「鉄線よ、我君を愛す(6)-5」





「晋助様、湯くらい誰にでも用意させてくだせえよ」
ちゃぷ、という水音と共に、総悟が手ぬぐいをたらいの湯につける。

「うるさい、早くしろ」
総悟の膝枕に、天井を向いて頭を預け、右目を閉じている高杉。
左目は眼帯をしているから、今高杉の視界は真っ黒のはずである。

きゅ、と手ぬぐいをしぼって。
暖かい布を高杉の閉じた右まぶたに乗せる。
ぐ、と押してやると「うう」と高杉が呻いた。

「おまえは阿呆か、痛いだろうが」
よしよしとでもいうように高杉の髪を撫でながら、今度はそっと手ぬぐいを抑える。

「あちいですかィ」
「いや、ちょうどいい」
ふう、と高杉が身体の力を抜いた。

しばらく何も言わないで高杉に膝を貸している総悟。
そっと手ぬぐいを外して、閉じたままの高杉のまぶたにうっすらと浮かぶ青い血管を眺めた。
ちゃぷ、とまた暖かい湯に手ぬぐいを浸して絞る。


この所、高杉が目の痛みを訴えていた。
目頭の奥の方がたまにきりきりと痛むのだという。
その後は決まってしばらくの間、視界がぼんやりとして頭痛を伴うのだった。

「ぬくいといくらかマシだな」
視界がぼやけている間はこうやって瞼を暖めてやると、後の頭痛が穏やかになるらしく、いつも総悟が蒸した手ぬぐいで押さえていた。

「湯、ぬるくなっちまいやがったから、換えてきまさ」
ごとんと膝から乱暴に高杉の頭を床におとして桶を持って立ち上がる。
「チッ、いてえな馬鹿め」
「何言ってんですかィ、アンタのためにこうやって湯を、」
袴の裾を掴む手。
無視して進もうとすると、くん、くん、と裾が引っ張られた。

「・・・なんですかィ」

「もう大分いい、ここにいろ」

じいと見下ろすと目を瞑ったままの高杉。
そうと白い足を上げて、親指と人差し指でむぎゅ、と高杉の鼻を摘んだ。

「はにをする」
はじめて目を開けて総悟をぎろりと睨むが、総悟は顔色を変えない。
「初めて来た時、怯える俺に晋助様がこうやって鼻をつまんだんでさ」
「なにが怯えるだ、ぐーすか寝さらしていやがったじゃねえか」

べろりと高杉の舌が総悟の足の裏を舐め上げた。
「ひゃん」
総悟がびくりと身体を震わせると手に持った桶の湯がぱしゃりと零れた。
「なにすんでィ変態」
「足の裏を舐めた」
そのまま足首をぐいと掴んで引き倒した。

「あーれー」
感情の無い声を出しながら尻餅をつく総悟。
すぐさまその身体に高杉が覆い被さってべろりと総悟の顔を舐め上げる。
「やめてくだせえ、堪忍してくだせえ〜〜」
「なんだそりゃ、どこで覚えてきた」
「前からやりたかったんでさ。可憐で薄幸な美貌の小姓と、その小姓にご無体な行いをする非道のお殿様」
「よしそれやろう」
「もお!桶返してきやすから離してくだせえ!」
がっつがっつと元気良く高杉の顔を蹴って腕の中から抜け出すと、もう半分ほどしか入っていない桶を抱えて部屋を出て行った。







ごそごそと炊事場で蠢く影。

総悟が真っ暗な炊事場で桶を無理やり水屋に戻している。
「チッ、だーれもいなくなっちまってんじゃねえかィ、どっから出したんだこれ、はみ出てんじゃねーか。ひょっとして湯殿の桶か?」
多めにみつくろっても半分しか水屋の棚に入っていないが、勝手に良しとして立ち上がると帰ろうと後ろを振り返った。

その、炊事場の入り口に、1人の男の影。

何故だかその影を見て、総悟の喉がごくりと鳴った。


殺気ではなく。

形容し難い異様な気を、その影が纏っていたからだった。

「垂穂」

顔は見えなくとも分かった。

男が三歩、前に進む。
格子窓から差し込む月明かりに、その顔が照らし出される。

男の顔の右半分は、無残な火傷の痕で覆われていた。






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