愛しきは我が天邪鬼 |
「あれほど表ではいがみ合っていてそれでも切れないってのは、どちらかが心底惚れてしがみついているからだ」 などと二人を噂している隊士どもがいる。 どちらだと思うと問えば、 「俺は副長の方だと思うな。クールに見えて実は沖田さんに執着しているんじゃあないかな」 「そうだな、いつも総悟総悟と追いかけ回しているものな」 という答えが返ってくる。 奔放なこどもと保護者の大人。どちらがどちらを気にかけて常に守っているのかは一目瞭然だ。 なるほど、しがみついているのは副長か。 副長が出張から帰って来たのは二週間前だ。 俺はその日、河岸見世に行って商売女を抱いた。 男と言うのは簡単な物で、心の通っていない女でも一発出せば、もやもやもすっきりしてしまう。 俺はすっかり憑き物が落ちたような心持で、その後を過ごした。 茶を乗せた盆を持って副長の部屋に向かう。 これを持っていれば万一見つかった時にも言い訳が立つ。 この二週間何度も行った行為。 そろそろと廊下を擦り足で歩いた。 「ん・・・・・・・んぅ・・・・ぁ・・・」 副長の部屋から、衣擦れの音と、押し殺した吐息のような天邪鬼の声が聞こえる。 「・・・ふ・・・・・・・」 俺は、襖を開けて覗きはしない。 ただ、中の物音を聞くだけ。 しゅる・・・しゅる。 「ふぅ・・・ん」 鼻から抜けるような沖田さんの声。 「ツ・・・・痛ェな、やめろ総悟、噛むな」 「ン・・・ン・・・ン・・・」 「噛むなっつってんだろーが、抱いてほしけりゃあな」 「んんうっ・・・・う・・・」 ごそごそと布団の上でまぐわう気配がする。 「痛ぇ!止めろクソ餓鬼が!!」 「んぁっ・・・あう・・ぁ・・・」 沖田さんはいつもかわいらしく、啜り泣きの様な声で喘ぐ。 そうして、副長の指やら肩やら背中やらに噛みついて傷をつけるのだ。 本質的に血を見るのが好きなのかもしれない。 ゆさゆさと腰を動かす布の擦れる音。 「じか・・・・・・さ・・・・」 沖田さんの余裕のない声。 絶頂が近いのかもしれない。 ここまで。 ここまでだ。 俺は手に持った盆をそのままに、くるりと踵を返すと、副長の部屋から遠ざかった。 副長が出張から帰って来た夜。 俺は河岸見世から戻って来て、偶然副長の部屋の前を通った。 偶然。ではなかった。 しどけなく眠りこんでいた沖田さんが、今、副長の部屋で何をしているのか。 それが、正直気になって仕方無かった。 襖をこっそりと開けて覗いた先の沖田さんは、副長の着物を肌蹴させて、その上に跨って、副長の胸板に噛みついていた。 「いてえ、やめろ」 「んぁ・・・ひじかた・・・さん、すき・・・すき、で・・・」 がり、と乳首を噛んだのだろう、良く見えないが副長の舌打ちが聞こえた。 「いい加減にしろ!テメエに好きにさせてたら、斬り合いよりも生傷が絶えねえわ!」 どさりと沖田さんが副長の腹の上から放り出される。 「俺ァ疲れてるんだ、もう寝るぞ」 ごそごそと副長の布団にもぐりこんで。 副長の下腹部のあたりがもこりと人型に盛り上がる。 「ン、ン、やめろ、もう終いだ」 はふ、はふと布団の中から熱いものでも食べるような音が聞こえて、副長もその気になったのだろう。 「ン・・・噛む・・・んじゃあねえ、ぞ。噛んだら・・・今日はもう・・ナシだ」 ここから副長の顔は見えない。 いつものクールな瞳のまま、表情1つも変えていないのだろうか。 俺はその日、最後まで、見た。 そうして決めた。 これからは、襖は開けない。聞くだけ。 あの、プライドの塊のような沖田さんの、あの姿を見てはいけないような気がした。 だけど。 副長と沖田さんの夜を知っていて、知らぬふりはできなかった。 闇。 どこまでも続く闇。 夢の中で、真っ暗な部屋の中、白い頬が目の前に浮かび上がる。 「ザキィ・・・・・」 悩ましげに俺の名前を呼ぶ沖田さんはおもむろに糸を引いて口を開き、俺の肩にかぶりついた。 痛みが肩から身体中を突き抜ける。 「ザキの血は・・・真っ赤だな」 ぺロリと唇を嘗めた沖田さんの歯は、牙のような犬歯が、きらりと光っていた。 (了) |