これが昼メロの愛だ!_2




総悟は昔から大喰らいの女に良く興味を持っていた。
姉のミツバが尋常じゃない辛味嗜好だからというわけでもないだろうが、食に対してなにかしらの刷り込みがあるのかもしれない。
田舎にいた頃、鎮守の森の裏手にあった集落に、いくらでも飯を食う女の餓鬼がいた。
畑でとれた芋や葉物のみならず、百姓でも捨てるような芋蔓の端や渋みのひどい木の実までも水にさらしてしがんでいた。
稗と粟、大根と水菜でかさ増しした雑炊に松の実の粟餅をたっぷり放り込んで丼に5杯も食い、齢11にしてたった一人裏山に登り花の蜜を吸いながら、仕掛けた罠に掛かった貂をとってきては親に絞めてもらって貂汁にし、それも鍋を舐めるようにして食った。
とにかく一日中何かを口に入れていてそれでも目方のほうはそれほどあるようには見えず、かえって細っこい身体をしていた。

総悟はその女子に興味を持って何が面白いのかいつも飯を食っているところを眺めていた。
ひじかたさんまるで化け物ですぜぇなどといちいち報告に来てはまた駆け戻って観察していた。
あの頃はまだ懸想心などあったわけではないだろうが、その執着心は呆れるほどだった。
だがまだいい。
総悟がそういう意味で心を奪われたのでなければ、めずらしい動物を見るような心持で追いかけているのならば好きにすれば良い。

江戸に上る前の年、これは向こうの方から総悟に声を掛けて親密になった女がいて、総悟よりも三つも年上だったがこの女も良く食った。
鎮守森の餓鬼ほどではないが山盛り飯を嬉しそうに食い、こちらはふくよかな身体つきをしていた。
料理に唐辛子を山ほど入れて食う癖があって、総悟はそこに姉の姿を重ねたのかもしれないが、淡い恋心のようなものを抱いて、こちらもそろそろ加虐精神が確立されてきていたため道場の饅頭をくすねては紐にくくりつけて木の枝から垂らし、目隠しをした娘に食わせていた。
「瞼の上に手拭いをきつく巻いてそれでも口を開けて饅頭を探す姿がたまらねえんです」
などという変態じみた言動を総悟に取らせた女だったが、これは確実に惚れていたのだろう。
総悟が娘に会いに行っている間俺は落ち着くことが無く、こっそり二人の様子を覗いていたりした。
総悟と娘が親密そうにしていると苛つきは激しくなり、総悟に何か意見してやろうと思ってもいざ奴を目の前にすると兄ぶって注進するのもうるさく思われるかと心が萎えた。

数か月悶々とした日々を送っていたが、娘の食い意地が災いする事件が起こった。
前日の大雨で川が増水していたのだが幸い橋までは落ちておらず、ごうごうと土色の水が流れている真上に岸からせり出したざくろの木があって、それにたわわに実がついていたのを橋から身を乗り出して取ろうとしたのだが、バランスを崩してそのまま真っ逆さまに川に落ちてしまった。
これは目撃者がいるから間違いがない。
娘の遺体は翌々日2里も下った下流で発見されたが、総悟の落ち込みようはそれはひどく、しばらくは娘の好きだった蕎麦屋の前を通るのも辛いようだった。

「俺はな、総悟」

お前は哀しいかもしれないが、俺は違う。
大雨が娘を殺してしまったが、雨がやらなければ俺がやっていたかもしれない。

そう言ったか言わなかったか。
娘の死後、総悟が目に見えて気落ちしていたので、自棄酒をあおって総悟の前で口に出したような気がする。

死んでしまえば思い出になる。
したくなくとももういないのだからそうするしかない。
思い出は何よりも強いが、反対に時間と共に悲しみは薄れる。薄れなければ人間の精神は耐えられない。
生々しい悲しみと隣り合っているつもりでもほんの少しずつ、まるで墓標に書いた墨文字のように、決して無くなりはしないがゆっくりと時に流されてゆく。
それならば、生きている者の勝ちだ。
そう考えれば、総悟が興味を持った女どもが邪魔でならなかった。


