ただ一日の安らぎ H.24/02/07 |
(山沖でもなく土沖でもない)2012年アンパン誕生日企画。あえて!アンパンの匂いを一切させませんでした。ジェットコースターすぎる展開。 「命が助かって良かった」 そう言う近藤局長の声が聞こえる。 俺はしぱしぱと目をしばたたかせて辺りを見た。 ここは屯所。屯所の俺の部屋。 俺の目の前には沖田さん。物珍しそうな顔で俺を見ている。 じいと見つめられてものすごく居心地が悪い。 局長が仕事があるからと立ち上がり部屋を出て行って、俺達は二人きりになった。 「あの、副長は」 俺の仕事はほとんどが土方副長の命令の元に動いている。何か事故があったりしたらまず副長に報告するし、副長も必ず俺に確認する。 なのに、俺が目覚めた時に副長の姿が見えないというのはどういうことだろうか。 「土方さんはァ、巡回」 沖田さんが欠伸をしながら言う。 さっきまでくりくりとアニメの続きが気になる子供のような目をしていたのにもう俺に興味が無くなってしまったのだろうか。 「あの、沖田さん」 「なんでぃ」 「えーと、俺、本当に覚えてないんですけど、本当ですか?」 「別に嘘だってんならそれでもいいじゃねえかィ」 「いや、嘘だって言ってるわけじゃありませんけど」 俺はまじまじと自分の左手を、見た。 先週、俺は沖田さん率いる一番隊と共に不逞浪士の大型組織のアジトに討ち入りした。 奔放に、兎みたいに縦横無人に飛び回る沖田さんを俺は必死に追いかける。 必ずペアで行動することになっている。俺は沖田さんを見失っちゃ、いけない。 だけど、沖田さんは俺なんていないみたいに好き勝手に走りまわった。 「ザキィ、テメーは正面玄関ででも待ってなァ!」 ノリノリの沖田さん。返り血を頬に浴びて、きらきらと輝いていた。 しかし冗談じゃない。そんなことをして沖田さんを一人になんかしたら副長に殺される。 必死に追いついて自分に斬りかかって来る浪士を倒し、馬鹿兎を見失ってはその姿を探した。 そして。 ここからはもうほとんどあやふやなのだが、俺と沖田さんは攘夷浪士の仕掛けた爆弾によって爆発に巻き込まれたらしい。 結構な規模の爆発だったらしく、局長の言うとおり確かにお互い命があっただけでもありがたいと言うものだろう。 そして俺の記憶はいきなり現在に飛ぶわけなのだが、俺とこの目の前の馬鹿兎の差は一体なんなのだろう。 俺は包帯に包まれた左手を更にまじまじと見た。 あれから一週間。 今日は2月6日だということだ。 あっというまに、俺の知らない間に一週間が過ぎ去った。 本当にどうでもいいけど今日は俺の誕生日だ。 誕生日にこんなおもしろい話が聞けるなんて。 俺と馬鹿兎の差、というのは。 まったく同じ爆発に巻き込まれたのに、討ち入りの中、手前勝手に飛びまわりまくったこの目の前の沖田総悟一番隊隊長は完全なる無傷。 そして俺、監察の山崎退は、左手首から先をすっぽりと失ってしまったというのだった。 左手首から先を失った。 そう言えば簡単だが、俺には全く実感がない。 さっき目覚めてから、局長直々にその話をしてもらったが、正直「はぁ、そうですか」というものだった。 だって、包帯の下に手らしきものはある。 今は感覚が無くて動かすこともできないけど、しっかりと手の形をしたものがあるのだ。 局長の話によると、まったく無くなってしまった俺の左手は、天人の技術ですっかり元通りになったのだそうだ。 見かけ上は普通の手と変わらない。けれどもまさしくそれは作り物で本当の肉体ではないのだそうだ。 きちんとくっつけば感覚も本物と同じように戻ってきて普段はまったく手首が無くなってしまったことなんて忘れていられるようになるという。 ただ。 俺はごくりと唾を飲み込んで、左手の包帯をそろそろと取ってみることにした。 俺のすぐ横にいる沖田さんが少しだけぴくりと動いた。 ちらりと見ると、なにか緊張しているのを隠すような表情。 珍しい。 沖田さんの無表情はいつも鉄壁で、機嫌の悪い時とか敵をぎろりと睨み上げる時以外は本当に何を考えているかわからない。 だけど、今俺が包帯を解こうとした瞬間だけ、ぴり、とした何かを沖田さんの無表情に感じた。 