「鉄線よ、我君を愛す(5)-3」 |
「晋助様」 くいくいと直垂の袖を引く。 珍しく、高杉は烏帽子を被って正装をしていた。 近隣の武将が使者を送って貢物を献上してきたので応対していたらしい。 「なんだ総悟、お前待ちきれないのか?すぐ行くから寝所で待っていろ」 「ありえやせんや、ちょいと晋助様にお願いがあるんでさ」 可愛らしくことりと首をかしげて長い髪をさらりと流れさせる。 高杉の右の眉がぴくりと動いた。 「なんだ」 総悟の髪をぎゅっと握ってさらさらと両手のひらに挟み込んで擦り合わせる。 触りたいと思ったものをすぐに触る男なのだった。 「俺と一緒に来た垂穂って男のことですけどねィ」 「知らんな、お前誰かと一緒に来たのか?」 開いた口が塞がらないが、ここで怯んでも仕方ない。 「いたんでさ、その垂穂なんですがね、今炊事場の下働きをやっているんでさあ」 「興味無いな」 「お願いってのはそのことで。ちいと垂穂を俺の目の届くところにやってくれやしませんかね」 「駄目だ」 にべもない。 「お前を故郷の人間と一緒にしてやる気などない」 「一緒にたぁ言っていやせんぜ、ただ・・」 「この話は終いだ、寝所へ来い」 いささか機嫌の悪くなった声。これ以上は日を改めた方が良かった。 大股で大広間を出て行く高杉の背中を見ながら、総悟は小さくため息をついた。 「どうした」 頬を、高杉の指がついとなぞる。 高杉の寝所には、貴重な砂糖から作られた菓子が、三宝に敷かれた懐紙の上に色鮮やかに乗っている。 高杉のものかと思ったが、甘いものは苦手らしい。 その菓子をちら、と見て。 やはり自分の為に用意されたものだろうなと思った。 高杉の左手が流れるように三宝の上の砂糖菓子を一つ取り上げた。 人差し指と親指で摘んだそれを、総悟の唇に押し当てる。 「食え」 ニヤニヤと口角を上げている。どうやら女子供が気に入っている菓子なので総悟も喜ぶと思っているのだろう。 「今はいりやせ・・・むぐ」 生真面目な顔で、総悟が口を開けた途端に砂糖菓子を押し込む高杉。 「もぐもぐ、いらねえって言ったでしょーが」 「美味いか?」 総悟の意見は無視して、期待に満ち満ちた顔で問う。 「いやそういう事じゃなくて」 「もう一つ食え」 「いやほんといりやせんって・・・・むぐーっ!」 「美味いか?」 何か言わなければ終わらないのかもしれない。 「まずいでさ、じゃりじゃりして砂糖粒が口ん中に残りまさ」 本当は美味かったのだが、素直に言っても結局は新しく菓子を押し込まれそうな気がしたので逆に答えた。 「なんだと?」 高杉の眉が寄る。 左手で総悟の口を押さえ、右手で尻のあたりをさわさわと愛撫していたのをぴたりと止めておもむろに立ち上がった。 「畜生・・・・てめえまた子!!菓子屋を呼べ!また子!!!」 ドカドカと大きな音をたてて寝所を出て行く高杉。 『ヤベエ・・・・菓子屋殺されるかも。』 尻を撫で回していたのだからこのまま一戦突入かと思っていたのだが、性欲よりも怒りが勝ったようだった。 しかし、相手をしなくて済んで助かったなと思って立ち上がろうとして、愕然とした。 尻を撫でられただけで、総悟の下半身は変化を起こし始めていたのだ。 唇に、菓子を押し付けて食べさせようとしていた至近距離の高杉の顔。 不器用で不思議な思考回路を持ったあの男に惹かれはじめているのか。 あの隻眼の光の中に己に対する情欲を見て、そうしてそれに対して喜びを感じて身体が反応したのだろうか。 ここへ連れてこられて未だ三月と少し。 愛を誓った故郷の主君を思い出す資格も無いように感じる。 照れたように眉を少し寄せて無理に仏頂面を作って己の名を呼んだ十四郎との日々。 たった三月で塗りつぶされるような十年ではないはずだった。 総悟は高杉が去った寝所で、高杉が三つ目を食べさせようとして怒りで握りつぶした菓子をじっと見つめていた。 |