愛に似ている H.25/01/27


(注:土銀土!)「愛の代償」の土方目線です。土銀土ですのでご注意を!これ読まなくても次の「愛の我儘」多分読めますので沖受け以外駄目な人は飛ばしてください。







「愛に似ている」

あいつと俺は正反対のようで実は似ている。
基本的に一人を好むし合理的で面倒事には首を突っ込まない。学部も専攻も同じで同じ論文にケチをつけて同じゼミを選んだ。
似ているが俺に持っていない物をあいつは持っているし、その逆も然り。
足りない所を暑苦しくない程度に補い合えて居心地は悪くなかった。

あの馬鹿が現れるまでは。



地方出身の俺は、大学合格と同時に崩れかけの学生寮に入った。
古い言葉で言うと「苦学生」の俺にとって飯が美味いのと寮費が馬鹿みたいに安いのが魅力だったが、二人部屋と聞いて我慢の二年だなと思った。
どうせ三年になれば寮を出なければならないきまりになっているのだ。

他人と住むのはいただけないが、そう我儘も言っていられないので少しでも後に入寮しようと入学式の前日に荷物を入れたのだが、同室の男はまだ来ていなかった。
入学式とオリエンテーションが終わって諸手続きも済ませ、選択の登録用紙を手に寮に戻るとボストンバッグがぽつんと一つ部屋に増えていて、灰色の髪の天然パーマが俺の椅子に座っていた。

ドアの音に気付いて振り返ったらしく、椅子の背もたれに肘をのせて上半身だけをこちらに向けていた。

「やあ、おかえり」

最初の印象は、日本人らしくないというものだった。
日本人というよりも、中世ヨーロッパの肖像画のような生気の無さ。古い絵具で描かれた、息をしていないうつくしい男。珍しい髪色がそんな錯覚を起こさせる。
瞼が重いのか半分閉じているようで、透き通るような色の睫毛がしっかりと水平に伸びていた。
安い学生寮の窓から夕暮れの西日が差していて灰色の髪がちらちらと光っている。

俺はずかずかと歩み寄って窓の前に据えてある机を指差した。
「おまえはあっちだ」
「あ、そうなの?」
「こっちは既に俺の物が置いてあんだろうが、見てすぐわかるだろう」
荷ほどきした時西日が直接あたらないこちらの机に参考書を並べておいたのだ。

「あでも決まってないよね、どっちがどっちの机とか」
「早いもの勝ちだ」
「あーらら」
「どけ」
「はいはい」
俺が凄んでみせると、案外素直に背中を丸めて椅子から立ち上がった。同じ目線になってから分かったが、思ったよりも上半身に筋肉がついていて胸やら肩やらのなめらかな曲線は、ただならぬ色気を持ちながらもそれが返って禁欲的に見えた。

男は、空の机の椅子を引いてゆっくりと腰かける。
そしてキイキイと音をさせながらさっきと同じように振り向いて、
「よろしくね、俺は坂田銀時」
と、言った。
ゆっくりと動く喉仏。唇からもれる低い声が、俺の頬骨をびりびりと刺激する。

「こっちの椅子はなんだかキイキイ言うねえ。かえてよ、んーと多串くん」

なんだかんだで結局はいつもこいつが俺の椅子を占領し、最後には明け渡すことになる。
俺の持っていないもののひとつに、こういうちゃっかりした才というものがあるのは確かだった。




最初のひと月は反発して過ごした。
門限の23時を大きく回って帰って来ることが多く、どうやらバイトを掛け持ちしているらしいのだが授業には顔を出したり出さなかったりでいろんな意味で迷惑した。
共同生活の心得をいくら説いてもこれは改善されず、逆に俺の方だけ禁煙を強要された。
部屋での喫煙は禁止されているものの、部屋の壁紙には長年受け継がれた煙草の煙が染み込んでいて禁止も糞もない。それなのに春とはいえ底冷えする廊下の喫煙コーナーに追いやられて寮母のバーサンの冷たい視線に耐えながら一服しなければならなかった。

