「鉄線よ、我君を愛す(11)-4」





どうしても、手に掛けることはできなかったと言った。
何を置いても憎き仇を地に這いつくばらせたかった。その身体を叩き斬って無間地獄に放り込んでやっても収まらない。いっそたとえ総悟を取り返せないとしても、あの男の生だけは幕を降ろしてやらねば己とて死に切れなかった。
心臓に刀を突き立てはらわたを引きずり出し、その首を落とす。そうして髑髏を盃にして酒を飲み干す様を何度も夢想した。
「だが、いざそれが叶うと言う時に、お前の顔が浮かんだ」
鬼と呼ばれた十四郎が、それでも最後の最後で総悟の為に、人の心に踏みとどまった。

「十四郎様、あ、ありが・・」
「言うな」
総悟の言葉を制した十四郎が、今は帯びていない刀に手を遣ると、幻の高杉をゆっくりと斬った。

「俺はいまでもこうして毎日あの男を成敗している」
びゅん、とふりおろし水平になぎ倒す。

「お前の好きなようにするといい。大切な想い出だというのならそれもあの男にくれて遣ろう。行っておまえがどうしたいのか確かめて来るがいい。だが戻ってこい。一度は戻って来て、俺の目を見てお前の心がどこにあるのかはっきりと聞かせてくれ」

その、ほんとうの心を意識下に無理矢理押し込んだような横顔を見て、ふいに総悟はこの城に初めて来た時の事を思い出した。

歳は数えで六つ。
その時既に、二年も前に見た少年の顔形までは忘れてしまっていた。
促されるままに手をつき、頭も板の間につけて。
面を上げよとの言葉にかくりと上を向く。

すると、大将席の隣に、子供のくせに鯱張って胡坐をかく十四郎がいた。
眦切れあがらせて頬を心持ち膨らませて、何かを我慢しているのを隠しているかのような顔だった。

『なんでえ、せっかく来てやったのに、うれしそうな顔ひとつできねえのか』
と思ったことを、今鮮明に思い出す。

「そうご」
「へぃ」
怒ったような顔の十四郎に声をかけられて返事をすると、十四郎は徐に立ち上がって「剣術の鍛錬をしてやる」と呟き、縁側に大股で歩いて行く。
「はぁ、でもきちんとごあいさつするよう言われているんでさ」
「そんなもんはいい!俺は待ちくたびれたんだ!」

確か、そう言ったような気がする。
待ちくたびれた、とはその日総悟がもたもたとしていた為に入城が遅れたことを指していたのではなかったのかもしれない。

城に代々仕えている遠縁の叔父が、ここ三月ほど沖田家に通って総悟に城内での行儀作法を叩きこんでくれた。
覚えの悪さには自信があったが、叔父が十四郎の話をしている時の横顔はよく印象に残っている。
「若様は、まだ総悟よりもお小さい時に、母御前を亡くされた。今の母君と御父上の間に弟君がお生まれになってからは、御寂しさもまた格別だったであろう」
ばか正直に不平も不満も言わない十四郎だからこそ、寂しくてもそう言わないで、知らず怒ったような顔になってしまうのだということは、総悟にもすぐ分かった。

呆然と過去への旅に出ていた総悟は、存外なんでも素直に心の中をさらけ出す高杉と、なにもかも我慢して心の中に押し込めてしまう十四郎はやはり正反対なのだなと思った。

途端に、何か目の前が開けたような気がする。
つい対称的な二人を並べる癖がついていたが、十四郎を高杉と比べていたのではなくて、高杉を十四郎と比べていたのかもしれないと漠然と思った。





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