続々・ブルートとザーメンとインポテンツ H.25/3/05 |
(銀→→←沖→→←土)病院の名前とか変わってるけど気にしてはいけない。 「痛い痛いいたあーいっ!!!ブルートちゃんのいじわる!鬼!」 今日も大江戸総合病院の外来処置室から、インポテンツと呼ばれる男のうるさい喚き声が聞こえる。 「ブルートちゃん、インフルエンザの時もものすっごいワクチン冷やしてたでしょう!!ひどいっ!めっちゃ痛かったんだからあ!!」 「ありゃインポが暴れるからでさあ。今日だって別にどこも悪くねえのに来たりして。指先ちょびっと切っただけで大げさです。病院は遊び場じゃねえんですぜ」 ミニスカ男子、ブルートナースの右手にぎらりと光る極太針。 「お注射してほしいんでしょう?変態インポテンツ。ついでに採血してやりまさあ」 「いや・・・ほんと・・・それいいわ。それよりもブルートちゃんがやさしーくチューしてくれたらこんなのすーぐ治っちゃう!ぐああああっ!!!刺した!いきなり刺した!!!痛い痛いいっ!やめてっ!刺してから血管さぐらないでえっ!!」 「それよりもインポさん、アンタこないだの血液検査の結果返ってきやしたけどねえ・・・・」 「おー・・イチチ、なに、なんか駄目だった?」 「駄目どころの話じゃあねえですぜ。アンタヘモグロビンA1cが9.2ってアレ完っ全に糖尿でさあ」 「うそおおおっ、血糖値そんな高くなかったでしょう!?」 「血液検査前にちょっと気つけたくれえでごまかせると思ってんじゃねえ!A1cは数日飯食わなかったくれえじゃ下がらねえんでさ!こりゃドクターの指示で投薬開始でさあね」 「ちょっといじめないでよ」 「いやいや、酒もやめてもらいやすし、ああ甘いモンなんか絶対駄目ですね、ひとっくちも食っちゃあいけねえ。こないだくれてやったチョコも返してくだせえ」 「ひどいっ!あんなモンもうとっくに食べちゃったもん!てかあれすっごいおいしかった!ブルートちゃんの愛を感じたよお!でもあれ舌圧子みたいな形だねえ」 「愛はねえですけど。デメルのチョコはうめえんで・・・。毎日差し入れもらってるしと思ったんでさ」 「バレンタイン、ザーメンドクターは忙しかったみたいだしねえ?」 ちらりと上目使いでブルートを見る銀時。 ブルートはなんでもないように表情を変えずに針を抜いてアルコール綿でぐうううっと腕を押した。 「いいった!ちょっともっと優しくしてよ!」 「あ、すいやせん。検体うっかり落としちまったんでもっかい刺しやす」 「うそっ」 出会いはあまりよろしくなかった二人だが、ここのところブルートはこうやって主に銀時に遊んでもらっていた。 一見銀時がブルートを追いかけまわしているように見えるが、いつのまにやらブルートはザーメン土方に相手にされない時の寂しさを銀時で埋めるという関係になっている。 クリスマスも初詣もついこのあいだのバレンタインも銀時が誘って二人で外に遊びに出た。 バレンタインなどは、土方の用事が終わるまで待ってると言うブルートを無理に連れ出したが、そう嫌がる風でもなく楽しんでいるようだったし銀時の好きなチョコレートも用意してあった。 寒空の下で大きなツリーのもと、衆人環視の中でお座りをさせられてチョコを頭の上に乗せられ、1分ほど「待て」をさせられたがそんなことはどうでもよかった。 銀時のことをインポと呼んでその職業柄「汚ェ」と汚物でも見るような目で蔑んでいたブルート。 それならばと理容室にひきずりこんで力づくでモノにしたこともあったが、普段の銀時のつかみどころのなさや軽い態度に土方とは違うところで魅力を感じてのことかもしれなかった。 銀時がもう一度土方の名前を出そうかどうしようか迷った時、二人の隣に地味な白衣が現れた。 「沖田さん、さっきの患者さんのレントゲンあります?」 「うるせーてめえで探しやがれバーロィ。それよりもまたカルテに印鑑忘れてんじゃねーかやる気ねえのか」 「あ、ホントだ。すみません沖田さ、いてっ!」 耳をひっぱられている若い医者とブルートを見比べて、銀時が口を出した。 