「鉄線よ、我君を愛す(11)-5」





中央に三原山を望む伊豆は大島。
高杉の流刑先は、この美しい自然が大海原に囲まれた、おだやかな土地だった。

敗戦後、自害するか敵方に従属するか一族根絶となるか、と言った時代に、配流という処遇は破格の温情処置と言える。
むろん土方の手によって、高杉家は断絶、正室側室共に実家に返され幼い男子は仏門に入り、高杉だけが大島に渡った。

島の西部に位置する、16世紀中頃に建立された金光寺のほど近くに、高杉が静養している平屋の屋敷がある。
下女、下男共に最低限のみ置かれ、高杉に従属していた武将達はみな敵方に降るか切腹となった為、また子と草太だけが今は高杉に仕えている。

また子が台所女中と何やら話しこんでいる横を、草太に案内されて奥の間に通された。

あえて声をかけず、すいと襖を開けて中に入る。
心臓が恐ろしい音をたてていたが、そこに高杉の姿は無く。

質素ながら綺麗に保たれた座敷の奥の、中庭に通じる縁側にこちらに背を向けて寝転ぶ細身の姿を、見た。
薄い霞色の着物を着流して、変わらず派手な揚羽の舞う羽織を肩にかけ、煙管の煙が薄らと立ち昇っている。

何を言う前に、涙が溢れた。
とめどもなく。

声を我慢しながら肩を震わせていると、側臥の背中から、声が聞こえる。

「総悟か」

既に想い出となっていた静かな声。
その声が耳に届いた途端、うう、と声が漏れてしまった。

クク、と肩が揺れる。
「なんだ気持ち悪いな、お前いつの間にそんなに可愛気がつきやがった。やはりあっちに居るが良いのかもしれんな」

「晋助さま!」

顔が見たいという欲求が抑えきれず、這うようにして縁側まで進んだ。
躊躇せずその肩に手を置く。

ようやっと高杉が上半身を起こして振り向いた。

「総悟」
「・・・ッ、」

「なんだ、また鼻水出しているのか」
「み・・・見える、ん、ですかい」

ただそれだけが心配だった。
家も断絶、血を分けた子や妻とも遠く離れ、ほんとうの独りになってしまった高杉が未だ暗闇の中にいるかと思うと夜も昼も明けなかった。

「見せて・・・目、目を、見せてくだせえ」
「いてえ押すな」
「いつ、いつ見えるようになったんですか」
「つい最近よ、てめえ俺の目が利くと分かっていて土方が俺を生かすはずがねえだろうが。わずかでも見えるようになったのはここへ来てからだ。・・・この手の中になんにも残ってねえ段になって、初めて楽になった。そうしたら段々にな、まだ手前のぐるりしか見えねえがよ」
「アンタ・・・なんだかんだで小心者なんですね」
「鼻水垂らしながら言われてもな」

「アンタの・・・羽織で拭かせてくだせえ」
総悟は、高杉の胸元に顔を埋めた。
言葉通り、ぐしぐしと鼻を擦りつけるように頭を左右に揺らせる。
ふわりと煙草の匂いがしたと思った時、その腰を高杉の右手がぐいと引き寄せた。

「どこまでも甘いな、あいつは」

胸に埋まっている総悟の髪をやや乱暴に引いて顔を上向かせると、その行動とは対称的に驚くほど優しく唇を奪った。

「んん・・う」
刻み煙草の残り香が、総悟の口内をちりちりと刺激する。
ゆっくりと唇が離れて、最後に見た時はしっかりと閉じられていた濡羽の瞳が総悟を見下ろした。

ここまでの道程の緊張が解けて眠くなったのか、総悟がまた頬を高杉の胸に寄せる。
しばらくその背を優しく撫でていた高杉が、ぽつりと言った。

「お前、夕刻にはもう発てよ」
ぴく、と腕の中の背中が動く。
「ハァ?どういうことですかい?こちとら今来たところですぜ」
「暗くなる前に帰れと言っている」
「んなっ・・・」
「解ったな」
「解るわけねえでしょうが!大体こんなとこ夕刻に出たってどこにもいけねえや。夜の海を渡れってんですかい?」
「1里も行かねえうちに寺があるだろうが、そこで寝れば良い」
「は?なんなら弱ったアンタの世話ァここでしてやろうって心づもりで来てんでさぁ、今日中に出て行くなんてありえやせんぜ!せめて今宵くれえアンタの布団に入れてくれたっていいでしょうが!」
「馬鹿を言うな」
「馬鹿?馬鹿はアンタだ!俺がこの島にいる間くれえこうやって抱きあっていてえと思わねえんですかい?」
「思わん、俺はお前を一つ屋根に寝かせることはしない」
「・・・・・ッ」

ぎり、と高杉を見上げる強い光。
ようやく涙が引いたかと高杉が笑った。




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