「鉄線よ、我君を愛す(7)-2」





「機嫌、直してくだせえ〜」


高杉の寝室。
高杉の好みの香、舶来の菓子、ついこの間宣教師が持ち込んだオルガンなどが無秩序に置かれているが、それぞれが何故かみごとに調和して高杉暢勝という人間の色を作っていた。

高杉のものである紫の羽織一枚を着せられた総悟が首をかしげて相手を覗きこむ。

じろりと怒りに燃えた瞳が総悟を見た。

「直るわけねえだろうが殺されてえのか!」

触れれば切れそうな空気を纏って噛みつかんばかりに吠える。
「大人しくヤられやがって何のつもりだ!テメエは誰のもんだ!ああ!?」
己の着物を羽織ったその胸倉を掴み揺さぶった。
顔を近付けて凄んで見せると、総悟の、行為によってやつれた顔が目の前に見えた。

「誰のモンでもねえやィ・・・・」
ボソリと呟いて高杉の手を跳ねのける。
「なんだと?」
「誰のモンでもねえって言ってんだ。どきやがれィ!」
雪深い国の生まれらしい真っ白の足で高杉の胸をどんと蹴って立ち上がると、ちょうどまた子が持ってきた着物と袴をさっさと身に付け始めた。

「誰のモンでもねえだと?」
寝所の畳から板間に大きな音をたてて降りると足早に総悟に近付いて腕を振り上げた。
頬を打とうとしているのを察知して、カウンターを浴びせようと身を縮めかけた時、総悟は高杉の熱のこもった瞳の中に、どうしようもない哀情を見た。
その一瞬の感情に総悟が立ちすくんだ瞬間、左頬が火を噴いた。
渾身の力で張られた為に、ぐらりとよろけて背後の柱で背を打ち付けた。

「う、う・・・」
ぐい、と髪が引っ張られる。

「誰のモンでもねえだと?いいか・・・・てめえのその生意気な口など、二度ときけねえように仕置きしてやる」
髪を引かれたまま、もう一度頬を叩かれて、返す手で反対も。
「お前は!俺の物だ!俺の物だっ、俺の物だ!!」

激しい暴力を受けながら、総悟は戦意を失わなかった。
揺れる高杉の袖を掴んで引くと、両手で相手の右肘を思い切り反対側に捻り上げた。
「ぐっ・・・糞が!」
総悟の手を振り払って尚も打とうとする高杉の腰に手をやる。

硬い柄に触れたと思った途端、高杉が総悟の前から後ろへ飛ぶように後退した。
己の刀に手をやろうとして小さく逡巡し、やめた。

狂気の鬼と呼ばれた高杉が。
一旦刀を手にしようとして己の激情を抑えた姿に、じわりとした愛情を覚えた。
だが。

打たれた頬が痛い。
口の中が切れて血の味がしていた。

ぐいと高杉を睨みつけて、廊下の板間に鉄の味を吐きつけると、くるりと踵を返して寝所を走り去った。




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