「鉄線よ、我君を愛す(8)-4」





高杉の寝所になっている陣営の奥。
普段は戦場で休息をほとんど取らない高杉であったが、さすがに手傷を負った今は、奥で身体を休めることもあるらしい。

「いま、どれくらい見えてるんですかい」
じっと相手の目を見て、総悟が言った。

答えない高杉。

「俺ァ、アンタが・・・・アンタの目が、俺ァ心配で、このまま追い返されたって眠れねえんでさ」
「杞憂など必要」
「なくたってしちまうんだ。アンタ、俺の喜ぶ事してえって言ってるじゃねえかィ。そんなら教えてくだせえ。俺が知りてえんだ。アンタがそんなこと望んでなくたって、俺が知りてえんだ」
「・・・」
「なんだってしてくれたじゃねえですか。故郷に帰る以外はなんでも望みを叶えてくれるって、言ったじゃねえですか。異国の珍しい菓子だって取り寄せてくれたし、戦にも出してくれた。あれがしたいこれがやりたいって言ったらどんな遊びにも付き合ってくれたし、趣味は悪ィけど雅な着物だっていっぱい揃えてくれた。草太の稽古見たりテメエの鍛錬したり好きにさせてくれたし俺を城に閉じ込めたりしねえでどこへでも勝手に出て行ったって良かった。・・・・・・全部、全部アンタが俺にそうやってしてくれたんじゃねえか。今だって、俺が知りてえって言ってんです。俺が、俺が勝手にアンタの目がどうなってんのか知りてえんだ。なんで今日に限って俺の我儘を聞いてくれねえんですかィ?」

総悟の、強い瞳。
少しだけちろちろと揺れる高杉の瞳。霞みが掛かった様に見えたが、今はそうでもない。

「・・・今は、お前の面くらい見える」

「・・・」

「今、お前の愛しい土方大将はここから5里ばかり北でうちの軍とやりあっている。こっちは少数精鋭で向こうにほとんどの戦力を割いているからな。お前の大将はそっちを叩いてからこっちへ来るつもりだ。俺がいねえといくら大群といえど向こうは危ねえみてえだな」
甲冑の肩袖紐を解いてはずす。
そこにはぐるぐると大きく半身を晒で巻きながらも鮮血が大きく染みた高杉の上半身が現れた。

「奴が来ると面倒なことになるんで、二日前対岸に奇襲を掛けていてな、ちいと長引いたがここいらでガツンと潰してやれそうなところまで行ったんだが、突然視界が効かなくなった」
「目が、見えなくなった、てえんですかい?」
「ああ、頭ン中が錐で抉られたみたいに痛えと思ったら、目の前が真っ暗になって落馬しねえようにするのが精いっぱいでな。気がつけばこうよ」
鮮血の浮いた半身を顎でしゃくって見せる高杉。

「それで・・・・・・」
「あわてて撤退してな、ナニ目など見えなくとも俺の馬は一頭で小さな国でも買える名馬よ。俺を乗せて間違いなく陣営に戻ってくれた」
「・・・」
「ちいと働きすぎたようでな、しばらく休息していれば次第に視界も戻ったってモンだ。てめえが少ねえ脳みそ無理に絞って心配する必要なんざねえんだ。わかったらさっさと城に戻ってろ馬鹿野郎」


「・・・・・・・・・・・・・・が・・・・」
「ああ?」
「戻れるわけねえだろうが!バーロィ!」
「チッ・・・」
「俺ァ・・・俺ァ、俺の好きなようにする。アンタが帰れって言ったって帰るもんかィ、アンタは俺が十四郎様の所へ行っちまうんじゃねえかって不安なんだろィ」
「なんだと」
「あんたは餓鬼だ。俺がアンタの元を去っちまうんじゃねえかって怖くて怖くて仕方ねえんだ。自分の大切なもんを取り上げられちまうんだって泣いてる餓鬼と一緒なんだ!」
「何が、言いたい」
「俺だって、俺だって餓鬼でさ。アンタの言うことなんて何一つ聞いてやるもんかィ!」
「また同じ話をさせるのか?俺はいつでも言っている。お前を手放したくないと。ただ、俺が力で奪ったものだから、いずれ俺の力が衰えれば元の持ち主に奪い取られることくらいわかっている」
「持ち主ってなんですかィ、そこに俺の意思はないんですか?」
「おまえの、意思は」

すう、と静かに息を吸う高杉。
穏やかな瞳が、総悟を見た。

「お前の意思は、出羽に帰ることだ」

どおん。

高杉の言葉が終らぬうちに、総悟が高杉の肩を刀の鞘で力いっぱい突いた。

「う・・・クソが・・・・」

「この、間抜け野郎!!俺ァ俺で勝手にしまさぁ」

肩を押さえて蹲る高杉を尻目に寝所を出る。来た時と同じように派手に幕を上げて陣営を出た。
高杉は追って来るような男ではない。
総悟は高杉家の家紋である、丸に七宝花菱が縦三つ描かれた旗を一ふり拝借すると己の背に差す。
そして表に繋いでおいた佐怒丸に跨ると、大川を見渡せる小高い丘に張られた陣営を後にした。


陣営からすこしばかり奥へと佐怒丸を進め、森に入る。
小さな小川を見つけて佐怒丸に水を飲ませて己も清流を掬う。
佐怒丸が辺りの草を食み出したのを確認して、そばの大木にするすると登った。
大きな枝に腰掛けて、腰にくくりつけた携帯袋から干し芋を取り出しもぐもぐと食べ始める。

「・・・やべえ、水くんでくりゃよかった」

ぽつりとつぶやいて、大木の幹に背を預けながら丸い月を見上げる。

その月に映るのは、十四郎か高杉か。

それを知っているのは、故郷から遠い武蔵国の木の上で一夜を明かそうとしている亜麻色の髪の少年だけだった。






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