「鉄線よ、我君を愛す(6)-4」





「総悟!総悟!!どこだ!!」
宵の口の白鷺城に高杉の声が響き渡る。

暖かい日差しが惜しげもなく差し込まれる城内に、どかどかと誰が聞いてもわかる足音。

「おっ、沖田さまぁ!ヤバイっス、マジやばいっス!殿がお怒りッスよ!」
女人禁制の道場の入り口で、また子が必死になって総悟を呼んでいる。

いくら本人が女を捨てたと言えども、また子は女性だった。また子の剣術の腕はたいていの男衆の比では無い。無いがしかし道場に入ることさえ許されなかった。
故にまた子は常に屋外で竹刀を振るった。
その負けじ精神が、また子の剣を鍛え上げたのかもしれない。

「もうちょっとで草太の稽古が終わるんでぃ、待ってろー」
竹刀で草太の背をつつきながら総悟が言う。

「だーれがそんな姿勢でやれっつった。オラ背筋伸ばして上段からやりなおしだ」
「はいっ」
子供ながらよく通る利発そうな声で返事をして、汗を飛び散らせながら竹刀を振るっている。
草太の澄んだまっすぐな瞳は、ほとんど笑うことのない総悟の瞳を優しくさせていた。



「ありがとうございました」

道場の床にきっちり手をついて頭を下げる草太。
首には豆絞りの手ぬぐいがかけられて、たっぷりと汗を吸っている。

「お前おもしれーわ、筋がいい。このまま鍛錬していりゃあ、この城のなまくらどもよりもずっと強くならぁな」
総悟の声に、草太の顔がぱっと明るくなる。
「はい!!」
うれしそうに答えて、いそいそと道場の片づけを始めた。
草太にはまだこれから、厩の仕事が残っているのだ。

「草太」
ぎゅうと雑巾をしぼっている子供に声をかける。
「なんだい・・いえ、なんですか?」

「お前、いくつになる」
「ことし、九つになります」
「お前、十になったら、殿様の小姓になる気はねえかぃ?」
「こしょう?」
「ああ、あの片目の殿様の身の回りのお世話をするんだ」
「あのおねえちゃんがやってるんじゃないの、、ないんですか?」
道場の入り口でいらいらとして待っているまた子を指差す。

「おねえちゃんって言うなィ、女子じゃねえって真っ赤な顔で怒り出すぞ、来島どのって言いなァ」
「はあ」
「あの姉ちゃんはしょせん雑用よ、それがいけねえってんじゃあねえ。だがやっぱりどうがんばったって女子だからな、日の当たる仕事はできねえ。戦には出しちゃもらってるがな、巴御前みてえにな」

何が言いたいのかわからないという顔の草太の額をつんと突いて。
「お前は筋がいい、いつか戦でも武功を立てられるようになんだろう。だが厩にいてちゃあいつまでたっても良くて足軽だ、戦につれてってもらったって所詮は馬の世話よ。でもな、殿の小姓になっていりゃあ腕次第で出世は思いのままよ」

子供にはまだ理解できない内容だったのだろうか。
この話はまた次にしようかと総悟が立ち上がろうとすると、草太が小さい頭をくいと上に上げた。
しっかりとした目をしている。

「俺はどうしてもあの殿様がおそろしくって、なりません」
唇をきゅ、と噛んで総悟を見上げている。
「おっかさんが死んじまった時にあの恐ろしい顔が見えたのを覚えてます。あの殿様がおっかさんと俺を助けてくれたのはわかっているんだけど、俺はどうしてもお館様を見ると足がふるえちまうんです」

「うん」
歳のわりにしっかりとした物言いを、頼もしく思いながら総悟が答える。
「お館様は、お前が思っているほど恐ろしいお人じゃあねえ、だがあながちお前が感じている恐怖ってのもまた間違いじゃないんだ。それがなくっちゃあこれだけの領地を持つ殿様になんてなれねえ。だけどあのおっかねえ目ン玉ん中には、それだけじゃなくてさみしくて悲しい光もあるんだって、いつかお前にもわかるようになる」

「・・・」

「この話はまだお前には早かったようだなァ」

今度こそ総悟が立ち上がろうとした時、この城の皆が恐れるかんしゃく玉の怒鳴り声が、とうとう道場まで大きく響いてきた。





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