「鉄線よ、我君を愛す(9)-4」 





ひと月が過ぎた。

変わらず十四郎は総悟を寝所へ呼び、総悟もまた変わらず十四郎を拒否した。


「いい加減、俺をここへ呼ぶのをやめてくだせえ」
「何故だ」
「だって俺ァ、アンタと二度と交わることはねえんですもの」
「では何故戻ってきたのだ」
「それは、ここが本当の俺の居場所だからでさあ」

「お前が在りたい場所ではないが、在らなければならない場所だということか」
「・・・・」
「高杉を愛したのか」
「・・・・」

違う、とは言えなかった。

高杉への愛と、十四郎への愛。
どちらも本物だが同じものでは無かった。
あの戦場で、二年ぶりに十四郎の顔を見た時、総悟にはそれが解った。
何が、どう違うのか。
解ってはいたが、それを十四郎に告げることはできない。
告げたが最後、あの傷ついた高杉への最後の約束を、守ることができなくなるからだった。

「お前は、無理矢理に連れて行かれた先で、やはり無理矢理に組み敷かれて、そうしてその男に心を奪われたというのか」
「十四郎さま」
「解っている」
「?」
「すべては、俺が悪い」
はっと顔を上げる総悟。

「お前は、何一つ悪くない。あの時お前はああするしかなかった。国1つ捨てられない俺の代わりにお前が決めて犠牲になったんだ」
「そんなことはありやせん、俺が勝手に好きで行ったんでさ」
「俺はあれほど後悔したことはない。俺がお前を責めることなんてできねえんだ。だから次お前をこの手に抱いた時は、二度と離すものかと誓った。誓ったが・・・・・」

すい、と美しい漆黒と蒼色の瞳が総悟を見た。
これほど美しい瞳を、総悟はこれまで見たことが無かった。
無垢という視点から見れば、高杉ほどものを知らない赤子の様な瞳をしている男はいなかった。だが、十四郎のそれは、人の生の喜びも悲しみもすべて理性で抑えきって尚、何かを求める探究心に近いような澄んだ美しさがあった。

「だがそれも、俺のこの腕でおまえをかき抱くことができなければ意味がない。俺はあの時、大きな失敗を侵した。俺にとって何よりも大切なお前を、みすみす放り出してしまった。この俺のどうしようもねえ体たらくのせいで、お前を地獄よりも苦しい目に合わせたんだ。少なくとも、この城を出る時のお前はそうだったはずだ」

「十四郎様!アンタがそんな風に考えるのを、俺が願っていたとでも思ってんですかィ?」

「そうじゃねえ、だが、俺がお前を地獄に突き落としたには違いない。それでも俺は、そんな俺の鬼みてえな所業を無かったことにしたくて、お前を取り戻そうと必死になった。卑劣な男だ、俺は」
「やめてくだせえ、そんな仕様もねえことを言うのは」
「はは、そうだ、俺は仕様のねえ男だ。そうやって、求め合うお前達を引き離して、そうして今度は俺が無理矢理にお前を攫った」
「違う!そんなことはねえんだ!!」
「だが、お前の心はもうとうに俺の所には無かった!はは、は、滑稽だろう!俺が犯した罪は永劫許されることは無い。これが俺への罰だ。だが、我慢がならねえ。間違いを犯した俺は、もう二度とやり直しなど利かないのか?なあ、総悟!」

激情にまかせて十四郎が総悟の身体を突き倒す。
両手首を右手で掴んで頭の上に引き上げると、真っ白い寝間着の袖口から、同じ様に白い肘と脇に続く二の腕が十四郎の目を射った。

くらりと眩暈がする。
総悟の持つ、別れた時よりも更に濃厚になった色香にあてられて、己を押さえられそうになかった。
それでなくともただこの少年だけを想って来たのだ。
ぐいと両手首をつかんだ右手に力を入れて強く押さえつける。総悟の顎を取って無理に唇を合わせようとした。
が、総悟がきつく目を瞑って顔を背ける。

カッと頭の中で火花が散った。
一瞬、我を忘れて右手を振り上げると、目を開けた総悟がぎりりと己を見上げたのと目が合う。
震える右手をぎゅうと握って、耐えた。

「何が・・・・何が変わってしまったんだ・・・・」
がたがたと、大きく震える右手を、ゆっくりと降ろし、己の胸に抱え込む。
総悟の顎を掴んでいた左手で、その拳を覆った。

「もう、何もかもすべて遅いというのか」
澄んだ瞳が小刻みに揺れている。

「ならば・・・・いつなら良かったんだ。いつお前を助け出せば間にあったんだ。ど、どうやっても、駄目なのか。もう俺の間違いはどうしても取り戻せねえのか?」
「十四郎様」
「お前が、あいつに操立てして・・・・・今度は俺が・・・仇だって、お前はそう言うのか」
「違う!!」

突然総悟が声を荒げた。
大きな声を出した興奮からか、ひく、と大きく息を吸い込みながら十四郎を見上げる。

「違う・・・、違いまさ。俺は、十四郎様のことを仇だなんて思ったことは一度もねえ」
絶望した様な十四郎の顔。

戦場で再会したあの日。
高杉の息の音を止める事と、総悟を己の腕に抱くことだけを夢見てきた十四郎が。
いざ願いが叶うという瞬間に、そのどちらも諦めて二人の時間を作ってくれた。
ただ、総悟の為に。

「俺ァ、アンタほど心が広くて男らしい人はいねえと、思っています」
「・・・・・」

「だけど・・・だけど、俺ァもう昔の俺じゃねえんでさ。白鷺の城に入って、俺がどんな生活をしていたか、アンタだって知らねえわけじゃねえでしょうが」
「だがそれはお前のせいじゃない」
「あれだけ、十四郎様に可愛がってもらっておきながら、向こうで敵の大将に尻尾振っていい思いして、そうして一世一代の告白までして帰って来て・・・・そうしてまた、ここで平気な顔して股広げるような・・・・俺をそんな人間にしてえんですかい!?」
「そうだ!!」
「・・・・」
「そうだ、それでいいんだ・・・・・。それでいいじゃねえか。いいんだ、いいんだ。お前の意思で武蔵に行ったわけじゃない。二年もあっちで暮らして可愛がってもらえば情も湧くだろう。だがな、俺だって、お前を手放したくない。だから、おれが、こうやって無理にお前を捕まえるんだ」
総悟の腰と床の間に右手を入れて、ぐい、と引き寄せる。

「お前の意思じゃない。お前が悪いんじゃない。俺が・・・・、この、どうしようもねえ俺が、お前を縛って押さえつけてがんじがらめにするんだ」
「そんな・・・・悲しい事・・・言わねえで・・くだせ・・」

身体が折れそうな程抱き締められる。
十四郎の鼻先が総悟の首筋に埋まって、懐かしい十四郎の香りに胸が熱くなった。

「いいんだ」
「?」

ひそやかに。
ただ息をしているだけのような声で、十四郎が呟いた。

「このままでいい。このまま、このまま俺の隣で・・・・朝まで・・・ここにいてくれ」

吐息だけの声も、身体も、小さく震えている。

「十四郎・・・さま・・・」


総悟が、己の白い腕を、躊躇いがちに十四郎の背に回す。
何か触ってはいけないものに、禁を破って触れてしまうかのように。

その腕が十四郎の背に触れた瞬間。
びくりとその肩が揺れた。

そうしてより深く十四郎の抱擁を受けながら、総悟はゆっくりと瞼を閉じた。




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