「ねえ、ジミー先生はさー」 「えっ、俺山崎ですけど」 「ドクターなのにブルートちゃんに頭上がらないの?」 「ドクターじゃねえや、こんなん」 「いや一応医者なんですけどね。歳は俺のほうが上なんですけど研修医としてここへ来たとき既に沖田さんが二年目だったんです」 「まー君の場合先輩だろうが後輩だろうがいじめられてそうだけどねー」 「ちょっとそれどういう事ですか」 「いやいじめられ顔だから」 「どーゆー顔ですかそれ。てゆうか坂田さん今仕事中じゃないんですか?ゴミ持ってってくださいよ」 山崎が処置台の下の医療ペールを指差したのを目で追って呆れたようにため息を吐く。 「だーめだ。俺のこと名前で呼んでるようじゃ出世しないわ。ブルートちゃんのせいで今じゃこの病院、患者さんまで俺をインポって呼ぶのよ。それを君、坂田さんだなんて面白味無いったら!ねえブルートちゃん・・・・・。あれ?あれあれ?ブルートちゃん?」 規模は大きいが建物は古い大江戸病院の外来処置室で、銀時と山崎は間抜けに辺りを見渡した。 ついさっきまで二人の傍にいたブルートがいない。 「ホラー、山崎がつまらないからブルートちゃんどっかいっちゃったよ・・・・ってか針!針刺したまんまだから!ブルートちゃん!ちょっと!出てきてよおおっ」 銀時が大騒ぎして山崎に針を抜いてもらっている頃、午前診の終わった内科一診のスライド扉をずるりと開けるブルートの姿。 「ぅぉーい、暇してるかあ?高杉ィ」 ミニスカ白衣のブルートがことんと首をかしげて呼ぶと、奥の机でグレーの事務椅子に座る男がキィと音をさせて振り向いた。 男の名は高杉。 細身の身体に数日洗濯に出していないような微妙に皺の入った白衣を着て紺のスリッパを履いている。白衣の下にはアンバランスにきっちりとアイロンをあてられたカッター。 藍紫の直毛を左目に被るように伸ばし、もう片方の目は鋭く釣り上がっていながら常に悪戯そうな光を湛えている。ニヤニヤと片方の唇を上げてブルートの方を見ながら頭にとりつけた大きなライトをぱっちりと消した。 「よォ・・・ブルートじゃねえか」 「相変わらず頭のおかしなライトつけてよく患者におっかながられねえスね」 「馬鹿者。この天才内科医高杉様にむかって何を言うか」 「カルテ持って来たんで、指示出してくだせえよ」 「あ?セーリか?ブスコパン出してやろうか」 どっか。 「いっってえな!お前がンなまぎらわしいカッコしてっからじゃねえか。いくらザーメンの趣味だってよ」 「べつに・・・土方さんの趣味じゃねえし」 「あ?お前が勝手におねーちゃんの真似してるってか」 「うるせーや、さっさといつもの出しやがれィ」 きい、と音を立てて高杉が机に向き直る。 「デパスにメイラックスとワイパックスか。お前これチャンポンで飲んでねえだろうな」 「べつに・・」 「ンなモン飲まねえとつきあってられねえってんならあんな野郎振っちまえ。これでいいんだって言いながら結局相手にしてもらえねえと寂しいんだろうが」 「俺は、寂しくてもあの野郎と離れる気はねえんで」 「最近なんだか知らねえけどあの清掃員とヨロシクやってんじゃねえか。アッチじゃ駄目なのか」 「あんなん全然・・・・」 ふう、とため息をついて高杉が振り返る。 その手には投薬指示の出されたカルテ。 「ま、あいつに乗り換える気がねえんなら、これからもお前の悩みはつきねえだろうからな。俺なんかに薬だけ出させてねえで、専門行って来い」 「・・・・眠剤も出してくだせえ」 「聞いてねえな俺の言う事」 高杉はライトを外して頭をガリガリと乱暴に掻くと、もう一度カルテを受け取ってブルートの希望通り記入を始めた。 事務管理棟の医局を過ぎて無機質な廊下を真っ直ぐ進むと、左手に外科副部長の部屋が現れる。 その分厚い扉をそっと開けて、真っ白なパンストの足がするりと忍び込んだ。 「総悟か」 PCの液晶モニタの向こうに座る男が、視線をこちらにやらないで声を発した。 芯の通った艶のある黒髪。