「鉄線よ、我君を愛す(6)-3」





「殿、殿」
ゆさゆさと身体を揺さぶられる。

うっすらと目を開けると、目の前に小十郎の顔。
照れたような、まるで十四郎の嫁にでもなったような、そんな顔だった。
はじめて抱いた朝も、確かこんな顔をしていたように思う。

がんがんと頭が痛む。
あの香が炊かれた日はいつもこうだった。

「こ、十郎」
眉根を寄せて、頭の痛みに耐えながら第一声を搾り出す。
「殿、早く起きて朝餉を召し上がってくださいまし」

「小十郎」
「いかがなされました?」
かいがいしく十四郎の周りをぱたぱたと動き回って召し物を用意している。

「小十郎、ここへ来い」
十四郎は眉間に指を当てた姿で視線を伏せながら言った。
ぴく、と小十郎の肩が揺れる。
照れたように振り向いたのは、睦言でも囁かれるのかと期待してだろうか。
チョコンと十四郎の脇に座った小十郎。
無邪気さを装うようなしぐさで十四郎の布団の端を弄っている。

「小十郎、俺はまたやってしまった。すまない」
「え」
「自分を律しようとはしているんだが、またお前を」
「殿」
言いかけた言葉を遮るように、小十郎が握っていた布団を離して十四郎の手に触れた。
「小十郎のことでしたら、殿はなにもお気に病まれることはございません。元々小十郎は殿をお慰めするために城へ呼ばれたのですから」
「そうじゃない」

小十郎が小さな手でそれでもしっかりと十四郎の指を握っているのをそっとはずす。
「そうじゃないんだ。俺が、総悟以外と懇ろになりたくないんだ」

ヒュ、と小十郎の喉が鳴る。

「わかっている、手を出しておいてしらねえなんて大将の言う言葉じゃねえ、お前のことは悪いようにはしねえ。だが、俺は俺自身の為に、総悟だけを想っていてえんだ」
かたかたと、小十郎の肩が震えるのが視界の端に見えて胸が痛んだが、言わなければいけなかった。

「殿、私では沖田様の代わりになりませんか?私は沖田様を存じ上げませんが、周りは皆面影が似ているといいます。代わりでいいんです!殿!」

「・・・似ていない」
「・・・」

「お前は、総悟には似ていないんだよ」
昔の十四郎では考えられないような、背を丸めた姿勢で部屋の外を見る。
春とは言えまだ寒い北上山城はきっちりと板戸が閉められ、外の景色は目に入ってこなかった。

「だから、駄目なんですか?」
声が震えていた。
今にも両の目から涙が零れ落ちそうだった。

「違う、どれだけ似ている人間がいたって駄目なんだ、総悟でなければ駄目だ。だが、流された俺も悪かった」
はっとした小十郎が、香に火を入れようとしたが、その手をそっと押さえる。

「もう、この部屋でこの香を炊くな」

静かな目が、小十郎を見ていた。

「・・・・私は、十四郎様のご寵愛など受けなくてもいいんでございます。ただ、お側に、お側にいられれば・・・」

その、哀れを誘う姿に、鬼と呼ばれるようになった十四郎も強くその手を振り払うことができなかった。






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