天国のように涼しい店内から一歩出れば、蒸すような暑さが身体にまとわりつく。ギラギラと照りつける日差しに辟易した私は、テイクアウトのコーヒーショップに寄り道し、アイスコーヒー片手に揺らめくアスファルトの上を歩いていた。日傘を忘れた私に容赦なく照りつける太陽。友達と遊ぶ予定で待ち合わせ場所に長らく待っていたが、やっと繋がった電話の内容はドタキャンで、今日の予定が全部消え去った私は足取り重く帰路に就く。ずっと日の当たる場所で待っていたからか、足取りだけじゃなく頭も重くて、水分を取っても気分が優れなかった。もはや蜃気楼なのか視界が揺れているのかわからない。軽い熱中症のような症状に何処かで休憩することも考えたが一刻も早く家に帰って横になりたい。そんなことばかり考えていたらふらつく身体が何かにぶつかってしまい、その衝撃に覚束ない足が耐えられるはずもなく、無様にも尻餅をついてしまった。

「おねーさん、大丈夫?」

頭上から降ってきた声に顔を上げれば、そこにいたのは銀髪の少年だった。男の子とぶつかって私が転けるなんて。普通逆じゃないか恥ずかしい。居た堪れない気持ちを隠すように急いで立ち、ごめんね君は大丈夫?なんて声をかけていると少年の服に目が行く。紺色のタンクトップが、私の持っていたコーヒーによりビショビショだ。ぶつかっただけじゃなくコーヒーまでぶっかけるなんて、一瞬にして血の気が引く。

「ご、ごめんね…!」
「ん?ああ、いいってこのくらい。この暑さだったらすぐ乾くし」
「あの!これから1時間くらい時間あるかな?」
「それくらいなら暇だけど」
「近くにコインランドリーあるから行こう!お願い!」
「別にいいって」

遠慮する少年を半ば無理やり引き連れて近くのコインランドリーに入る。新品の服を買ってあげたいところだがこの辺りで子供服を取り扱っている店は知らないし、こんなにも濡れた服で店に入ってもらうわけにもいかない。幸いにして日焼け対策にと持ってきたものの、暑すぎて脱いだカーディガンがカバンの中に押し込まれていたので、洗濯している間に羽織ってもらうことにした。ほぼ着ていないので汗臭くはないはず。汚れたのが上の服だけで本当によかったと息を吐く。少量コースを洗濯して小銭を投入しようとしたら全く硬貨がなく、店内の両替機を見れば硬貨切れ。とことんついてない。どうやら今日は厄日らしい。

「ごめんね、すぐ両替して来るから待ってて!」

そう言い残しコインランドリーを飛び出しコンビニを探すが見当たらない。何か買って小銭を作りたいと思い店を探せば、最近できたジェラートショップを見つけた。王道ぽいバニラとチョコの組み合わせと、さっぱり甘酸っぱいラズベリーとミルクの組み合わせを注文し、お目当ての硬貨も手に入れて溶けないよう早足で少年の元へと急いだ。戻ってみればカフェスペースの椅子に腰掛けた少年が出迎えてくれる。渡したカーディガンの青色が白い肌によく似合っていた。そんなに身長は変わらないものの袖が余るのか、腕まくりをする彼の姿が可愛らしいと思ってしまう。

「くれるの?サンキュー」
「チョコとバニラでいいの?」
「うん、オレチョコ好きだし」

ジェラートを前に嬉しそうな少年の姿に、思わず頬が緩む。早速食べ始めた姿を尻目に洗濯をスタートさせる。残り40分の表示に、約束の1時間は超えなさそうだと安堵した。

「えっと、君は……」
「キルアでいいよ」
「キルアくん。キルアくんは今日1人なの?親御さんは大丈夫?」
「ぜーんぜん。夕方に連れと会う予定しかないからそれまで暇だぜ」
「そっか、よかった」

キルアくんの対面に座り、ちびちびとジェラートを口に運ぶ。冷房が効いた室内で食べる氷菓は最高だ。近頃晴天が続いていたためコインランドリーは案の定人がいなかった。私たち2人だけの空間というのも、周りの目を気にする必要がなく居心地がよい。