眉間の皺は閲覧している論文に意識を集中しているからか。 液晶を眺めるのに必要かどうかは謎だが、鋭く切れ上がった眼は目の覚めるような青。その青にモニタの内容がちらちらと映っている。 「ねえ土方さん、明日はオペも診察もねえし公休でしょう。外に飯でも食いにいきやせんか」 「明日は学会の準備がある」 にべもなく言い放つ土方に特にがっかりした様子もなく、ブルートは土方の座っている椅子に近づいた。 白い指がモニタを見つめる頬をそっと撫でる。 「なんだかんだでここんとこちっとも出かけてねえじゃねえすか。もうこの椅子でヤるのも飽き飽きでさあ。ね、いいでしょう」 「フン」 ぐっとブルートの右手首を握って引く。ブルートの頬が土方の胸に引き寄せられた。 「なんだ、仕様もねえイベントに期待していやがるのか」 「ンなこたねえですけど・・・先月の14日はアンタわけわかんねえジジイと飯食ったじゃねえですか。明日くらい良いでしょうが」 「お前にとってはただのジジイかもしれねえが、俺には大事な出世の足掛かりだ」 「尻の軽いこって。関東医療界を牛耳るヒヒジジイもここ数年手が震えてメス握るのも怪しいらしいじゃねえですか。そろそろ別のに乗り換えたらいかがですかぃ淫乱土方さん」 「あいつはまだ使える」 目の前に潤む赤い瞳に己の目を細めて、器用な指で総悟の顎を掬う。 この指は決してオペの際、他の医師に何も任せようとしなかった。患部の消毒に始まって開腹からナート(縫合)まですべて己の手でこなす。病巣だけ切り取ってあとは若い医師にまかせてオペ室を出るということはしなかった。しなかったが、オペの間中いつ落ちるかわからない土方の雷に怯えていなければならないスタッフはたまったものではなかった。 とにかく癇癪持ちで、何に火が点くかわからない。運が悪ければ当たるというのも「ザーメン」というあだ名の由来のひとつかもしれない。 その性格とは真逆の意外に繊細な指が、ブルートの顎を上向かせる。 首を心もち傾けて、半開きの唇をしっとりと吸った。 「土方さん・・・」 「十四朗さんと呼べ」 赤い瞳が、震えた。 「と・・・しろう・・・さん」 ブルートの眉がきゅうと寄って、白衣の腕がおもむろに土方の首に抱きついた。 「・・・明日は無理だが、今日の夜なら開いている。部屋で待っていろ」 顔を胸に擦り付けて甘えてくるブルートの腕をべりりと剥がして立たせると、PCのモニタに視線を戻し再びブルートの顔を見ることはなかった。 もうすぐ春とはいえまだコートが必要なほど冷たい風の中、深夜に土方のマンションを出るブルート。 カーキのモッズコート姿。ファーフードを深くかぶって足早に駅へ向かって歩いている。 最終電車もとうに行ってしまったが、急ぐ足に躊躇は無い。 院内にいる時とは180度違う履き古したスニーカーが、風に流された新聞紙をがさりと踏んだ。 「こんなに遅くにどこいくの?」 もう誰も行く人のいない細い路地にいきなりガタピシと音がしそうな軽トラックが現れて、ブルートの行く手を阻んだ。 「インポさん」 色の無くなった唇で、ほんの少し驚いたようにブルートが答える。 「夜道の一人歩きは危ないよ。電車も終わっちゃってるし、俺が送ってあげようか」 かろうじて機能しているウインドウがつっかえながら降りてきて、運転席の白髪男が顔を出した。 「いえ、俺ンち駅向こうなんで問題ねえです」 「ふーん、健気だねえ。こんな夜中に追い出されても大丈夫なように、ザーメン先生んちの近くに部屋借りるなんて」 「くるま」 「へ?」 「車除けてくだせえ。通れねえんで」 「いいじゃん乗りなよ。近くでも送ってやっから」 「必要ねえです」 「いい加減にしろよクソガキが。こんな時間にフラフラ歩きやがって乗れってんだ、素直に言う事聞け。これ以上ぐずるってんならふんじばって荷台に放り込むぞ」 ハンドルに手を置いて、ブルートの方を見ずに前を向いたまま銀時が吐き捨てる。 怒りを抑えたその表情に、ブルートがぐっと黙り込んだ。 「・・・助手席、汚くねえの?」 