ふた月も経つと坂田の身勝手にも慣れた。新歓コンパも一通り終わり授業にも慣れ坂田も生活の一部となった。
元来人に干渉されるのが嫌いなタイプなので、一人でいられない時はたいてい他人の存在を無意識に締め出していることが多い。だから坂田も同じようにいないものとして扱うようになっていた。
たまにわざとなのかそうでないのかよくわからない嫌がらせをしてきて、というかわざとだと思うのだが俺の鞄にこっそりイチゴ大福を入れておいてそれを俺が知らなかったものだから三日後にレポートと教科書をぐちゃぐちゃに汚して発見された。
文句を言うと、無駄に照れながら
「あ、気づいた?お近づきのしるしだよ」
などと言って、これには無視できないで怒り狂ってしまった。

3月目にはおかしなものでたいして坂田のことが嫌ではなくなっていた。
なるほど要領の良い奴でそれが遠い関係ならば鼻持ちならねえのだが、学科も専攻も同じとなるとうまくやれないこともない。
般教の授業に出ないで図書館に籠りレポートを仕上げる時など、坂田が授業に出ていると実に要点を抑えたノートを取って帰ってくる。
もちろんノートにつまらねえ悪戯なんぞ仕込みやがるのでそう簡単にはありつけないのだが、一発頭をはたけば素直に出してくる。
逆に奴が授業をサボる時は俺が代返してやったりとあくまでギブ&テイクの関係として邪魔にならなくなった。
ぎゃあぎゃあうるさかったり他人にまったく興味の無いような素振りだったり掴めない奴だが、着かず離れずの距離で上手くやっていけるような気もしてきた。


そして、夏になった。
耳をふさぎたくなるほどの蝉の声と暑さ。今年は日本の夏特有の湿気と陽射しに参ってうちの寮でも体調を崩す奴が幾人か出たほどだった。
この頃には俺も自主休講を覚えて冷房の効いている大学へ行くさえ億劫になったりしていたので、バイトの無い日はよく自室でただ一日ゴロゴロとしていた。
築40年のオンボロ寮だから寮費は2500円。エアコンなどあるわけもなく、だから光熱費もさほどかからないのだが、壊れかけの扇風機からは熱風が撒き散らされカラカラというその音にも苛つくほど。
頼まれて訳のわからない学生雑誌に寄稿しなければならず、俺は坂田に無理やり交換させられた古い椅子を軋ませていつ放り出そうかとタイミングを計っていた。

「あっついねえ、土方くん」

背後から坂田が間延びした声を出す。

坂田は狭い二段ベッドを嫌ってなけなしのスペースに布団をぐちゃぐちゃに敷いて寝ていた。
縦も横もギチギチに占領し、しかも万年床にしているので内開きの部屋のドアは布団の足元を押し込んで開けなければならなかった。

「暑けりゃガッコ行きゃいいだろうが」
「いやー、ホント行く気力もないよね」
「だったら黙ってろ、俺は忙しいんだ」
「そういやきのう土方くん、彼女に振られたんだって?」
「あ?」
「全然相手してくんないってこぼしてたらしいし、仕方ないよねー」
「何だ?何が言いてえんだ?」

苛々が頂点に達して振り向くと、部屋のドアを背にして坂田が万年床に片膝を立てて座っていた。

右手に濃いワイン色のアイスキャンディバーを持って、それを七分ほど食べてある。
全身汗だくで、白いランニングとマヌケなクマ柄の短パン。夏なのに真っ白で筋肉質の足が裾から長く伸び、途中で折り曲げられていた。腿には綺麗な筋肉のすじがすっと通っていて、坂田が姿勢を変える度に卑猥に動く。
肩の盛り上がりと鎖骨に鈍く光る汗。ランニングの下の胸筋はゆっくりと呼吸していたが、その下の腹はぐっと締まっていてだらしなくのびたシャツの裾だけがパンツからくたりとのぞいている。

