「鉄線よ、我君を愛す(10)-8」





銀時が振り向くと、そこに小十郎が立っていた。

「・・・おはよう、小十郎ちゃん」
「銀時、来ていたの」

驚いた風も無くすたすたと小屋に入って来る。

「夜が明けてしまったよ、総悟ちゃんがお城に戻らないとお殿様が心配するんじゃないの?」
「ふん」
小十郎が持ってきた手持ち行灯の火をふうと消す。
あっというまに周囲は明るくなって、今や総悟の傷ついた肢体が二人の目にはっきりと晒されていた。

「ここはそうそう見つからないよ。あと一日ほどは持ってくれるだろう。今日もあの男達を呼んであるんだ」
「執念深いね、小十郎は」
興冷めだとでも言う様に天を仰いで銀時が首の後ろをぼりぼりと掻く。
「そうして・・・それからゆっくりと殺してやる。鋏で乳を切りとって、尻に焼け火箸を突っ込んでやるんだ!それからあの佐怒丸とやらとやらせたっていい!」
憎々し気に総悟を見降ろして肩を思い切り蹴りあげて己も肩で息をする小十郎。
「うっ・・・・」
総悟は短く呻き声を上げただけで、もう反応することもできないでいた。

「佐怒丸・・・・ね。そういやあの白馬ちゃん昨日から見かけないけどどこやらへ逃げちゃったんじゃないの」
「フン、知らないよ。どっかその辺で足でも折って野たれ死ねばいいんだ」
「おーこわ、すっごいこわい顔してるよ小十郎ちゃん。まあ勝手にすればいいさ」
ちらりと銀時を見る鋭い視線。
「俺はね、もういいよ。俺は一抜ける。小十郎ちゃんは好きにするといい」
「・・・裏切るの、銀時」

ハッと笑う声。
「裏切るもなにも俺はいつでもやりたいようにやるだけだよ。お前に協力したのも総悟ちゃんに興味があったから。俺はね、もう俺の欲求は満たした。だから、もう終わり」
「銀時が珍しくこの淫売にだけは強く惹かれているのは知っているよ。まったく男を手玉に取るのが仕事とはいえ、流石と言うかご立派ですよ沖田さま」
「小十郎ちゃん、やりすぎは身を滅ぼすぜ。確かに俺はこの子にハマりかけている、いつに無くね。だけどここだ、ここが引き際なんだよ」
「銀時!」
「俺はここまでだ。だがお前がまだこの子に執着するなら好きにするといい。・・・お前はかわいい従兄弟だ、幸運を祈るよ」
最後の言葉は銀時の姿が視界から消えてから聞こえた。
忍らしい身のこなしで何処へかと去った銀時。その行動に未練らしきものは一切なかった。

共犯者の撤退に、軽く唇を噛みしめる小十郎。だがその瞳から強気の光が消えることは無い。
「今日一日だ」
総悟を見降ろして、底意地の悪い姑のように眦をつり上げる。
「今日一日お前を、昨日よりも悲惨な目に合わせてやる。地獄の釜の中に突き落としてぐらぐらと煮込んで、そうして最後には目の玉をくり抜いて殺してやる」
「こ、十郎」
「アンタが・・・あんたが十四郎様を捨ててよそのお殿様の飼い犬になって・・・そうして必死に私が殿をお慰めしていたのに、それなのにアンタがまた勝手に戻って来て十四郎様を奪ったんだ!」
「うばって、など・・・いない」
「嘘だ!アンタが帰って来てから十四郎様はアンタのことばかりだ!アンタが私の殿を・・・殿を」
そこまで叫んでひくりと小十郎の動きが止まる。

ぶつり、と音がして、戒められていた両手が解け、総悟の身体が歯車からずり落ちた。
立ちあがることもできずに土間に倒れる総悟。
だが、ゆっくりと手を突いて、上半身を起き上がらせ、ぶるぶると震えながらも小十郎を睨みつけた。

「な・・・なぜ・・・」
一歩後ずさった小十郎が目にしたのは、総悟の右手に握られている小さな小さな小刀。
忍の銀時がいつも懐中に携えている一寸ほどの物だった。木製の容器に納められているが、親指1つで刃物を露出させることができる。

「銀時・・・・」
「ア、ンタ、の従兄弟は・・・糞・・みてえな、野郎だけど、頭は、悪くねェ」
「な、なに・・・来るな・・・。いくらアンタが化物みたいに強くたって、今は刀もなければ立つこともできないくらいじゃない!アンタが私をどうこうなんてできるわけないんだ・・・」
言いながらも更に恐怖で後ずさる小十郎。
「ん、畜生・・・・」
肘で這う様にして小十郎との距離を詰めるが、思い通りにならない己の身体に総悟が舌打ちをした。

「殺してやる・・・・これからせっかくまた良い思いさせてやろうと思っていたのに、そんなに死にたいなら殺してやる!」
小十郎の右手には、昨日総悟を襲おうとした時の小刀が握られている。
人を斬ったことなどないであろう小十郎の精一杯の威嚇を受けて、総悟が目を細めた、その時。

遠くから、どかりどかりと馬の足音が小屋に向って近付いて来た。

はっとしたのは蓑嚢小十郎。
咄嗟に己の胸の合わせを乱暴に開き、小袖を破って土間の砂やら埃やらを己の頬と手足に擦りこんだ。

小屋のすぐ前まで来た足音が止まり、勢いよく引き戸が開けられる。
「総悟!」

腹から声を出して己の名を呼ぶ男。
総悟自身が愛し、離れることを決意してまた戻りながら、二度と触れないと誓った男。

それでも、どうしても己の心から切り離すことのできない土方十四郎兼親が、水車小屋の戸口に立っていた。





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