「ブルートちゃんの為に綺麗に掃除しておいたから。ね、乗りな乗りな」 にっこり笑って銀時が左を指さした。 暖房の効きが弱く冷たい助手席にブルートがすっぽりと収まってシートベルトを締めたとたん、ガタピシ車が勢い良く発車した。 「ちょっ・・・と、安全運転で頼みやすぜ。俺ァアンタと心中なんてごめんでさあ」 「わーかってるって、ちゃんとおうちまで送ってあげるから」 「アンタに家だけは知られたくなかったんですけど」 「まあまあ、駅の南だよね。踏切渡ったらナビお願い」 駅の北側に高級マンションが立ち並んでいるのに対して、南側は比較的庶民的なマンションやアパートが多少小狭く身を寄せ合っていた。 通りを一本入った5階建ての白いアパートの前で軽トラックががたりと停まった。 運転席の窓を開け、アホ面を半分出して上を見上げた銀時が社交辞令のように褒める。 「はー、ザーメンドクターのマンションほどじゃあないけど、結構綺麗なアパートだよね。エレベータもついてるみたいだしい」 「いちいち奴と比べなくていいんで。ま、ありがとうごぜえやした」 あっさりと礼を言ってシートベルトをはずそうとするブルートの手首を、銀時が抑えた。 目の前にある銀時の顔をじろりと見上げる。 「なんですかぃ、放してくだせえ」 「警戒しないでよ。日付変わったから今日はホワイトデーでしょ、銀さん奮発しちゃったんだからァ」 ブルートの目の前にあるダッシュボードを開けてなにやら派手な包みを取り出した。 「・・・」 無表情でがさりと包みを開ける。 中から黒い紙箱に入った石鹸が二つ出て来た。 「シャネルだよ、ブルートちゃん。それで俺の為に綺麗に磨いてね」 「アンタが綺麗にした方がいいんじゃねえの」 「ひどーいっ、ちゃんとお風呂入ってるよ!」 「ま、ありがとうごぜえやす。そいじゃ。」 「ねえ、今日はザーメン先生なんかくれたの?」 「え」 「バレンタインも一緒にいれなかったから今日はどうしてもって押し掛けたんでしょ」 「あの野郎は・・・そういうイベントは嫌いだから」 「かわいそうにね、ブルートちゃん」 「かわいそうじゃねえです」 「エリートだからつきあってんの」 「興味ねえです」 「俺じゃ、だめ?」 「アンタいつもきたねえもん」 ブルートの手首を掴む手に力が入った。 「汚くないって。なにそれ挑発してんの、誘ってんだ?」 「なわけねえや」 「そうだよね、今さっきザーメン土方に抱いてもらって放り出されて来たとこだもんね。性欲は満たされた・・ウッ」 ブルートの自由な左手が、銀時の鼻ヅラに叩きこまれた。 「放さないよブルートちゃん」 更に強く握り込まれる。 「また、レイプですか」 「こないだのは半分同意でしょうが」 ぎしりと音をさせて、助手席のブルートに上半身を乗りあげると乱暴にシートを倒した。 「どうしてあんなひどい扱いされてもまだ付き合ってんの」 銀時の瞳は穏やかで、それでもブルートが答えをはぐらかすのを許さない強さがあった。 「べつに・・・インポさんには・・・かんけい」 「あるよ。俺ブルートちゃんのこと大好きだもん。ブルートちゃんが苦しいの黙って見てられない」 「苦しくなんかねえ」 「苦しいでしょうが。会いたい時に会えなくてあいつの都合ばっか押し付けられて、今日だって泊めてももらえないで」 「それは・・・俺ァべつにだらだら一緒にいてえなんて思ってねえし」 「馬鹿みたいにたくさん薬飲んでようやっと自分を保って、それでなにがどう幸せなわけ」 「俺がいつ、てめえが幸せだって言いやしたか。俺ァそれでいいって、それだけでさあ」 「それで良くないんだよ。ブルートちゃんがあのザーメン野郎にそんな風に扱われてるの俺が我慢ならないの」 「あの野郎の何も知らねえくせに」 「知らないよ。ブルートちゃんにお姉さんの真似なんかさせるような不健康な関係」 銀時の身体は一日の労働を裏切らずうっすらと汗の匂いがして、おだやかな熱を持っていた。 立派な肩の筋肉をついと動かし、ブルートの背中をふっと浮かせて抱きしめた。 