「鉄線よ、我君を愛す(4)-4」




総悟の初陣はあっという間に終わった。
陣を張ったのもたったの二晩。
本陣の寝所で、敵の奇襲を警戒し座して眠る高杉の隣で眠った。
さすがに陣営で事に及ぶことはなかったが、高杉の細長い指が、何度も総悟の頬をつついた。

童を拾った日決着がついて、言うまでも無く大勝利。

そのまま高杉が童を乗せて武蔵に帰った。

腹が減ったと童が訴えるので、何か無いかと総悟が炊事場に連れて行った。
ちょうど夕餉の支度をしている時分で、煮炊きものの匂いが鼻をくすぐる。

「腹がくちくなるまで食ってこーい」
とん、と背中を押してやると元気良く駆けていく小さな身体。

童が炊事場の隅で飯を盛りたおしてもらっている間に、己もなにかつまんでやろうとして、好物の豆の甘煮などを探して歩き回る。
ふと、声が聞こえて、土間から裏庭に出た。
裏庭には、井戸と、篭城に備えてある程度の規模の畑があるはずだった。


「おい!刀は振るえてもクワは扱えねえみてえだな!」
「田舎者なんだから肥溜めには慣れているだろうが、しっかり腰入れて運べよ」
がつ、と音がした方を見ると、垂穂が袴の返し腿立ちをとって農作業に従事していた。

長いてんびん竿を首の後ろに乗せてバランスをとって運んでいる。両端の桶には肥料となる人糞がたっぷりと入っていた。

今の音は、その垂穂の腰を畑仕事の面々が背後から蹴ったものだったのだ。

桶の中身がこぼれて袴にかかる。
垂穂は何も言わず、よろけた姿勢からぐいと立ち上がってまた桶を運び始めた。
じっと前を見て、屈辱に耐えるように。

「どうした、お前の大事な沖田様がお召し上がりになる瓜だぞ、這い蹲って手入れしろや」
桶を運び終え、畑にしゃがみこんで作業をする垂穂の顔に土を蹴り上げて尚も挑発する男達。
反抗すれば総悟に迷惑が掛かると考えているのか、それでも何も言わなかった。

「あ、あんちゃん」
童の声に振り向くと、腹がぷっくりと膨れた草太がいた。
草太というのは戦場で拾った童の名前で、純粋な瞳で総悟を見上げていた。
母親が目の前で死んだことを忘れたかのような無邪気な顔。

「ついてきなァ、テメーは今日から厩で下働きしながらここの殿様に仕えるんだ、殿様ってわかるか?」
「あの、片目のおっかねえおいちゃんかい」
身を翻した総悟に素直にトコトコとついて来ながら草太が答える。
「ふ、そうでィ、目つきはおっかねえかもしれねえが、案外間が抜けていやがるぜ、奴ァ」
裏庭からぐるりと本丸のまわりを回ると石段があり、それを20間ほど下ると厩があった。
本丸の南東にある二の丸を居住空間とする、高杉の側室やその子供達の御家来衆の馬などもここに繋いである。

「うぉーい」
総悟が声をかけると、馬の身体を藁で拭いていた男がこちらを見た。
「この坊主をここで仕込んでやってくれィ」
男は総悟の顔を未だ見知っていなかったらしく訝しげな顔をしたが、佐怒丸の主人と知ると俄かに相好を崩した。

「こんな餓鬼、役に立ちませんぜ、勘弁してくだせえよ」
「だから仕込んでくれと言っているのさァ、なに、今から仕込みゃきっと立派な厩番になるだろうよぉ。・・・草太」
「はい」
「夕刻、剣術の稽古つけてやらァ、筋が良いようだったら家来として殿様が取り立ててくださるかも知れないぜィ」
もう草太に背を向けてひらひらと手を振りながら。
総悟は先程の固くこわばった垂穂の表情を思い出していた。





prevnext












×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -