「鉄線よ、我君を愛す(11)-8」






頭の、奥の方が、がんと音を立てたような気がした。

そうしてその次にどくどくどくどくと、脳から心臓から血流が身体中に送られはじめたのを感じる。
そのくせ足と手の指先などはすっかり冷え切って、己の身体にほんとうにくっついているのかどうかもわからない。

「なに、を・・・言って、いるん、で、さぁ・・・」
不自然に頬が引きつった。心臓が破れそうなほど早打ちを始める。

「俺・・・ァ、ここを追ン出されたら行く所なんてねえ、アンタも知っての通り、父上は先の戦争で頓死し、母も姉も早くに亡くしました。本家とは付き合いなんてねえし、屋敷もとうに人手に渡っていやす」
「あるだろうが、行くところなら」
突き放したような、冷たい声。

相手の表情が見たくなってしまったのは、総悟の方だった。

「嫌・・・嫌だ・・・追ン出さねえでくだせえ、なんでそんなこと言うんですかい!!俺の為だってんならお門違いもいいところだ!俺ァ望んで戻って来たんだ!それを今更・・・今更そんな事言うなら、俺の事をどうしてこの城に迎え入れたんでさあ!敵の大将に汚されたこの身体が気に入らねえってんなら、どうしてあの時、俺のことを取り返しに来てくれたんですかい・・・」
「一目会いたいと言っただろう」
総悟とは対照的に、冷静な十四郎の声。
「一目・・・一目で良かったんだ、生きているのか死んでいるのかもわからねえあの人のことを知りたかっただけ・・・」

「何を言い訳しているんだ。いいんだもう、言い訳などしなくても」

何か言い返そうとして、総悟は己の右手ではっと口元を押さえた。

「俺ァ・・・・・」

誰に言われるまでも無く、本当に尻軽だと、喉まで出かかった。

確かに大島ではずっとここにいたいというような言葉を口にした。
それでいて、北上山城を追い出されそうになったら慌てて十四郎の足にしがみ付くのか。

あっちでもこっちでも良い顔をして、挙句どちらからも捨てられるのか。


呆然と、総悟が呟く。
「・・・・俺ァ、ただ、さいしょは、あっちであれ程可愛がってもらっておきながら、ここへ戻って来てまでアンタと懇ろに戻るなんざそんなことできねえって、そう思っていただけなんでさ」
それなのに、いつの間にかまったく反対になっている。
己の心を押し隠して十四郎を退けていたのは何だったのか。

「今、十四郎さまに出て行けと言われて・・・・俺ァ」
がくがくと顎が震えて言葉にならなかった。
己の身体に触れもさせず、愛も囁かず、のうのうとこの城にいようと考えていたことが信じられない。
いざ十四郎に愛想を尽かされそうになった途端、どうにかして取り繕おうとしている己に気付かされた。

長らく黙っていた十四郎が、静かに口を開いた。
立ち上がって、総悟を見下ろしたまま。

「総悟、お前は本当にどうしようもなく俺を悩ませる。戦で戦法に悩んだことなど一度もない。他のどんなことだって迷うことなんてなかった。だが、」

十四郎の、すう、と息を吸う音。

「お前だけはどうしたらいいのかわからねえ、だから、教えてくれ」

すっかり動けなくなってしまった総悟の目の前に、長身の男の影が近付く。

「もう一度聞く。お前は俺を好いているか」

ああ、と声が聞こえた。
総悟が、十四郎の夜具に顔を埋めてくずおれたのだ。

「ああ・・・十四郎さま・・・十四郎さま・・・・」
ひい、と敷布に声を吸い込ませながらしゃくり上げる総悟。
暗闇でさえ、総悟の肩が震えているのが良く分かった。

十四郎が膝をついて、総悟の肩を上げさせる。
至近距離であれば、月明かりで薄らと総悟の顔が見える。
頬を十四郎の右手が包み、ぐい、と乱暴なようで存外優しく涙を拭いた。

「無理に、言わせようだなんて思っていない。昔もそう言ったろう、苦しいなら言わなくたっていいんだ。俺は、二年でも三年でも待てる。なんなら五年でも十年だってお前の心が解けるのを待ってもいい」

ぐす、と鼻をすする音がする。

「・・・あの人には言わされて来たんだ。アンタに言えねえはずがねえ。昔は十四郎さまの優しさに甘えて言えなかったけど、今、今言いたい。俺は言いてえんでさ」
しゃくり上げながら無理に息を吸おうとするものだから、さながら駄々を言う幼子の様になってしまう。

「十四郎さま、俺ァ十四郎さまを、・・・・・・愛おしく思っておりやす。総悟は今も昔も、誰よりも強く十四郎さまをお慕い申し上げておりまさ」
途端、息が苦しいほどに、抱き締められる。
うう、と押し殺したような呻き声が聞こえた。

「総悟・・・総悟、総悟、総悟」
「十四郎さま、俺ァこれからもあの人の事を考えてしまうかもしれねえ、俺が約束を破って放り出してしまったあの人のことを、愛しいと思う心持ちには変わりねえ。だけど、俺ァ心根がひん曲がっているモンだから、アンタには俺をずっとずっと愛しいと思っていてほしいんだ。ずっと・・・ずうっと・・・総悟を、可愛がってくだせえ」

十四郎はぴくりとも動かなかった。
返事もしない。

無理矢理でなく、ただ求められて抱き締めるだけの簡単なことが、今まで出来なかった。
次に顔を見た時簡単に叶うと思っていた願いだったのに、再会してからこんなにも時間が経ってようやっとの事だった。


しばらく黙っていた十四郎が、言葉を発した。
「おまえの身体が見たい。火を入れていいか」
十四郎の肩に顔を埋めたまま、総悟がこくりと頷いた。
総悟の涙を吸い取っていた肩がふっと離れて、足音が廊下を歩いて行く。突き当たりの篝火に火を取りに行ったのだろう。





ぽっかりと暖かい灯りがついた。
寝所の半分ほどが柔らかく見渡せるようになる。

「ああ、やっとお前の顔が見れた」
「あ、やっぱしアンタ泣いていやがったんですね」
「お前こそだろうが」
「アンタは一国の殿様でしょう、ん・・」
十四郎の唇が重なる。

「んふっ・・・じぶん、で、脱ぎやす」
総悟の上顎を舌で攻めながら腰紐を解こうとするのを、手で押さえる。
脱がされている間がもどかしかった。
抱き合いたいと思っていたのは、己とて同じなのだ。

白い夜具の前を肌蹴る十四郎。
艶のある美しい筋肉が総悟の目を射る。
「傷は、もう治ったのか」
「とうの昔に」

身体中に付けられた凌辱の後と蚯蚓腫れは白い肌に残酷に残っていたが、酷かった箇所でももううっすらとしている。
『こんなモンは、忘れてしまいてえ。だけど、あの人のことは』

「まだ嫌か」
十四郎の見透かしたような瞳。

「嫌じゃねえ・・・・・いや・・・じゃ、ねえ」
「無理するな」
「無理なんかしてねえです。俺が・・・俺が、嫌だったのは・・・」
「なんだ」
「俺は、行きたくなかった」
「総悟」
「俺ァ、ずっとここで、十四郎さまにかわいがってほしかった。よそへなんか、行きたくなかったんでさ」
「総悟!」
がしりと大きな手に頬を包まれて、かみつくような口づけを受ける。
両方の肩に熱い両手をまわされて、ぞっとするような熱を感じた。 




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