「んっ・・・」 胸の圧迫感に眉を寄せて、銀時の肩に顎を乗せる形になる。 「ねえ、わかんないの。好きな子がそんな苦しい想いしてるの、嫌なんだよ」 「・・・」 「別れちゃいなよ、あんなの」 「・・・いやでさ」 「別れな」 「・・・」 「あいつと別れて、俺と付き合いな」 ぎゅうと抱きしめているのでお互いの顔は見えない。 けれど、ぐすりという鼻をすする音は、聞こえた。 「・・・ねえ・・・です」 「ん?」 「別れたく、ねえ・・・です」 むくりと銀時が顔を上げた。 「土方、さんは・・・。俺の姉ちゃんのことをずっと好きで・・・。前にも、言ったでしょうが。お、俺に・・・言ったんだ。ミ、ミツバに言うって。俺の事が、す、すきだって・・・・。だけど、それを言う前に、ね、ねえちゃんが・・・・姉ちゃんが死んじまって・・・。俺も・・あのヤローも・・・しっかりあったはずの気持ちが、どっか・・・いっちまったんでィ・・・」 「うん。それは確かに聞いた」 「あの人は、姉ちゃんが死んで、姉ちゃんへの贖罪の気持ちでいっぱいになってしまって、俺、と・・幸せに過ごすことが、できなくなってしまって、だけど俺は、俺はあの人が好きで・・・だから・・・」 「ザーメン先生は賢いくせに馬鹿なんだね。一人の女性を幸せにできなかったからって、更にもう一人の人間を不幸にしちゃうなんて、馬鹿としか言いようがない」 「俺は・・・おれはっ・・・不幸なんかじゃ、ねえ」 「前にも聞いたけど、もう一回聞くよ。ブルートちゃんは、もしもあのザーメン先生がまっすぐ君を見てくれるようになったとして、ブルートちゃんはじゃあそれで幸せなの」 「な、に」 「俺はこう思う。話に聞けば君とお姉さんはとっても仲が良くて、ブルートちゃんはものすごいお姉ちゃん子だったんだって?そんな君が、たとえ奴がきっちり振り向いてくれたとして、奴の事を同じように見返すことができるの?お姉さんを差し置いて、お姉さんの好きだった人を独り占めできるの?」 「ううっ」 ブルートが両手の甲で己の目を抑えた。溢れる涙を銀時に見られたくないかのように、強く目頭を押す。 「だ・・から・・・。だから、俺たちは、今のままで、ちょう、ど・・・いいんでさ・・・。お互いを、まっすぐ見ねえ、今のままが・・・」 「解ってるんだろうが。そんなの不自然だって。お互いが想いあっていても、過去をふっきれないなら、一緒にいない方がいいんだって、ほんとうは解ってるんだろう?」 「やだ・・・・嫌・・・だ。わかれ・・・たく、ねえ」 「別れろ」 「別れたくねえ」 「別れるんだ」 「わかれ・・・・・たくっ・・・ねえ・・」 ぐすぐすと泣きながら、今度は自分から親に抱きつくように銀時にしがみついて、いつまでも同じ言葉を繰り返すブルート。 ぎゅっとその身体を抱きしめて安いシートのヘッドレストを眺めるその半眼が、なにかを決意したかのように細められた。 「一体何の用だ」 起き抜けの機嫌の悪さは天下一品の、大江戸総合病院外科副部長、ザーメンこと土方十四朗が艶のある黒髪に右手を無造作に突っ込んで、がりがりと頭を掻いた。 セキュリティ万全のマンション、オートロックが無いわけもなく無視をしてできないことは無かったが、何故か玄関のガードマンとインポテンツがいつの間にか思いきり仲良くなっていた上に住人と一緒にビルに滑り込んで、あまりにしつこく部屋のチャイムを鳴らされたので仕方なくドアを開けた。 「ワーオ、すごいね。なにこのシューズクローゼット。え、なにこれ作りつけ?ちょっと中も見せてよ」 「うるさい。どうせ総悟の話だろうが。言いたいこと言ってさっさと帰れ」 ブルートを部屋に帰してその足で戻って来た。 夜中の三時。バスローブのまま横になったらしく、多少乱れた胸元を気にすることなく応対に出た土方を見て、さっきと同じように目を細める銀時。 「何か言いにきたんじゃないよ」 にっこり笑って、銀時は自慢の拳を己の右目の前まで持ち上げた。 どん、どん、どおおん。 