俺の額から噴きだす汗が、眉を乗り越えてまつ毛にかかった。
途端にぼんやりとする右目の視界。そのぼやけた世界の中で坂田が口を開けてキャンディを頬張った。
根元まで咥えてぬるりと引き出す。
棒にしがみついている残りのアイスをさくりと歯で掻き取る。溶け始めているワイン色の液体が、坂田の小指からひじに向かって流れ落ちていた。

「・・・・・汚すなよ」

水分不足の為か煙草の吸い過ぎか知らないが、かすれた声が出る。
言うと同時に俺は席を立った。

たったの二歩で坂田の万年床。

「あげないヨー」
あわてて最後の一口を食べている坂田の前髪を掴んで布団に引き倒した。

「うわっ、何すんの土方くん」
べっとりとした棒と右ひじが布団に着かないように坂田が腕を浮かせている。そちらに意識が行っている間にランニングを首まで引き上げて赤く濡れた甘い唇に吸い付いた。

「ン・・・ンッ」
何か言いたげに頭を振るが、髪を押さえつけたまま舌で歯列をなぞると甘ったるい匂いが俺の口内に流れ込んできた。
たくし上げたランニングの下をまさぐって皮膚の薄い肉芽を探り当て、親指で押した。
「ン」
固い胸が布団に逃げるように下がる。
唇を放して急激に芯を持った乳首に食いついてやった。
「テメッ・・・ンゥッ」
舌で強く押してからざらりと舐め上げる。

「ン・・・は、・・・どうしちゃったの土方くん、女の子にフラれてトチ狂っちゃった?」
「ああ、最近抜いてなくてよ、相手しろや」
唇を放して首筋に顔を埋めると、むっと男の汗の匂いがした。俺自身Tシャツに汗が染みているので、二人の身体と汗が密着して湯気が立つようだった。
坂田の右手をとって、俺がかわいがっていない方の乳首に誘導してやった。
「オラ、自分で触っとけよ」
「ふっ・・・・ふ、う・・」
ダルダルの短パンを勢い良く引き下ろして、灰色の茂みに存在するものがうっすらと反応しているのに興奮した。
「おい」
「・・・なに」
「ローション持ってねえか」
「ん、もって、ねえよ」
「チッ。そのまま弄っとけ」
大股で机に戻り、ローションを手に振り向くと、布団に横たわった坂田が、乳を弄りながら膝までずり下がった短パンから片足を抜いて己の象徴をも慰め始めていた。
「素質あんじゃねーか」
坂田の傍に戻って衣服を脱ぎながら上から見下ろす。肩も胸も腕も腹も腿もふくらはぎも闘鶏のようなくっきりとした筋組織の盛り上がりがあるが、腰は意外に細い。

俺は汗でべとついたシャツとジーパンを脱ぎ、真っ裸になって坂田の足の間に腰を降ろした。
ローションを使って指で尻を解してやる。
いつもの涼しい顔を羞恥に歪めてやりたくなって、必要以上に足を広げ左足を肩に担いだがその表情は変わらない。
だが、その気にはなっているようなのですぐに角度を探って押し入った。

坂田の、眉が強く寄る。
身体がくの字に折り曲げられている為体勢が苦しいのだろうが、それだけではない。
坂田の尻穴は、本能から異物を押し返そうとしてびくりびくりと収縮を繰り返した。

「男ははじめてか」
「・・・ああ」

俺はほんとうは男だけだ。

だが、言わない。

「うぉ・・・、まだ・・・入ン・・・のか・・」
「まだ入る」
ぐっ、ぐっと猛った己を押し込むと、坂田の眉根が更に寄る。もともとの汗でべったりと貼り付いた灰色の前髪。しかし額から新たに溢れる透明の粒は、明らかに女で言うところの破瓜の痛みのせいだろう。
「ふ・・・、け・・つの穴って・・こんな、ひろがんのね」
「黙ってろ」
ゆるゆると動き始める。
「うう、う」
額の汗を拭ってやるように前髪を脳天に向かって撫で上げると、この期に及んでも半開きの目が、俺の手首を捉えた。
俺がうつくしいと思ったサバンナの羚羊のような坂田の肩の筋肉がみっちりと浮き上がっては激しく息づく。
十分にゆっくりとした抜き差しを楽しんでから俺も我慢がきかなくなってだんだん速度を速める。
坂田の良いところを探りながら固い雄で何度も切り開く。
坂田はずっと苦しそうな顔をして、声も出さなかった。時折喉の奥からぐう、と漏らしたり息を止めたりして、俺の皮膚と坂田の内部が強く擦れる度に、仰け反った喉仏が跳躍した。

