嘘から出たなにか



武州の田舎で俺たちはいつも一緒だった。



近藤さんと土方クソヤローと俺。

朝から晩まで竹刀を振っては同じ釜の飯を食って、夜は俺だけ追い出されたりなんかして奴らは女の話をしたりして。

背伸びしたい年頃の俺だったから、奴らの話をなんとか聞こうとして、食客どもがザコ寝している部屋の戸板に張り付いて中の様子を伺ったりなんかしていた。



近藤さんは俺のことをすごくかわいがってくれて、俺も本当の父親みたいに思ってた。

今から考えれば初めて会った時は近藤さんも今の俺と同じくらいの歳で、まだまだ餓鬼だったんだろうけど、当時の俺にとっては身体も心もでっかくて、クマかなんかのぬいぐるみみてえにあったかい人だった。

それに比べて土方コノヤロー。

近藤さんと姉上と俺が三人で楽しくやっていたってぇのに、いきなりやってきていきなり二人の心をかっさらわれたみてえで。

まだ8つやそこらの俺がヤキモチを妬くのなんてあたりまえだろう。



とにかく思いつく限りの嫌がらせをした。

ひじかたウンコヤローの下帯(当時はパンツなんてなかった)を全部泥でぐちゃぐちゃにしたり、飼っている犬の腰に巻きつけたり、寝ている間に奴の部屋にしのびこんで布団にマジ小便してやったり、飯を食えば奴のおかずを全食いしてやったり、夜の河原で女の前で恰好つけているところへお化けのフリして敷布をかぶって飛び出たりと、まあかわいいいたずらばかりだったが。

そのどれに対してもあのアホヤローは顔を真っ赤にして怒り狂って俺を追い回した。

奴はいつも思った通りの反応をしてくれる。わかりやすくてなかなかいいオモチャだった。



それから、奴はどれだけ嫌がらせをしても、俺の事を芯から嫌うことはなかった。

いつも仏頂面でぶっきらぼうだが、たとえば俺が一人で家に帰る夕暮れの道すがら、寄り道したりしていると必ず土方ボケヤローが現れて、首根っこを掴まれて家まで引っ張って行かれたりした。