もう少しで朝日が姿を現す薄闇の中、ふたたびブルートのアパートに戻って、エレベータに見向きもせずふらふらと階段を上がると、302と書かれた表札のないドアをがんがんと叩く。 どん、どん、どおおん。 「ぶるーとちゃああん、あけてよお。寒いよお」 どん、どん、どおおん。 どん、どん、どおおん。 どん。 がちゃりとドアが開いた。 「なんですかいインポさん。こんな時間に非常識きわまりねえですぜ、うわっ酒くせえ。アンタ飲んでんじゃねえですか」 「わーいブルートちゃんだあ」 「ってアンタなんすかその顔。どんだけ激しい一人プレイしたらそんなことになんすか」 「ちがうもおん!そんな転げまわって顔面打つようなオナニーしないもおん!」 「ちょっととにかく入ってくだせえ。これ以上騒がれると俺このアパート追い出されちまわあ」 小さな玄関を上がると、申し訳程度のダイニング。その奥に物は少ないが若い男らしく適度に散らかっているリビングがあった。 「ああっ、ベッドがないいいいい」 「あるわけねえでしょ、寝室は別でさあ」 ジャーと水道からそのままグラスに水を注いで乱暴に銀時の前に置く。 銀時はごくごくごくと喉を鳴らして飲み干して、大きな息を吐き出した。 「ぷはーっ。いやあ、ごちそうさま」 「で?オナニーがどうしたんですって?」 「いやいやいや、そうじゃなくて・・・えーと。うん、ザーメン先生はあれだね。イケメンで果てしなくおつむも良いくせになかなかフィジカルも強いねえ」 「はあ」 「一発入れるのに結構時間食っちゃった上に俺もお返しもらっちゃったよ」 ぴく、とブルートの肩が動いた。 「でも、きっとあっちの方が重傷だよ。俺強いもおん」 言ってちらりとブルートの方を見るが、まったく表情は変わらない。 「気になる?ザーメン先生が」 「いえ・・別に」 はあっ、とまた息を吐いて両手で前髪をべったりと後頭部の方へ撫でつけながら天井を向く。 飲んだ酒の臭いがまた撒き散らされる。 「俺ねえ、俺あいさつしてきたよ。ブルートちゃんもらいますって」 「俺は・・・アンタみてえに人のこと怒鳴りつけて脅したり、力づくでレイプしたりするような奴、大っ嫌いでさあ」 ブルートの下まぶたが小さく動いて震える。 「・・・んなかわいい顔すんじゃねえよ。抱きしめるぞコノヤロー」 「俺ァ、アンタがどう言って何をしようとも、奴と別れるつもりなんてありやせん」 「別れるよ」 「別れやせん」 「別れる。なんでかっていうと、あの男に振られるから」 銀時が、飲み干したグラスのふちの水滴を眺めていた顔を上げてブルートを見ると、信じられないものを見るような目でこちらを見ている。 「奴はね、確かにブルートちゃんを愛しているよ。だって、ブルートちゃんの為にブルートちゃんを手放すって、そう決めたんだから」 「うそだ」 「嘘じゃない」 「嘘でい・・・・嘘だ。この・・・嘘つきのインポ野郎」 「俺が殴り飛ばしてそれから奴が俺のことを殴って。尻もちをついた俺を見下しながら、あいつのことをくれてやるってそう言ったんだ」 「うそだ」 「ごめんね」 ブルートが、銀時をじっと見る。 その瞳に涙は無かった。 「俺たちは、あのままで良かった。何も変わる必要なんか無かった。なのに・・・アンタが・・・・」 「そうだね、俺のせいだ」 「アンタがいらねえこと、しやがるから」 「ごめんね」 「帰って」 「・・・」 「帰ってくだせえ」 「うん」 のっそりと銀時が立ちあがった。 その顔は酒で上気はしていたが、酔っている表情では無い。 穴の開いたそれでも清潔な白い靴下が一歩踏み出して、ブルートの腕を取った。 「いやっ・・・・だ!」 その腕を振り払おうとするのを許さず、銀時がブルートの顎を強く掴んで激しく口付ける。 「んん、うう」 どっさりと銀時の大きな体がブルートの上に覆いかぶさるように倒れ込んだ。 「どけ!クソエロインポ!能無し!」 身体の下で叫び続けるブルートの匂いとぬくもりを感じて、銀時は忙しかったこの数時間を思って、ゆっくりと息を吐いた。 (了) |