感じている。

じっとりと汗ばんだ足を担ぎ直し左手は坂田の腿の根元をぐっと外側に押さえつけながらじっくりと表情を見る。
苦しそうな顔をしながらも坂田は感じていた。
さっきまでおろそかになっていた自慰。今は我を忘れたかのように俺の動きに合わせて右手を動かしている。

「ふっ・・・ふう、ううっ・・・」
我慢しきれない声が漏れ始めた。けれど、歯は食いしばって苦しそうなまま。

ねっとりとした粘膜の激しい摩擦。
元々閉じていた穴いっぱいに俺を埋め込んで、そこを女性器にしている。この快感が、やめられない。
坂田の布団は、二人の汗でぐっしょりとして、むせ返るような匂いと熱を発していた。

「うぁ、うあっ」
大きな音をさせてひっくり返した尻に己を打ち付けながら、更に坂田の身体を折り曲げて俺は強引に唇を合わせた。
熱い口内。猛スピードで揺れる身体。
お互いの舌を吸っては離れ、歯ががちがちとぶつかり合った。

俺にしがみつく肉壁を擦り上げる度に電流のような衝撃が脳天まで抜ける。きっと坂田も同じだろう。
「んっ、ん、ん・・・・駄目・・だ、抜けっ」
「なにを・・・っわけの、わからねえこと、を」
「んぁっ・・・あ、抜け・・・うぁ、抜け・・・ハァッ・・ン」

声を出さない坂田の少し裏返った嬌声を聞いた瞬間、俺の肉棒がずくりと音をたてた。

逐情する。

インパラと呼ばれる羚羊のような腰がねじれて逃げを打つがその腰をぐっと押さえて俺は最後の抽挿を繰り返した。
激しい摩擦の快感の中限界まで上りつめて、瞬間尻から己を引き抜いた。坂田が自分を慰めているその中心に向かって放出する。
坂田は、しばらく俺の白濁ごとぐしゅぐしゅと擦ってその後精を吐き出した。

ハァッ、ハアッ、ハアッ。

お互い肩で息をして、ねっとりと視線を絡ませる。
頭がくらくらするほどの暑さ。
俺の髪からもしとどに汗が流れ落ちていた。

しどけなく寝ころんでいた坂田がゆっくりと起き上がる。
両手で頬骨のあたりからこめかみを通って後頭部まで髪を引っ張る様にかき上げて、ふうと大きく息を吐いた。

俺が裸のままキイキイとうるさい椅子にどすりと座って坂田の方を見ると、さっきまでの余裕のない顔はもうとっくにナリをひそめていた。

それから、興奮の名残の真っ赤な唇のまま、ニヤリと笑って
「満足した?土方くん」
とえらそうに言った。




 



坂田は、男は初めてだと言っていたが、確かにあの夏俺たちはお互い性欲を持て余していた。
あれは坂田が誘ったのだと今でも思っている。



それから俺達は、溜まればヤッてまた溜まればお互いで処理をして過ごした。
いつも挿入があるというわけではなく、扱き合ったりお互いをおかずにして目の前で自慰をしたこともある。
特定の男を作るのが面倒な俺にとって坂田は手っ取り早かった。歯を磨いて風呂に入るように坂田とヤる。
坂田の姿態を相手にしていると、ヤっている時はそれなりに熱くなるがそれ以外は絶妙の距離を保てた。
坂田もべっとりとしたタイプではないのでやりやすい。

