「鉄線よ、我君を愛す(7)-3」





厩へと駆ける総悟。

今は高杉の顔を見ていたくなかった。

予感があったとはいえ垂穂の突然の裏切り、負い目、そして今や敵地でたった一人になってしまったという隠しようもない不安、高杉の激情と己の反抗心、そうしてその激情と共に併せ持った高杉の孤独と悲しみ。それから、この二年で知った孤高の男の渇えた空っぽの心。

そして何よりも、故郷に残して来た愛。

とっくに飽和状態の頭をぶるぶると振ると、厩番の男が驚いて見るのもかまわず佐怒丸の柵を上げて綱を外した。
佐怒丸に跨って闇雲に駆けようとした時、厩番の声が背後から追いかけて来る。

「沖田様!ま、まってください!そ、草太がいなくなっちまったんです!」
ぴくりと総悟の動きが止まった。
止まりきれない佐怒丸が、「ばるる」とたたらを踏んだ。

「どうしたんでィ、草太がいなくなったってえのはどういうこった」
「どうしたもこうしたも、馬にやる藁を取りにいかせたんですが、人足が押してくる荷押し車だけが帰って来て草太の姿が見つからねえんで」
「一緒に帰ってこなかったのか?」
「いえね、人足の話では、途中までは一緒だったてえんですが、そのうち姿が見えなくなっちまって・・・。何度も行かせている仕事だし人足どもも顔見知りで、ちいとくれえ姿が見えなくなっても迷子になるような道じゃあねえって事でそのまま来たらしいんですが・・・・」
「・・・・わかった、辺りを探してみらァ」
「かたじけねえ、俺はここを離れられねえもんで、宜しくお願いします」

頭を下げた厩番に背を向けて、総悟は黙って佐怒丸の腹を蹴った。






「うぉーい、そーたー!どーこにいやがるんでィ」
ぱかぱかと軽快に佐怒丸を走らせながら子供の名を呼ぶ。

草太を探している間に気分は晴れた。
晴れたというわけではないが、高杉のことを忘れられた。
返せば、別事を考えていなければ総悟の頭の中は色んな事でぎゅうぎゅうに埋まってしまっていたということだった。

『ケツがいてえな・・・・』
そんなことを考えながら城のふもとの山肌を流していると、どこからかしくしくと泣く声が聞こえる。
声のした方へ佐怒丸を進めると、山道の端にもこりと土が盛り上がった箇所があった。
近付いてみると、その盛り上がりは円の外周で、その内側はぽっかりと何かの口のように暗い穴が深く掘られていた。

「あ」
何かを思い出したように大きく口を開けて佐怒丸から降りる総悟。

「おーい、草太ァ、草太かぁ?」
穴に向って声を掛けると、しくしくと泣いている声がぴたりと止まった。

「総悟・・・にいちゃん?」

「あー・・・・やっぱりか・・・お前これに落ちてやがったのかィ」
「こ、これって?」
「落ちてわかんなかったのかよ、これァ俺がお殿サマを落とすために作った落とし穴でィ」
「エッ」
「いや〜〜〜〜、戦でも始まってこの山肌を決まって一番に駆けおりるだろうからぜってぇ馬ごと落ちやがると思っていたんだけど」
「そんな」
「イザって時以外に他の人間が通る時にはちゃんとわかるように結構わざとらしく穴にフタしたつもりなんだが、やっぱオメーはガキだねィ、こんなわざとらしいのに落ちるとは」
「えーん、ひどいよ総悟兄ちゃん」
「泣くんじゃねえって、今引き上げてやっから」

きょろきょろと辺りを見渡せば、数間先に蔓の絡まった大木がある。
トコトコとその木に近付いて蔓を手に取ると軽くクイクイと引いてみた。
今度はもう少し強く。
力いっぱい引いてみたが切れる様子は無かった。
腰の刀を抜いて長い蔓をばさりと切ると、ずるずるとそれを引いて穴に戻る。

「うぉーい、いいものがあったぜィ」
その端を持って穴に垂らすと、底の方で蔓を掴んだ手ごたえがあった。
残念ながら何かにくくりつけるほど長くはなく、蔓の端を総悟がしっかりと持ってやることにする。
「ちょっとォ、総悟兄ちゃんこれって草じゃないの?お城に戻って綱か何か持ってきてよお」
「バーロィこれで十分だっつの。大体お前ェなんで稽古の時しか敬語使えねェんだ」
「言葉遣いについて総悟兄ちゃんに言われたくないよ」
「うるせーやィ、さっさと登れィ」
穴の縁に袴の膝をついて蔓を強く握ると、草太が登り始めるのを待った。

「じゃあいくよー」
「おう」
みし、と蔓に体重がかかる。総悟の上半身が穴に吸い込まれそうになった。
「うぉっ・・・と、テメーいつのまにこんなに重くなりやがった」
初めて会って馬上に抱きあげた時はあんなに軽かったのに。
「あたりまえだよ子供なんてのは毎日背が伸びるんだから」
「餓鬼が言うなィ餓鬼が・・・・」

穴はおよそ10尺(約3m)ほどか。自分でもよく掘ったものだと感心する。
「ああ・・だめだよ、もう登れないよぉ」
泣きそうな草太の声が聞こえた。
「ちいっ、なっさけねえ餓鬼だなァ、仕方ねえ引っ張り上げてやっからしっかりつかまってな」
ぐいと蔓を引く。
子供とはいえ育ちざかり。総悟の白い手はあっというまに蔓が食い込んで真っ赤になってしまった。

「く・・・ちくしょう・・・」
汗だくになって何度目かの引き上げをした時、ぶぶぶっと音がして総悟の手の先から蔓が切れかけた。あ、と思う間もなくぶつりと切れてしまったその蔓を、咄嗟に追いかけて身を乗り出した。
はっしと蔓を掴んだはいいが、草太の体重でもって落ちて行く勢いに負けてぐんと身体が下へひっぱられる。

「あり?」

ふわっと身体が浮く感覚。
落ちている、と気付いたのは次の瞬間だった。

「わーっ」
「きゃーっ」
総悟と草太は折り重なって穴の下にどさりと落ちた。

「いっちちちっちちち・・・・おーい痛ェ、テンメー切れちまったじゃねえか!」
「うわーん、だから言ったのにい!」
「テメーが暴れたんだろィ」
「暴れてないよう、こんな蔓で登れるわけないじゃないか総悟にいちゃんひょっとして阿呆なの?」
「上等だァてめえにゃ二度と剣術なんぞ教えねえぞ・・・・うっ・・・」
身体を起こした総悟が急に眉を寄せる。

「どうしたの?」
「・・・・・ちっ・・・」

穴の中は真っ暗だった。
よくぞこんなところにいたものだ。草太は一体どれくらい一人ぼっちだったのだろうか。

「ねえ、どうしたの?総悟にいちゃん」
「うるせーや」
手探りで己の右くるぶしをくるりと撫でてみる。

そこは火を噴いたように熱く、するどい痛みが生まれ、触っただけでもわかるほどぷっくりと腫れあがっていた。






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