「おねーさんは?用事ないの?」
「うーん、友達と待ち合わせしてたんだけど彼氏が来るからってドタキャンされちゃったんだよね」
「なんだそれ!ほんとに友達かよ!」

可笑しそうにケラケラ笑うキルアくんにそうだよねえと乾いた笑いを漏らす。「今日会う予定の連れってお友達?」聞くと同い年らしいゴンという少年の話を聞かされた。あまりに嬉しそうに話すものだからこちらも聞くのが楽しくなってしまう。他にもお互い知っているゲームの話だとか、好物のお菓子のチョコロボくんの話だとかであっという間に時間が過ぎていった。そんなに好きならあとで買ってあげるね、そう言えば青くて大きな目を輝かせて喜ぶキルアくん。もし私に弟がいたらこんな感じなのかな、なんて考える。

「あのさあ、さっきからチラチラ見てるけど何?」
「えっ」
「腹のとこ、ずっと見てるだろ?そういうシュミ?」
「いや違う!違うから!腹筋すごいなとおもって見てただけ!」

そう、私のカーディガンを羽織ってくれたのはいいが、前のボタンを閉じずに開けているキルアくんの腹部はシックスパック、バキバキなのだ。年不相応な筋肉にどうしても目がいってしまい不躾だったとは思うがそういう趣味などではない、断じて。

「あー、昔からなんだ。職業柄鍛えなきゃいけないからさ」
「職業柄?その歳でお仕事してるの?」
「殺し屋だよ。元だけどね」
「……へえ〜すごいね!」
「……信じてないだろ」
「そんなことないよ〜すごいすご…」

い。その言葉は突如暗闇になった視界に飲み込まれた。目を覆う感触はおそらく手の皮膚だろう。問題は誰の手の感触かということ。このコインランドリーには私たち2人だけで。キルアくんは対面に座っていたはずで。

「だーれだ」
「……」
「3 2 …」
「キッ キルアくん!!!!」
「当たり」

背後から聞こえた声は紛れもなくキルアくんの声だった。カウントがゼロになったらどうなるかは考えたくない。悪戯が成功したような、揶揄うような笑顔がこちらを覗き込んできて、恥ずかしさと驚きがごちゃまぜになって何も喋れなくなる。パクパクと金魚みたいに口を動かす私を見て吹き出すキルアくん。思いっきり遊ばれてる。私の方が歳上のはずなのに……!

「信じた?」

声もなくコクコクと頷く私。少年とはいえ、一瞬で背後に回られては信じざるを得ないだろう。ピーッピーッ。けたたましい電子音が店内に響く。洗濯完了の音だ。案外早かったな〜と目の前でカーディガンを脱いだキルアくんの上半身は、11歳とは思えないくらいに鍛えられた身体でまた見惚れてしまった。銀髪と色白と鍛えられた筋肉のせいで彫刻のようだと感じる。こちらを見て揶揄うように細められた青色と目があって、思わず逸らしてしまった。

「ご馳走さま、おねーさん!暑いから気をつけろよ!」

いつのまにか洗濯の終わったばかりのタンクトップを着たキルアくん。手を振って店内を出て行く彼に反射的に手を振り返すことしかできなかった。しばらく放心したのち、我に帰り立ち上がる。約一時間とは違い随分と身体が楽になっていた。もしかしたらキルアくんと過ごした時間は、体調の悪い私が休むために見せた幻覚なんじゃないかと思ってしまうくらい、あまりに突飛な出来事で。狐につままれたような、夢みたいな、そんな時間だった。

帰りながら、気づいたことがある。一瞬で背後に回れるような人間が、街で人にぶつかるはずがないということ。ふらふらしていた私が、彼とぶつかった時の道は車の交通量が多かったこと。
帰ってから、気づいたことがある。カバンの中にジェラートショップの紙ナプキンが入っていた。ペンで書き込まれたメールアドレスと「チョコロボくん忘れんなよ!」の文字。幻覚なわけないだろ、そう言ってるような紙ナプキンに対し、ごめんごめんと幸せな気持ちで謝ったのだった。

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