始めての時に男を覚えてハマるかと思ったが、ハマるにはハマったがガツガツとしていない。
大抵は俺が仕掛けて事が成される。流れから自然俺が上になるのだが、坂田は案外男を受け入れるのが合っているような気がした。
俺を拒んだことはほとんどなかったし、なんだかんだで慣れて後ろを刺激されて勃起するようになった。ただ表情はいつも何かしら苦しそうで、それがまた俺にとっては魅力的だった。
坂田が男になる時は、ごくたまに俺が終わったあと足りないのか急にむくりと起き上がって俺の背中に覆いかぶさった。
普段は冷たいのにこの時ばかりは火のように熱くなる坂田の手が俺を慰めて、そうして俺の中に坂田が入ってきて吐精するまでを楽しんだ。

一度などは寮のシャワールームでお互いを貪っていると急に学生が入ってきて、これには困った。シャワーの個室の扉は床から30cmほどからしか無く、足を見れば二人でクソ狭い囲いに入って密着しているのは明白だからだ。
夜11時から翌日の夕方5時まで水しか出ないのだから、まさかこの時間に人がくるわけがないとタカをくくっていたのだが、入ってきたのは誰だか知らねえが足元を見るんじゃねえぞと焦ったのを覚えている。馬鹿らしくて二人で笑った。

女も試したことはあったが、ぐにゃぐにゃと柔らかい身体で何処へ連れて行けだのあれを買えだの私だけを見ろだのうるさくてしかたない。
そんなことを言わない坂田が、ただ便利でセクシャルで俺の条件をすべて満たしていたのだ。




そいつに先に会ったのは俺の方だった。
先輩のコネで見つけてきた俺の家庭教のバイト。生徒は高校2年のクソガキ沖田総悟。
愛らしい顔をしているが、身体がまだ出来上がっておらず性格が最悪なので全く食指が動かない。
こういうのはノンケの男がまかりまちがって引っかかってしまうタイプで俺の趣味じゃない。

「ひじかたせんせ〜〜〜〜〜〜〜、せんせーの教え方が悪いんでェ、俺全然成績上がらねえんですけど」
「テメエの出来が悪ィんだろうが、まさかその頭で大学行く気じゃねえだろうな」
「行けるとこまでもってくのがテメエの仕事だろィ」
「小学校入学程度の学力をどうやってあと一年でそこまでもってけってんだ、いいからこれやれ!」
「ヘン、てめえの能無しを棚に上げて成績上がらねえのを俺のせいにするなんてひでえ給料泥棒でさあ。まっ、俺ァ大学なんて行く気しねえんで。」
「じゃあカテキョーなんざ金の無駄だろうが」
「知らねえよ、俺ァおねえちゃんが「そうちゃんももうすぐ受験だからお勉強しなきゃね」って言うから我慢してやってるんでさァ。あ、てめえおねえちゃんに手ェ出したら殺すからな」

金をもらっているにしても割にあわないが、まあ楽な仕事なんてないのはわかりきっているので仕方ない。俺の仕事はこの馬鹿の成績をなんとか上げることだから考えられる限りの手をつくして毎回部屋を後にした。

一度どうしても都合が合わなくて坂田に代わってもらったのだが、いつもどおりの顔で帰ってきた坂田に「手の付けられねえガキだったろう、悪かったな」と聞くと、「いや」とだけ答えてそのまま布団に入って寝てしまった。

次の朝、寮の食堂で飯を食っていると坂田が向かいにトレーを置いてどんと座った。そうしていきなりどうしてもあのバイトを譲ってほしいと言い出したのだ。
どうしたんだと聞くと、割りの良いバイトだからねと答える。
まあ俺は親から少し仕送りがあるが、坂田は学費も半分は自分で賄っているらしいのでそこは譲ってやろうかと思った。どうせ俺の力不足かなんだかしらねえがあの阿呆の成績を上げてやることはできなかったのだから仕方ない。
じゃあ来週からお前が行けと言うと坂田はにっこり笑ってありがとうと答えた。

