「鉄線よ、我君を愛す(5)-6」 





瞬く間に一年が過ぎた。
総悟がここへ来て二度目の春を迎える。

この城へ来たばかりの総悟は、流されているようで実は頑なな殻をかぶっていた。
しかし、高杉を知れば知るほど、総悟は自分で張った硬い殻と刺をはずして、心の角を丸くして行った。
憎めないのだ、この男を。

未だ十四郎への愛と後ろめたさを感じない日は無かったが、それとは形の違う何かがむくむくと育っていた。

「なにをしている、そこは雪隠ではないぞ」
尿意を催しておもむろに前を寛げようとしていると、背後から高杉の声が聞こえた。

「嘘でィ、ここが雪隠だって最初に教えてもらいやしたぜ」
「一年も経って今更か。誰がこんな誰にでも丸見えのところで用を足すものか。これは城攻めに遭った時にここからし尿を流して城壁を登ってくる敵を落とす為の雪隠だ。普段に使うな」
「マジですかィ、俺ァ一年間ここ使ってやしたぜ」
「手がつけられんな」

高杉は、袂からふわりと和紙をかぶせた棒を取り出す。
「あっ、何持ってるんですかイ」
「飴だ。細工師が来ていてな。鳳凰を作らせた」
かさりと和紙を取り払うと黄金色に輝く飴細工の鳳凰が現れた。

「すげえ!くだせえよ!!」
「駄目だ、これは俺のだ」
「なんでえ、くれたっていいじゃあねえですか、アンタ甘いもの嫌いなんでしょう?」
「これは食うものではない、眺めるものだ、クク、どうだ美しいだろう」
「飴なんだから!!食いもしねえのにただ持って眺めてるなんてみみっちいでさあ」
「馬鹿が!夜までこのままにする!テメー食ってみろ、殺すぞ」

きゃいきゃいと仲睦まじく喧嘩している二人。
その姿をじっと見つめる者がいた。

袴の股立ちを取り、たすきがけをして城内の拭き掃除をしている男、垂穂政重である。
この一年ですっかり風貌が変わった。
苦労の為頬はこけ、未だ二十にも満たぬのに髪に白いものが混ざり、眉間には深い皺が刻まれていた。
無精髭を気にするでもなく、拭っても拭ってもしみついた泥で全身が薄汚れている。
なによりも昔は無かった卑しい光が、その瞳に宿っていた。

じろりと睨みつけるように二人を凝視して。
止めていた手を再び動かす。
桶に汲んだ水で雑巾をゆすいでぎゅ、と絞ってまた拭く。
長い冬の間に下働きで傷ついた手は、春を迎えてもまるで洗濯女のように荒れていた。

『沖田様、殿の為に敵陣の蛮族に身を任せ、あまつさえ欺く為とは言えあのように媚びなければならぬとは』
黒い艶を持つ板間を拭ききって、ぎゅうと雑巾を握る。
もう一度顔を上げて、柱の影から二人を見つめて、黙って桶を持って立ち上がった。
 




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