「鉄線よ、我君を愛す(7)-6」





高杉が穴の底へ降りると、ふわりと汁物の香りがした。
贅沢に貝で出汁をとったすましをずずずと吸う音。

「なんだ食っているんじゃないか」
「暇だったもんで」
「狭いな・・・」
「いくらなんでも大人二人も無理ですぜィ・・・もぐもぐ」

高杉が懐から竹筒を取りだす。
たぷんと鳴るその竹筒の栓を抜いて中の水を口に含むと、暗闇の中で総悟の顎を取って口付けた。

「ん・・・ん、ごく、ごく」
総悟が喉を鳴らして水を嚥下した。

「里芋の味がするな」
「里芋食ったんだからあたりまえでさ、花の香りなんかするわけねえ、んっ」

もう一度深く唇を合わせる高杉。
舌がぐいぐいと入り込んで総悟の口内を侵した。
口の中で熱い塊が縦横無尽に動き回り、この二年で覚えた総悟の敏感な粘膜にのみ優しく触れる。
「ふう・・・」
口づけだけでくったりと身体の力を抜いて、高杉の腕に大人しく抱かれる総悟。

その、いつもの高杉の香りを肺に吸い込んだ時、故郷に置いて来た愛とはまた違う愛がこの男の下で生まれてしまった事を、強く感じた。







言いたい。

言ってしまいたい。

高杉に、己のこの気持ちを。


愛されることを知らないこの生まれたての赤ん坊のような男に。
己の、ちっぽけだが間違いなくこの心の中に生まれた愛を。


だが、出羽にもそれは確かにあった。
ゆっくりと時間を掛けて育てた愛が。

十四郎の為に十四郎を裏切って出て来た。
それがどれだけ十四郎を傷つけたことだろう。

その上敵地でかたきの男に身を任せ心まで与えたとなれば、十四郎の受ける衝撃は計り知れないはずだ。

それを考えるととても高杉に己の心持ちを伝えることなどできなかった。
だから、伝えるかわりに高杉の身体を強く抱きしめた。


「ツ・・・・・・」
高杉が右目をぎゅうと瞑り瞼の上を指で押さえた。
「いてえんですかィ」
「お前こそ身体が熱いな」
「薬師はなんと言っているんですか」
「もう治った」
「ちょっと・・」
「それよりも謝れ」
「ハァ?」
「先刻あの男に自由にさせたことを謝れ、まだ詫びを聞いておらん」
「・・・・・・」
見上げると、唇が再び触れそうなほど近くに高杉の顔があった。
だから、暗闇の中でも細かい表情まで良く見える。

総悟は高杉の言葉に何も答えないで、やはり強く頬を相手の胸に擦りつけた。

ぽろりと、総悟の頬を涙が伝う。

この、孤独の大将の子供らしさが悲しかった。
ツンと鼻の奥が熱くなる。

何も言わない総悟に焦れたのか、高杉は
「どうした、謝れ、おい」
などと言いながら、膝の上の総悟をゆさゆさと揺すり続けた。








その年の暮れ、とうとう武蔵の国の守りの要、常陸の城が土方軍によって攻め落とされたと早馬で報せが入った。




「鉄線よ、我君を愛す(7)」
(了)





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