よくあんなボケに勉強を教えようという気になるなと思って、やはりそれほど金が欲しいのだなと軽く考えた。

それから冬が来て春が過ぎ二学年になった俺たちは今まで通りの関係を続けていた。
けれど、何かが違う。
俺が誘いをかけてもノッてこないことが多くなったのだ。
女でもできたのかと思ったが、一人に絞るのが面倒な坂田なのでそれはありえないと考えていた。
部屋にいないことも増えたので、きっとバイトを増やしたのだろうくらいに思っていた。
ただ、部屋で久しぶりになにかカードを繰っていて、それがいつも坂田が女を落とすのに使っていたマジックの練習で、俺と肌を合わせるようになってからはその仕様もない技をあまり見かけなくなっていたので「おや」とは思った。

それがいくらもしないうちに残り半年の入寮期間を残して坂田が部屋を出ると言った。
その前日に俺が目で坂田に合図を送ったが坂田は何もないような表情で俺から取り上げたライターを横になって手で弄んでいた。
やりたければやる、嫌ならやらないが俺たちの関係だが、明らかに最近坂田は俺と交わるのを避けている。それに多少イラついて俺は坂田の寝ころぶ布団に大股で侵入し、仰向けの坂田に馬乗りになると、シャツの上から左右の胸をぐっと親指でさぐって押した。

坂田の表情は変わらない。

ぐるぐる、と指を回しながら押し込むと、坂田の眉がほんのすこし解るかわからないかだけ寄って、戻った。

「・・・なあ、知ってるか?乳首開発すると男のほうがスゲエことになるんだってな。馬鹿みてえに感じるようになって触られりゃあ声出して終いにはシャツにこすれただけで乳首が勃起するようになるんだってよ」

試してみねえか?

と続ける前に坂田は腹筋だけで起き上がった。
その表情はいつもとほとんど変わらなかったが、ほんの少しだけ俺を軽蔑でもしているかのような俺に負い目があるかのような色が見えた。
俺が坂田の腿の上に跨っている状態のまま、口を開けて坂田が近づいてくる。
ねっとりと唇を合わせて。
無言で坂田が俺を押し倒した。

それが、坂田と交わった最後だった。



他人を好まない俺と坂田。
お互いそれは十分承知しているので、坂田は新しい住人が来ないように俺に気を遣って残り半年この寮に席を置いて別にアパートを借りると言った。
そんなことされる言われはねえというとフッと笑って、まあ俺がそうしたいんだよと続け、それから賃貸冊子に目を落とした。
何よりも金が好きというような奴だった。
授業をさしおいてバイトに励み学費を捻出して格安の寮に住んでいた。
その男が決して安くない東京の家賃を払って寮費も払い続けるという。
俺はそこに、間違いなく新しい恋人の影を感じ取った。

決まった相手は面倒だと言っていなかったかと問うと、俺は土方くんとは違うからねと流す。
そんなことはない。言わなくてもわかった。
俺と同じだこいつは。
他人を嫌っているわけではないが、なにか不思議なベールのようなもので己を包み、外界と遮断されたところで生きているような男だ。
なぜそんなお前が俺から離れる。なぜわざわざ外界と交わろうとするのか。

俺達はお互いひとりでいい。

ひとりでいてたまに絶妙な距離で付き合えばいいのだ。

だけれども俺もそれ以上何も言わないで坂田を寮から送り出した。
それほど執着しているわけでもない、坂田はただ便利な相手なだけだ。


しかしそれからもう一度春がきて三学年になった時俺は愕然とした。
あの糞生意気な沖田総悟が当然のような顔をしてキャンパスで坂田の腕を取っていたのだ。
とてつもない阿呆がまさかと思うほど成績が伸びて、とうとううちの大学に合格したという。

沖田は真実、くずのような子供だった。
坂田の家庭教師は週一なのに連日連夜アパートに押し掛けつきっきりで教えさせた挙句なんとかうちにすべりこんで、更に坂田にまとわりついて俺に牙を剥き毛を逆立てた。
坂田を盗られるとでも思っているのか俺に思いつく限りの嫌がらせを見舞ってくるのが鬱陶しくて小賢しい。

