度か。

夢中になっていた頭が少し冷めたので息子の方もなんとか耐えた。
俺はやっと見つけた沖田さんのGスポットめがけて力いっぱい腰を打ち付けた。
「イ、ひいっ!」
びくりと震える白い身体。構わず腰を最大限に使ってこれでもかと摩擦を繰り返すと沖田さんの桃色の唇はだらしなく開いて、鮮やかな色の舌が切なげに揺れて見える。
どんどん動きを速める度に、漏れる嬌声がこれまでのものとはまったく変わって、意識を保っていられなくなっているのが解る。

「ああ、ああっ、はあぁ・・・んはあっ」

ああ、俺のこの肉棒で、沖田さんがどうしようもなく感じている!
そう思うと、たとえようもない快感と幸福感で、俺はおかしくなりそうだった。

はあ。
はあ。
おき、
おきた、さん。

我ながら変質的だなと思いながら横を向かせた沖田さんの右ほおを舐め上げて耳たぶを噛んだ。
「ん、はあっ、は、ザキ・・ザキ・・・もっと・・・!」
左足をいきなり掬って完全なM字になる。上半身を壁に預けているのでそれほどの重みは無い。
だが俺を受け入れている沖田さんはある程度の自重で深く繋がったのに大きく喘いでむせた。
「かはっ・・んん、はっ・・はっ」
えぐるように腰を回して腿を掴んだ両手で赤子をゆさぶるように小刻みに揺すって落とした。
沖田さんは大きく叫んで俺の肩に頭を仰け反らせる。
赤く色づいた乳首が目に入って思わず右手を離してそれをぎゅうと掴んだ。
「やっ、きゃああああ!」
強く、締まる。

駄目だ。
沖田さんの髪も、頬も、肩も乳首も腕も腰も陰茎も尻も腿も足首も・・・目に入ったところすべて愛撫したくてたまらない。俺のものだ。ぜんぶ、俺のものだ。

再び立ち上がった前を慰めてあげることもできず、ただ必死に腰を打ち付けた。
沖田さんの嬌声が鼻から抜ける泣き声のようになって、もう限界だなと思った。
俺も、俺ももう・・・・。

「ん・・沖田、さん。ねえ、聞こえます?イきましょう。ね、一緒に、イきましょう」
「ん、んあっ、はあっ・・・は」
聞こえているのかいないのか、伸びあがった右手の中三本で、古臭い砂壁をざり、と掻く。ぱらぱらと緑の砂が二人の膝に舞い落ちた。
白く綺麗な指なんだけど、沖田さんの短く切りそろえられた爪が幼さを感じさせる。きっとあのしとやかな姉に身だしなみの心得を教えられたのだろう。

指の腹が、砂壁で傷ついたりしていないかしら、などと考えながら耳の中に舌をさしこんでくすぐって。
フッと息を吹き掛けて俺は掠れた声で囁いた。

「イッて・・・・沖田さん」

ビクン!と殊更強く仰け反って、沖田さんは大きく痙攣した。同時に触れてもいない前から二度目の放出が始まった。

尻の中も限界まで収縮し、俺を・・・締め、付ける。

「ウッ・・・クゥッ、ああ、すみません、な、なかに・・・中に出して、いい、ですか」
「あっ、やあ!やめろっ・・」
「駄目だ…まに、あわない・・すみませんっ!」
間に合わないもなにも抜くだけなのだが、もう初めて感を出しまくってごまかしてしまった。
だってこのまま中で爆発したかったから。

「うううっ」
出てる。
俺の精が、沖田さんを俺の形に広げきったまま、最奥に向かって勢いよく放たれている。
種付けの、男にとって本能の悦び。
究極に気持ち良かった。

「ん、はあっ、はあっ、はあっ」
繋がったまま大きく肩で息をしていると、やっと痙攣のおさまった沖田さんが涙目で後ろを必死に振り返って、
「き・・・きす・・・して・・」
と小さく呟いた。

俺は、もう感いっぱいになって、透明な唾液でぺとぺとのかわいらしい桃色の唇に夢中で吸い付いた。








翌朝、俺たちはまだ一応療養中なのでなにをするでもなく屯所で過ごしていた。
あれから沖田さんはなんだかすごく怒って俺を部屋から蹴り出したので一緒に朝を迎えることはできなかったんだけど、まあ次無理矢理同衾すればいいだろう。

仕事がはじまるまで目いっぱいイチャイチャしたくて沖田さんを探したんだけど、どこにもいない。
ふと廊下を歩いていると、何か言い争うような声が聞こえた。

予感がして急いで物音をたよりに風呂場に辿り着いた。
夜番の隊士たちが入浴する時間帯も過ぎて脱衣所はもぬけの殻。そこに、沖田さんと、土方副長がいた。

「もういいだろうが」
苛々したような副長が沖田さんの肩を掴もうとしてするりと逃げられる。

「なにがですかい」
きょろんと見上げる大きな瞳。
あの目から昨日は俺の愛撫で感じて涙を流していた。

「お前も山崎も怪我は完治した。だからもう気が済んだだろう。俺のところへ帰ってこい」
「ハァ?わけわかんねえ、俺ァ俺の好きなようにやるんですから」
「あ?俺は一年待ってやったんだぞ」
「別に待ってくれなんて言ってやせんぜ。アンタのお好きな花街の女郎のところへでも行けばいいじゃあねえですか」
もう遠慮などしないと言う風に沖田さんの手を今度こそ強くつかんで副長が鼻を鳴らした。
「妬いているのか」
「的外れもいいとこでさあ」
思いきり振りほどこうとして敵わないと思ったか、沖田さんは頭突きでもかまそうとするかのような構えを見せたが、副長がそれを制してもう片方の腕をも掴む。

「沖田さんに触るな!」

思わず声に出してしまった。
いけない。
仮にも真選組鬼の副長に対してこの暴言。

掴んでいた細い腕を離して、副長がゆっくりと振り向いた。

「ああ?今なんつった?山崎」

副長の長身から立ち上る怒りのオーラ。
真っ黒の艶のある短髪と、眉目秀麗という言葉がこれほど似合う人間もいないと思うほどの男前。白磁の肌だが女っぽいというわけでなく、理知的な面と暴力的なところが程よく同居して、今は後者が大きく秀でている表情。
ぎらりと光ったこの瞳に射抜かれて平気な平隊士などいない。原田や永倉だってひるむだろう。新隊士などはビビってチビってしまう輩もいるんじゃないだろうか。
俺だって副長のこの目を見てまともに言い返せたことなんて今まで一度もなかった。
今だって、副長まで数メートルあるというのに、まるで鼻先に飢えた狼の生臭い息を吐きかけられているような恐怖だった。

「オラ、もっぺん言ってみろってんだ」
一歩、俺の方に踏み出す副長。
思わず俺はじり、と後ずさった。
後ずさって視線が沖田さんと絡み合った。沖田さんはなんだか読めない表情で俺の顔をじっと見ている。

俺は、昨夜の夢のようなひとときを思い出した。
沖田さんの気持ちと、俺の気持ち。
この一年の苦しみと、沖田さんがそばにいてくれた安らぎ。

俺がここで副長に宣戦布告するとどうなるか。
マジで殺されるかもしれないし、勝てるわけもない。

だけど俺は、ここで男にならなきゃあどうしようもない駄目人間だ。



ぎゅうと沖田さんにもらった左手を握りしめて。

ある決意をもって、俺はまっすぐに副長の顔を、見据えた。





(了 ハピバスデ。ザキヤマ)


















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