「鉄線よ、我君を愛す(7)-4」





「はあ・・・はあ・・・・」

「ぐす、兄ちゃん、大丈夫?」
「はあ・・・・な・・くんじゃねェよバーロイ」
「だって・・・」
「だっても勝手も明後日もあるかィ、俺ァ大丈夫だ」
「でもなんだか兄ちゃん身体が熱くなってきてるよ、熱出てるんじゃねえの?」
「そんなモンはどうってことねえが、足が痛ェのがいけねえ、おまえを担いで上がってやれねえなァ。ったくまたなんだってこんなに深ェんだこの穴は」
「兄ちゃんが掘ったんじゃないか!」
ガン。
「痛い!!」
「ちくしょー体力使わせんじゃねえやィクソ餓鬼が」

おりしもとっぷりと日が暮れてしとしとと雨まで降り出した。
冷たい雨が二人の体温を静かに奪い取って行く。
「はぁ・・・・はあ・・・」
「寒い・・寒いよ総悟兄ちゃん」
「寒い言ったらもっと寒くなるだろーがィ、はあ・・・はあ、これから寒いって一回言う度一匁な」
「持ってないよそんなお金」
「じゃあお前の着物一枚ずつもらう」
「やめてよ兄ちゃん」

しとしとしと。

「兄ちゃん、生きてる?」
「勝手に殺すなィ、なんでえ」
「俺達ここで死ぬのかな」
「わけねえだろうがィ、俺が死ぬわけないっての。まァあれだな、こういう場合体力のねえ餓鬼からイっちまうだろうなァ」
「ぐすっ、ひどいぃ」
「・・・・・」



「兄ちゃん」
「・・・・」
「兄ちゃん、苦しいの?」
「・・・くねぇ・・・」
「苦しいんだね?苦しいんだね、兄ちゃん!」
「くねえっ てんだろ   が・・・」

がばりと草太が抱きついてきた。
「死なないで、死なないで総悟兄ちゃん!」

『死にはしねえだろーけどよお・・・・』

ぼんやりとする頭を軽く振って穴の出口を見上げると美しい星空。

「うぉっ、ヤベエ」
「どうしたの?兄ちゃん」
「ヤベーマジやべえ、十四郎様の顔が見えた」
「エッ」
「やべえ走馬灯って奴じゃねぇだろうな」
「・・・うわーん、とうとう総悟兄ちゃんがおかしくなっちゃったよう」
失礼な事を言う草太を殴ってやりたかったがもうその力が無かった。

「うう、おまえ、が、抱きついてくっと、よけい冷てぇ・・・さ、さ     」
ぴく。
「兄ちゃん今寒いって言った?」
「言ってねえ、むしろ今お前が言った」
がちがちと歯の音が合わないが、無理に言葉を発した。発していないと意識を失いそうだった。

「兄ちゃん・・・・兄ちゃん!!」
「いち・・・もんめ」
「兄ちゃん!!!」

その時。

するすると穴の上から縄のようなものが垂らされてきた。
縄の先には大きな箱膳がくくりつけられている。

がつ。
「あいて」
総悟の頭の上に箱膳がどっかりと降り立った。
手に取って紐解いて見ると、箱の中には麦飯と汁、青菜と里芋の煮物に香の物まで揃った立派な食事が入っている。降ろす時にぐらぐらと揺れた為か、汁は大幅に零れていた。

「なんですかィこれァ」
総悟が上に向って、まるで相手が解っているかのように訴える。

「腹が減っているかと思ってな」
「飯なんかどうでもいいでさァ、そんなことよりさっさと引き上げてくだせえよ」
「偉そうだな」

月明かりに薄ら見える高杉は、もういつもどおりの口角をニヤリと上げただけの顔だった。






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