「鉄線よ、我君を愛す(11)-2」 |
それから三日。 総悟はすっかり良くなってしまって布団の中で退屈にしていた。 起き上がっては十四郎にどやされて、抜け出しては連れ戻されの繰り返し。 『どう考えても無理なんでぃ、もう寝てるなんて・・』 ふうと溜息をついて天井を見る。 その夜、ついに耐えられなくなって十四郎の寝所を抜け出そうとした。 ここへ来て布団に縛り付けられているのは非常につらい。身体を動かさないと逆に死にそうになっていた。 隣の夜具で寝ている十四郎を平気で跨いで廊下に出る。 『おお』 どん、どどん。 祭り太鼓の音がする。 村山の春祭りはまだ寒さが残る四月に行われる。桜まつりというよりも、その前線を待ちわびて呼び込まんとする意味合いを持っていた。 北上山城は城下町と呼べるほどの賑わいを持っていなかった。 のどかな田舎の小さな城。 城の周りを申し訳程度の堀が守り、そのまわりは田園風景が牧歌的に広がっている。 当然年に幾度かの祭りだけが、民どもが平素の苦しみを忘れられるハレの日の歓びだった。 深夜を過ぎても続く熱気。 祭りの篝火がちらちらと木々の間に見え隠れした。 やぐらの火柱はここからでもうっすら見える。 ふと、夜通し続くあの祭りの輪に入って、誰も己を知らない人間ばかりの中で晴れの宴に踊り明かしたいという欲望が生まれた。 『行くか』 そう一人ごちて、そっと立ち上がると、寝間着の上から袴を履く。 いざ寝所の廊下を後にしようとした瞬間、背後から十四郎の声がした。 「どこへ行くんだ」 ひやりとしたその声に総悟がゆっくりと振り向くと、寝所で己の夜具に横になっていたはずの十四郎が、身を起し片膝を立ててこちらを見ていた。 「祭りに行こうと思いやして」 ことりとねだるように首を傾げて見せるが、暗闇の中ですうと目を細めた十四郎は明らかに怒っている。 『こうやって見るとこのお方ァ悪人面だねい』 とりあえず膝で這って十四郎の隣の夜具に戻る。 総悟とて十四郎が己を他に比べようもなく心配していることを知っていた。 それでも、ずっと十四郎と二人でいるのは耐えられない。 「祭りに、行きてえんでさ」 十四郎の男らしい指が、総悟の頬に触れた。 ぴくりと身を引く総悟。 「駄目だ」 「どうして」 「お前はもう二度と外へは出さねえ。こうやって城の俺の寝所に閉じ込めて大事に大事にして誰にも見せねえで隠しておく」 「わけがわからねえや」 「誰にも・・・誰にもお前を見せねえ」 十四郎が、泣いているのかと思った。 二年前この城を出る時は、十四郎に対する最もひどい裏切り行為だと自覚していた。 十四郎を助ける為とは言え、この城の主を無視した形になった上に、これ以上ないほどの衝撃と後悔を置き土産に高杉の下へ降った。 もしも戻る事が出来たならば、生涯十四郎を愛して慰めて共に過ごそうと思っていたはずだった。 しかし、いざ北上山に戻ってからの総悟はどうだ。 十四郎に触れさせることも許さず、その癖下賤な荒くれ者どもに身体を自由にさせ、十四郎の命を縮めるほどに心配させた揚句、またも十四郎がこの先ずっと苦悩するであろう種を作らせてしまった。 己を憎からず想っており一度は閨を共にした小姓を手に掛けた。 その事実はきっと、この優しい主君の心にじわりと黒い染みのように広がっているだろう。 生きた心地がしなかったと言った。 総悟が戻らず、愛馬である佐怒丸だけが城に帰って来た。 誰かを呼ぶように嘶いて、十四郎が退峰に跨った途端に駈け出したと言う。 償いどころか、十四郎の傷に更に塩を塗りこんでいるだけの己が、今更どうすれば良いのか解らなかった。 ただ、十四郎の顔ばかり見ているのがつらかった。 どこかへ逃げだしてしまって、そうしてあの童のような心を持った男の行方を探したかった。 じっとこちらを見る十四郎。 視線の持って行き場を失って、ふと枕元の一輪挿しに目が行く。 そこにはひっそりと美しく咲く鉄線の花が活けられていた。 「そういやぁ・・・・この花、十四郎様が摘んで来てくださったんですかぃ」 何の気もなかった。 ただこの沈黙が居心地悪かった為に、意味もなく問うた。 「それがどうした」 「いや、花とか似合わねえんで」 「悪かったな、お前が鉄線を好きだから!ずっと寝てるのも退屈だろうと思って!採って来てやったんだろうが!!」 くる、と総悟の蘇芳色が動く。 「俺・・・アンタにかざぐるまが好きだなんて言いやしたっけ」 城に上がって10年弱、花の話などしたことがなかった。 「摘んでただろうが!まだこんな小せえ童の頃!」 ずくんと心臓の音がする。 何か、今、何かとんでもないことを、聞いたような気がする。 「なに・・・」 「お前、姉にやると言って鉄線を一生懸命摘んでいたんだよ!幼子だったから覚えてねえだろがな!どこで覚えて来たのか知らねえが、今と同じようにかざぐるまだなんて言っていやがった」 単純に顔を真っ赤にして怒る十四郎。 総悟には、目の前のこの男が一体誰なのかさえ、一瞬にしてわからなくなってしまった。 |