「鉄線よ、我君を愛す(9)-5」 |
出羽は村山の雪景色も終わり、のどかな田園風景が広がっている。 総悟は、領地を流れる川沿いに佐怒丸を歩ませていた。 城から半刻ほど降った村はずれに、竹林と隣り合った草原がある。 このあたりは土が柔らかく、清流の流れを吸い上げた草を昔から佐怒丸は好んだ。 一日これといってやることのない総悟は、二日と空けず佐怒丸をそこへ連れて行くようにしていた。 佐怒丸を離して己は草原に寝転ぶと、ちちちと鳥の鳴き声が聞こえる。 空を見上げると、晴天。 その空を、鳶が大きく旋回していた。 『とんびだ』 ぴー・・・・よろろろろろ。 瞼を閉じると容易に思い出せる。 あの男がよく猪肉をやっていた姿を。 『あの鳶になって、バカ殿んとこ行って・・・・そいで、糞でも落としてやりてえな』 何を見ても高杉の事を考えてしまう自分に、目を閉じたまま薄らと笑って風の匂いを感じていた。 その時、ふと、風に混じってなにか別の匂いがする。 目を開けると、寝転がる総悟を上から見下ろす一人の男が、いた。 逆光でよく見えないが、穏やかな笑みを湛えた表情と、そして太陽に煌めくにび色の髪は、短く刈られてあちこちにはねまくった奔放な形をしている。 気配が、無かった。 がばりと起き上がった瞬間、総悟の鼻先で男の大きな右手が流れるように開かれる。 『しまっ・・・・・た』 気付いた時にはもう遅く、目の前を霧のような粉が舞い、視界が真っ白になった。 「く、そ・・・・」 闇雲に腕を振り回して男に掴みかかろうとするが、乳白色の霧の中でがしりと右手首を捕まえられる。 「無駄だよ、君は俺には勝てない」 きつく握られた右手首だけを残してがくりと膝をつく。 強烈な吐き気と朦朧としてくる意識の中、最後に見たものは、布で口と鼻を押さえた男の姿だった。 |