「鉄線よ、我君を愛す(10)-2」





「う・・・・ううう、う」
はあはあと浅く呼吸しながら痛みに耐える総悟。

あれから四半刻ほども銀時の鞭によって暴行が加えられていた。
歯車に背を反らすようにして縛りつけられている為、まったく身動きが取れずすべての攻撃をまともに受けた。
総悟の着物はあちこち無残に敗れ、白い肌にくっきりと幾筋もの蚯蚓腫れが浮き上がっていた。

「ふう」
長い時間、鞭で総悟を責め続けた銀時もさすがに疲労しているようだ。
涼しげな表情ではあるが、肩を竦めて鞭を脇に挟むと総悟の目の前に歩み寄った。

「我慢強いね、総悟ちゃん」
項垂れた顎に指を差し入れてついと顔を上げさせる。

「どこぞの、おひい様みたいに綺麗だね」
その途端、総悟の唾が銀時の頬を捉えた。
「うふふ」

銀時の半眼が嬉しそうに更に細められる。
右手の中指と薬指でゆっくりとその唾を拭き取り、そのままその指を口に入れべろりと舐めた。

「あまいね」
言って唇をべろりと舐める銀時。

「アンタ・・・はぁ、頭がおかしいんですかぃ」
乱れた息を吐きながら総悟がようやっと口を開いた。
その瞳は、銀時を睨むでもなく恐怖するでもなく、長時間拷問を受けた人間の色では無かった。

「良い褒め言葉だけど物狂いにはまだ早い、俺はその一歩手前だよ。総悟ちゃんみたいな無表情の別嬪さんをぐちゃぐちゃに泣かせてあげるのが好きなんだ」
「良い趣味してやすね」
「ありがとう」

銀時はじっくりと総悟の身体を上から下まで値踏みするように眺めた。
着物も袴もすべて襤褸布のようになっており、肌が露出している面積の方がはるかに多い。
つ、と首筋に銀時の右手が触れる。固まりかけている血のあたりにぐいと爪を立てた。
「っ・・・・」
総悟の細い眉が寄る。

「これからたっぷり、俺の事を教えてあげるよ」
にっこりと銀時が笑った瞬間、二人から少し離れた所に立っていた小十郎の声がした。

「残念だけど、もう時間がないよ」
銀時が小十郎を振り向くと、意味ありげな笑み。

総悟と銀時が同時に物音に気付いた。水車小屋から数間離れた辺りからこちらへ向かってくる複数の人間が草を踏み分ける音だった。
ハッとする二人。

「小十郎、お前俺に内緒でおトモダチ呼んじゃったね?」
さほど怒っていないような素振りだが、目を細めて小十郎を睨めつける。
「ごめんね、銀時。信用してないわけじゃないんだけど、銀時は綺麗な子に弱いからほだされちゃったら水の泡なんで」
「ふっ、信用してねーじゃん」
「後で好きなだけ嬲らせてあげるから」
小さな子供が、かわいいいたずらでも見つかったかのように無邪気に舌を出す小十郎。
温和な微笑みを浮かべながらも、その表情の下に銀時が静かな怒りを滲ませているのを、この場にいる二人が気付いたかどうか。

それぞれお互いの意識を読む時間もないままに、荒々しい足音が水車小屋の前で止まり、粗末な木戸が乱暴に開けられた。

たてつけが悪く開きにくいはずの引き戸がばしんと音をたてて開く。
それだけ開けた人間の力が強いのだろう。

果たしてそこには、無精髭を生やしもう何日も洗濯などしていないぼろぼろの薄い着物を着た農民や、汚らしく日焼けしたまだらの肌と潮風に傷んだばさばさの髪をひっつめ、目ばかりがぎらぎらと輝く屈強な漁師風の男どもが皆それぞれ尻をからげて立っていた。

一様に薄汚れた着物。
元は藍色やら白やらの反物だったのが、着たきりの為かまったく芯というものの無くなったよれよれの生地で、まるで砂をこすりつけたような風合いに変わっている。
男共の餓えた生活が垣間見える身なりだ。

「どうした、入ってきなよ」
小十郎が勝ち誇ったように総悟の顔を見ながら言う。
その声を合図に、戸口に固まっていた男共がわらわらと都合八人、入って来た。

「お友達なんてものじゃないけれどね、いくらだって金子が物を言う屑のような人間どもはいるんですよ、沖田さま」
「ふん」
不満げに鼻を鳴らしたのは銀時。
「安いな、お前のやり方は。まったく気に入らないね」

「冗談じゃないよ、銀時は本当にこの卑しい生まれの夜伽女みたいな沖田が気に入ってしまったようだしね。私は、こいつをもう気が違ってしまって二度と正気に戻れないほどにめちゃくちゃにしてやりたいんだ」
「おーお、嫉妬に狂った小十郎ちゃんは恐ろしいね。ま、俺は自分しか興味ねえから、皆さんが御満足なさるまでちょっくら散歩でもしてくるさ」

「ふ、ふ、銀時が戻って来るまで人の形をしているかどうか」

背を向けた肩越しに銀時が目だけで小十郎を振り向いた。

「約束だろ?小十郎ちゃん。沖田総悟を攫ったら、俺にも楽しませてくれるって」
ふいと横を向いて何も答えない小十郎。銀時もそれに不満そうな顔をするでもなく、新たな男達の横をすり抜けて無言で出て行った。






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