慣れとは非常に恐ろしいが、有り難いものである。そう実感したのはこの身体で目覚めてから、季節が二周ほどしてからであった。前の私から見ると、あまりにも異常で非日常の日々が、もはや今では当たり前になっている。教育テレビのノリで『人間の殺害方法全集!モザイク無し!』的なビデオを見せられ続けた私のグロ耐性はかなりのものになったと思う。映像の内容が痛めつけることが目的ではなく、命を奪うことに焦点を置いたものだったものが幸いしたのか、ちょっとリアルなスプラッター、それくらいの感想。以前の私なら内臓系はノーサンキューだったが、今はおそらく映像でだけならどんなものが来ても平常心を保てると思う。
立って歩けるようになってからというもの、足音を立てて歩くことは禁止されたし、音だけではなく気配も消すように癖付けられた。毒を打たれたまま解毒剤を追い求めて走り回るなんてこともあったし、遊びのはずの鬼ごっこが罠あり投擲ありの命がけだったり、私たち双子と遊んでくれる執事が手加減なしのガチだったりというとんでもない教育のおかげで身体能力はとっくに常人離れしている。ついこの間まで乳児だった幼児だが、もはやそこらへんの陸上選手より脚が早いと思う。イルミに至っては漫画みたいに一瞬で消えたように移動することができるようになったし、気配を消すことだって私より上手い。手がかからないどころか何にしても飲み込みが早い兄に、母親は大喜びだ。
この家のあちこちの物が重たいせいで筋力だって常に鍛えられているし(子供だから重く感じるのかと思ったが、落とした時の音と衝撃でそうでないと理解した)、経口摂取の毒だけじゃなく、注射したり咬まれたり刺されたり塗り込んだり吸い込んだりといった種類の毒も増えてきて、抗体ができてきたのか気分が悪くなったり体調を著しく崩すことも少なくなってきた。他にも高圧電流を耐えたり銃弾避けたり故意に脱臼骨折させられたり気絶寸前まで血を抜かれたり、たとえ火の中水の中草の中森の中土の中雲の中でも生きていけるように育てられている。まだ家の敷地内から外出したことはないけど、これがこの世界でも普通の教育法じゃないことくらいは執事のさりげない反応を見ればわかった。本当にエリート暗殺一家なのだなあと、どこか他人事のように思ってしまう。

「クル、クル、みて」
「わあ……イルすごいねえ」

音もなくこちらに駆け寄ってきたイルミが嬉しそうに見せてきたのは、ナイフやらダーツの矢やらで滅多刺しにされた人形であった。腹部あたりの布の間から食み出る綿の色がところどころがどす黒い、血生臭そうな赤で無駄に手が込んでいて芸が細かい。これが本当のハラワタってか、やかましいわ。最初にこの人形で遊んだ時も母さんは大喜びで、甲高い声で将来の有望性について執事に語ったり父さんに報告したりと大盛り上がりだったのは記憶に新しい。それからというもの屋外のアスレチックに的が書かれた人体を模した人形が増えたりと、物騒な玩具が増えたのだった。

「オレすごい?」
「すごいすごい、さすがイルミだよ」

表情の乏しいイルミの雰囲気がやわらかくなったのがわかる。口許がわずかに緩み、大きな目をすこしだけきゅっと細め、ご満悦といった様子で頭を撫で回す私の手を享受している。私とおなじ、黒くてやわらかい髪の毛が気持ちいい。イルミは最近頭を撫でられることがお気に入りのようで、ことあるごとに褒められに来る。苦手な種類の毒物をいつもより多めに摂取したときとか、気配を殺し私に気付かれることなく背後に立つことができたりしたとき、あまり変化のない表情だけど、そわそわとこちらを見つめてくるのがなんとも可愛らしい。後者はかなり心臓に悪いうえに気づけず悔しいのでやめてほしいけど。
何はともあれ父さんや母さん、我が家の執事たちにではなく、私だけに来てくれるというのがなんとも嬉しくて、とことん甘やかしてしまいたくなる。そんな様子をいつのまにか見ていた母さんが「クルミちゃんったら、すっかりお姉ちゃんになって……」と言葉を零して感動していた。お姉ちゃんみたいというか、もともと精神年齢的にはこちらの方が断然上なので当然といえば当然なのだが。

