「鉄線よ、我君を愛す(11)-1」 H.24/02/20 |
総悟の床は、十四郎の寝所に延べられた。 一歩出れば廊下という寝所の入り口、畳にもう二畳重ねてから布団を敷いてある。 几帳も取り払い、開け放たれた寝所で、伏してなお視線が上がるようにとの配慮だった。 何の遮りも無く、抜ける青空が見渡せるように。 心地良い風が総悟の前髪を揺らせる。 水車小屋での凌辱から5日。 総悟の身体はかなりの打撃を受けていたらしく、3日やそこらでは床上げをすることができなかった。 ただ、暴行を受けた身体の傷はかなり良くなって、痛みも眠れないほどの疼痛とまではいかない。 さすがの回復力だった。 『腰・・・いてぇなぁ』 城に戻ってからの二日間は周りを見る余裕も無かった。 熱が出て誰に診てもらっているのかも判別できないほどで、昨日の夜になってようやっと前後不覚から生還した。 薄闇の中目を開くと、枕元に鉄線の花が活けてある。 『かざぐるま・・・・』 すっくと伸びた蔓と桑の実色の花弁。その花弁の数を無意識に数えていると、またあの男のことを思い出してしまった。 「花が哀れと思う心は持っていないのか」 『餓鬼のころは、バカ殿も案外まともだったんだねィ』 長いこと一緒にいる十四郎との初対面のことは、実は覚えていない。 四つで上がるはずだった城に六つで入城したのだから覚えていそうなものなのだが、今一つ記憶に無い。 その後の生活できっと上塗りされてしまったのだろう。 そこまで考えて鉄線の花の二本並ぶのを見ているうちに、ここへ戻って来てから事あるごとに二人を比較していることに気付いた。 あの、水車小屋で小十郎を一刀した十四郎。 総悟のいない間、床を共にしたというのは本当らしかった。だからこそ、十四郎の性格からして一度でも懇ろになった少年に情を掛けないわけがない。 なによりも、簡単に人の命を奪う人間では無かった。少なくとも二年前までは。 たった二年。その二年という短期間で総悟を奪い返す程に勢力を広げた十四郎は、文字通り鬼になったのだろう。 昔と変わらないように見える十四郎だが、慈悲深く気性の真っ直ぐな男だからこそ、その道のりの途中でどれほど傷ついただろうか。どこかに無理矢理人間らしい感情を置いてこなければならなかったのかもしれない。 すべて、総悟の為に。 己に焦がれているからこその愚行を犯した少年に、命で償わせた十四郎。 激情を押さえて垂穂を逃がした高杉に比べて、十四郎の変化が悲しかった。 「ヘタレのくせに無理するから」 「誰がヘタレだ誰が」 ぽつりと呟いた総悟に、十四郎が文句をつけた。 かいがいしく看病をしている十四郎が、桶の水を換えて戻ってきたのだ。 「下働きの人間じゃねえんですから」 「好きでやってんだ、放っておけ」 総悟が嫌って振り落とした手拭いを水に浸けて絞る。 仏頂面で几帳面に折りたたむと、総悟の額に手拭いを乗せた。 「つめてーです」 「当たり前だ、熱下げにゃならねーんだ、文句言うな」 こんな仕草1つでもまた二人を並べてしまう。 たとえばこんな時、高杉ならばやはり生真面目な顔で総悟の額に手拭いを乗せるのだろう。 多分、絞り足りないびしょびしょの状態で。 思いのほか感情を露わにする高杉に対して、十四郎はどんな心情もたいていは仏頂面の仮面の下に押し込めてしまう。 不機嫌そうな顔のまま、寝所から動こうとしない十四郎。 総悟など大して興味がないようなそぶりで外など眺めていた。 『愛情表現ってのがヘタクソなのはこっちの方だな』 十年も一緒に過ごしたはずの十四郎のことを、高杉と並べてみて初めてじっくり考えるようになったな、などと考えながら、総悟は休息の眠りへと落ちて行った。 |