「鉄線よ、我君を愛す(9)-1」 H.24/01/13





沖田総悟が帰城した。
北上山城はその話題で持ち切りだった。

国を救った英雄と唄われ、十四郎の凱旋と共に祝いの宴が催されて、皆と酒を酌み交わした。

だが、戦場で味方の武将達を斬った総悟に、心中複雑な家臣共もいた。
更に、この二年の間に、北上山城は変わった。まだその変化をすべて知っているわけではないが、どうにしろ総悟のここでの立場は微妙なものになっていたのだ。

まず、城に戻った十四郎を迎えに出た女性。
十四郎の妻である。

戦が終わる前にすぐに総悟だけが国へ帰された。
総悟が去った戦地で一体何があったのか、土方軍の勝利には違いないが、高杉がどうなったのか、何も分からないままに。

国に入ったところで、小さな旅籠に留め置かれ、そこで十四郎の帰りを待って合流し、城に戻った。
その間にも何も聞かされなかった為、妻を娶ったことは知らなかった。

だが、恭しく頭を下げて十四郎を労う正室の姿を見て、
『当然だな』
とは思った。
領地拡大にさほど興味の無かった十四郎が、勢力を広げる為には近隣の武将との繋がりが必要だった。
子を成してそれを結束の道具に使う。この時代では当たり前の事。
未だ十四郎には子が生まれていなかったが、妻を娶ったのも総悟を取り戻したい一心だったということくらいはわかった。

だが、総悟がこの城を出た時とは違う。ただそれだけ。

飲めや歌えの騒ぎの中、おとなしく正座して酒を飲む総悟。
それを、上座からじっと見つめる十四郎がいた。

合流してからも未だ総悟と口を利いていない。
つまり、総悟が十四郎の陣営に戻ってきてすぐに国に帰して、それきり。

杯を持つ手が震えた。
家臣共に取り囲まれている総悟。

あの姿をもう一度見たくて鬼になった。
伏し目になった時に良く分かる長い睫毛、なめらかな曲線を持った白い頬、腰まで流れる長い亜麻色と性格に似合わず真っ直ぐ伸びた背筋。

こんな宴など放り出して今すぐにでもこの腕にかき抱きたかった。
宴だけではない、城も、国も、家臣も、民も。
すべて捨てていい。昔捨てられなかったものすべて捨てても良い。

杯の中の美しく透き通る宇宙をじっと眺めて。
十四郎は心中の靄を振り切るように、一気にそれをあおった。









「沖田」

背後から声がした。

総悟が振り返ると、懐かしい顔。

総悟の手を引いて城の門をくぐった男。
そうして、その総悟の乗った駕籠を、武蔵へと送った年寄頭だった。

「・・・ジィさん」
ぽつりと総悟が漏らすと、皺の寄った口がうっすらと笑った。
「あいかわらず・・・・・口が悪いの」

「ただいま、戻りやした」
神妙に手を着いて見せると老臣の顔は我慢ができないというように歪んだ。

「たった二年でえれえ涙もろくなったみてえですね」
「正直、お前の顔をもう一度見れるとは思わなんだ」
「やめてくだせえよ、俺が戻った途端に肩の荷か下りたなんつってポックリ逝くのは」
「馬鹿者」
「せめて家財一式俺に譲ると一筆書いてからにしてくだせえ」

叱責の言葉は出なかった。
こらえ切れずひからびた頬に一筋の涙が伝う。

「ああ、今宵の酒はいかん。酔いがまわる。いかん、天井がぐらぐらしておる」
横から若い衆の一人が声を掛けた。
「お疲れでしたらこちらへ」
「いやいや、大将の勝ち戦に寝てなどおれるか。兼親様!わしが一つ勝利を祝って僭越ながら、庄内音頭を踊らせていただきましょうぞ!」

ぐいと頬を拭って、酒に酔った振りをした老臣が勢いよく立ちあがった。





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