なんだろう、天人の技術で作られた肉体に興味があるのだろうか。 どきどきとしながら包帯をはずす。 果たしてその白い布の下には、今までの俺の手となんら変わりの無い物体がそこにあった。 と、思ったのは一瞬。 「う、ぐ、あ、あ、あ、あ・・・・ああああああああああぁああああっ!」 いきなり襲った激しい痛みに俺は絶叫し、のたうち回った。 俺、俺の左手はどうなっているんだ。 左手が焼けるように熱い。 まるで左手首から先の皮をそっくりつるりと剥いてしまって、その真皮ごとなくなってしまったむき出しの筋組織に無数の針を突き刺したみたいだった。 痛い。 痛い。 痛い!! 「ああああああ、ひ、ひ・・・たす、助けて!!!」 突然、がばりと俺の身体に何かが覆いかぶさった。同時に「ううっ」と呻く声。 息もできない痛みの中でその何かを見上げると、それは沖田さんで。 「ザキィ!」 のたうちまわる俺を必死で押さえる沖田さん。 でも、そんなことで痛みが治まるわけでもなく。 「うああああああああああっ、痛い!痛いいいい!!!」 空気に触れているだけで痛かった。 まったく前と同じ俺の手!?そんなわけがなかった。俺のこの左手はまったく悪魔のように俺の痛覚を激しく攻撃した。 ぐるぐると、沖田さんが俺の左手に包帯を巻いて行く。 「我慢しろぃ、男だろうが!」 ぐるぐるぐるぐる。どうりで包帯が分厚いと思った。 これは、人間の耐えられる痛みではない。 「はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・・」 大量の涙を流しながら、俺はなんとか平静を取り戻そうとしていた。 俺の寝ていた布団はぐちゃぐちゃで、あわや失禁しそうな痛みの中のたうちまわった様がありありと見てとれる。 ようやっと包帯が完全に巻かれて、空気との接触が遮断されると初めて俺の手の痛みはナリを潜めた。 「・・・・なに・・・なに・・・なんだ、これ」 「天人の医者の説明によるとだなァ」 沖田さんがもうなんでもなかったかのような表情で語ったところによると。 俺みたいに手首をそっくり無くしてしまった人間は、神経も通っていない義手をつけるのがせいいっぱい。 何かを持ったりする時の補助にはなるかもしれないが、それ以上の細かい作業は無理。 とても元通りとはいかず、見かけも木製か鉄製のものになってしまって真選組としての職場復帰は絶望的だ。 しかし天人の技術に頼れば、機能的にも見かけ的にもまったく今までどおりの手に戻るということで、俺の治療はそちらを選択された。 だけど、ここからが問題。 手術からきっかり一年は、患部が空気に触れると地獄の痛みが伴うのだそうだ。 その痛みさえ乗り越えれば、今まで通り。 本物ではないけれど限りなく本物に近い左手が手に入れられるという。 だけど、だけどこれは、一年間も耐えられる痛みじゃなかった。 一年間どころか、もう一度だけ包帯を外せと言われても俺は泣いて拒否するだろう。 こんな治療にいまだかつて耐えられた人間がいるなどと信じられなかった。 しかも、このまま左手の包帯をはずさないでいると、結局俺の手は腐ってもげてしまってあとは普通の義手でさえつけられなくなってしまうのだという。 「そんな、馬鹿な」 がたがたと身体が震えた。 寒い。 この部屋は暖房が効いていて、まさか寒いはずなどはなかったのだけれど、俺の身体は俺の意思に関係なくぶるぶると震えていた。 「最高だ、最高の誕生日プレゼントですよ沖田さん」 俺は沖田さんの顔をゆっくりと見た。 いつもどおりのなんでもない顔をして、沖田さんはきっちりと正座をしている。 これほどの無感情をどうやって維持しているのか。作り物の、人形のような姿で。 事故のことは良く覚えていない。 けれども無鉄砲に飛び回る一番隊隊長を追いかけて俺も一緒になって跳ねまわっていた。 よく確認もしないで爆発物のある部屋へ押し入ったのも、沖田さんの後を追っての事だろう。 アンタが俺の、左手を。 自分でもめちゃくちゃな論理だとは思う。 けれどさっきの激しい痛みが、俺の思考をどろどろに掻き混ぜてしまっていた。 