沖田はまったく坂田に似合わなかった。
こう言えば褒めすぎなのかもしれないが、坂田はまるでギリシャ彫刻のような体つきをしている。
女のような肌ではないが、どこか冷たい氷の異国然とした外見とは裏腹に、ふれると吸い付くような熱と固い筋肉の弾力。掌から坂田の普段あまり揺れない心があつくなって俺の身体に流れ込んでくるような感覚。だがやはり一番俺自身の熱を上げるのは、感じているくせにつらそうに眉を寄せるその顔。
坂田にあんなちんちくりんの沖田が合うわけがない。
似ている部分と正反対の部分が絶妙なバランスを保って混ざり合っている俺の方がシンメトリーのようにしっくりくるだろう。

沖田は俺と坂田の間に無理に入り込んでは、なにもかもを邪魔するつもりでいた。
べつに坂田に執着しているわけでもない。居心地が悪くも無かったが、去るならばそれでいい。
からだの関係とは別の次元で俺達が会話しているときでさえチョロチョロと鬱陶しかった。

だから、蠅でも払うかのような感覚で仕置きをしてやった。
その頃には俺も寮を出ていたので、部屋に坂田を呼んで部屋の窓を開けてお膳立てしてやると、あの馬鹿は何の捻りも無く忍び込んできた。今までの沖田を見ていて簡単に予測できる愚行だ。
コソ泥のように隠れていた沖田をつまみ上げて「お尻ペンペン」してやって、それから素知らぬ顔をして坂田と会った。
坂田の、何にも興味がないような顔。
俺はそれを横目で見ながら、俺と沖田のことを知った時、やはりこの顔が苦渋にゆがむのだろうかと考えた。


沖田は坂田になにも告げ口などしなかったようで、あくる日もその次の日も坂田は普段どおりだった。
ただ沖田だけが俺の目を見るとビクついたように姿を隠した。
その変化に気づいているのかいないのか。
いればいくら坂田でも平常心ではいられないだろう。なにしろ初対面で惚れて部屋まで借りた相手なのだ。

沖田が告げ口しないのは、保身のためだ。
俺はそのびくびくとしたねずみのような姿が目障りでならなかった。
それに、お仕置きの日の沖田。俺が良いところを突いてやると、おもしろいように声を上げた。
涙と涎を流して喜んで啼いた。
最中の汚らしく滑稽な沖田と、あの眉根を寄せた坂田の表情。雲泥の差だった。
こんなののどこがいいんだ坂田、と。腰を打ち付けながら思った。


それからも、坂田の口から沖田の事について触れられることは無く。
俺はしばらくしてもう一度だけ坂田に迫った。
埃臭い研究室で山積みの文献の中、書棚に向かう坂田に後ろから密着して首筋に顔を埋める。

「土方、お前とはもう終わったし、最初から何か始まっていたわけじゃないよね」

俺を振りほどくように振り向いて、書棚に背中をぴったりとつける坂田。
古い油絵のような艶の頬や目や唇が、俺を見た。

「ああ、なにも始まってなどいない。だから、今までどおりでもいいだろう」
俺が、同じ目線の坂田に顔を寄せると、坂田は乾いたサーモン色の絵具のような唇をゆっくりと開いた。

「俺は、土方くんのナルシス趣味に付き合う気は、ない」




その夜、俺は夢の中で切り立った崖の下にいた。
崖を上るしかないのだが面倒だなと思っていると、ぱらぱらと小石が頭上から落ちてきた。
見上げると、立派な羚羊が足の踏み場もないような崖の斜面に立って、じっと俺を見下ろしていた。

どうやってもあすこには届かない。
俺の爪は崖に住む羚羊のように強く器用ではない。

目が覚めてシャワーを浴びて目の前の鏡を見ると、俺がいた。
俺は、俺の顔で俺の身体で俺をじっと見つめて、昨日の坂田とまったく同じセリフを吐いた。



(了)











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