私はその日酔っていた。久々に再会した旧友とそれはもうはちゃめちゃに飲んでしまい、記憶がないながらも自宅に帰ることができたのが奇跡レベルの泥酔具合だったと思う。呂律もろくに回っていないただいまと、酷い酒の匂いに塗れて帰宅した私を、まだ未成年の恋人が驚き怒り呆れつつも出迎えてくれて。ああ好きだなあと酒臭さも厭わずに、緩みきった唇を彼の唇と重ねたのだった。私が最後に覚えている光景である。

次に私が認識した光景は、恋人であるキルアくんの姿だった。リビングの硬い床でしばらく意識を飛ばしていたらしい私は、ベキベキと痛みを訴える身体を起こしながら少しふらつく視界でキルアを捉える。からからの喉で名前を呼ぼうとするや否や、恋人の様子がおかしいことにやっと気がついたのだった。椅子に腰掛けて、足を組んで、地べたに座っている私を見下ろす、いつもよりも青く濡れて光る目の冷たさといったら。正直そんなキルアもめちゃくちゃ格好良くてこの光景もご褒美レベルに嬉しいけど、今は喜んでる場合じゃない。無様に這い蹲っていた私はせめて正座の形をとる。その間キルアの表情は動くことなく、私の一挙一動を冷ややかな目線で見ていただけだった。

「ご、ごめんね……?」
「何が?」
「えっ」
「何に対して謝ってんの?」

何に対して。怒ってる恋人に対してという答えは正しくはないだろう。目線をキルアの足あたりでうろうろ泳がせながら、言葉を探して口をぱくぱくと開閉する。そんな私の態度を見兼ねたのか、呆れたような溜息が降ってきた。キルアの目を見ることができずにいた私の目の前に、組まれた足が伸びてくる。少年の骨ばった白い素足はそのまま私の顎を押し上げて、強制的に視線を合わされてしまう。銀色のまつげに縁取られた、つめたいアイスブルーの瞳だ。つまりは足で顎クイされたのだ。キルアがまさかそんなことをするだなんて思ってもみなくて、恋人の意外な行動に対するときめきと驚きは私の心臓を絶え間なく跳ねさせるには充分すぎるほどだった。

「ほら、こうされたかったんだろ?満足かよ」
「えっ?」

さっきの絶対零度のような表情とは一変、キルアの形のいい唇が愉快そうに歪む。表情こそ笑顔の形をとっているものの、冷ややかな温度は変わらなかった。無表情より恐ろしい微笑みのまま、キルアは絶え間なく言葉を続ける。

「意外とMっ気があるナマエは?顔の良いオレを拝みたくて?見下ろされたくて?俺様風にガンガン攻められるのが好きなんだっけ?」

血の気の引く音がした。完璧に酔いは覚めた。やらかした。付き合ってもひた隠しにしてた性癖を、あろうことか、酔った勢いで恋人本人にぶちまけてしまった。叫びだしたくなる衝動を必死に抑えて精一杯の一言を絞り出す。

「も、もしかして……」
「まさかナマエがそんな変態だったとはなあ、すっげえ力説してたぜ」

終わった。完璧に終わった。力説までしてた。この状況は私の望み通りと言えるのだろうが、心中は決して穏やかではない。羞恥と申し訳なさが決壊しそうだ。今にも火が出そうなほど熱い頬を覆ってしまいたい。頬に伸ばそうとした手はキルアの素足に叱るように牽制されてしまって、それすらもときめいてしまう自分を殴り飛ばしたかった。

「俺ってば優しいよなぁ、尽くすタイプってやつ?」
「あ、あの……」
「ん?」
「ちょっとお水飲んでいいかな……?あの、一旦落ち着きたくて……」

そんな私を見定めるように、キルアは頬杖をついたまま、ふーんと一つ言葉を吐く。ようやく私から外れた視線は、近くのテーブルへと動いた。ペットボトルのミネラルウォーターを動くことなくキルアが取ってくれる。そのまま渡してくれると思いきや、パキパキと未開封のキャップを開ける彼の姿をポカンと眺めていた。わざわざ開けて渡してくれるのだろうか。そんな間抜けなことを考えていた私は、目の前で行われる行動に目が離せなかった。

「喉渇いてんだろ?舐めていいぜ?」

ハーフパンツから伸びる筋肉質な足を、ミネラルウォーターの雫が伝う。ちろちろと流れる水脈は徐々に太くなっていき、キルアの足を濡らしていった。ポタポタと地面に垂れる液体が頭に入らないくらい、私の頭は混乱していた。とてつもない羞恥と背徳感にくらくらする。私の一挙一動すべてを見て楽しんでいるようなキルアの声が鼓膜を犯した。飲まねえの?催促する声だった。視界が狭くなって目の前の事しか見えなくなる。わけもわからないまま今にも飛び出してしまいそうな心臓を抑え、生唾を呑む。早く、飲まなきゃ。今わたしのすべてを支配しているキルアの言葉に逆らうだなんて、頭に浮かんでくるはずもなかった。わたしはそっと熱くて堪らない舌を伸ばす。水の滴る足の甲に、舌を這わせた。筈だった。

「イタッ!」
「はい、おしまい」

鳩が豆鉄砲を食ったような顔、まさしくそんな顔をしていたのだろう。おでこに来た衝撃は、可笑しそうに笑うキルアのデコピンによるもよだった。ゾクゾクするようなつめたい表情はなりをひそめて、いつものキルアの表情に戻っている。パチンと突然夢から覚めたような感覚に陥った私は目を白黒させることしかできなかった。ややあって、自分が少し前に何をしようとしていたかを自覚する。今度こそ叫びだしてしまった私は、今度は頭上に軽いチョップを食らった。涙目の視界に映るのは「もうしないからな」と少し恥ずかしそうにそっぽを向いて、タオルで足を拭くキルアだった。残ったミネラルウォーターを貰い乾ききった喉を潤して、いまだ動悸が激しい心臓を落ち着かせる。少しもったいなかったなと思いながら、水に濡れた床を拭く。とうぶん忘れられそうにもない、そんな深夜のことだった。

thanks! 原案 タイトル → 来世さん

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