俺は、いきなり、なんの脈絡も無く、沖田さんを罵倒しようとした。 その時、無表情の沖田さんの唇がぱくりと開いた。 「フフン、お前爆発の時の事何にも覚えてねえの?マジで?じゃあおまえ・・・プッ・・・・、アレだ。その作りモンの手と一緒にお前自身が生まれ変わった、真の誕生日だってことだよな」 しらじらしいキメ顔。 まるで良い事言いましたみたいな、上手い事言いましたみたいな。そんな表情をして得意気にしている。 待ってくれ。 ここは笑いにして良い所じゃない。 俺は・・・俺の左手は・・・・・。 気がつけば、俺は大きな声を出していた。 痛みにのたうちまわったさっきよりもあるいはデカい声を出していたんじゃないだろうか。 「出て行け!!!出て行ってくれ!!」 右手で側にあった枕を投げつける。 沖田さんはするりとそれを簡単に避けて、サッと立ち上がった。 「まーまー、そんなに大げさに考えることじゃねえって。安心しなァ、痛みに慣れるまではきっとゴロゴロしてたって怒られやしねえって。有給もらえてラッキーと思っておけばいいじゃねえかィ」 「なんだとォっ!」 あの、地獄の苦しみを知らない人間にそんなことを言われたくなかった。 俺は、俺はこれから一年間、ずっと・・・あの・・・・・。 思い出しただけで身体がガタガタと大きく震え、吐き気を催してくる。 俺の次の言葉を待たず、ぺろりと舌を出して沖田さんは部屋の襖を開けて外に出た。 そこへ、俺の信頼している上司の声が聞こえた。 「どうしたっ、総悟!」 「土方さん」 「大丈夫か?」 がらりと大きく襖が開けられて土方副長の姿が現れた。 「だーいじょうぶでさぁ、何もありやせんぜ」 副長の後ろから沖田さんの声が聞こえるけれど、俺はそれどころじゃなかった。 尋常じゃない。 副長の怒りの表情が尋常じゃないのだ。 副長の、俺に対する怒りの視線が。 「ふ・・・くちょう・・・」 「テメエ・・・・総悟に何しやがった」 「な、に・・・・って・・・」 俺は・・・・・、この人に・・・・。 ごくりと喉が鳴った。 左手首をまるまる飛ばした俺に比べてまったくの無傷の沖田さん。 それなのに、この人はこうまで沖田さんを心配して庇うのか。 あたりまえかもしれない。 沖田さんと副長は、誰もが知っている恋人同士なのだから。 だけど。 だけど・・・・・。 命の危険を伴う任務の際に名誉の負傷をした挙句、俺は、信頼していた上司に、こんな扱いを受けるのか。 「ひじかたさん!」 呆然としている俺と、ぎりぎりと俺を睨みつける副長の均衡を破ったのは沖田さんの声。 「もういいですってば、俺がちいとばかりふざけ過ぎたようですぜィ、行きやしょう」 「・・・・・チッ」 わかりやすい舌打ちをしてその場を去る副長。 襖を乱暴に閉められて二人の足音が遠ざかって。 結局俺が目覚めた時にも顔を見せてもらえず、わけのわからない憎しみのような視線を投げられて、それだけ。 とは言え、俺と同じ爆発に巻き込まれた沖田さんを、情人である副長が心配しないわけがない。ましてや俺の怒鳴り声が聞こえる部屋に沖田さんがいるとなれば、今の態度もあたりまえかもしれなかった。 俺は、副長の仕打ちと、さっきの沖田さんのはらわたが煮えくりかえるような態度、それからこれからの長い長い地獄の道のりを思って、絶望した。 その日一日はまったく最低の誕生日だった。 俺はやっと落ち着いて、けれど包帯を解く勇気もなく、しかし三日もこのままにしておくと早くも細胞が腐敗を始めるという事実に頭をかかえていた。 そんな俺の気を知らないで、沖田さんは何度も何度も俺の部屋を訪れた。 「ぃよーう、ザキィ、調子はどうでえ」 「なんでぃ、まだ包帯とってねえのかよ」 「こういうのは思い切りが大事なんだって、テメー俺にやらせろィ」 沖田さんは俺が心底迷惑がっていることにまるで気付いていないようだった。 そんなはずはないのだ。 わからないはずはない。 「やめてください!本当に!まだ心の準備ができていないんです!」 必死になって部屋を追い出そうとするも、沖田さんは無傷の自由から、俺の手をするすると容易に逃げのびる。 