「ママ、どうしたの?」
「あらいけない。2人とも、訓練室でパパが呼んでるわ」

嬉しそうな母さんの声が子供部屋に響く。いつも父さんから呼ばれる部屋といえば、暗い怖い苦しいの3Kが揃った拷問部屋か、トレーニングルーム(私は筋トレ部屋と呼んでいる)くらいだ。というかトレーニングルームって直訳して訓練室じゃないのだろうか。この家のネーミングセンスはよくわからない。

「クル、行こう」
「うん。ママ、行ってきます」

行ってらっしゃい、頑張ってくるのよ。そんな母さんの声を後にして、イルミと手を繋ぎ薄暗くてひんやりした石壁の廊下を走って行く。そういえば場所を聞いてなかったな。イルミの足取りは迷いなく進み、足が止まった先は拷問部屋の丁度上に位置する重厚な岩の開き扉の前だった。

「ここ……?」
「うん」

ノックの意味があるかわからないくらい分厚い、扉というよりは岩といったほうがいいくらいの物体を少し力を込めて叩く。開けて入ってこい、と扉の向こうから父さんの声がした。私とイルミは顔を見合わせて、どちらからともなく片方ずつ扉を開けようと力を入れた。が、見た目通りの重さだ。案の定開かない、微動だにしない!
おそらくこの扉を越えないと訓練はできないのだろう。扉を開けることで訓練を受ける資格を得ることができるといったところだろうか。訓練ができないのは困る。非常に困る。以前私が拷問訓練で足の骨をバキバキ折られて数日動けなくなり、イルミが私と一緒じゃないと訓練をしないと駄々をこねた時があった。一緒がいいと両親に反抗する兄に嬉しくなった私とは反対に、それを聞いた母親の剣幕は物凄いものだった。今が大事な時期なのに、1日でも訓練をやめてしまったら絶対にダメだとヒステリックに叫ぶ母親の姿はいまだに鮮烈に思い出せる。イルミは通常訓練、わたしは動かせる上半身を使う訓練や座学に落ち着いたのだが。そんな母親に訓練受けられませんでした、なんて言えるわけがない。パパに言ってくれなんて理屈が通用する相手ではない。
なんとしてでも開けねばと踏ん張るが本当に微動だにしない岩の扉。おかしい、少しくらいなら動いてもいいはずなのに。横目でイルミを見るとそもそも扉を開けようともしてなくて、脱力してしまう。手を顎に当てて何やら考え込むイルミは何やら閃いたようでパッと雰囲気が変わったのがわかった。

「……クル、オレこっち持つから、せーので引っ張るよ」

押してダメなら引いてみろとはいいますけど。合図と共に半信半疑で引っ張った扉は重たい音を立てながら徐々に開き始め、室内の乾燥した空気が流れ込んでくる。中にいた父さんは少し驚いた風に早かったな、と言葉を漏らした。

「もう少しかかると思っていた」
「床が削れてたから」
「そうか、よく見ていたな」

完璧に置いてけぼりになる私を余所に師弟感溢れる会話をする2人。劣等感などの感情は特にない。そもそもこの家で生きていけるだけ私としては上出来なのだ。いずれ跡を継ぐであろうイルミの陰に隠れて生きていけたらそれでいい。高いのか低いのかわからない目標設定しながら軽く柔軟を終えた私は、少し緊張した面持ちで父さんを見る。何の訓練かわからないけどこの広すぎる部屋から見てかなり動くものだろう。今日も死にませんようにと、誰に向けてかわからない祈りを捧げた。


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