なにはともあれ翌年、俺たちは上京して真選組を組織した。
生まれたばかりの烏合の衆、所詮は与太者の集まりだなどと周りの目が言う。女などに余所見をしている暇は無かった。
だが総悟は違ったらしい。
とくに女好きというわけでもないはずだが、刀一本で働きの良し悪しが決まるとなれば総悟より働く者はおらず、俺や近藤さんのように組織を纏める仕事も無かったものだから他の奴よりも余裕があったのだろう。
いつのまにやら女を見付けてきて、これはいくらも飯を食わなかったが総悟のドSが周りにも聞こえはじめていた頃だったのでおそらく好んで寄ってきたのだろう。
なにやら首輪をつけて四つん這いで歩かせていたが女の方も喜んで従っていた。
周りは皆、嫌悪のあまり二人の話題に触れることもしなかったが、本人たちは楽しんでいたらしい。
けれどこれはすぐに終わった。
「土方さん、あの女はつまらねえ」
総悟がそう言いだしたのだ。

なんでも女を従わせるのは嫌いではないが、どんなことでも喜んで言う事を聞くようなのはさして好みでないそうだ。
結局この女とはただ連れ立って歩く以上の関係にはならなかったようだが、そのうちもっと気の強い女をどこからか見繕ってきて、これをいつのまにやら屈服させてまた連れ歩くようになっていた。
これは今までの女の中で総悟が一番気に入っているのは良く解った。
反対に女の方はそれほどでもなく、総悟のサディスティックな部分には辟易しているようだったが、それがまた総悟の好みらしく、あいつはよく女の家に会いに行っていた。
俺はまた苛ついていたが、「どんな形であれ俺や姉にしか笑い掛けなかった総悟が、他人に興味を持つなんて良いことじゃあないか」と近藤さんは笑っていた。

だが、女はいなくなってしまった。
誰にも何も言わぬまま、姿を消した。

総悟は川で死んだ女の時ほど嘆きはしなかったが、ぽつりと
「ひとの命なんて、ヤワなもんですね」
と言った。

女が死んだことを知っているのだ。
総悟は昔よりも少し大人になっただけで、前と同じように深く悲しんでいるのはわかった。
そして、俺が女を殺したことも多分知っているのだろう。

田舎で大雨の次の日に、総悟の惚れていた娘を川に突き落として「川に落ちた」と俺自身が証言したことも。

「ひじかたさん」
俺の殺人を知っていながら、総悟が甘えるように俺の膝に手を乗せる。

「俺ァきっとまた別の女と懇ろになりやす」
いくら俺が女を殺しても無駄だと言いたいのか。

俺は総悟がそら恐ろしくてたまらなかった。
いくら真選組鬼の副長として愛刀に攘夷浪士どもの血を吸わせているとしても、何の悪心も無いかたぎの女を手に掛けた俺はひとでなしだ。
元より極楽浄土に行けるなどとは思っていないが、俺のやったことは悪魔の所業。
仕事じゃない。己の欲の為に人の命を殺めた。それも無力なか弱い女を。
総悟がいくら女を作っても俺だとていくらでもそいつを消すだろう。
お前が恋をするたびに、俺はどんどんおそろしい鬼になってそのうちほんものの人食い鬼になるのだ。それも己の醜い欲の為にいくらでも、自分と同じ人間を手に掛ける共食いの魑魅魍魎だ。
俺の背にも肩にも腕にも足にも、俺が殺した女が縋り付いてくるのを甘んじて受け、そうしてまた新しい女の死体を背負うのだ。

総悟。
お前はその白い肌と艶めかしい身体でどうやって女を抱いた。
きっとお前は抱くよりも抱かれる方が似合っている。
それなのにお前は。

お前はまた、新しく女を作って、子を孕ませた。
何でもないような顔をして、俺の知らないところで胸糞の悪くなるような餓鬼に手を出し好き勝手にやってまた俺の手を汚させるつもりなのか。

俺はとうとうほんものの鬼になる。
腹に子どもがいる女を殺すのだ。
まだこの世に生まれ出でる前にその芽を摘み取って踏みにじって、あの洪水のような土色の三途の川にその命を投げ捨てるだろう。

今こうやって総悟を組み敷いて見下ろす俺は、きっと鬼そのものの顔をしているのだ。





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