そうして散々俺の手の包帯を取ろうと試みては飽きて勝手に部屋を出て行くのだ。 けれど半刻もすればまた戻って来て俺をからかって遊ぶ。 今こそ副長にこの状況を見て欲しかったけど、本当に彼は巡回に行ってしまったようで姿を見せなかった。 沖田さんは俺と同じで屯所療養組。療養する必要なんてないのに。 頼むから巡回でもサボりでも万事屋でも行ってくれ!! そうやって俺と沖田さんの攻防は夜まで続いた。 爆発から一週間眠っていて、ようやっと目覚めた途端にいきなりこの現実を突きつけられて、更に精神に追い打つように沖田さんにチョッカイを掛け続けられた。 俺は、限界に達していた。 「いい加減にしてください!」 びりびりと障子が震えるほどの大声を出してしまった。 おそらく真選組に入って初めて、というくらいの。 ビク、と身体を揺らす沖田さん。 「・・・れ・・・俺は・・・俺は本当に何も覚えていないんです。いつ、どうやって爆発に巻き込まれたのか。でも、あの時貴方を追いかけていたことだけは確かなんです。教えてください、どうなったんですか?何故俺が左手を無くしてしまわなければならなかったんですか?アンタが・・・・」 アンタが無鉄砲に飛び回ったせいなんじゃ、ないんですか? そこまで俺が言ってしまった時、再び大きな音をたてて襖が開いた。 見ると、隊服のジャケットを着込んだ巡回帰りだと解る土方副長が、そこに立っていた。 まったくの無表情で。 だけど、沖田さんの無表情と決定的に違うのは、その副長の顔が恐ろしい程の怒りをその仮面の下にごっそりと押し込んでいるのがわかるところ。 憤怒の為か、唇が白くなっている。 俺が、どうしようもないほどの恐怖を感じるほどに。 つかつかと副長の白い靴下が畳の目を越えて俺の布団のそばまでやってくるのを、何か違う世界のものを見る様な気持ちで見つめていた。 俺の、夜着の胸の合わせが掴まれて、ぐいと引き上げられる。 がつん。 頬が破裂したかのような痛みと共に、俺は布団の上に張り倒された。 副長は無言。 俺はといえば、包帯の巻かれた左手を庇って、布団に丸まっていた。 虚しさが俺の身体いっぱいに広がる。 何故、俺が殴られなければならないのか。 「うう、う・・・・ううううう」 俺の肩が震える。 悔しくて仕方なかった。 こんなにもアンタを信頼してついて来たつもりの俺に、何故こんな・・・・。アンタの情人のせいで俺は左手を失った。 返してくれ・・・・・。返してください、副長! 「畜生・・・テメエ・・・被害者面してひいひい泣いていやがるんじゃねえ」 俺の左肩を掴んで、ぐいと起き上がらせる副長。 もう一発殴られるのだと悟ってぎゅうと目を瞑る瞬間。 沖田さんの慌てたような顔が、副長の肩越しに・・・・・・見えた。 もう一度、がつんと俺の顎に副長の拳がぶつけられて。 俺はそのまま意識を手放して、暗闇の中にゆっくりと落ちて行った。 ボソボソと声が聞こえる。 目は瞑ったまま、けれど完全に覚醒した俺はその声の主が副長と沖田さんだということを知った。 「テメエ、どういうつもりだ」 「もう、アンタとは別れてえって言っているんでさ」 「なんだと?」 「俺ァもうアンタとやって行く気がねえんだ。俺は、」 「まさか・・・まさか山崎と、お前」 「そんな話じゃねえです」 「お前、まさか・・・あいつの為に、そんなことの為に終いにしようってえのか」 「すいやせん、俺ァこれからやる事はもう決まってるんです」 「山崎に、この先の人生を捧げるってのか?ああ?」 その時、ひい、という声が聞こえた。 沖田さんの、悲鳴。 「ンッ・・・アアアアアア!」 がたりと人の倒れる音。 「す、すまねえ」 「はあ・・・はあ・・・・」 「すまねえ、だが、俺はお前を諦めるつもりはねえ。一年待つつもりもねえ」 「一年・・・・・・ったって・・・おな、じ・・でさ」 「・・・」 副長はもう何も答えなかった。 ただ、無言で去って行く足音が聞こえる。 からりと、俺の部屋の襖が開いた。 めずらしく神妙な顔の沖田さんが入って来た。 時刻はもう子の刻、夜四つも終わりに近付き、日付が変わろうとしている。 