「鉄線よ、我君を愛す(9)-2」 






深夜。

十四郎の寝所に、総悟はいた。

これを避けることはできなかった。
十四郎に呼ばれれば、己は家臣。従わざるを得なかった。

だが。

三年と少し前。
はじめてこの寝所で十四郎と肌を合わせた。
その時といくらも違わないような二人。
だが、確実になにもかもが変わっていた。

十四郎と身体を合わせた数よりも高杉と閨を共にした数の方が圧倒的に勝っていた。





十四郎が、震える指先で総悟の頬に触れる。

「この日を、どれだけ待ったか」
十四郎の短い言葉。
その、声と一緒に想いを吐きだすような物言いに、十四郎の二年間の苦しみが見て取れた。

「十四郎、様」
総悟の白い手が、十四郎の肩をそっと押し返す。

「俺は、アンタとまた懇ろになるつもりは、ありやせん」
一見、感情の無い瞳に見える顔で呟いた。

「何故だ」
ある程度予想をしていたかのような反応を見せる十四郎。
初めて総悟を抱いた時と同じ寝所。たった二年で何が変わってしまったのか。
総悟か、己か。

「俺は、もう二度と誰とも、」
「高杉以外の誰とも、と言いたいのか」
総悟が顔を上げると、十四郎の真剣な瞳があった。

「・・・・俺は元々この城にいやした。だから、戻った。だけどもう稚児小姓として生きることはやめたんでさ。もう十七になります。俺を戦に出してくだせえ」
「お前を戦に出す気はない」
「どうしてですかぃ、俺ァ向こうで立派に働きやした。こっちでもアンタの助けになれる自信はありやす」
「俺が欲しいのは、そんな助けじゃない」
言うが早いか十四郎が総悟の身体に覆いかぶさる。

「嫌・・・だっ!」
総悟は身を捩って逃れようとする。十四郎の男らしい掌が、総悟の白い右手首を押さえつけた。

「ん、うっ・・」
懐かしい十四郎の唇。
有無を言わさず息を塞がれて、覚えのある十四郎自身の腰に来るような体臭と愛しさに流されそうになるが、必死に顔を逸らせた。

「やめ、て、くだせっ・・・」

がつ、と音がする。十四郎がうう、と呻いて身体を退けた。
総悟が腹を思い切り蹴ったのだ。
十四郎が腹を押さえている間に、総悟はすばやく立ち上がって寝室を出る。
「総悟!」

立ち去りかけて、身体が半分柱の陰に隠れている総悟が振り向いた。
鋭い右目が、十四郎を見る。

「アンタの思い通りにならねえ俺が気に入らないなら、どうぞどこへでも追い出してくだせえ」

その、つり上がった眦に、固い意志がはっきりと見て取れる。
だがその裏側にある十四郎への愛情が無くなってはいないことに気付かない十四郎ではない。

それ以上なにも声を掛ける事ができない十四郎を残して、総悟はひとつ息を飲み込むと、くるりと向きを変えて自室へと戻って行った。

後に残るは肩を落とした君主一人。
寝所の畳に拳を叩きつける。


「俺に、命令しろと言うのか」


この国の中で、己の思い通りにならないことは無いはずだった。
十四郎はこの広い村山地方を治める人間で、所詮総悟はその家臣。
その総悟の意思を無視して、権力で抑えつけろとでも言うのか。


「何のために俺は」

この二年間、思い描いた再会とは程遠いものだった。
多くは望まない。
愛した者をもう一度この手に取り戻して、そっと寄り添って行ければそれでよかった。
領地拡大など興味無い。戦国の世に生まれながら、ただ己の国と民を守ることができればそれで良かった。

数え切れない人間を殺して、攻め入った先の何の罪もない民を苦しめて。
そうして得た結果がこれか。

総悟の心はもう己には無いのか。



「いや」

ゆっくりと顔を上げる十四郎。

ただ、性急すぎただけだ。
いくら総悟といえど、二年も床を共にすれば情も移ろう。
ただ切り換えが出来ないだけだ。
ゆっくりと時間をかければきっと元に戻る。

「二度と、誰とも、か」

くすりと自嘲気味に笑った土方十四郎兼親。

鬼と呼ばれた快進撃の豪将の姿は、どこにも無かった。





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