優ちゃん | ナノ

 04 歯車は動き出した

場所は変わって食堂だ。

優一郎に手を引かれごんべが食堂へやってこれば見知った顔がわらわらと寄ってきた。
「ごんべちゃん、無事だったんだね 」
胸の前で手を握りうっすらと涙を浮かべながら与一は言った。
ごんべは自分が思ってたより事の重大さが大きい事に気付き慌てる。
「心配掛させちゃってごめん…… 私は大丈夫だよ!」
お詫びにと云わんばかりの笑顔で返せば皆は安心したように息を吐く。
「さて、ごんべも無事だったことですしご飯を食べましょうか 」
手と手を合わせ周りを見渡しながらシノアが言う。
「おう、今日の飯はなんだ!?」
「ん〜、この匂いは煮付けかな 」
ほのぼのとした彼らの会話に頬を緩ませるごんべだがふと、1つの疑問が浮かんだ。
「(お腹、空いてないな…… )」
もう何時間も物を通してない為普通ならお腹が空いている筈だ。
しかしごんべはお腹が空いている処か満腹感さえあった。
「ごんべ?どうしたんだ? 」
中々席につかないごんべに優一郎は声を掛けた。
その声で現実に引き戻されたごんべは急いで笑顔を取り繕った。
「ううん、何でもない 」



「結局ご飯食べれなかったな…… 」
ベッドへ吸い込まれるように倒れ込み目を閉じる。
一口二口しか口に通していない為周りからは「ダイエット?」といわれた。
しかし無理はないだろう。
この不調は何が原因なのだろうか?
その答えに1つの選択肢が思い浮かぶ。
ごんべは自らの唇を軽く撫でた。

「あはぁ、何か悩んでる様子だねぇ 」

「なっ!?」
窓に目を向ければそこに居たのは吸血鬼。
それもあの日私に血を飲ませたフェリド・バートリーだった。
強い眼差しを向け即座に刀を構えるごんべに対しフェリドは笑ったままだ。
「何しに来たんですか 」
「様子見に来たんだよ。まぁ、その様子だとまだみたいだけど 」
吟味するようにごんべを見つめながら応えるフェリドは愉しそうに笑っていた。
まるで新しい玩具を見つけたみたいだ。
「用が無いなら帰ってください。じゃないと殺しますよ 」
フェリドを睨み付けるごんべの口元は微かに笑っている。
敵陣へ一人で飛び込んでくるなんて殺してくださいと言っているようなものだ。
今一度刀を堅く握り地面を蹴ろうとした刹那、フェリドは口を開いた。

「やだなぁ、仲間を殺すなんて」

「―――え? 」
"仲間"という意味深な言葉が引っ掛かったごんべは動きを止めた。
そんなごんべに構わずフェリドはポケットをごそごそと漁り何かを此方へ向けた。
「これ、今のごんべちゃんには只の血に見えないんじゃないかなぁ 」
闇の中でも判るくらい赤く輝くそれはどう見ても血だった。
只の血、しかし今のごんべにはとても魅力的な物に見えていた。

―――ドクン、心臓が脈打つ。

「血が欲しいって顔してるねぇ 」
「そ、んな顔してない 」
嘘だ。
頭の片隅では血が欲しいと言っている。
しかしごんべはそれを認めていなかった。
否、自分が吸血鬼になった事を認めたくなかった。
「ねぇごんべちゃん、このまま吸血鬼になっちゃえば? 」
「っ、絶対に嫌……!」
「でもその吸血症状は辛いんじゃない 」
「っ、私は吸血鬼じゃないし、血なんか要らない……!」
「ふーん、まだ理性が抑えてるって感じか」
顎を手で撫でながらフェリドは呟く。
ごんべがもう一度刀を堅く握りしめた時、部屋の扉が勢い良く開いた。

「ごんべ!大丈夫か!?」

「ゆ、いちろ、くん」
息を切らし苦しそうにしているごんべに気付けば優一郎は鋭い目でフェリドを睨んだ。
「あは、王子様登場って訳だ」
「黙れ 」
間髪いれずに刀を振り上げる優一郎だがフェリドは簡単に避けて見せる。
優一郎は小さく舌打ちを打った。
「今日の所は退散するよ。あ、ごんべちゃん 」
窓枠に立ちごんべを見下ろすフェリドは有るものを此方へ投げた。
「役に立つかもしれないし、それ、置いてくね」「あ、おい待て!逃がすか!」
「さようなら 」
窓枠から飛び降りたフェリドを追いかけるべく、優一郎は窓から身を乗り出し下を確認したが既にフェリドは居なくなっていた。
心の中で舌打ちをし、胸を抑えながら苦しそうにしているごんべの元へと駆け寄る。
「ごんべ!大丈夫か!?」
「う、ん…… 大丈夫だから 」
「馬鹿言え、何処が大丈夫なんだよ 」
不機嫌な優一郎にごんべは笑顔を取り繕う。
この人にはバレてはいけない、
そう思っていた。
「本当に何もされて無いから、安心して 」
ね? と諭せば優一郎は黙り混む。
まだ納得していない顔だが「ごんべが言うなら……」と口をつぐむ。
「でも何かあったら絶対に俺を呼べよ!絶対だからな!」
「うん、ありがとう 」
パタン、
扉が閉じた瞬間にごんべはその場に膝をつく。
優一郎と話していた時も今もずっとごんべの吸血症状は続いていたのだ。
それだけじゃなく 優一郎の血を吸いたい と思っていた自分がいた事に驚きが隠せなかった。

もう自分は人じゃないんだ、と思うと心にぽっかり穴が開いたようだった。
空漠たる思いを抱えながら部屋の中で一層輝くものに目を移す。
それはフェリドが置いていった小瓶だ。
ごんべはそれをゆっくりと手に取りじっと眺める。
「これを飲めば、楽になるのかな…… 」
ごんべは葛藤していた。
この喉の乾きを癒したい、しかしこれを飲めば人では無くなる。
しかし脳裏には一人の人物が浮かんでいた。
「(……飲んだら、優一郎君と一緒に居られない )」
彼と一緒に居たい。
そう思ったごんべは血の入った瓶を思いっきり床に叩きつけた。
床に広がる深紅の輝きに身を奪われたが首を横に振り意識を戻す。
そして自らの気持ちに蓋をするように眠りについたのだった。

( 私は人を止めない )

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