さよならの前に覚えておきたい。もう二度とハンター試験なんて受けないように。間違っても4次試験にまで進んでしまわないように。不幸にも、301番なんて数字を引き当てないように。さよなら、わたしのハンターライセンス。

わたしは幼い頃から目立たずひっそり生きてきた。自動ドアに無視され、出席してるのに欠席扱いも慣れたものだった。このハンター試験でも、くじ引き時では目の前にいるのに探される始末。存在感のなさわたしに敵うものはいないだろう。ここまで生き残れたのだって、幸運というよりもこの影の薄さから、誰にも気づかれていなかったのではないかと思うくらいだ。戦闘力は試験参加者の中でも劣る方。そんなわたしがこの4次試験で生き残るには、こっそり標的に近寄って気づかれる前にプレートを奪取して、期限日まで逃げ切るしかない。幸いにもわたしのターゲットは非常に目立つ。長身に謎のモヒカン、薄ら笑いを浮かべる顔は針だらけ。おまけにカタカタと謎の音がする男だった。よほど腕に自信があるのか301番のプレートは胸につけたままだった。もしかしたら、かなり腕の立つ強敵かもしれない。一瞬リタイアという文字が頭をよぎるが、せっかくここまで来たんだし、という謎の自信がそれを許さなかった。そのまま身の程を弁えていればよかったのに。

標的301を見失ってから何十時間が経っただろうか。わたしを狙う誰かからも見つけられることはなく、幸運といえばそうなのだけれど、こそこそと怯えながら標的を探し回ることに疲れ果てていた。いつも探される立場だったものだから、探すことがこんなに大変だとは思いもよらなかった。疲労困憊のわたしは、開けた場所にある切り株に腰掛けようと、鉛のように重くなった脚を引きずりながらふらふらと蹌踉めいていた。覚束ないわたしの足取りのせいで、切り株に辿り着く前に石ころにつまづいてしまう。ああ、転けてしまう。受け身を取れるような体力は残っておらず、せいぜい顔からダイブしないように手を前に持っていくことが精一杯だった。予想していた固い地面の感触の代わりに、ずぼりと、やわらかな陥没の衝撃。驚きから叫び声と、階段を踏み外した時のような嫌な汗が出る。こんなところに罠があったなんて!土煙のなか目を開ければ、驚くべき光景がわたしの眼前に広がっていた。わたしが落ちた穴の中には、黒髪の青年がいた。狭い穴の中で、密着していることに気がつく。それも、わたしが抱きつくような体勢で。

「え、ええ?」
「…なに、お前。オレ寝てたんだけど」
「え、ね、寝て?」

混乱の中、わけもわからず大きな瞳から逃れるように目を逸らす。目線の先、彼の胸元には、わたしが探し求めていた301のプレートがあった。301番。この似ても似つかぬ顔が301番?

「そこどいてくれる?寝床汚したくないしさ」
「いや、あの…」
「なに?」
「こ、腰抜かしちゃって」

その瞬間、いかにもめんどくさそうに細められる彼の目に、恥ずかしさはわたしの限界値を超えていた。ああもう、穴があったら入りたい!もう入ってるけど!


お題「"さよならの前に覚えておきたい"で始まり、"穴があったら入りたい"で終わる」
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