「鉄線よ、我君を愛す(6)-2」






陶器を投げつけたであろう激しい破却音が城内に鳴り響く。

「酒だ!早くしろ!」
明らかにしたたかに酔った男の声。


北上山城の最奥、土方兼親が片肌脱いで袴もつけず、板間に藺草の敷物を敷いた上に座っている。
殺風景な板敷きの上に置かれた脇息に左肘を掛け、その指先には徳利。
直に口をつけて浴びるように飲んでいる。
十四郎のまわりには空の徳利がいくつもいくつも転がっていた。

「おい!誰ぞおらんのか!!大将が勝ち戦で凱旋したんだ!!城中の酒を持って来い!」

びくびくと隠れている家臣たちの耳に、十四郎の怒号が響く。



「おい、小十郎、お前行って殿を諌めて来ぬか」
情けない顔の家臣たちの真ん中でふてぶてしいすまし顔で座っている小十郎。
くちゃくちゃと干し柿を食べている。

「聞いているのか小十郎!」
とうとう年寄の1人が声を荒げた。

小十郎がふうと嘆息して小作りの顔を上げる。
その紅を引いた面は、周りの重臣どもを馬鹿にしきった表情だった。

「まったく情けない、私がいなければこの城はどうにもならないんですから」
指についた柿の実をちゅぱちゅぱと舐め取って周りをぐるりと見渡した。

「私の待遇もそろそろ考えていただきたいものです」
眉を寄せたくなるほどきつい香の香りを振りまきながらしとやからしく立ち上がって、呆然とする家臣達を尻目に、堂々と部屋を出て行った。




「殿、小十郎です」
十四郎の返事を待たず、すいと襖を開けて小柄な身体が部屋に入ってくる。
ぺたりと床に頭をつけて、それからゆっくりと顔を上げてかわいらしく見えるように小首を傾げた。
総悟と同じ若草色の袴。
総悟のように長く伸ばしはじめている髪。

酒で朦朧とした十四郎の目に、それは欲しているもののようでどこかぴったりと重なり合わない微妙なずれを伴って入り込んで来る。
脇に置いた盆の上に、小さな香炉。
その香炉からは薄い煙が立ち上っていた。

「酒だ」

「と、殿・・・もう酒はお控えくださいませ」
「やかましい!酒と言ったら酒だ!」
大きな声に、びくりと小十郎が身体を震わせる。
「と、十四郎様!」
小十郎が十四郎に擦り寄ろうとした途端、火のような勢いで持っていた徳利を投げつけられる。
「きゃあ!」
大げさな動作で床に伏せて身を縮こまらせる小十郎。
「その名で呼ぶな」
しこたま酔っている十四郎の真っ暗な瞳。
その瞳の中心の濃い藍色は、小さく小さく震えていた。

「申し訳ありません、殿!お許しください!」
涙を流しながら手を突いて詫び、許しを乞う姿に舌打ちして顔を逸らす。
「・・・酒だ・・・・」

ほかに何をする気にもなれなかった。
たとえ脅威のスピードで進撃を続けるにしろ、未だ総悟に辿り着けない焦燥感。
あっという間の二年であり、地獄のように永遠にも思えた二年でもあった。
            
忘れたかった。
素面でいると高杉と総悟のことを考えてしまう。
今頃なにをしているのか。

己が知り尽くした総悟の身体。
それを、高杉がすべて開いて押し入っているのかと思うと、脳が燃え上がってしまうほどの嫉妬を覚えた。
そんな時は何をやっても収まらない。
目に入るもの全てを壊してまわって、それを諌めに来た家臣でさえ手にかけようとしたこともあった。

視界の端に小十郎の髪がちらちらと映る。
昨年、激情のままに小十郎を抱いてから、ちょくちょく同じ行為をしてきた。
総悟に操立てしたいという心もありがなら、ただもてあます性欲の捌け口としてしまっている。

「その香は嫌いだと、いつも言っている・・・・」

小十郎が持ってくる香が鼻腔をくすぐる。
この香に何かがあると薄々感じてはいるが、はっきりと拒絶できない。

小十郎は、総悟に似ていた。
中身はまったく違うが、髪の色が薄く小ぶりの顎。
目を瞑って抱くと、すっぽりと腕の中に収まる薄い肩。

もちろん流されるつもりはなかったが、香の煙を吸い込んで小十郎に己の中心を撫で上げられると決まって頭の芯がくらくらしてわけがわからなくなった。

分からなくなっている間だけ、忘れられた。

今日も、ぐらぐらとした視界の中で、総悟に似た少年が涙を流している。
己に怯えているのか。

泣くことなどなにもないのだ。

俺が守る。
守ってやる。

あの時守れなかった分、これからはずっと一生、何を犠牲にしても、俺が守ってやる。

「十四郎様」
甘い声が聞こえた。



また、微妙なずれを感じながらも、それに気付かないふりをして、小さな身体を抱き寄せた。






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