俺の、最悪の・・・・・・・・・最高の誕生日が終わるのだ。 ぽそぽそと小さな衣擦れの音をさせて沖田さんが俺の枕元に座った。 お行儀よく、正座して。 沖田さんはまるで子供みたいな顔をしている。 どうしていいかわからない。 俺が今何を考えて何を言おうとしているのかわからないといったところだろうか。 「沖田さん」 「・・・・」 「俺は、今日、人生で最悪の誕生日だと思っていました」 「・・・・・」 「だけど、これほどに優しさに包まれた、俺にとって安らぎの一日は無かったんですね」 「ザキ」 沖田さんの両膝に置いた手がぎゅっと握られる。 「俺、日付が変わったら、包帯はずします」 ごくりと沖田さんの喉が鳴る。 「沖田さんが、俺の為を思って言ってくれていたんですものね」 穏やかな俺の表情に何かを悟ったのか、沖田さんがゆっくりと下を向いた。 薄茶色の髪がさらりと流れて、沖田さんの表情はまったく見えなくなってしまった。 「お前なんか・・・・・一生何も思い出さなかったらよかったのに」 ぐず、と鼻が鳴る音。 「なんで、なんで思い出すんだ。なんで・・・たった一日で・・・・・・」 「沖田さん」 さっき、副長に殴られる直前、肩越しに見た沖田さんの焦った表情。 あれを見て、俺はすべてを思い出した。 沖田さんは、あの時もおんなじ顔をしていた。 「ここから先はあぶねえ!俺ァ一人で行く! 「沖田さん!」 「ザキィ、テメーは正面玄関ででも待ってなァ!」 俺は、沖田さんの指示を聞かなかった。 沖田さんを一人にすると副長に叱られる。 その意識だけが俺を動かしていて。 局副長がその場にいない場合、指揮系統が一番隊隊長になるのはあたりまえのことだった。 なのに、俺は沖田さんの言う事を聞かないで、沖田さんの後を追った。 先に部屋に飛び込んだ沖田さんに続いて真っ暗な部屋に踊り入った瞬間。 かちりと俺の足の下でスイッチが押される音がした。 「山崎ィ!」 沖田さんの焦った顔がこっちを見ていて。 俺の方へ必死で駆け寄って来る沖田さんの姿だけが、俺の最後の記憶だった。 沖田さんは、俺を庇って爆風をモロに受けた。 結果、沖田さんは身体中に熱傷を負って、瀕死の重体になってしまった。 そして、俺と全く同じ天人の技術が施され、見かけだけは討ち入りの前とまったく同じ姿に戻った。 けれど、首から下は、すべて偽物。 強い精神力からか、俺よりずっと先に目覚めた沖田さん。 「ああああああああああああああっ!!!!」 後で聞いた話だけれど、沖田さんの病床は地獄絵図だったらしい。 俺は、何も知らなかった。 俺がようやっと起きて、何があったのか近藤局長から聞いていた時も、今日一日沖田さんの嫌がらせを受けていた間もずっとずっと、沖田さんが俺の何十倍も何百倍もの痛みに耐えていたことを。 空気に触れるだけで激痛を伴うつくりものの皮膚。 俺は。 俺は。 涙が止まらなかった。 それでも沖田さんは、俺に負い目を感じているのだ。 ただ息をしているだけでも全身を襲う地獄の痛みの中で。 強い強い、ずっと服用するわけにはいかないほど強い痛みどめを飲んで。 それでも声を上げるほどの疼痛の中で。 最初、俺が包帯を解いた時、俺に覆い被さって俺を押さえた時。 沖田さんは「うう」と呻いた。 あの時も、ずっとずっと。 沖田さんは。 副長の、俺への怒りがようやっと解った。 あたりまえだ。 あたりまえだったんだ。 沖田さんは、俺に最高の誕生日をくれた。 どこからか記憶を混濁させる薬を調達してきて俺に飲ませていたらしい。 俺が眠っている間も。そして起きてからも、白湯にそっと混ぜたりして。 だけど俺はすぐにその薬に耐性ができてまったく効かなくなった。 元々監察で、色んな薬を自分の身体で試した結果、薬に強い身体になっていたのだ。 それでも俺は、たった一日の心の安らぎを、沖田さんにもらった。 俺は、沖田さんを恨むことで、俺の罪を知らずにいた。 俺が、涙にまみれた顔で、むせながら顔を上げると、沖田さんは未だ下を向いたまま小さく震えていた。 そうして、 「なんで・・・なんで思い出したりしたんだ」 などと、ずっと長い事繰り返していた。 (了) |