!夢主死ネタ

月の見えない夜だった。月光が幾重にも重なる雲によって遮られ、灯りをつけてない部屋では、ベッドサイドのちいさな灯だけがわたしの世界を照らしていた。ちらほらと小雨の降る雨音が遠くで聞こえる。暗く、静かな夜だった。こんな日を、きっと暗殺日和とでもいうのだろう。現に今、わたしは暗殺されそうになっているのだから。身動きすら取れぬままベッドに横たわるわたしは、覆いかぶさる体勢の、よく見知った顔を見る。微動だにしない表情も、いつもと変わることのない目のいろも、驚くくらいに平然としていたから、殺されそうになっているという実感がこれっぽっちも湧かなかった。彼の手元の針は、寸分の狂いもなくわたしの方へと向けられているというのに。

「何も言わないの?」

何を言えばいいのだろう。殺さないでほしいだなんて命乞いを聞いてくれるような男だとは思っていない。そもそも命乞いなんてする気は更々ない。惚れた弱みとでもいうのだろうか、どうせあなたなしでは生きていかれないのだ。あなたがわたしから離れていく前に、あなたの手で葬られて、あなたのまえで死ぬことができるのなら、なにも言うことはないと思った。ああでも、せっかくなら遺言くらい遺したい、と考えたところで、彼がわたしなんかの言葉で縛られるわけがないだろう、と冷静なわたしが嘲笑う。確かにそうだとちいさく笑う。言葉を発さず笑みを浮かべるわたしと、感情を汲み取れない暗闇の瞳。愛しいあなたの針が、やさしく身体を貫いた。彼の手によってわたしの命は終わりを迎えようとしていた。死にゆくわたしをずっと見つめてくれるものだから、声は出さずに唇をわずかに動かしてみた。音のない、ささやかな呪いのつもりだった。掠れゆく視界の中では、表情の変化はもう読み取れないけれど。わたしが何と言ったのか、ずっと、ずっと考えていてくれたらいいのに。あなたの記憶の中で、あなたと共に生きられたら。なんて、そんな浅はかな考えでした。


お題「"月の見えない夜だった"で始まり、"浅はかな考えでした"で終わる」

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