きまって「ミツバが心配するだろう」なんて言っていたが、あれは俺を心配してついてきていたのだろう。



それに気付いた俺は調子に乗って、奴を散々利用することに決めた。



「それ、なんですかィ」

俺がかわいらしく首をかしげて話しかけると、じろりとこっちを見て無理に仏頂面を作る。

「・・・・しらねえ、女がくれた。飴かなんかじゃねえのか」

「うまそうですね」

きらきらした瞳で手の中の包みを見つめる。

「・・・・・・・俺は甘いモンが苦手だから、捨てるしかねえしお前みてえな糞餓鬼でもこれ片付けるくれえはできるだろう」

とか何とか言い訳してぐいと俺の手をとって包みを押しつけるとバタバタとよそへ走って行ってしまった。

くっくっく、俺はお前の初恋かっての。



それからはなんだか知らないけど味を占めたように奴は俺に菓子を買い与えるようになった。

「いらねえから」

とか、

「腹が減ってるから苛々するんだ、これでも食っておとなしくしろ」

だとか、

「チビにうろちょろされるとウゼエから菓子でもなんでも食って早くデカくなれ」

とか、とにかくとにかくなんとかして俺を可愛がりたいが、それを悟られるのが嫌だという顔をして俺の世話を焼いた。

まだ10にもならない俺だったが、男を手玉に取るというのはこういうことなんだな、と思えるほどに、奴は俺をいつも気にしていた。



食いもののことだけじゃなくて、俺はいつも奴を利用した。

近所の悪ガキと喧嘩になって、もちろん負けたりはしねえんだが、ちょいと腹が立ったのでダメ押しに奴を使う。

「いじめられたんでさ・・・姉上に買ってもらった大切なびいどろ玉取られちまいやした」

と言って潤んだ瞳で見上げてやる。

そうすれば俺がほしいなーと思っていた悪ガキの持っているびいどろ玉が簡単に手に入るというわけだ。

この場合、びいどろ玉を悪ガキから取り合げたいじめっ子というのはまさに土方なのだから、奴の評判も一緒に地に落ちてくれて一石二鳥というわけである。

悪ガキが最初に俺に貧乏人と馬鹿にしてびいどろ玉をみせびらかすからいけないのである。



そんなこんなで色々土方を利用しまくって俺は成長した。

そうして皆で江戸に上京して。

気がつけば土方はなんだか俺に触ったり口づけしたりするようになっていた。

良くわからなかったが、甘えたふりをしていれば色々俺に便宜を図ってくれたりするので俺はそのままにしていた。



だけどある日、近藤さんがいきなり俺に言った。

「総悟は本当にトシと仲がいいなあ。いつもケンカしているけど、一緒にいるもんな」

なんて罪の無い笑顔で。



「ち・・・ちがいまさぁ・・・・!!!俺、俺が好きなのは、近藤さんなんでさあ!!!」

必死になって言い訳した。

しまった。土方に甘い顔をして上手い汁を吸いまくっている間に本命の近藤さんは俺と土方がデキていると思ってしまっていたのだ。

そりゃあなんだか向こうがキスしてきたりしたら、色々もらったりしてる分お返しみたいな感じでそのまま大人しくしてやったりしてるけど、違うんだ、近藤さん!!



父親みたいだと思っていた近藤さんになにもそんな言い訳する必要なんかなかったんだけど、肉親に対する愛と恋愛感情がゴッチャになって何が何だか分かっていなかった。

とにかく土方とはなんでもないんだ、と、言いたくて。

言いたくて何と言っていいのかわからなくて俺はパニックに陥った。



すると、横にいた土方がすいと前に出て、

「違うんだ近藤さん、こいつは俺のことなんか同士ともなんとも思っちゃいないさ、総悟が尊敬しているのはアンタだけだ」

とにべもなく言い放った。



何故だか俺の心は傷ついた。





でもそれからも土方は俺を求めてきたりしたので、断る理由もないような気がして俺はされるがままになっていた。

そのうち俺も、ようやっと結婚できる年齢になったりして、それを待っていたように土方にすべてを奪われた。

奪われたがしかし依然手綱は俺が握っていた。

奴は表では俺に雷を落としたりしていたが、二人きりになると俺の言うなりだった。

この日に休みがほしいといえばそうしてくれたしあれがほしいこれがほしいといえば次の日には俺の部屋に目的のものが置いてあったりする。



なんという便利な男だ、土方は。



ほくそ笑みながらまるで女王様のような気分で毎日を過ごしていた。



ある日、土方が花街に行ったという噂を聞いた。

田舎モンが都会へ出てきてうっかり金を持ったりなんかしたもんだから、吉原で一番の美女と謳われる遊女に興味が出ても仕方ない。

だから俺は全くそんなこと気にしない。

そもそも俺と土方は恋中というわけではない。

奴は俺に惚れているが、俺はそんなことはまったくないのだから。



だが次に土方の顔を見た時、俺は手当たりしだいのものを奴に投げつけた。

たっぷり水の入った花瓶やら巻物やら文机の上の硯やら刀飾りに置いてあった脇差やら枕やらゲーム機やらなにやらとにかく手に触ったものはすべて投げた。

そうして滝のように涙を流して土方をめちゃくちゃに罵った。

もちろん演技だ。

そうすると土方は手をついて俺に謝った。

そんなに総悟が俺を好いていてくれたとは知らなかった、もう二度と花街には行かない、と。

俺は芝居が成功したことに、ひそかにガッツポーズをした。

だからもう涙を流さなくていいわけなのだが、何故だか知らないが、涙はとまらなかった。

土方が本当に花街に行ったのだという事実が俺の心にしぶとく貼りついて、ぐいぐいと俺の涙腺を押し上げ続けた。

おかしいな、もういいんだけど。泣かなくても。



そんな俺をぎゅうと抱きしめて。

土方はいつまでもいつまでも「ごめんな」と言って俺の背中をなで続けた。





それからしばらくして。

俺は近藤さんが花街に行ったという話を聞いた。



なぜだか知らないけれど、まったく涙が出なかった。



この間、土方の前で演技で泣いた時にすべて出しつくしてしまったのだろうか。



よくわからないけれど、俺はそういうことにしておいて。

今日も演技で土方に

「大好きでさ」

と言ってやることにしている。





(了)

















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