「鉄線よ、我君を愛す(7)-5」





「ホレ、アホの晋助様が引きあげてくださるってんだ、先に行きなァ」
ぐるぐると草太の腰に縄を巻きつけてやりながら言う。
子供の顔を見ると何やら緊張した面持ちだった。

「・・・俺・・・あとでいい」
「どしたァ?」
「あとで・・・総悟兄ちゃんが引きあげてよ」
「馬鹿言うなィ、これ以上何やらせようってんだ、今いかねえと俺が上がったらそのまま置いてくぜィ」

自分の腹から上に伸びている縄を所在無げにいじりながら草太が総悟の方を見た。

「俺、殿様が・・・おっかねえんだ」
「おっかねえって、何が」
「あの人は戦場でたくさん人を殺しているだろう?それに総悟兄ちゃんだって殴られたりしているじゃない」
「人なら俺だってたくさん殺してら」
「・・・わかんない、わかんないよ、だけどあの目をみると身体が固まっちまってどうでも動かないんだもの」
「お前は晋助様に初めて会ったのが戦場だったからな。戦の興奮冷めやらぬ鬼みてえな面見ちまったんだ、だけどな草太」
総悟は草太の腹の縄をぐいぐいと二度引いた。
「だけど、お前はこれで二度あの殿さまに助けられるんでィ、ここに残ったら一人ぼっちだ、晋助様に引きあげてもらうよりずっとおっかねえことになるぜ」
草太が何か返事をする前に、その身体がふわりと浮いた。
草太はあわてて両手を上げて綱を持つと、自分でも壁を蹴って上がって行く。


それを見送ってふうと息をつくと、総悟はゆっくりと目を閉じた。






ぐい、ぐいと身体が力強く引き上げられる。
心臓がどきどきと音を立てているが、引かれるごとに夜とはいえ穴の中よりは明るい地上の光が届くようになる。
「オラ」
声が聞こえてあの時の隻眼が目の前に現れた。
高杉が、縄を引きながら草太の襟をつかんでぐいと地上に上げてくれたのだ。

そこには総悟の愛馬、佐怒丸と高杉の立派な黒馬、それと初めて会った日からほとんど目通りしたことのなかった高杉が、いた。

「お、おやかた、さま・・・」
はっとして草の上に草太がひれ伏す。

「あ、あの、おやかたさま、あの、こたびは、、この草太を、あの、えーと」
「総悟は無事か」
なんでもないような、つまらなさそうな顔をして高杉が聞く。
「は、はは、あの、いえ」
「なんだ」
「あ、足を、怪我しておられます、それと多分熱が」
「そうか」
ふと興味が湧いて、つい面を上げてしまった。
こちらを見ている高杉と視線がぶつかる。
「あ、も、もうしわけありません」
慌てて頭を垂れてそのまま今見た高杉の顔をゆっくりと反芻した。

まともな瞳だった。
戦場で見た、何かに餓えたようなあるいは狂気のような色は無く、穏やかともいえる表情。

いきなり総悟の言っていた事が理解出来た。

この狂気と言われた殿様が、二度も自分を助けてくれたのだと。


「おやかたさま」
「城へ戻って応援を呼んで来い」
「え」
「道場の裏手で今時分竹刀振り回して鍛錬している女がいるから、そいつに殿様が穴に落ちたと伝えろ」
「は、あの」
「恐ろしいか、夜の山道が」
「いえ、そんなことは」
「ならば行け、これほどの夜道が恐ろしいようではとても高杉軍での働きは期待できんからな」
フッと笑ってくるりと穴の方に向き直ると、もう草太を見向きもせずに、縄を伝ってするすると穴を降りて行った。

しばらく呆っとしていた草太だったが、佐怒丸の地を蹴る足音ではっと気が付くとあわてて城の方へ向って風の様に駆けあがって行った。






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